登米のハサミの小さなお話その日、登米夢想は小学生でにぎわっていた。森林組合と市内のNPOとの共同開催で、木や紙に関する
複数のワークショップが開催されている。森林組合の職員の百音も、小学生の間に混ざってあれやこれやと動きまわる。
食べ終えた昼食をカフェ椎の実に返却に来た菅波が、ごちそうさまでした、と声をかけながら、中庭のにぎやかな様子を目に留めた様子を見て、カフェの里乃が賑やかですね、と笑う。そうですね、と以前よりは柔らかい物腰で菅波が答えていると、ワークショップのキット類を抱えた百音が「せんせい!」と寄ってきた。中庭にいた子供たちが、一斉に外に遊びに行くタイミングだったようだ。
「これ、切り絵のキットなんですけど、余ってて、作りませんか?」
「僕が?」
「先生も」
「も?」
「みんな作ったので。壁に飾ろうって話になってるんです」
まだ昼休みの時間がある菅波が作ってくれることを疑っていない百音の様子に里乃は笑いをかみ殺す。これは先生、作らない選択肢はないですね、と見守っていると、分かりました、昼休みもう少しで終わるので、一つだけ、と菅波がうなずき、ほらぁ!と里乃の口許が緩む。
カフェの窓際の席に座らされた菅波の前に、ハサミと紙が置かれ、百音のインストラクションで作業が始まる。線に沿って、そうです、そこを折って折ってってして、点線を切り落とします。そう。と話をしていた百音が、菅波がハサミで切れ目を入れる段になって、あれっ!と声をあげ、菅波もその声に、えっ?と顔をあげた。
「なんか、ハサミの持ち方変じゃないですか?」
「え?」
「それ」
と百音が菅波の手許を指さす。菅波が自分の手許を見て、あぁ、と納得した顔になる。人差し指をハサミの要にあてた独特の持ち方をしている。
「外科の人間はこういう持ち方になるんです。安定するから慣れれば便利ですよ」
話をしながら、その独特の持ち方でハサミを使って、サクサクと細かい模様を切り出し、あっという間に花の模様を作り上げた。輪郭も仲の模様もシャープに切り出されていて、先生上手ですね!と百音が歓声をあげると、周囲の注目を浴びる。
じゃあ一個作ったので、と菅波が退散しようと立ち上がると、百音が自分の手許のハサミを同じ持ち方で紙を切ってみようとして、慣れない持ち方で苦戦していることに気づいた。口をとがらせて一生懸命な様子に、自分自身も気づかずふと口許を緩めて、さきほどの椅子に座りなおす。
ハサミの穴には親指と薬指を入れるんですよ、で、中指がそっち、そうそう、で…と細かく説明をするが、決して百音の手に触れての説明はしない様子に、里乃も佐々木も遠巻きにじれったいねぇ、と見守る。
「あの先生の線引き、逆にすごいですよね」
「ああなったら手を添えて説明した方が自然だと思いますけどね」
初めてのハサミの持ち方で百音が切り抜きを終えて開くと、菅波の出来栄えとは程遠いガタガタぶりだったが、百音は「できたー!」と満足気で、菅波もおつかれさまです、と小さく笑っている。
「あれでなんともないんだもんねぇ」
とサヤカが里乃と佐々木に交じり、3人はねぇえ、と視線を交わす。
昼休みの時間が終わろうとする中、百音が改めて先ほど知った持ち方でハサミを持って、開いたり閉じたりするのを、菅波は面白そうに眺めているのだった。