every sweet Timeある任務がきっかけで私たちは軍属から退いた。もう突然の呼び出しに応じることも、数ヶ月も水の下にいることもなくなって、大層平和な日々を送っている。特に私の恋人は自覚のなかった緊張さえ解けたのだろう、とにかく深く長く眠るようになった。初めはなんと怠惰なと思い、せめて朝八時には起こそうとしていたが、その顔色があまり健やかでないのに気づいてからは努めて起こさないようにしている。
午前11時すぎ、寝癖で鳥の巣よりひどいことになった頭も気にすることなく恋人がベッドから出てきた。
「おはようございます、お水をどうぞ」
「……はよ…」
水と言っても冷水じゃない。白湯だ。寝起きでも飲める程度には冷ましてあり、体を冷やしてしまうことはない。マグカップを両手で掴んで少しずつ喉を潤してゆく彼の目は眠りに閉じかけている。
お布団干しますから少しだけこちらで横になっていてくださいと、力の抜けかけた手からマグカップを受け取り、ゆらゆらの体を支え、ソファに寝てもらう。はい、お気に入りのクッションどうぞ。んーと小さく鳴いてもそもそと柔らかいそれに顔を埋める。ああかわいい。一枚、秘密のコレクションに追加だ。
さてと、と気持ちを引き離すために小さくとも声に出して背筋を伸ばす。天気がいいから洗濯は済ませたし、昨日の買い出しで食材は足りてる。昼食の下拵えも終わっているから、大佐の部屋の換気、それから布団を干した後にパスタを茹でよう。掃除機は午後、大佐がそれなりにしゃんと起きてからでいい。
「…いいにおいする」
パスタをあっさりめにしようと炒めていたら、ソファから大きな猫が起き上がる。チャイも出来ていますよ。熱いのが苦手なあなたにも飲めるくらいの温度と、私には甘すぎるほどのお砂糖を入れたものが。
「かお、あらってくる…」
ふらふらごつごつとあっちへ肩をぶつけ、こっちへ頭をぶつけて大丈夫だろうか。おっとパスタが焦げてしまう。味付けは、彼の分は濃いめで。私のはそれよりは薄味。
「よく寝たあ」
行きがけよりずっとしゃっきりした声が戻ってきた。よかった。
「あさごはん?え?お昼なの?早くない?」
背後から温かい体が張り付いてくる。火を扱ってますから手は前に回しちゃダメですよ。はぁいといい返事が耳元で聞こえる。顎を肩に乗せてる。まだ多少寝ぼけてるのに背伸びなんてしたら転びそうで心配してしまうけど、過保護だろうか。
香ばしく焼きつけた鶏肉とアスパラを炒めて絡めたパスタ、彼の分だけ多めに入れた肉は好評でこちらも嬉しい。これも味付けは少しだけ濃いめだから知らず中和しようと野菜も口にする。よし、と思うがやはり塩分が心配だ。次は別の手を考えよう。
「ごちそうさまでした。はー、おいしかったあ。…んね、俺が寝てる時さ、雄牛ちゃんひとりでさみしくなかった?」
笑顔から急に気遣わしげな顔に。表情がくるくる変わって、かわいい。撮りたい。いや今はそう言う状況じゃない。
「雄牛ちゃん?」
「寂しいだなんて。あなたは同じ空間にいますから」
「…そお?」
きょとんとした顔もかわいい。現役中は凛々しく、男らしい表情もあったが、引退してからはかわいい顔が多くなったと感じる。いい傾向だ。ゆっくりと心が緩んでいっているのだろう。
「はい」
笑顔で頷けば、えへへとはにかむ。たまらなくなって、席を立って抱きしめる。
「なになにどしたの、俺のこともう一回大好きになっちゃった?」
「はい」
「…俺も」
だいすきだよ、と背中に回される腕が強く私を抱きしめてくれた。