Take me home
濃い紺色の夜の下、海から生えたような岩山の中腹で火が点った。
それはひととき連なって数を増し、けれど辺りに広がることはなかった。
夜に飛ぶ鳥がようく見ればそれはニンゲンの作ったものであり、ニンゲンが見れば、ロケットランチャーをこれでもかとぶち込まれたマフィアの屋敷だった。
今、その屋敷の中にいる俺が言うんだから間違いない。
どこにそんなにいたんだと言うほど多くの人間が怒声を上げ状況を把握しようと努めている。
『どうなってる! セキュリティは万全だと!』
俺がいる監視室のスピーカーから屋敷のボスのがなり声。発信元はボスの寝室だと確認して、そこから動けていないと判断する。予想以上の被害の大きさにワクワク…ええ、ごほん、ゾッとする。
「ご存知の通り、火力モノは契約外だよ」
『くそっ!』
シンプルに事実を伝える。
そうさ、あんたが俺を重宝がったのは「情報に強い」からだろ。
三年前、防ぎようがない状況で華麗に拉致され、ここに連れて来られた時の、ハッカーサマをお迎えできるたぁ光栄光栄、と伊達男を台無しにするくらいニヤついた顔を思い出す。あーくそ、つられてみんなのこと思い出しちまった。連絡はもちろん取れないし、……助けに来てもらえるほど、俺は、……。
やめだやめ! 答えが出ない思考の堂々巡りはよくない! 切り替えてまずは生き延びることを考えよう。こう言う命懸けの状況は好きだろう、ソーン?
さて、この混乱の隙に乗じて逃げ出す案は真っ先に却下。こんな夜中の山中を土地勘もトレッキングシューズもないのに出歩くのは危険すぎる。幸いこの部屋は地下だ。岩山に建ったここで水攻めはないし、監視室だけあって堅牢だ。ついでにこの部屋の存在を知っている者も少ない。効率的な脱出案を練りつつじっくり様子を観察して、実行はそれからでもいい。
壁面にいくつも貼り付いたモニターに映るのは屋敷内外の様子。時間で切り替わるいくつかはブラックアウトしているが、追加で壊れてはいなかった。爆発音も最初だけ。陽動を兼ねている? じゃあ、この後は侵入者どもと銃撃とかの対人かあ。それならまだ動いているカメラで人数は把握できる。装備も。
「えー……マジ…?」
映るのは屋敷にいた奴らばかりだ。サーモに切り替えても怪しい影はない。皆一様にきょろきょろと落ち着きなく見回して、時折画角外に向けて発砲して…うわ、倒れた。あ、あ、すげ、なんだこれ。強い。五、六人いたのにあっという間に撃たれて全員倒れて動かない。
めちゃくちゃ強い、けど。
「ボぉス、相手は単独だ」
ボスの部屋の映像は届かなくなっているが、一応セキュリティとしてのシゴトはこなさないと、と連絡を入れる。俺、まじめだなあ。
不意に、単独でめちゃくちゃ強い、のキイワードで俺の脳内最新アーカイブに一件ヒットする。
「相手は猟犬(ハウンド)かもしれない」
ここんとこ目立つ活動をしている謎の傭兵だ。どんな無茶な依頼でもこなす。経歴不明、動機も不明。そもそも猟犬という呼び方も、名前が不明だから勝手につけられたのだ。うへえ、そんな相手を雇ってまでうちのボスを始末したかったやつがいるんだな。仕方ないか、マフィアだもんな。
「……ボス?」
応答がない。
しばし待つ。
やっとスピーカーから雑音。壊れた感じはしなかった、
『そこにいるのか』
け、ど。
『ソーン』
この、声は。
『片付けながらそこへ向かう。俺のところに生き残りを誘導してくれ』
「いいのかよ、やるけど」
『頼む』
震えた声がバレなきゃいい。
スマイリー。
途中で通信機器をむしり取ったらしいあいつと、管制室で屋敷内の情報を手にしている俺の連携は少しもなまってはいなかった。
ああ、そんなことより、耳元であいつの声がするのが嬉しくて、ひゃっほーと叫びたい。
ぐっと堪えて誘導、位置と人数を淡々と伝える。こっちは大丈夫、この部屋は壁も扉も厚いんだ。内側からロックしたし、開けられるのはボスがいなけりゃ俺ひとり。
お前は? お前はケガとか大丈夫なのか。
『問題ない、動けてる』
それが心配だっつの。
そうこうするうちに、あいつはとうとう扉前まで辿り着いた。
大仰な解錠音と裏腹に音もなく開く分厚い扉。
天井の明かりを切り取ってそびえ立つ巨躯。
「ソーン」
機械越しではない声が俺を呼ぶ。
いいよ、お前の目的が俺の命でも、もういい。全部お前にやる。
「迎えに来た」
夢のような一言が、俺の視界を明るくした。
遅くなってすまんとか、見つけても連絡を取ろうとするとお前が危険になりそうで、とか言ってるけど、俺の頭にはなあんにも入って来なかった。三年も俺を探してくれていた。それだけで、嬉しくて。
「ここを出て、帰ろう」
頷くしかできない俺の手を分厚く強い手が引いてくれた。
ハウンドとしての依頼は完璧に完了したらしく、依頼人だろうマフィアの上機嫌なおっさんが上等で安全な宿を用意してくれていた。スマイリーは無言で振込を確認し(こっそり俺がセキュリティ確認して強化しといた)、2人して部屋にチェックイン!
スマイリーは口数が少ない。疲れているのか、拉致された間抜けな俺に怒っているのか。装備を全部外してボストンバッグへ詰め込んでいる。俺はルームサービスをつまみながらそれを見てるってわけ。
それにしてもスマイリーのやつ、体一回りデカくなってね? こちらに向いてる背中が記憶より広い。……気がする。
「すーまーいーりー」
「ん?」
お、甘めの声だ。怒っては、ない。
「終わった? 風呂入ろうぜ」
「先に入ってくれと言わなかったか?」
前言撤回。冷たあ!
「えー」
いっしょにはいりたい、がさすがにガキっぽすぎたか。うわあ恥ずかしくなってきた。
「んじゃ、先いただきまーす」
「ああ」
逃げるみたいに風呂に駆け込んだ俺の後にスマイリーも諸々の汚れを流してきた。備え付けのガウンじゃなくて、黒のTシャツにブラックデニム、なんだけど、うわうわうわ、やばい、なんだよ、前より体脂肪落ちてバッキバキじゃん。それでこのデカさはやば………あれ?
「スマイリー!」
「どうした?」
突然鋭い声を出した俺に、スマイリーが気遣わしげな声と視線をくれる。
「どうしたじゃねえんだよ。脱げ」
「ちょっ、ソーン?」
ベッドに引っ張り倒して……倒れてもらって馬乗りになる。着たばかりのTシャツを剥ぎ取るとまじまじとその体を観察する。
「傷が増えてる」
「いやこれは」
「たくさんある」
俺を助けるために、こんなにケガしたのか。痛い思いを、苦しい思いをしたのか。
「ソーン」
俺が乗ってるのに易々と起き上がり、俯いた俺を包むように太い腕がぎゅうと抱きしめてくれる。
「大丈夫だ。もう治ってる」
「帰ったら精密検査だかんな。忘れんな」
「as you wish, my master」
笑いが腕の中の俺にも響く。
「ソーンは、お前はちゃんと食べてたか?」
「んー、まあまあちゃんとしてた。あ、やらしーことは一切されてません! 安心して!」
さすがイタリア人は男なんて見向きもしないの助かったわー。
急に饒舌になった俺の背をなだめるように温かい手が何度も往復する。
それから、額に軽いキス。
「それは、帰ってからじっくり確かめる」
青い青い眼がちかりと光る。
「待ちきれないって言ったら?」
挑戦的に言い放ち、噛みつくように唇を合わせてやる。
「なるべく、手加減する」
あっこれやばいかも、撤回、と思った時には遅く。
分厚くあたたかい体がゆっくりと覆いかぶさって来るのを、俺は高鳴る胸を抑えて迎えた。
精密検査では、体内に残った銃弾が、散弾を含めいくつも見つかって、医者と俺にこってり怒られたスマイリーは、何が嬉しいのかずっと笑っていたが、それはまた後の話だ。