六月の満月今日は朝からアッシュが慌ただしくしている。
その理由は毎月訪れる『満月』のせいだ。
彼は人狼という種族であるため満月を見ると…否、浴びると表わす方が正しいだろうか…兎にも角にも満月を見てしまうと獣化してしまう。
窓のない室内にこもっていれば獣化せずに済む様なのだが、ユーリ城は外の明かりを取り込む造りが多くうっかりすると獣化してしまう故、晴れた満月の日は日中のうちに家事を済ませておく様にしている。
人狼種は成長するに従い満月の日の反応が変わることが多い。
幼少期や未成熟な肉体は狼の姿に獣化し、成熟してくるに従い獣化は減るが凶暴化や発情など厄介な反応を見せる様になる。
また、成長しても体調不良などで弱体化している場合には獣化しやすいと云う。
アッシュは人狼族の中でも発育が遅い方らしく…未だに獣化してまい、彼自身もそれを甚く気にしている様である。
とは言え、身体付きはすっかり成人のそれであるし…ロストと並んでも大きな差はなく健康そのもの。
『彼の心に何か原因があるのかもしれない。』
ユーリの親類でこの城の住人たちの主治医に当たるルークが、以前そんな事を零していた。
「忙しそーダネ、わんちゃん。」
「そう思うんなら少しくらい手伝って下さいよ。
あと、わんちゃん言うな。」
ダイニングの席で優雅に頬杖を付いて放たれたスマイルのそんな一言にアッシュはそちらを見ることも手を止めることも無く、すかさずそう返した。
「…なんでそんなにせかせかしちゃってんのサ。
そんなにするコトある??」
「今日はやっと晴れたんで客間の掃除したし、シーツや布団カバーに加えクッションカバー、枕カバーも洗ったじゃねぇっスか。
だからベッドメイキングからカバーつけ直しから…おやつ、夕食、夜食、明日の朝食の仕込みまでする事山積みなんス!」
「……別にイイジャン…お客なんて来ないんダシ。
それにサァ、明日の朝なんて元に戻ってんデショ。イージャン、朝で。」
「…アンタの為じゃないんでね。」
「…む。その言い方、なんかムカつくー。」
不服そうに頬を膨らませたスマイルは相変わらず忙しなく動き回るアッシュを視線で追いかけていた。
アッシュが冷蔵庫から苺のパックを取り出した。
その逞しく無骨な手からは想像もつかないほど優しく柔らかな動作で。
更に彼の頬がだらしなく緩んでいる。
「…『いいイチゴが手に入ったし、きっと姫が喜ぶだろうナ。目に浮かぶナァ。』……ってカオしてるネ。」
「う、うるせぇ!」
「アーラ、図星ッ☆」
ニヤリと目を細め、口角を上げて
…ヒヒヒ…と独特な笑い方をする。
その表情はやたらと妖しい。
ファンの女子たちが見たならば卒倒するかもしれない。
そんな風に思いながらアッシュは思わず振り向き彼を見てしまったことを後悔する。
ニヤニヤと愉しそうな表情は何やら悔しい。
自分だって姫にデレデレのクセに。と悪態を付きそうになるのを堪え、作業に集中した。
「またムース?
それともショートケーキ?
はたまたシャーベット??」
「んなの全部に決まってんだろ。」
「…決まってんノ…」
「ついでにジャムとゼリーもです。」
「…イチゴ、足りるノ?」
「3パック買ってあるんで。」
「…あ、そ…。
ソレは…オミソレシマシタ…」
「「……………。」」
「…そう言えば…
6月の満月はストロベリームーンって言うらしいっスね。」
「…ボクはローズムーンって聞いたヨ。」
「色々呼び名があるんスね〜。」
「…ダネェ…」
「「………………。」」
「「…何れにせよ『姫っぽい』な…」」
「「………………。」」
思わず重なった一言に対して
最近、思考がシンクロすることが増えているな…と思うが、それすらも互いに思っていると云う事を互いの表情を盗み見て知る二人なのであった。