flatあいつは年の割には落ち着いていて、親父臭いとまで思わせるほどの奴だ。口調、振る舞い、態度、そのどれもが。
見目もまだ成長途中といった感じだが、骨太だ。青臭い、雄の匂いがしていた。将来はあの厳つい父親に似るのだろうか。しかし、髪の色、瞳、それらは母親似だ。昔、あいつの両親を見たことがある。よく見れば、母親に似ていなくもない。瞳は存外に大きいからだ。顔立ちも整っている方といえばそうだ。
正直、世間知らずの子供だと思っていた。
一般的なベオクと変わらず、ラグズを蔑むのか、「半獣」などという蔑称を用いた。しかし、こちらが指摘するとすぐに改めてきた。これは面白い奴だと思った。
その後、興味を引いてやまない。
どうやら幼少時の記憶がないらしいあいつには言っていないが、自国で昔、顔を合わせたことがある。とても朗らかで素直で可愛らしい子供だった。元気一杯で、腕白坊主という言葉がよく似合った。それでいて甘えたがりだ。母親の服の裾をよく掴んでいた。
こんなことを今言えば、頬を膨らませるだろうか。
そして、あいつは任務として住民からの暴行に耐える自分を庇った。デインから追われ、隠密行動中にも関わらず。
そんなあいつに若さを感じた。
そして惹かれてやまない。
明らかに、あいつに対して好意を抱いている。
ただ、あいつは男だ。
それは友情、これは親愛という名の情。
「よう、アイク、久しぶり」
「ああ、ライ、来てくれたのか」
久々の再会だ。
「あいつ」ことアイクは、以前と違い、将軍位の軍装を纏っていた。小さな傭兵団の長であったが、デインに襲撃されたクリミアの姫を保護して以来、成り行きで爵位を受け、クリミア解放軍の総指令官となった。
ライは、アイクらの当初の亡命先であった自国ガリアにてアイクの案内人となった。それ以来の縁である。
ライはアイクらがトハ港から出国する際、デインの追跡をくい止めた。それから顔を合わせていなかった。季節を二つほど過ぎたくらいだ。
ガリアがクリミア軍へ兵を派遣する手筈が整い、こうしてアイクと合流したのである。
ライと対面して、彼と再会するまでの間の様々な出来事をアイクは思い出した。その中から選んで話していく。
「そうか……獣牙の奴がそんな」
それはアイクらがガリアから渡航してベグニオンへ着き、神使より直接依頼を受けたときのことであった。
商人に扮した不穏な一団がいるという。その積み荷を押収するという任務にあたった。
「……まったく聞く耳を持たないな」
敵はラグズを差し向けてきた。それは自我を失い狂っている。化身を解くことなく獰猛な獣の姿を留めていた。同じ獣牙の者が働きかけても応じない。ただ攻撃を仕掛けてくるのみ。
仕方なく、その者の命を奪った。
そして一団を壊滅させると無事に積み荷を押収する。
アイクは団員に積み荷を任せると、命を奪ったラグズの元へ寄り、神妙な面持ちになった。死を悼むとともに思案していた。
「こいつも連れ帰って、神使へ報告した方がよくないか?」
傍らの参謀へ問う。
「それは任務外のこと。報酬を上乗せできるかわかりません。積み荷を運ぶので人員は手一杯ですが」
参謀セネリオは冷徹にそう助言した。
「……わかった。俺が」
そしてアイクは己の倍はあろうかという大きさのラグズを身一つで運ぼうというのだ。いたって真剣な表情だ。神使へ報告すべきと思うほか、弔いたいという気があった。
「こいつ……妊娠していたのか」
ラグズの腹に触れ、様態を確認し痛ましく思った。
これは氷山の一角に過ぎない。この先もこのようなラグズと遭遇する機会が幾多とあった。
デインとの対戦において差し向けられることからデイン側に大元があると踏んでいた。
生態を歪められ、狂わされたラグズのことを聞き、ライは心痛を覚えた。そしてそれに厚く対応したアイクへ益々の好意を抱いた。
「あれは氷山の一角に過ぎなかったようだ。行く先行く先であんな状態の奴と対戦している。デインの奴らが差し向けてくるということは、デイン側に何かある」
眉を上げ、真剣な表情のアイクへ向けて、ライも同じような表情でそれを受けた。
「ああ、今日もそんな奴と対戦した。あれは普通じゃない」
合流元であるオルリベスでの対戦にて、ライもそのような状態のラグズを目にしていた。
「デインと対戦していけば、いずれ、大元を突き止めることができるかもしれない。こんなことは止めさせたい」
「ああ。まったくだ」
深く息を吐き、同胞を思うライ。そんなライの表情を伺うようにアイクの目線が向く。
「あ、久しぶりだっていうのにな、しんみりしちゃって。おまえが元気でよかったよ」
すぐに気付いたライはおどけた笑顔を作る。アイクはそれを目にするも眉間に皺を寄せたままだ。
「……俺は、普通じゃないらしい」
「ん?」
ぽつりと呟かれるその言葉。ライは首を傾げてアイクへ目線を向ける。
「トハを発ってから思うところがあった。おまえと再会して思い出した」
アイクは思いを手繰り寄せるように言葉を出していく。
「あの住民たちがおまえに暴行を加えたのは「畏れ」だ。俺はそれがわからなかった」
ゆらりと燭台の炎が揺れる。
「でもミストが言っていた。慣れるまでラグズと接するのは怖かったと」
真っ直ぐと向くその瞳。
「俺は、ラグズだからベオクだから、と差別して扱いを変えるとか、危害を加えるとか、わからなかった」
ライの瞳はそれを受けて柔らかく形を変える。
「あと、ベオクの奴隷として過してきたラグズとも接した。ベグニオンでの貴族社会のように生まれがそうだからと、それを受け入れて生きている奴ら」
アイクの言葉はさらに続く。
「ライ、おまえは怖くないのか、ベオクが」
そしてライは息を飲む。とくとくと想いを受け取る。
溜まっていた胸の内の想いを打ち明けてアイクは表情が少し緩んだ。
妹の些細な一言がずっと胸の奥に引っ掛かっていたのだ。一番身近な存在が、そんな感情を持ち、過していたことに衝撃を受けていた。自分で感じ取れなかった感情だ。それと、自分と生活習慣の違う社会を目の当たりにして受けた衝撃も合わせ。
「確かに、普通じゃないのかもしれない、おまえは」
ライの手がアイクの両肩に乗る。
「だけど、オレはそういうヤツに出会えてよかったと思う」
その一言にアイクの瞳が微かに笑む。
「当たり前のことが当たり前じゃない……、そういうのがあるな」
「まだ何か?」
「ああ、俺はベオク、おまえはラグズ……だよな。そして俺は男、おまえも」
「ああ」
アイクは再び言葉を吐き出していく。
「ベオクだから、ラグズだから、って差別はしない。そう思う。そして男でも女でも手加減はしない。そう思うのだが」
団の女性剣士のことを例にアイクは迷いを口にする。
彼女は鍛錬好きで向上心旺盛のため、よく手合わせを申し込まれては共に鍛錬した。
「瞬発力が同じくらいであれば、力で押すと押し切れてしまう。大抵俺が勝つんだが、あいつ、何度でも諦めずに挑んでくる」
拳を握り、筋を浮かせるように力を込める。
「他の奴とも鍛錬してて、そいつには男と女では肉と骨のつき方が違うから戦いではどうしても不利になると言われてた」
そして深く息を吐く。
「まあ……事実だからな。それは仕方ない」
ライは一言、そう返す。
「はは、おまえ、朴念仁とか言われてるけどそういうことも考えるんだな」
そう言われてアイクは口を結び眉を歪めた。
「男と女、かあ」
しみじみとライはそう口にし、想いを巡らせた。
「ただ、心は変わらない」
その指がアイクの胸を指す。片目を瞑り、茶目っ気を含んだ表情で軽口めいて。
「ああ、強くなりたいという心は」
頷き、アイクは返した。
──好き、という心もな
じわじわと胸の奥から込み上げてくる感情。
ライはそれを感じていた。
(オレはおまえを好きなんだ)
揺れる燭台の炎が照らすその顔を見て、抱きしめたい衝動に駆られる。
(だけど、オレは男。おまえも男。これは友情。恋なんて)
男が男へ恋慕の情を向けるなどと、常識ではない、当たり前ではない、そう思った。
「すまん、おまえに言ってもなんだ」
思いのたけを吐き出したアイク。ライは思わずそんなアイクの手を握り、首を横に振った。
「何か、辛かったら言え。オレたち、友達だろ、な!」
ライがそう強く言ってやるとアイクは口を結び首を縦に振る。ただ、もうそれ以上は何も告げることはなかった。
そして思わず口から出た「友達」という言葉。
(……友達……)
握りしめた温かい手の感触。それがその情を向ける相手のもの。
(ああ、オレは卑怯だ)
そう思いながら彼は口を開いた。
「なあ、アイク。もう、夜も更けてきた。そろそろ寝ようか」
すらすらと台詞を流し、相手が頷くのを見ると
「ひとつ、教えてやろう」
ニッ、と口端に笑みを湛え
「獣牙族の挨拶だ。寝る前にこう」
相手の手を握ったまま、顔を近付けて、唇に唇を重ねる。
「おやすみ」
小さく手を振り、そっと部屋を出た。
そして扉の前で唇の感触を思い出すように指で触れ、思い出し笑みを浮かべるとともに罪悪感を感じた。
(あんな、誰彼も信じるような奴、危なくて放っておけない。……友達として、な)
ライが退室した後、アイクは指で唇を触れ、首を傾げつつもラグズの習慣を一つ知ることができたと納得していた。
そのまま寝台に横になろうと思ったが、用を足したいと思い部屋を出た。
「あ、レテ。もう寝るのか?」
「そうだ。休息も立派な任務だ」
通りすがりにライの部下である女性獣牙兵と出会う。声を掛け、アイクは近寄る。
「……なっ!」
アイクに手を取られ唇を重ねられたレテは驚き、顔を赤くした。
「何をするか!」
憤りなのか照れなのか判別できない表情と声で抗議する。
「獣牙族の挨拶なんだろ? 寝る前の。俺は知らなかった。ラグズに関して俺はまだまだ知らないことがあるようだな」
アイクのその説明に拳を固めつつ顔を引き攣らせるレテ。
「おまえ……それを誰に聞いた……」
翌朝、アイクは爪で引っかかれた痕のあるライと顔を合わせ、首を傾げていた。
クリミア解放軍は苦戦しながらも順調に駒を進め、首都奪還が目の前となった。
そんな中、グリトネア塔にて白鷺王女リアーネが囚われているという情報が入った。
リアーネは一旦、フェニキスにて鷹王ティバーンの保護下にいたが、ティバーンの不在時にデインの手により囚われてしまった。
リアーネ救出のため、アイクらは別動隊として乗り込んだ。
その情報をもたらしたのは竜鱗族の女性であるイナだった。デインの幹部として内部にいたため、事情を知っていた。イナはリアーネがグリトネア塔に囚われていること以外にも情報を持っていたようだが、言い淀んだ。
それが何であるのか実地で悟ることになる。
ライは塔に近づくにつれ、表情を険しくしていった。
「どうした?」
それに気付いたアイクは彼に問う。
「獣の気配がする……それも、多数の」
ライの尻尾と耳の毛が逆立っていた。嫌な予感がしていた。
「なあ、アイク……あの塔、何か変だぞ……」
今までにない表情でライは息を吐き出すように言葉を吐いた。そんな彼の瞳は化身する直前のように光る。
アイクはそれが何なのか訊く。彼もまた、ライの普通ではない様子に息を飲んだ。
「……めちゃくちゃ嫌なにおいがする……」
ベオクにはそこまで感じられない臭いでありライほど感じられなかったが、確かに空気が淀んでいる感じはするとアイクは思った。
そしてイナが、塔には不正に生態を歪められたラグズが多数いると告げた。それも、種族も様々な。
「やっぱり……」
ライは呟き、奥歯を噛んで表情をさらに険しくした。嫌な予感が的中したのである。
追い打ちをかけるようにイナが一番多いのは獣牙族であると告げた。
その言い種にライは苦い顔をしたが、イナは正確な情報を告げたのみ、ということだった。
「ともかく、暗闇になると一気にこっちが不利になることは間違いないようだな」
獣牙族が暗闇に強いということを引き合いに出し、それらが多いという情報を合わせ、アイクも淡々と戦況を述べた。
そんなアイクの動じなさにライは軽くため息をついた。それとともに、知らず己の精神が弱まっていたことに気付く。少なくとも、戦闘が終わるまでは気を保っていなければ、と思った。
「……ライ」
そう思い直したところにアイクが声を掛けてくる。
「おまえは安全なところまで下がっていてくれるか?」
その言葉にライは背を熱くした。
そして見つめてくる瞳。
先程、イナとともに獣牙族が一番多いという話をした際は無神経かと思った。しかしそんな気遣いを求めるのも贅沢な話と思った。むしろ、彼の負担になってはならない。
しかし、彼のその言葉──
「ああ、」
絞り出すように声を出す。
「どうしてもためらいが出るかもしれない。おまえたちの足を引っ張るようなことになるかもしれない」
拳を握り、地面を見つめ
「……オレの仲間たちを、頼む。元に戻す術がないなら……せめて」
アイクの剣柄を見つめた。
「わかっている、まかせておけ」
そして見上げるとその強い瞳で訴え、返ってくる。
(ホント、情けない限りだ)
ライは自分の不甲斐無さに憤っていた。
先程も、鷹王が各種族取りそろえている、と軽口めいて言い放ったとき、不謹慎だと憤ったが、続いた言葉は「俺が楽にしてやる」という。
同胞を思う気持ちは同じだ。
己も同胞を思い、心痛を覚えているが、鷹王はそれを越えて最終的な手段で彼らを解放しようと決意していたのだ。
ライはそれも含めて、自分が不甲斐無いと思った。
そんな思考にたゆたっていると、
「……一連の問題の総本山かもしれない」
アイクがそう口を開く。ここがこれまで対戦した『なりそこない』の発生源ではないかと推測した。
「皆、救えるといいな」
ライはそう返した。それは同胞への思い。
「ああ」
短く返しアイクはライへ背を向けて前へ進んでいった。
ライは愛おしげにその背中を見つめた。
──そこにあったのは悲劇としか言いようのない惨状だった。
なりそこないとデイン兵の部隊を退け、無事にリアーネを救出した。それは喜ばしいことであったが、対戦の結果、多数の犠牲となったラグズがいる。
「あいつらは……どのみち、助からねえ」
険しい顔をしていたアイクへティバーンがそう声を掛けた。血飛沫を浴び、染まった拳を握りしめながら。
アイクは、ここへ進軍しなければ少なくとも、なりそこないたちの命は据え置くことはできたかもしれないと思ったが、ティバーンの言葉で納得した。
「おまえは、悪くない」
憔悴の色を伺わせる瞳を向けてライは言葉を絞り出した。
結局、ライも前線に立ち、戦った。それが同胞の弔いになると思った。体に受けた痛みより、心に受けた痛みが大きい。
「……おまえも」
アイクはそう返す。
そしてイナが塔の地下へ案内するという。アイクらは地下へと向かった。
近づくにつれ、腐敗臭が強まっていく。ベオクの鼻でも分かり得るほどの臭いだ。アイクがこの臭いを指摘している。
ライは地下へ案内される前にこの臭いに気付いていた。塔が見え、狂わされているであろうラグズの気配を感じたときより嫌な予感を覚えていた。
足を進め、階段を降りきって、地下室への入り口を潜った、彼らは──絶句。
檻の中に詰め込まれるように獣の死骸。肉が溶け、骨が見えるもの、白骨化したもの、欠損したもの、その部位。
皆、言葉を失い、立ち尽くした。
檻から流れ出ている液体はもとは個体であったものが液状化したもの。蛆が泳ぐ。蠅が飛び回り腐った肉に群がる。
そこには個としての尊厳はなく、廃品のように捨て置かれていた。
「答えろ! これは一体何なんだ!?」
激昂したライがイナに詰め寄る。
「ライ!?」
今までにないライの取り乱した様子にアイクは思わず彼の名を呼んだ。
イナは淡々と、これはラグズ……もとはラグズであったものであると告げた。後に、デイン国王が各地から強者を募る際、対戦用として利用するため、薬を投与されたということも告げた。
「くそっ、ちくしょう……っ、オレは、オレは……」
膝を折り、ライは嘆く。自分の不甲斐無さと同胞の悲惨さを目の当たりにした心痛から。だらりと尻尾を地に付けて、手も地に付けていた。
アイクはそんな彼の様子をいつもにないと思って見ていた。普段、余裕の表情で接してくる彼。諭すように案内してくる彼。冗談で笑わせようとしてくる彼。怒り、悲しみ、などという表情は見せない。それが今、剥き出しに怒り悲しむ。
地下から戻り、本隊と合流して結果を報告する頃には、ライを含めたラグズたちは平静を装い、過ごしていた。
「姫、大丈夫ですよ、オレたちは」
少し笑みを作り、ライは本隊の指揮を務めていたエリンシアへそう告げた。
エリンシアはそれを、普通に振る舞っていたようだが痛々しい様子だとアイクへ言った。
その夜、アイクは静かにライの部屋の扉を叩いた。
扉を叩く音がする。
ライはそろりと寝台から起き上がり、扉を開けた。
「どうした?」
首を傾げ、少しおどけたような表情で扉の向こうの主へ顔を向ける。
「入るぞ」
アイクはつかつかと部屋の中へ立ち入っていった。
「おい」
そんな強引さにライは少し惑うがゆらりと尻尾を揺らし、追う。
アイクは寝台に座り、ライを凝視する。口を結んだまま。ライはそんな彼の様子を見ながらそろりと横に座る。アイクの目線がライに合わせて移動する。
肩を張り、両拳を膝の上に置いて座るアイク。何か言いたいことがありそうだが、ライは訊かずにおいた。そしてそれとなく感じるその心。
「あのさ、」
しばしの沈黙。そしてライが口を開く。
「オレ、大丈夫だから」
彼の気遣いは感じていた。何か励ましの言葉でも掛けにきたのだろうかと思った。それでも不器用な彼のこと。どのような言葉を掛けるべきか悩んでいるのだろうか。
だから先手を打って言葉を発した。
これ以上情けのない己を見せることもないと、ライはいつもの様子、調子で彼に接する。
「そうか」
そう応えるも納得していない様子でアイクは返す。
「……!?」
すると、アイクの顔が近づき、ライの唇に唇が触れる。
「おまえ、嘘ついただろ。これは獣牙族の挨拶なんかじゃないってレテが」
その指摘にライは大きく表情を崩す。
「これは、好きな者同士がするって言ってた」
アイクは強くライを見つめる。その蒼い綺麗な瞳で。
「おまえが俺にしてきたってことは、おまえは俺のことが好きなのか? だからこうしたら元気が出るか?」
数式を解くかのように導いた答えなのだろうか、アイクは自分なりに導き出した答えに従ってそれを実行してみた。
「いや、あの……、なあ」
ライは顔を熱くした。自分から仕掛けておいて、いざこうして相手から仕掛けられると戸惑いすら感じる。
「っていうか、おまえの気持ちはどうなんだ」
確かに己は相手のことを好きだ、しかし相手の意思はどうなのだと、ライは思った。思わず聞いたが、すぐにその答えを聞くのが怖くなった。
「嫌じゃない」
澄んだ瞳が語りかけてくる。
「おまえにされたのもしたのも嫌じゃなかった。だから俺はお前のことが……好きなのか?」
首を傾げて逆に訊き返してくる。口付けが嫌ではない、だから好き、そんな答えで合っているのかと。
ライは無意識にアイクの両手を取って握っていた。
「好きなんだよ」
頭を下げ、握った手を額まで持ち上げ、拝むように言い切る。
「好きだ、好きだ……! おまえは男、オレは男、でも」
「……男だから? 何だ?」
頭を垂れるライに向かってアイクは言い放つ。ライは顔を上げる。
「ラグズだろうが、ベオクだろうが、男だろうが、女だろうが……関係ないだろ」
さらりと、堂々と、言い切られるその言葉。アイクは真っ直ぐとそれを告げる。
「アイク……おまえ、おまえ」
ライは込み上げてくる感情に身を任せ、飛びつくようにアイクへ抱きついた。
「だから好きなんだよ」
そのまま寝台に埋もれるようにしてそのぬくもりを感じた。尻尾が遅れてゆらりと流れる。
「いいか、もういっかい」
そっと指で唇を触れる。すう、と息を吸い顔を近づけて……挨拶。
「ん、」
さわさわと耳に指が触れる感触がする。アイクの指がライの耳を触っていた。
「ねこのおにいちゃん」
昔、こう呼ばれたことがあった。今、こうして愛しいと思う少年が、小さな、小さな頃。
ふわふわの尻尾を触って喜んでいた子供。肩車をされて喜んでいた子供。その子供はよく耳を触っていた。
そんなくすぐったくも優しい記憶が蘇る。
そのままあたたかな体温を感じ、二人は子猫のようにじゃれ合うといつしか眠りに落ちていた。
それは恋なのだろうか──
ただ、いとおしい。そう思う。
垣根なしに心を渡し合えることが何よりも幸せだと思った。
いつまでも、いつまでも。
─了─