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    騎士と姫君「やっぱり女の子はいつだって運命の人を探してるんだよね」
    「うん。王子様もいいけど騎士様もいい! そしたら女の子はお姫様ってことだよね」
    「いいね、お姫様」
    「お姉ちゃんも…お姫様、だよ!」

    そこに響くのは甲高い声。女の子同士の会話が聞こえてくる。聞きたくなくても声が通るので聞こえてくる。
    「ケッ…」
    それを苛々しながら耳に入れる男が一人。
    補給部隊が補給業務を行っている間、彼ら傭兵団の団長は総指揮者として軍議に出席している。その間、特に庶務もなく鍛練もしない者は詰め所で歓談などをしていた。
    男は緩んだ弓の弦を張り直しながらそれを耳にしていた。

    「大将も女の子だもんね!」
    「うん、お姉ちゃんには…ライさん、かなって思うけど…あのね、この間ジョフレ将軍が膝まづいてこう…手の甲にキスしたの見たら、いいなあって」
    「ひゃー! あれ見た見た! あれ、あたしの理想! 運命の人って感じする」
    「ねー! 騎士様って感じ。最近、お姉ちゃん…訓練をジョフレ将軍としてるっていうけど…いい! そこから始まるの!」
    「あーっ、いいなあ~! ともに鍛え合う中生まれる愛とか最高。あたしもそんな恋がしたい! でも運命の人はもういるけどね!」
    「誰、誰?」
    「あのね~…」

    そんな会話が聞こえてくる中、男は張り直した弓の弦を何度も無意味に弾いていた。
    (くぁーっ! 半獣野郎に貴族野郎…どいつもこいつも…)
    男はそこまで心の中で悪態をつくが、特にその対象に非はないことに気付き、ますますいらついた。そして何故自分がここまでいらつくのか、ということにも気付き、さらなる悪循環となった。
    「シノンさん、何してるの?」
    そう問い掛けてくるのは団員であり己の弟子である少年だった。
    「見りゃわかるだろうが。弦を張り直してんだよ!」
    少し語気を荒げてそう返す。
    「そんなに弦を弾いて確かめるんだね!」
    少年は師匠の行動に目を輝かせてそう言った。なまじ純粋な言葉を投げ掛けられて、男は己の無意味な行動と苛立ちが尚更露呈してはならないと思った。
    「ねえねえ、シノンさん。ミストちゃんとワユさんが運命の人とかって言ってるけど、アイクさんのだよね。運命の人って何かな。アイクさん、お嫁にいっちゃうのかな」
    男はこの少年がわざとそう問い掛けてきているのではないことを祈っていた。そうであったらその腹黒さが末恐ろしいと思った。
    「知らねぇよ! そんなんどうだっていい」
    とりあえず、そうぶっきらぼうに返す。
    「ヨファ、てめぇは弓の練習でもしてろ」
    「は~い」
    この素直な返事にかけて、あれはわざとではない…そう思いたいシノンであった。彼はこういう子供には弱いところがある。それだけに八つ当たりもままならない。

    「シノンさ~ん、聞いてくださいよ! これが運命の人っていう……」
    そんなところへ見事に現れたのが彼の舎弟であるガトリー。また懲りずにどこかの女に惚れただのという話なのだろう。
    「ぐはっ!!」
    ガトリーの鳩尾に肘鉄が入る。
    「またてめぇは…!」
    以下、いつもの説教が始まる。シノンは八つ当たりできる相手を見つけてある意味嬉しそうな表情を浮かべていた。
    「そりゃないっすよシノンさん!!」

    軍議が終わり、アイクは天幕から出てひとつ伸びをした。
    「いよいよ本格的に王都へ向けて進攻ですね。ますます気が抜けません」
    アイクへそう声をかけるのは、ジョフレだった。彼も騎士団を抱え、クリミアの地を識る者として軍議に出席していた。
    「そうだな。まだあと一山も二山もあるが、それを越えれば目前だ。そのときのためにこの腕を鈍らせてはならない」
    その凛々しい双眸がきりりと強い意志を見せていた。ジョフレはその表情を目にし、頼もしさと美しさを感じていた。
    「ときにアイク将軍、これからの予定は?」
    ジョフレは柔らかな笑みを湛えてそう彼女に問い掛けた。
    「だから…将軍とかって付けずに呼んでくれって言っただろ。堅苦しくて好きじゃない。あんたのことだから、人前では体裁もあるだろうから仕方ないけど…他に誰もいない場所では呼び捨てでいい」
    アイクが少し眉間に皺を作りながらそう言った。
    「と、とんでもない…。貴女のことをそんな。ではせめてアイク殿、と」
    少し動揺しつつジョフレは彼女のことをそう呼んだ。
    「まあいい。あ、そう…これからだが、軽く訓練しようと思う。よかったらまた付き合ってくれないか」
    ちらりと己に向くその視線がどれだけ魅惑的なのだろうかとジョフレは思った。彼女は女性にしては背丈があるほうで目線は彼より少し下くらいなのだが、それでも僅かに上目使いになるその加減が絶妙だった。整った形の澄んで大きな瞳が彼を向いている。
    ドレスは着ていないけれど、その誘いは戦いのための訓練であるけれども、甘美なるもの。ジョフレはその指名が自分にくることを嬉しく思った。
    「はい、喜んで」

    ジョフレは馬上から訓練用の槍を彼女へ向けていた。彼女は騎乗せず、地に足を付いて応戦する。それも槍ではなく剣で。
    (これが鍛練と実戦を積んだ上の賜物…!)
    常識的には、歩兵に対して馬上からの槍による攻撃は、特に剣士へは抜群の相性を誇るはずだ。その常識が適用されないが如く、アイクは流麗にその槍を剣筋でいなし、間合いを詰めてくる。
    己を救出せんとこの剣技で駆け抜けて現れ、鮮烈な印象を己に与えたのだとジョフレは思い返した。
    そのときは馬の脚を狙い、バランスを崩させ騎手を落馬させたりもしていた。今もこうしてそのときの動作をしにかかる。しかし、必ず寸手で止める。
    (なんという腕前…余裕そのもの…!)
    彼女に馬を攻撃する意志はないと見る。そうであればそれは余分な動作である。馬へ攻撃しないのとそのような動作を入れるのは、訓練だからだ。それを聞かずして理解できるのはジョフレもまた実力者だからである。
    卓越した手綱捌きと槍術によって四方八方へ彼女を追いやるも決定打を繰り出せない。これが実戦であれば逆に、一旦退いて指示を出し数人掛かりで仕留めにかかるであろう。それほどまでの腕の持ち主なのだ。
    少しそのようなことを考え、意識が逸れた隙を捕らえられたのかジョフレはアイクに訓練用の剣の面で思い切り背を叩かれた。一本取られたのである。
    鎧の上からとはいえ背中がじんじんと痺れた。これが重みのある真剣であれば背を砕かれていたかもしれない。いや、そもそもそのときは実戦であろうから落馬させられるのが先か。
    (女性であってもこの力…一体どれだけの鍛練を積んできたというのか…)
    少し前にどのように鍛練を積んできたかという話題になったときに聞いたことがある。彼女は父親から気絶するまで訓練を受けていたという。それはどれほど壮絶なものだったのだろうか。その結果が今ここにあるのだろうが。
    (しかし…いくら傭兵として生きるためだとしても、やはり心苦しい。女性としてもっと許されてもいい部分があるのでは)
    ジョフレはさっと下馬し、アイクに一礼した。アイクもそれに気付いて礼を返す。そして馬の方に寄り、馬の身体を触りながら何かを確かめるようでいた。
    「うん、大丈夫だな。よしよし。おまえも付き合ってくれてありがとう」
    彼女はそう馬に話し掛けながら優しく撫でていた。そして首筋に頬を付けて片手で抱えながら何か話し掛けるでもなく、心だけで会話しているように見えた。
    訓練だからと馬へ攻撃を与えなかった彼女。しかし訓練なので実戦さながらの戦法をとらなければ意味がない。そうして自然と先程の所作で対峙するようになっていったのだが、普通に攻撃を与えるより遥かに高度なことだとジョフレは感嘆するほかなかった。
    (奇跡のように強く…そして優しい)
    彼女がそうして馬と触れ合う姿を見て、ジョフレは高まる胸の鼓動を感じた。
    (剣を持たなければ、きっとその慈愛に満ちた心と相俟ってよりしとやかであられただろうに)
    勇壮で戦女神のような彼女もまた魅力的ではあるが、男としてのエゴであろうか、ジョフレは女性らしい粧いをして手を血に染めない彼女の姿も見てみたいと思っている。
    「アイク殿、我が愛馬への労いも有難うございます」
    ジョフレはそう口火を切る。
    「ああ、いや。こちらが礼を言うべきだ。こいつはいい馬だな。あんたとは一心同体って感じだ」
    アイクは少し笑んでそう返す。
    「これでもこいつは…結構荒々しく、慣れるまでにかなりかかりましたよ」
    「そうなのか」
    アイクは馬の首を撫でながら少し目を見開いていた。彼女に首を撫でられている馬はブルルと鳴き、おとなしい様子を見せていた。
    「こいつにも分かるのですよ。貴女が優しい女性だということを」
    真っ直ぐな瞳でジョフレはそう彼女へ言い放つ。
    「アイク殿、その香り…とてもよくお似合いです。エリンシア様がお贈りしたものですね」
    真っ正面からそう言われてアイクは目をぱちくりとさせる。
    「叶うなら、私からも贈り物をさせていただきたい。貴女は望まないかもしれないが、上質なシルクのドレスなどとても似合われるだろうと思います」
    彼女のその頬が紅潮してきた。
    「似合わない…! 絶対似合わない!」
    ふるふると首を横に振って否定する彼女。これは普通ではないとジョフレは思ったが、これ以上彼女を追い詰めるわけにはいかなかったので改めることにした。
    「…ではせめて、こいつに乗って少し遠乗りといきましょうか? 以前、少しは乗馬できるようになりたいとおっしゃっておりましたから」
    その提案に彼女は表情を緩めた。
    「まずは私が手綱を持ちます。貴女もともに乗って感覚を掴んでいただけると…」
    「悪くないな」
    少し口許を上げて彼女はその提案に乗った。
    そして、彼に手を引かれ騎乗する。高くなった視線に新鮮さを覚えた。その瞬間の表情は愛らしさがあった。ジョフレはそれを見ることはかなわなかったがそれを目にした者がいる。

    「………」
    草むらの陰に潜み、一部始終を眺めていた男が一人。その男はぼりぼりと腕を掻いていた。
    (騎士と姫ってか…しゃらくせぇ!)
    鳥肌が立っているとでも言いたげに男は腕を掻く。
    (あの貴族野郎、マジにあいつなんか口説いてやがる。正気か? あんなガキで女らしさのかけらもない奴のどこがいいのか)
    騎乗した二人の姿が遠くなる。
    (っていうか、密着しすぎだろ。あいつ、躰だけは育ってやがるからな)
    以前、無防備な彼女に対して身を以って知らしめるという意味で押し倒したときのことを思い出した。
    (あの野郎…スカした顔してとんだスケベなのか? どんな上品さを取り繕ったって所詮、男は男なんだからな)
    さらにその時見た彼女の躰つきを思い返す。瑞々しいその肢体にふっくらとした色づきのよい唇。
    (…くそっ)
    確かに、彼女は「女」だった。
    しかし彼女はその性を否定こそしないものの、女性らしい粧いをすることを拒む。頑なに。
    (女なら女っぽくしてりゃいいものを)
    男は何故か苛立ちを感じ、その憤りを彼女へ向ける。
    (ガキのころから髪はバサバサだわ汚れてボロい服は着てるわで…。剣ばかり振り回してこのオレ様を倒すとかぬかしてやがるし)
    そこまで回想し、男は何故彼女はそうなのだろうかと思い始めた。
    ──十年ほど前

    「アイク、ちょっといいかしら?」
    「何?」
    ここは傭兵団の砦。その中央にある大部屋。大きなテーブルがある。用途は様々で、食堂であり会議室であり居間でもある。団員達は各自の部屋にいるとき以外はたいていここにいる。この団が家庭のようであるのはこの部屋の存在も大きい。
    その部屋で一人、窓の外を時折見てはそわそわしているアイクに声をかけたのは副団長のティアマトだった。
    他の団員たちはいない。団長である父が年長組を連れて仕事へ行っている。妹のミストは少し前まで一緒に遊んでいたが先に就寝した。アイクはその寝顔を確認すると、そっと子供部屋を抜け出して大部屋に入った。そこには帳簿をつけながら団長らの帰りを待つティアマトの姿があった。
    「今度、新しい服を買ってあげるわ」
    母のような優しげな眼差しでティアマトはアイクへ向けてそう言った。アイクがよく着ている服は少し厚手の薄灰色の布で仕立てられた簡素な上着。中に何度も洗濯して多少傷みが見えるシャツを着ている。そして半ズボン。裾が少しほつれている。
    「別にいい。これでいい」
    アイクは首を横に振ってそう応える。
    「どうせ破けるから破けてるのでいい」
    そう言って再び窓の方へ視線を移す。
    そのような彼女の様子を見て、ティアマトはひそかに溜息をついた。
    (どうしてこんな、我慢を覚えちゃったのかしらね。…女の子なのに、気にならないのかしら。グレイルもグレイルで全く気付かないんだから、こういうことは。仕方ないわね…男親ってそういうものかしら)
    彼女には母親がいない。ティアマトはそれを思い、ことさらアイクを気にかけていた。
    しかも、彼女の父は彼女を男児同然に育てているように見える。毎日剣の鍛練を欠かさない。それは厳しい訓練だった。泣いても手を差し出すことをしない。
    確かに、ここは傭兵団でありいずれは団の一員として働くようになるであろう。実戦に出るようになれば生半可な実力では命を落とす。厳しく訓練するのもそれゆえ、といえばそれまでなのだが、妹のミストにはそのような訓練はさせていない。
    (どうしてこの子だけこんなふうに育てるのかしら)
    すでにそれが当たり前となっていて、彼女は何の疑問も抱くことなく訓練に励み、生活していた。あまり甘えることもしない。もともと負けず嫌いなところがあったのか、人前では弱音もあまり口にしない。しかし、陰に隠れて泣いているところを見かけたことがある。
    ティアマトがそう考えに耽っていると、窓の外に何かを見つけたのかアイクはさっと戸の方まで寄っていく。そしてその前で見上げながら待っていた。
    「ただいま」
    戸が開かれた。それと同時にアイクがはっしとその声の主にしがみつく。
    「おかえりなさい」
    彼女がそう声をかけると声の主は大きな手で彼女を持ち上げ、自分の肩にしがみつかせて背をぽんぽん叩いてやる。その間の表情は優しげであたたかだった。いつも厳つい顔をしているのだが。
    (…愛情がないというわけでは決してないのよね。むしろ、これが本来の…)
    ティアマトは彼女の父がそう接する表情を見て、娘への深い愛情を感じた。
    それを面白くないといった表情で見つめている者がいた。
    (シノンってば…いつも何が気に入らないのかわからないけど…)
    団長のあとをついて仕事から帰ってきたシノンは椅子に座り、自分で軽く傷の手当てをし始める。彼は家族のようなこの傭兵団において、あまり寄り掛からない方だった。元々天涯孤独の身だったゆえか、生来の性格のためか、いつも斜に構えたような態度だ。

    この感情を何と名付けたら良いのか分からなかった。

    天涯孤独の身である己に手を差し延べてこの団に居場所を作ってくれた恩義のある団長グレイル、そしてその団長の愛情を受けてだいたいは不自由なく育っている娘。その生活は裕福ではないが荒んだものではない。
    (クソっ…)
    シノンはここに辿り着くまでの荒んだ道程を思い出す。父と娘の抱擁という普通ならほほえましい光景も、あたたかい目で見ることができなかった。いつもそうなのだが。
    この娘が父から厳しい訓練を受けて泣きそうな顔で佇んでいる様子を見ると、いっそ泣かせてやろうと自らも厳しい態度で接し、追い打ちをかけてみる。泣けばいいのにと思った。
    しかし彼女は泣かない。少なくとも人前では。
    それが気に入らなかった。

    同じ姉妹でも妹の方は特に気にならなかった。明るく快活で甘え方も上手な子供。泣くときはよく泣いている。子供らしい子供であり、すでに女であるということを意識している娘だった。だから女子供として接すればよい。
    団長がこの娘に愛情を注いでいる姿を見ても、「親子だ」くらいにしか思わなかった。

    とりあえず、
    (気に入らねぇ…嫌いだ)
    そういうことにしておいた。そういう感情だと思うようにした。

    (しっかし…伸び放題だな。バサバサになってやがる。あれが気に入ってるのか知らねぇが、擦り切れて薄汚れてる服着てるし。あんなんでも女ってのがな…)
    シノンは知らずのうちにアイクをじっと観察していた。もともと短く切られていた髪がそのまま伸びて不揃いに肩まで伸びている。擦り切れた服を着ている。
    (女ならガキでも気にするもんだろ)
    シノンは以前、彼女の妹ミストに髪を結ってくれと頼まれたことがある。彼は長く伸ばした髪をきれいに結い上げて纏めていた。それを見てミストは憧れを示したらしい。
    「こんな小さなガキが」と思ったが、純粋なその瞳で訴えられると弱かった。そしてこんなに小さくても「女」なのだと思った。
    櫛で髪を梳いているときの期待に満ちた顔が忘れられない。結い上げてやったあとの鏡を覗き込む姿は喜びに満ちていた。「おとうさんに見せるの!」と意気込んでいたのを思い出す。そして、やっぱり女が粧いをしたときは男に見せたいものなのだと思った。娘と父という関係性にそれを見出してしまった彼は、自分は穢れていると思った。

    ──女なら
    身奇麗にしてお洒落をするのが嬉しくないわけがない。
    そうだと思うのだが、彼女はスカートを穿くのを嫌がる。動きにくいかららしい。曰く、スカートなんか穿いていたら木に登るときに引っ掛かるそうだ。アクセサリーにも興味がない。それどころか、特に平たい円形状のものは見ただけで顔を引き攣らせる。リボンを渡せば額に巻いて気合いを入れようとする。花を見れば食物として食べられるかということの方が気になるらしい。
    そういえば、この娘は一人称が「おれ」だった。
    彼女なりに気を張っているのかと思った。舐められるからということなのだろうか。そしていつも言う。
    「おれはシノンを倒す」
    と。

    だからなのだろうか、特に彼の前で涙を見せるのはご法度というわけか。

    (ホント…可愛いげのねぇガキだ)
    数日後。
    団長は出かけていて帰りが夜になり、他の団員も夕方までには戻るという用事で外に出ていた。ミストは近所の教会に行っている。

    一人外で遊び、戻ってきたアイクはティアマトに声をかけられる。
    「ねえ、アイク。ちょっとこっちに来なさい」
    手招きをしてティアマトは自分の部屋へアイクを誘った。
    「ふふ、これ着てみなさいよ。きっと似合うわよ」
    ティアマトが広げてみせたのは、綺麗な空色のワンピースだった。ウエストが少し絞られギャザーが寄せられている。後ろでリボンが結ばれて、裾は少しふわりと広がるデザインだった。
    「え…何だこれ。別に要らないっていったのに」
    少し顔を赤くして彼女はそう返した。
    「いいから。今日は訓練もないんだから破けたりしないでしょ?」
    そう言われると反論する言葉も出ない。
    「大丈夫。いくらうちはあまりお金がないって言っても…そのくらい余裕がないわけではないのよ」
    ティアマトは自分の給金から少しずつ貯めた金でそれを買ってきたのだが、それは伏せた。
    「…わかった、着て…みる」
    小声でアイクはそう応えた。ティアマトはにこりと微笑んで、彼女が着ている擦り切れた服を脱がせにかかる。
    「そう、ボタンをかけてね」
    かいがいしくそうやって服の着方を教えるティアマトは嬉しそうだった。
    「あらやだ、もう…可愛いわよ!」
    ワンピースを着終わったアイクをティアマトは思わず抱きしめた。その腕の中で彼女はどうしていいかわからずにいた。
    「あとはね、髪の毛よ。かなり伸びてきたわね。きれいに揃えてあげるから」
    さらさらとアイクの髪を指で梳きながらティアマトはそう言った。
    「…また、切ってくれ。おれは短い方がいい」
    あらかじめ用意しておいたのかすぐにシートを巻かれ、散髪の準備をなされたアイクはそう返した。
    「せっかくだから伸ばしてみなさい。あなたのお母さんに似て綺麗な髪なんだから。訓練のときは纏めておけばいいのよ。それにね…」
    アイクの髪に丁寧に櫛が入れられる。
    「あなたは女の子なんだから、自分のことはおれって言わないのよ。わたし、って言うの」
    そう言われてアイクはぐっと唇を噛んだ。
    「何でだ。父さんもシノンもみんな、仕事に行く人間はみんなおれって言ってる。おれもいつか傭兵になるんだ。だから…」
    アイクのその言葉にティアマトは胸が詰まる思いを感じた。こんな小さな女の子がすでに仕事人として男たちと並ぼうと意識している。これは彼女自身の望みなのか、父親がそう育てた故なのだろうか。
    「あのね、おれって言わなくても強くなれるから大丈夫よ。私だってわたし、って言っているわ」
    ティアマトは自らを手本として指し示した。副団長である彼女は元々クリミアの騎士で、その強さは団員の誰もが認めるほどのものだった。
    「そ、そうか…」
    そう説得力のある例を出されるとそれを受け入れるしかなかった。そして、その間にもアイクの髪はきれいに揃えられていく。櫛も通したのでさらさらでつやもある。
    「ね、ほら。きれいになってきたでしょ? わたしって言ってみなさい。似合うから大丈夫よ」
    ティアマトは優しい声でそう促す。
    「父さんにそんなこと言われなかった。いきなりわたし、って言ったら…怒られないか」
    その言葉にティアマトは溜息すらつきたくなった。この言葉に今まで彼女に与えられてきた生き方が凝縮されていると言ってもいい。
    「ううん、怒られない。お父さんは男の人だからあなたにわたし、って言うのを教えることに気付かなかっただけなのよ。あなたが訓練を疎かにしなければ怒られないわ」
    そう言われてアイクは少し表情を明るくした。
    「そうか、お…わた、しが訓練を頑張れば…いいんだ、な」
    照れがあるのか少し吃りながら彼女は「わたし」と言い、言葉を返した。その様子にティアマトは抱きしめたいほどにかわいらしさを感じた。
    「そう、そう! あなたは頑張れば立派な傭兵になれるし、団長たちと並んでいい仕事ができるわよ」
    ティアマトがそう言ってやるとアイクは頬を赤くしながらも笑みを浮かべた。
    本当は、傭兵として剣を振るうより…こうやってきれいにして女の嗜みを身につけて誰かに幸せにしてもらう方がいいのだけど、とティアマトは思った。己も武器を手にして生きてきた身ゆえに。
    今は愛する者のためにその手に武器を手にし、その人の子供たちを自分の子供のように愛する。
    「ねえアイク、女の子として生まれてくるのもいいものよ」
    その言葉に込められた真の意味を理解することはないと思いながらもティアマトはそう優しく語りかけた。
    「う、うん…」
    髪を結われてリボンが付けられる。そして自然と脚を揃えて座るようになっていてその手がちょこんと膝に置かれていた。その姿はまるで人形のように愛らしい。
    「はい、できたわよ。もう…お人形さんみたいにかわいいじゃない!」
    ティアマトは鏡をアイクに手渡す。その中に映る自分の姿を見て彼女は目を丸くした。
    「これは…お父さんに見せてあげなさいね」
    「えっ…」
    その提案にアイクは戸惑いを見せる。
    「いきなり…こんな、見せたら…変だって思われる。何やってんだって怒られる…」
    「そんなことない、大丈夫。絶対、喜ぶわよ」
    この愛らしい姿を見せたら彼女の父も彼女の育て方について考え直すだろうかと思った。この娘への深い愛情があることはわかっているので、この姿を見て怒るなどということはないはずだ。
    「そうか。わかった。…ちょっと外に行ってきていいか?」
    彼女は鏡をじっと見ながらそう聞いた。
    「ええ、いいわよ。木登りとかはしないのよ」
    「うん、しない」
    そう言って彼女はそっと鏡を置くとそわそわしながら外へ出ていった。
    その姿を見てティアマトは笑みを浮かべていた。

    「えーと…わ、わたし、わたし…。わたしは…グレイル傭兵団のアイク」
    彼女は歩きながら小声でそう練習していた。そしてその足は小さな池のある場所へ向かう。
    水鏡にその姿を映して彼女は違和感を感じながらも、悪くはないかもしれないと思った。しばし水面を見ていると、その水鏡にもう一人の影を映す。
    「何やってんだ、お前」
    その声に彼女ははっとして勢いよく振り返る。
    「は…っ、お前、アイクか。どこのガキかと思ったぜ」
    そこには腰に手を当てて彼女を見下ろすシノンがいた。いつの間にか仕事から帰ってきていた。帰りがけに彼女を見つけたようだ。彼女は思わずびくりと身を震わせた。
    「なんだ? その格好は。どこかに出掛けでもするのか?」
    アイクは顔を強張らせて首を横に振る。
    「いつものあのボロい服はどうしたんだよ。ん? 生意気にもアレは嫌になったってか?」
    シノンの指が彼女を指す。彼女はワンピースの裾をきゅっと掴む。
    「…うるさい」
    アイクは絞り出すような声でそう言い放つ。その頬は紅潮していた。
    その視線がじっと彼女に注がれる。
    (くそっ…)
    その姿は愛らしく、どこに出しても恥ずかしくない美少女だった。こうして見ると瞳の大きさと綺麗さが際立つ。文句の付けようはない。
    そう思った自分に苛立ちを感じたシノンは苦虫を噛み潰したような顔になった。そしてその表情を見たアイクは僅かに眉を動かす。
    「ああん? 何だ? 何か言って欲しいのかてめぇ」
    そう、挑発的な口調で言い捨てるシノン。そして睨み上げるようにして見つめるアイク。
    これが、きっとミストなら「ねえ? 似合う?」と無邪気に明るく笑いながら問いかけてくるだろう。そう問いかけてこられたら「いいんじゃねえか」とでも言ってやればいい。
    同様にそう言ってやって立ち去ればよかったのだと後で思ったが、どうしても心の奥底がざわついて、さらりと言葉をかけることができなかった。
    「別に」
    仏頂面でそう応える彼女。そうだ、己はこの娘の笑った顔を見たことがないとシノンは思った。他の人間へ向けられた多少の笑みなら見かけたことはなくもないが、少なくとも己へ向けられた笑みはないと。

    「似合ってるぞ」

    この一言で見られるだろうか。
    たった一言だ。簡単な言葉、簡単なことだ。
    彼はすうと息を吸い、その一言を吐く。

    「けっ、似合わねえ」

    一度言葉を吐き出してしまうと止まらなかった。
    「だいたい何だよ、そんなヒラヒラさせてておめでてぇな。いつも剣を握ってるでもなかったら棒切れ振り回してハラへったとかぬかしてる奴に似合うと思ってんのか?」
    「そんなんでオレを倒せるとか思うなよ。気合いが足りねぇ。お嬢ちゃんは戦場に出てきたら邪魔なんだよ」
    「ていうか、お前…女だったのかよ」

    自分でもこんなにすらすらと罵詈雑言が出てくることに驚く。小気味よいくらいに口が滑らかだ。しかしそれとは裏腹に心がざわついてきた。

    ──女だったんだ

    自分で言った言葉で改めて実感する。そしてそれに気付いてしまった自分を否定したかった。
    目の前にはぽろりと涙を流す娘がそこにいた。眉を歪めて頬を朱くして。
    そうだ、涙も見たことがなかった。いくらきつい態度で接しても屈することなく立ち向かってきた彼女だったが、決して涙を見せることはなかった。それが今こうしてその大きな瞳に涙を浮かべている。声が漏れてくるのを堪えているのか唇をぐっと噛んでいる。
    そして何も言わずに走り去っていった。

    「くそっ!」
    どうしようもない憤りが彼に沸いてきた。
    確かに今まで見たこともないものを見ることができた。それは彼女の笑顔ではなかったが。一度泣かせてみたいと思っていた。どれだけきつくあたっても泣くことがなかったからだ。それがこうして簡単に見ることができたのだが後味の悪さだけが残った。
    そしてその涙によって彼女に「女」を感じた自分にも苛立ちを覚えた。
    流れ出てくる涙を拭いながらアイクは走り出した。
    水鏡に自分を映し出してその姿を覗いたことも恥ずかしく思った。やっぱり似合わない、自分はこんな格好をしてはいけない、ただ強くなって生きていかなければならないのだと思った。
    砦に戻り、ティアマトの部屋に入り、もつれそうになりそうな勢いでワンピースのボタンを外し脱ぎ捨てる。そして辺りを見渡し、あるものを探す。それを見つけると素早く手にした。
    しばらくしてバタバタと足音が聞こえてくる。
    「…アイク、あなた…!」
    扉が勢いよく開かれる。そして、ティアマトが慌てた様子で部屋に入ってきた。そして目の前にあったのは、自分で自分の髪に鋏を入れたアイクの姿だった。
    それを目にしたティアマトはさらに慌ててアイクから鋏を取り上げた。しかし、時既に遅し。彼女の綺麗な髪は無造作に不揃いに短く切り落とされていた。
    「どうしたのよ!? 誰かに何か言われたの?」
    そう問いかけるも彼女はどこか心非ずな表情で首を横に振るのみだった。見るとワンピースも脱ぎ捨てられていて、下着姿になっていた。
    これを脱いだということは着るのは嫌ということなのだろう。そう思ったティアマトは、綻びを直しておいたいつもの服を彼女に渡し、着るように促した。そして彼女は無言でそれを着る。そうしながらさっと目を擦っていた。涙を拭っているようだった。
    「座りなさい。せめてちょっと切り直させて」
    ティアマトはアイクを椅子に座らせてシートを巻き付けて鋏を持った。不揃いに切り落とされた髪を切って整えていく。その間、彼女は一言も言葉を発せず、険しい表情を保っていた。
    「はい、いいわ。また伸ばせばいいわね、髪は」
    ティアマトはわざとそう言ってみた。するとアイクはふるふると首を横に振る。その反応にやっぱり、とティアマトは思った。
    そしてアイクは床に落ちていたリボンを拾い上げ、それを額に巻き付ける。そのまま駆け出し外へ出ていった。
    ティアマトはそれをそっと追いかける。

    「くそっ! もっと強くなってやるっ!」
    「おれは傭兵になるんだっ!」
    「倒してやるっ!」
    「シノンなんてっ!」
    そう叫びながら訓練用の剣で素振りする彼女の姿がそこにあった。ティアマトは眉間を指で押さえて深く溜息をついた。

    「ちょっといいかしら?」
    その様子を草むらの陰から見つめていたシノンの背後から声がする。シノンはびくりとして振り返る。よほど集中して見つめていたのか、背後からの気配に気付かないなんて不覚だと思った。
    「なっ…なんだよ、ティアマトさん」
    シノンは視線を逸らしそう返す。
    「あなた、アイクに何の恨みがあるの?」
    腕を組ながらティアマトはそう怒気の篭った声で聞く。
    「べ、別に恨みなんてねぇよ」
    そう返すシノンの眉間には深い皺が刻まれる。
    「…そう。あなたは何の恨みもなくて小さな女の子を泣かせる趣味があるわけ?」
    その言葉にシノンは顔をしかめる。
    「違う! そんな趣味はねえ! オレはあいつが…」
    「何? 何なの? どうなの?」
    シノンが言葉を言いかけるとティアマトが詰問するかのように問い掛けてくる。
    「…シノン、私からしたらね、あなたもまだ子供なのよ。あなた、自分で自分を大人の男だと思うなら何らかの責任をとるのね。それができないようならいつまでたっても…」
    落ち着いたトーンの声でそう諭すようにティアマトはシノンに言い放った。シノンは返す言葉もなかった。


    ──答えは簡単だった。
    彼女が頑なに粧いを拒む理由。

    (オレのせいかよ……)

    記憶を遡り、思いを巡らせたシノンはその答えにたどり着く。実に簡単な答えだった。
    色気もないくせに、などと心の中でそう罵っていた。がさつで淑やかさの欠片もないと思っていた。そうさせたのは自分なのに。
    そして彼女が香水を使い、花の香を纏ったことが気になって仕方がなくなる。そこに性のにおいを感じた。それが芽生えたという事実に彼は愕然とする。そのままではいてくれない。それは誰のために纏っているのか。自分のためではないことだけは確かだ。

    もう姿が見えなくなった彼女。家柄も品位も誠実さも申し分ないあの騎士の馬に乗って。

    あれが大人の男としての振る舞いなのだろうかと思った。どこまでも真摯な態度。自分が女だとしたらまあ、嫌いと言ってくる男より好きだと言ってくる男の方がいいだろう、それが当然だと思った。

    シノンはふと、こんなことを考えていた自分に愕然とした。
    (ちっ…! 馬鹿馬鹿しい!)
    (嫁にいくならどこにでもいっちまえ! すでに貴族の仲間入りをしてるあいつにはあの貴族野郎はお似合いなんじゃねえか?)
    総指揮をするため便宜上の爵位を受けている彼女のことを指して彼はそう心の中で吐き捨てた。

    「いかがですか、アイク殿?」
    「ああ…いいものだな。初めて乗ったわけじゃないが、やっぱりこんなに視界が開けているものなんだ。戦局が見渡しやすそうだ」
    馬上にて、ジョフレがそう問うと彼女はそう返す。戦のことに関連付けた返答なのがらしいと思った。しかし、少しは…せめて今だけは戦のことから離れて欲しいと思った。一応、遊戯で乗馬に誘ったわけではないのでそれは矛盾しているのだが。
    「そうですね、指揮をとるには有利と思われます。高い位置からの方が声も通りやすいです」
    「俺も…騎乗するべきか」
    すっかり、手綱捌きを覚えた彼女は手綱を握りながらそう呟いた。
    「いいえ、貴女には貴女の戦いやすい方法があるでしょう。その剣捌きは地に足をついてこそ発揮されるものですね」
    ジョフレはそう穏やかなトーンで返す。
    「そう言ってくれるか。そうだ、俺はこんな…馬に乗りながら剣を振るうなどということはたぶん、向いてないと思う。でも、こうやって馬に乗れると何かと便利そうだ」
    「ええ。旅の供などにはとても。この戦争が終わって…平定が訪れたら、旅とまではいかなくとも遠乗りをしませんか?」
    その誘いは明らかなる好意の証。彼女がそのような意を汲む質ではないと思いつつ、想いを託す。
    「ああ、いいかもな。皆で少し遠くまで景色を眺めながらいくというのは。エリンシアも馬には乗れるんだったよな。クリミア奪還を成し遂げたとして、復興も大変だろう。そんなときにそういう息抜きがあるといいだろうな」
    少し期待はしたが、やっぱり…とジョフレは思った。もちろん遠乗りの誘いは二人きりで、という意味である。こういう返しを女性がするときは遠回しに断りの返事であるのだが、きっと彼女は素でそう返してくれたのだろう。
    (私のこのような浅ましい誘いに我が主君をお気遣いなさるこの心…ますます貴女の素晴らしさを知ることができた)
    ジョフレは肩透かしを食らった気分だったが、ますます彼女への想いを募らせた。
    「早く、そんな日がくるといいな」
    その言葉は彼女から発せられるとどれほど重みが増すだろうか。身を粉にして祖国奪還のために戦う彼女。躰の傷は見たことがないが、腕と手を見れば分かる。細かい傷が常にある。その細腕、その細腰で。
    その腰……ジョフレは、はたとそれに気づく。背後からかなり密着した状態にあるのだ。手を回したら簡単に触れられる、抱きしめられる。
    「はい。貴女のご尽力、心より感謝いたします」
    声を揺らすこともなく彼はそうすらりと返した。どこまでも紳士であろうと思った。たとえその花の香に酔わされようとも。それは甘い甘い蜜のようだった。目の前には彼女の白いうなじがある。短く切られた髪であるためにそれがはっきりと見える。どれだけ勇壮さを見せてもそこは白く細かった。
    「…いや、まだこれからだ。もっと、力が要る」
    少し思考が飛びかけていたジョフレはアイクのその強い意志を含んだ声に急に引き戻された。
    「明日は、弓を使っての訓練を頼む。馬上からの弓だ」
    「弓…ですか」
    「そうだ。団にも弓使いはいて訓練をしたことがないわけではないが、馬上から射る者はいないからな。あんたは弓も使えるんだったよな」
    あくまでも軍人たる彼女のその態度。彼女自身はまさかそこに色香が存在するとは思わないだろう。力強さ、そしてそこに内包する危うさ、少女と女の狭間。
    「はい、訓練で使用するのが主であまり実戦で用いたことはありませんが…このような腕でよろしければお相手させていただきます」
    「そうか、十分だ。あんたなら」

    ──この姫君は、ドレスを纏っていなくとも魔性を宿す

    今はただ、この甘美な時に酔いしれたいと彼は思った。
    翌日──
    アイクは庶務と自主鍛練を終えた後、ジョフレを伴って弓騎兵との対戦の訓練をする。

    相当な間合いを取って手合わせが開始される。ジョフレは弓を射るごとに離れ、アイクから間合いを詰められないようにしていた。弓騎兵は接近されたら反撃の術を持たないからだ。
    さすがに人の脚で馬の脚に追いつくのは無理がある。ジョフレが弓を番える時が一番の勝機と言わんばかりにアイクは駆け、間合いを詰めにかかるが、すぐに矢が飛んでくる。そしてすぐにまた間合いを開けられる。
    実戦ではそもそも弓騎兵に対してこのような戦いをすることはない。弓騎兵はあくまでも後方部隊で、歩兵と正面から対戦することはないのだが、対峙することになればこのような戦いになるのであろう。
    アイクは何故、敢えて実戦ではあまり機会のないであろう弓騎兵との対戦を想定して訓練をしているのか。それは、いかなる状況にも対応できる判断力を養うためだった。それに奇襲をかける際、背面から後方部隊を潰しにかかる機会もあるだろうと。
    射手との訓練は経験があった。ただし、それは歩兵であるため、間合いの取り方が違ってくる。
    いずれも接近戦に持ち込む必要があるため、アイクは飛んでくる矢を回避しながら前へ進んでいくほかなかった。特に一対一の訓練だからこそであるが。

    (意味あるのかよこれ…)
    この訓練の様子を陰から見ている男が一人。
    (だいたい、弓騎兵とタイマンする機会なんてそうあるもんか。ありゃ隊を組んで遠くから次々に矢を放ってナンボだろ)
    心の中でそうケチをつける。
    (それに…弓使いってやつはこうやって陰から狙うもんだぜ…)
    男は自分の得物を構える仕種をする。
    こうして潜伏している弓兵を始末するのが歩兵である剣士の仕事でもあるのだが。そして男はさらに陰から彼女が契約を結ぶ暗殺者の目が光っていることを知らない。
    (あいつはバカだからなんでもかんでも訓練しようとしやがる。まだオレと訓練してるほうが実戦で使いようがあるだろうが)
    男は彼女に訓練を頼まれたらとりあえず嫌そうな顔をするのに、そう心の中で呟いた。
    「!」
    ジョフレの矢が彼女の膝下に当たった。男はそれを目にして思わず目を見開いた。
    (ち…ありゃわざとか、外したのか…! 確かに脚を狙えばいいだろうがよ…)
    男は無意識に、矢を放ったジョフレへ小さな怒りを感じていた。

    もちろん、鏃は抜かれている訓練用の矢だった。しかし、なまじある程度間合いを詰めて距離が近かったためにその勢いを受けた矢が彼女の脚に当たった。
    それでも彼女は痛みを見せようとせずに前へ進もうとする。しかし明らかに速度が落ちる。
    「アイク殿、今日の訓練はこれで終わりにしてください!」
    ジョフレの声が響く。それでもアイクは進もうとする。それを見てジョフレはバッと馬から飛び降り、両腕を広げて静止するよう訴える。さすがにアイクもそれを見ると足を止めざるを得なかった。
    静止した途端にアイクは息を荒くして呼吸を短く繰り返し始めた。馬の脚に追いつこうと駆け回っていたため、息が切れかかっていた。回避力が鈍ってきたのはこのせいでもある。
    「…申し訳ありません! このような怪我を負わせてしまうなどと…」
    すかさずジョフレが駆け寄ってくる。胸を手で押さえながら荒い呼吸を繰り返す彼女はちらりと彼に目をやった。
    かなり必死に手綱捌きを繰り返し、弓も無我夢中といっていいほどの勢いで扱っていたジョフレだった。ぴたりとついてくるように彼女は猛攻を仕掛けてきた。弓を番えているときに追いつかれて一撃を食らうかと思った。女性とは思えない、というか人間離れすらしていると思った。
    しかし、このように息が乱れているところを見ると、やはり人間なのだと思った。
    「謝ら…なくて、いい…っ。俺の…力…不足…」
    彼女は息を切らしながらそう応える。そしてそのまま歩いて陣地へ戻ろうとする。矢を受けた脚を庇うようにして不自然な歩き方になっていた。
    それを見たジョフレは何も言わず、彼女を抱き抱えた。
    「私がお連れします…! 無理をしないでください…!」
    「いや、いい。降ろしてくれ」
    彼女は急に抱き抱えられたのにも関わらず、冷静にそう返した。

    (くそっ…)
    物陰の赤毛の男は、彼女がそうやって騎士に姫抱きされている光景に苛立ちを覚える。しかし彼女はそれを拒否する。それに少し胸がすくような気を覚えた。

    そういえば。
    似たようなことがあった気がする。


    ──数年前

    まだとても実戦に出ることのできないほどの実力だが、アイクは日々鍛練を重ねていた。父親から受ける訓練のほかにも自主的に試行錯誤していた。
    あるとき、目先を変えてみようとシノンに訓練の相手を頼んだ。たいてい嫌な顔をされて断られるのだが、シノンはたまたま気が向いたので暇潰しにでも相手をしてやろうと思った。
    まだまだ実力差もあり、実戦経験も違い過ぎるほどの差があるのだが、日々の鍛練の成果を試したいとアイクは思った。少しは太刀打ちできるだろうかと。
    「お前、誰にも言ってねぇだろうな?」
    「…言ってない」
    「言うなよ。あとでどやされるのはオレなんだからな」
    彼女の父や副長は彼女とシノンが手合わせをすることを認めていない。まだ基礎も固まっていないのに、応用ともいえる射手との手合わせはまだ早いとされている。
    シノンが彼女との手合わせを嫌がるのは団長や副長に注意を受けるからというのが大きかった。こうやって彼女から頼まれても受けるなと言われている。
    「バレたら全部俺のせいってことでいい」
    彼女は強い意志を見せてそう彼に言い放った。そうは言っても年長者の責任ということになってしまうのだが。
    (ったく、これだからガキは…。まあ、一度やってやらねえとわからないようだな。たまには面白いかもしれない)
    シノンはひとつ息をつく。
    「やるからには容赦しねぇからな。二度とそんな口聞けないようにしてやらぁ。…来い」
    そう言ってくるりと背を向け、雑木林の奥へ入っていく。アイクは訓練用の剣を握り、目を輝かせてそれを追っていった。
    (俺はシノンを倒す…!)
    それは数年前の恨みか、それとも。この男が彼女にとって手近な目標であることには違いない。

    少し開けた場所に出てきた。
    「さあ、ここらでおっぱじめるとするか。いいぞ、かかってこい」
    シノンはさほど間合いを取らずにアイクへそう開始の旨を告げた。アイクはその様子を見て見くびられているのだと思った。射手が距離を開けないで剣士と対峙するということは相当な自信なのだろう。
    「くそっ!」
    すでにその時点で悔しさを感じていた彼女は短く声を漏らした。そして剣を構え、素早く向かっていく。
    「やっぱりまだまだだな!」
    シノンはアイクの攻撃を難無く回避する。
    「うっ!」
    シノンはするりと彼女の懐に入って背に肘鉄を食らわせた。それに怯んだ隙に駆けだしてあっという間に間合いを取る。そして流れるように弓を構え、牽制の意味で一発矢を放った。彼女の足元に突き刺さる。
    「てめぇはまだまだオレに勝てねぇんだよ! これで分かっただろっ!」
    挑発ともとれる言葉を投げ掛ける。それを耳にしたアイクは奥歯を噛んで眉を吊り上がらせ闘志を燃やす。剣の柄を握る手に力が篭った。
    「ただ真っ直ぐ向かってくるしか能がねぇな!」
    その言葉通りアイクはただひたすら追いつこうと駆けていく。
    「逃げるな!」
    思わずこんな言葉が口から出てくる。
    「馬鹿か! そう言われて間合いを詰める弓兵がいるかっ!」
    その言葉とともにシノンはもう一発矢を放つ。本数に限りがあるので最小限の発射に留めていた。またしても彼女の足元を狙う。彼女は寸手で回避する。
    「はっ! しゃらくせえ! …ん!?」
    シノンがもう一度矢を番えた瞬間、アイクは思わぬ行動に出る。足元の石を拾ってシノンへ目掛けて投げ付けた。
    「くそっ」
    咄嗟にそれはかわしたが、その隙をついて彼女は一気に間合いを詰めてきた。そして叫びを上げて剣を振り下ろす。無我夢中、といった言葉がよく当て嵌まるような様子だった。石にかじりついてでも目の前の敵を撃破しようとする気迫。それだけは実力以上のものがあると思った。
    少し冷や汗をかいたシノンだったが、彼女が大きく剣を振り上げた瞬間さっと屈み、蹴りで彼女の脚を払った。均衡を崩した彼女は大きく転倒する。
    「まだだっ!」
    痛みも忘れ、といったふうに彼女はそれでも立ち向かう。すぐに立ち上がり、再び剣を彼に向ける。
    「てめぇ、実戦ならすでに死んでるんだよ! さっさと大人しくなりやがれ!」
    再び間合いを取ったシノンがそう叫び、次の一手を打つ。そしてそれは彼女の脚に当たった。
    「…っ!」
    鏃を抜いてある矢が彼女の脚をえぐった。さすがに刺さりはしないが多少、出血の伴う傷を負った。思わずその場に座り込んでしまう。
    「これで終わりだな。戦場では動けなくなった時点で死んだと同じだ。オレはもう戻るからな。てめぇも勝手に戻れ」
    そのままシノンは背を向けて砦の方へ戻っていく。
    アイクは悔しさを噛み締めながらゆっくりと立ち上がった。転ばされて打った痛みも残っている。それでも自分の足で歩いていく。

    確かにそうだ、歩けない戦士など戦場では死んだも同然。

    父がまだ自分を実戦へ出さない理由がよくわかったと彼女は思う。こうしてはっきりとは言わないがそうなのだろう。副長もそれをはっきり言わない。いつも「あなたがもっと強くなったらね」とそれだけを返される。
    彼女は自分の浅はかさと実力不足を思い知った。そして悔やんだ。それを教えられた赤毛の男に対して恨みはない。こうして置いていかれても。一人にされても。

    よろけながら歩いていく。歩く速度は明らかに普段より遅い。男の歩く速度は普段の自分よりさらに早い。しかし男の姿は遠いながらも目の届く範囲にあった。こうして歩いている間ずっと。
    たぶん、まだ見えるところにいるだろう。
    彼はさっと振り返り確認すると彼女の姿を見つける。気づかれないよう、すぐに前を向くのだが。
    (くそっ、また団長とかに怒られる)
    彼女と訓練をしたこと、そして怪我を負わせたこと。
    (あいつもミストと一緒に芋の皮剥きでもしてりゃいいんだ)
    彼はそう胸の中で悪態をつく。彼女も家事を手伝っていないことはないのだが、分厚く皮が剥けた芋が思い出される。
    (あんなのが一緒に仕事に来られちゃ邪魔で仕方ない)
    胸がざわざわとしてきた。どうしてこんなことを思うのか。
    彼は天涯孤独の身で、幼い頃から食いつないでいくために軍に入り訓練を重ね戦場を渡り歩いてきた。そのため、子供だからという理由で志願している者に留守番をさせるのは心情的にはあまり好きではなかった。
    自分の足で歩きたいと言う者の歩みを止めるのは好きではない。そして、子供が傷付くのを見るのは嫌だというのは大人のエゴだと思っていた。

    しかし。
    彼女が戦場へ出たいという願いは好ましいものではない。

    子供だから。いや、それは違う。
    女だから。いや、それも違う。
    副長を始め女性であっても屈強で有能な者はいる。そういった者なら前線で活躍するべきだと思う。

    彼はその理由に気付いている。しかし認めたくない。
    (オレは…あいつが嫌いなんだ)
    だからそう念じる。
    しかし、彼女の足に怪我を負わせて気が晴れたということはない。むしろ──
    (あんな矢に当たるなよな。どうやってもバレるだろうが)
    彼女が足に怪我を負ったことによって責任を追求されるのが嫌だ…ということにした。

    彼は足元だけを狙って打っていた。鏃を抜いた矢とはいえ、顔や頭、胴に命中したらただごとでは済まなくなる。脚にもなるべく当てないつもりでいた。しかし、最後の一手だけは掠めるくらいに当てようと思った。そうでもしないと彼女は諦めることをしなかったであろう。
    しかし、その一撃も当たらないで欲しいと心の奥底で願っていた。

    (…あんな実力で戦場に出ようなんて。そもそも団長は何を考えてるんだ。傭兵としてあんなガキ育ててどうしようっていうんだ。食いぶち稼がせるのか? それより外に出して食いぶち減らしたほうが早くねえか?)
    彼は時折、彼女が厳しい訓練を受けて傭兵として独り立ちできるように育てられていることに疑問を抱く。
    (はっ…ミストみたいなのは結構要領よく男つかまえるだろうが、あいつみたいなのは無理だっていうのか? てめえで稼げるようにってか。まさかこの傭兵団を継がせようってんじゃ)
    このような考えに至るといつも憤りを感じる。

    (団長、それはあいつが望んでいることなのか)

    数年前、彼女がワンピースを着て粧いをしていた姿を思い出す。それを水鏡に映している姿も。愛らしい姿だった。
    それを壊したのは彼自身なのに。

    砦に戻った彼は急いで消毒液や包帯などを持ち出してきて大部屋の机の端に置いておいた。そしてそれを視界から外すようにして弓の手入れをし始める。
    しばらくして彼女が戻ってきた。そして机の上に置かれたそれらに気づいたようだ。そのままそれらを手にし、思索していた。
    「さっさとそれで手当てしておくんだな。傭兵は体が資本だぜ? いつまでも怪我を放置したら命取りだ」
    シノンはアイクにそう声を投げ掛ける。
    アイクはそう言われて、椅子に座り座面に足を掛け、布に消毒液を染み込ませ傷口を拭い始めた。染みて痛いのか顔を歪めていた。そして包帯を手にしそのままぐるぐると巻き付け始める。
    「バカか、ただ巻きゃいいってもんじゃねえ」
    そう言いシノンは自分が腰掛けている椅子を勢いよく引きずりアイクの方へ寄せて自分も靴を脱ぎ、裾をめくり、アイクが怪我を負った脚と同じ脚を露出した。
    「これはこうだ」
    清潔な晒布をアイクが負った傷と同じ箇所に当て、きれいに包帯で巻き上げる。アイクはそれを見真似して包帯を巻き直す。
    「違う! そんなんじゃすぐずり落ちる」
    少し苛立った声でシノンはそう咎める。アイクはすぐに包帯を解く。シノンも包帯をすぐに解いてもう一度巻き始める。

    「なにしてるんすか、ティアマトさん」
    そんな二人の光景をそっと陰から眺めていたティアマトの背後から声がする。ティアマトはその声の主へ、口に指を当て「しーっ」と言った。その声の主であったガトリーは思わず口をきゅっと結び、ティアマトの視線の先を見てみた。
    (なにやってんすか、シノンさん)
    その視線の先にあったのは根気よくアイクへ怪我の処置を教えているシノンの姿だった。
    いつも彼女にはきつくあたり、気に食わないとか嫌いだとか言っていた彼だった。ガトリー自身に対しても口悪く罵ったり叩いたりと手荒い扱いが多い。
    しかしガトリーはそれでも彼のことを嫌いにはならなかった。むしろ慕っていた。
    その二人の光景を見て、思い出す。いつも最後は酒を奢ってくれて付き合ってくれる。泣き言を言って返ってくるその言葉は荒いが、根気よく付き合ってくれる。
    「見なかったことにしてあげて」
    ティアマトがごく小さな声で囁くように言った。ガトリーはこくりと頷いた。



    「自分の足で歩ける。いや、歩けなければ戦場では死んだも同然」
    彼女のその強い主張により、騎士は姫を地に降ろさざるを得なかった。地に足を付けた彼女はしっかりとその足で歩く。
    「ではせめて、その傷の手当てを私にさせてください」
    ジョフレはそう志願する。しかし。
    「いや、いい。これくらいなら自分でできる。救護班やあんたの手を煩わせるほどではない」
    アイクはそう返した。
    「傭兵は体が資本だ。自分である程度処置ができなくてはならない」
    ジョフレは彼女のその言葉に今まで彼女が歩んできた道筋をそこに見た。それを尊重したいと思った。
    「わかりました。ですが、少しでも異常がみられたら直ちにおっしゃってください。それこそ体が資本です。これは貴女の義務です…!」
    それ以上自分ではどうすることもできないと思ったジョフレは、もどかしさから思わず強い口調になった。
    「わかった」
    そう返す彼女の口許には僅かに笑みが湛えられていた。その柔らかな表情にジョフレは安堵とともに胸の高なりを覚えた。

    (へっ、わかってんじゃねえか…あのバカ)
    陣地に戻ろうと立ち去っていく二人の背を見つめながら陰の男は深く息をついた。なにか胸の中が満たされるような想いだった。
    そしてそのまま座り込んで空を仰ぎ見た。
    彼は思う。
    これでよかったのだろうか、と。

    庇護してくれる相手に身を委ねられる方が幸せであろうか。
    自分の足で歩ける方が幸せであろうか。

    それとも自分が庇護するべきか。

    (そりゃない、ねえぜ! ていうかオレを斬りやがった奴を…。ありえねえ。あんな化け物みたいな女)
    彼は一度団を離れ、敵として彼女と対峙し、戦い敗れて再び団に戻ってきたという経緯がある。
    (親が死んでも泣かねえんだぜ……)


    「ねえねえ」
    「何?」
    詰め所で歓談する少女が二人。
    「またシノンってばお姉ちゃんのこと陰から見てるよね」
    「そうだね~。さっき、ジョフレ将軍と訓練してる大将追っかけてったよ」
    「よく飽きないよね」
    「そうだね」
    「ね~。シノンってさ…絶対お姉ちゃんのこと好きだよね」
    「うん。悪いけどあたしでもわかるよ!」
    そんな会話を繰り広げる二人の背後に影が差す。
    「ミスト、ワユ…二人ともそれ、絶対シノンの前で言わないことよ」
    そこに立っていたのは副長のティアマトだった。
    「うん。わかってる」
    ミストがそう相槌を打った。
    「でもさあ~、大将はどうなんだろうね。いまいちよくわかんないんだけど」
    ワユがそう漏らすとそこにもう一つ影が差す。
    「ぼく、わかるよ! シノンさんはアイクさんを好きだけどアイクさんはライさんが好きなんだよね!」
    そこに現れたのはヨファだった。その一声にそこにいた三人は一瞬言葉を失った。
    「な、なんで? はっきりと言えるの?」
    一番先に口を開いたのはミストだった。
    「あのね、アイクさんいいにおいするでしょ? あの香水は大事な人のためにつけるってガトリーさんに聞いたんだ。それと、アイクさんに聞いたんだけど、それをつけているとライさんの疲れがとれるからって」
    それを聞いたティアマトは様々な思いを去来させていた。ワユはただ「へ~」と感心していた。
    「…そう!」
    ミストはそう呟き顔を晴れやかにしていた。
    「えへへっ、やっぱりね! ライさんなんだね!」
    ミストのその明るい声とは裏腹にティアマトは深い息をついた。
    「どうしたの?」
    「ヨファ、それも言っちゃだめよ。ね」
    「うん!」

    詰め所の外に耳あり。
    そこに落ちた煙草の灰は足で地面に擦り込まれ消える。
    (…すべては奴の意志次第ってことだろう)
    男はそれらの会話も情報の一つとして処理していた。
    「おい、フォルカ何やってんだ。こっちにいたのか。話がある。仕事だ」
    依頼主の声がする。男はちらりと彼女が怪我を負ったであろう脚を見る。そして鼻腔に香るのは花の香。この香を違和感なく纏えるようになったかと感慨深さを感じていた。
    そして脳裏に蘇るのは男の以前の依頼主である彼女の父親の顔であった。

    ─続─
    はらずみ Link Message Mute
    2018/09/25 21:35:48

    騎士と姫君

    ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

    蒼炎の軌跡/ライ×アイク/先天性/コメディ/ライアイベースのシリーズもの。設定は共通のもの。上から順に読むのを推奨。

    【騎士と姫君】シノン→アイク・ジョフレ→アイク/ともに鍛錬するジョフレとアイク、それを端から見ているシノンの思惑、そしてアイクの過去。
    2009/4/13 完結

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    • ブルー・バード 1・軌跡編 #ファイアーエムブレム  #アイク  #小説

      ファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/シリアス/オルティナの生まれ変わりがアイクという捏造設定で正・負の女神との関係を絡め展開する話。暁エンディング後の顛末も含めて様々なキャラと関わってまとめています。

      【1.軌跡編】蒼炎が舞台。アイクが負の気を己の力としながらも苦痛に耐えクリミア奪還をなし得ていく過程。
      メイン:アイク・フォルカ・ライ
      2012/1/14 完結
      はらずみ
    • ブルー・バード 3・昇華編ファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/シリアス/オルティナの生まれ変わりがアイクという捏造設定で正・負の女神との関係を絡め展開する話。暁エンディング後の顛末も含めて様々なキャラと関わってまとめています。

      【3・昇華編】暁ラスト~エンディング後の話。女神との対話、融合を果たしたアイクが歩んでいく結末。アイク死亡展開要注意(鬱展開ではありません)
      メイン:アイク・ユンヌ・ライ
      2013/5/24 完結
      はらずみ
    • 雪解けファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/シリアス/メダリオン・負の気・アイクの過去などについての模造設定を元に構成。それぞれ単独でも読めますが設定は共通しているので連読推奨。

      【雪解け】ライ×アイク/「足跡」の続き。23章以降の話です。ライとアイクの支援会話もベースになっています。フォルカも登場します。ラスト近くにティバーンも登場。
      2009/3/20 完結
      はらずみ
    • ブルー・バード 2・邂逅編ファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/シリアス/オルティナの生まれ変わりがアイクという捏造設定で正・負の女神との関係を絡め展開する話。暁エンディング後の顛末も含めて様々なキャラと関わってまとめています。

      【2・邂逅編】セフェランとアイクの関わり。女神とアイクの出生の関わりについて。
      メイン:アイク・セフェラン、エルラン×オルティナ・グレイル×エルナ
      2012/8/3 完結
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    • 光芒ファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/シリアス/セネリオ×アイク/二人の出会いから、セネリオのアイクへの狂信的な想いまで。微妙にシノアイ臭あり。
      あらかた原作本編に沿っていますが、セネリオの捏造過去あり注意。
      2010/4/9 完結
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    • あのころファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/ボーレ×アイク/先天性/コメディ/蒼炎~暁と続くボレアイのラブコメ。

      【あのころ】性交渉ではない性描写有。二人の幼少時の話。どぎまぎするボーレと無頓着なアイク。
      2009/10/17 完結
      はらずみ
    • Like or Love?ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/ライ×アイク 他アイク総受/後天性/コメディ/男として親愛の情を抱いていたはずのアイクが…! 悶々とするライ。周囲の人間が繰り広げるアイクを巡るドタバタも。
      2011/4/25 完結
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    • 孤空の英雄ファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      暁の女神/シリアス/サザ×アイク・ユンヌ×アイク/性描写未満のBL表現有。サザの過去に起因するコンプレックスとアイクへの憧憬を絡めた話。サザの捏造過去あり注意。
      ミカヤが絡み、ユンヌ×アイク要素あり。
      2011/6/13 完結
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    • そのままでいいファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/シリアス/暁でアイクがワユを血まみれにするというイベントが元ネタ。表情を消して剣を振るうアイクの姿をワユの視点から展開。蒼炎時の回想にてその理由を。
      メイン:アイク・キルロイ・ワユ・ライ
      2008/7/14 元稿完結
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    • 見えない翼 #ファイアーエムブレム  #アイク  #小説  #腐向け

      ファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/シリアス/ティバーン×アイク/ティバーンとアイクの出会い、アイクの記憶に関わること、共闘するまでの過程。
      ティバーンの捏造過去あり注意。
      2009/10/2 完結
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    • 追憶の美酒ファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/シリアス/グレイルに似てくるアイクへ苛立つシノン。そしてアイクを認めるまでの話。グレイルを慕う理由をシノンの過去(捏造)を交えて描いています。
      メイン:アイク・シノン
      2011/9/14 元稿完結
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    • それを恋と知るファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/オスカー×アイク/先天性/シリアス/アイクの初恋。穏やかな恋から悩ましい恋へ。両想いであるのにもどかしく進行しない中、想いが通じるようになるまで。
      2011/12/27 完結
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    • 愛憎(あいにく)ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/ライ×アイク/先天性/コメディ/ライアイベースのシリーズもの。設定は共通のもの。上から順に読むのを推奨。

      【愛憎(あいにく)】シノン→アイク/無防備なアイクに対して突っかかるシノン。喧嘩が絶えない二人の微妙な関係。
      2008/10/5 完結
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    • 花の香ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/ライ×アイク/先天性/コメディ/ライアイベースのシリーズもの。設定は共通のもの。上から順に読むのを推奨。

      【花の香】ライ×アイク、他アイク総受気味/デルブレー奪還あたりの話。救出されたジョフレがアイクと対面したときに抱いた想い、それを端から見ていたシノンの思惑…など、あるものを発端に展開。他、傭兵団メンバーも登場。
      2009/1/22 完結
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    • 父娘ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/ライ×アイク/先天性/コメディ/ライアイベースのシリーズもの。設定は共通のもの。上から順に読むのを推奨。

      【父娘】フォルカとアイク/グレイルから請けたもう一つの依頼を遂行するフォルカ。父と娘の関係性を過去を絡めて展開。
      2009/12/9 完結
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    • ここからファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/ライ×アイク/先天性/コメディ/ライアイベースのシリーズもの。設定は共通のもの。上から順に読むのを推奨。

      【ここから】ライ×アイク/無理をするアイクを介抱するライ、そして……。ラブコメ調。シリーズ共通の捏造設定が発生しています。
      2008/9/15 完結
      はらずみ
    • そのままでいいファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/シリアス/キルロイ×アイク・ライ×アイク/暁のアイクがワユを血まみれにするというイベントが元ネタ。表情を消して剣を振るうアイクの姿をワユの視点から展開。蒼炎時の回想にてその理由を。
      2008/7/14 完結
      はらずみ
    • 煉獄の勇者ファイアーエムブレム/アイク/小説

      覚醒/シリアス/魔符で召還されたアイクの姿を見て、伝承の『蒼炎の勇者』との相違を認識し、想いを馳せるパリスの話。魔符・英霊設定、パリスの過去は捏造。マイユニの描写がシニカルなので注意。
      メイン:アイク(魔符)とパリス
      2012/8/16 完結
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    • その足で立つファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/コメディ/シノン×アイク+ジョフレ×アイク/アイクと出会い鍛錬など重ねるうちに惹かれていくジョフレ、アイク幼少時のエピソード含みアイクを気にかけるシノンの話。
      2010/6/1 完結
      はらずみ
    • 薄氷ファイアーエムブレム/アイク/女体化/小説

      蒼炎の軌跡/フォルカ×アイク/先天性/シリアス/ショートショート/
      2010.2.23 First up 人様の作の視点変えバージョンを修正・掲載
      はらずみ
    • GO HOMEファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/コメディ/アイクとボーレを中心に繰り広げる傭兵団コメディ。連作ですが単独でも読めます。

      【GO HOME】ボーレとアイクの幼少時の話と暁終章の話。傭兵団の中で家族のように育つ二人。
      メイン:アイク・ボーレ
      2009/10/17 元稿完結
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    • 孤空の英雄ファイアーエムブレム/アイク/小説

      暁の女神/シリアス/サザの過去(捏造)に起因するコンプレックスとアイクへの憧憬を絡めた話。アイクとユンヌの関係性捏造あり。
      メイン:アイクとユンヌ、サザ×ミカヤ
      2011/6/13 元稿完結
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    • IN HOMEファイアーエムブレム/アイク/小説

      蒼炎の軌跡・暁の女神/コメディ/アイクとボーレを中心に繰り広げる傭兵団コメディ。連作ですが単独でも読めます。

      【IN HOME】暁ED後の話。ボーレと旅立たないアイクの平和な日常。ヨファとミストの結婚式が行われるまでのドタバタ。傭兵団の人間模様。
      メイン:アイクとボーレ、ヨファ×ミスト
      はらずみ
    • flatファイアーエムブレム/アイク/男×男/小説

      蒼炎の軌跡/シリアス/ライ×アイク/種族差、性差、思い悩み心通わせていく二人。甘酸っぱいテイスト。
      2011/5/2 完結
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