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    YOU ARE MY HEROThe boy had dreams of being a hero.
    少年はヒーローになりたかった。


    He saved all men.
    彼は多くの人を助けたが、


    However, he is past redemption.
    彼自身が救われることはなく。
     アーチャーは無人のリビングを予想していたため、ソファに転がる青を見つけてドアノブを握ったまま声をかけた。
    「ランサー?」
    「よお、おつかれ」
     仰向けに転がっていた青──ランサーがひらりと手を上げる。肘をついて体を起こす。
     アーチャーがコートを脱ぎながら近づけば、くわっと大きなあくびをした。
    「まだ起きていたのか」
    「俺もあがりが遅かったからな」
     伸ばされるランサーの腕に呼ばれるままソファの背面から屈む。頭を囲われて、頬にキスを受けた。アーチャーの両手はコートとバッグで塞がっているせいで抱き返せないため、動物がするようにすり寄る。熱の名残を惜しみつつ、離れた。
     ベッドルームに設えてあるクローゼットへコートをしまいながら、開けたままのドア越しに声をかけた。
    「撮影は順調か?」
    「ああ、まあな。一区切りはついた」
    「それは重畳ちょうじょう
    「あ、そうだ」
     ランサーはぱちんと指を鳴らして、「お前にやるもんがある」床に投げ出されてあった旅行鞄を取りあげた。使用済みらしいタオルとともに、ずるりと平たい何かが抜きだされる。
    「……板?」
    「これ、どう見てもまな板だろ?」
     ランサーはなぜか得意げに胸を張って、“どう見てもまな板”らしい板を、ソファ横に立ったアーチャーに差し出した。
     受け取ったアーチャーは板をためつすがめつして見る。3センチ程度の厚みをもった長方形の板は、たしかにまな板に見えなくもない。ノコギリで切り出されたものらしく側面はややささくれだっているところもあったが、ヤスリをかけたあとも見られた。
    「これは土産話も期待できそうだな」
    「そうだな。肴にはちょうどいいと思うぜ」
    「では、飲みながら聞かせてもらおうか」
    「おう」
     軽快な返事に笑い返して、アーチャーはまな板を持ってキッチンへと向かった。立てかけてあるカッティングボードの一番手前にランサーの土産を置く。
     ソファからランサーも立ち上がる。冷蔵庫の中を物色して閉めた。
    「しばらくは離島あっちでの撮影もないからな。お前といられる時間が増える」
     片手でビール缶を二つ持ち、あいた片手をアーチャーの肩へ回す。
    「私をよろこばせて、どうするつもりだ?」
    「決まってんだろ」
     肩越しの灼眼が、いたずらに細められた。
     その傾いた顔に唇を寄せる。ちゅ、と軽い音が鳴る。口唇を食む。ペティナイフを握っていた手を僅かに動かせば、冷えたビール缶の底で押さえられた。
     手の甲に水滴を残して、缶と、ランサーの熱が離れる。
     リビングに戻る背中を追いかけようとする視軸を抑えつけて、アーチャーは手元のスモークベーコンへ目を向けた。チーズもスライスして楕円の皿に盛る。同居人の不在により中身を減らした冷蔵庫はアルコールばかり冷やしているせいで、ツマミは日持ちのするものに偏った。
     缶から木のボウルへざらりとナッツを移す。皿と合わせて持ち、キッチンを離れた。
     ビールだけでなくウィスキーの準備もするランサーに着席を促される。皮張りのソファに並んで座る。
     男二人が腰を下ろしてもスプリングの潰れないカウチソファは、ゴミ捨て場に捨てられていたのをアーチャーが見つけて持ち込んだものだ。元の主には座面が硬すぎたのかもしれないが、ソファとしての正しい使い方とは別の用途で使われるうちに馴染んできたらしい。皮に艶も加わり、よい拾い物だったと拾得者を喜ばせた。
     アーチャーはローテーブルからグラスを取りあげて横を見る。
    「井戸の件は大丈夫だったのか? 見るからには問題ないようだが」
    「あー、あれな。ちっと気を失っただけなのに大げさなんだよ」
     カンパイ、とグラスを掲げるランサーに倣って酒杯を上げた。何に対する乾杯かはたいした問題ではない。
    「黄泉の国から日帰りしておいて、ちょっと気絶しただけと」
    「つっかかるな。いーじゃねぇか、無事だったんだしよ」
     ランサーは口先を尖らせてそっぽを向いた。誤魔化すようにリモコンを取りあげ、テレビをつける。
     シアターサイズの大きなテレビは映画やスポーツを観る分には適しているものの、バラエティには向かない。が、ちょうど番組が切り替わるタイミングだったのか、ニュースキャスターが画面を引き継いだ。
     女性リポーターの報道を聞き流しながら二缶目を開ける。頻発する地下鉄の遅延問題と市民の不満の声、それに対する市長の回答と、老朽化したインフラへの対応に苦慮している状況が報じられる。
    「しばらくこちらにいるのなら、鍬で頭をかち割られるような危険性はないだろうが」
    「あってたまるか」
    「こちらもこちらで物騒だ。井戸に突き落とされはしなくとも、マンホールにうっかり落ちるなどの間抜けはしてくれるなよ」
    「誰がそんなヘマをするか!」
     くわっと噛みつかれたがアーチャーは真剣だ。テレビでは、今月に入って弾け飛んだマンホールの数が八件と報道された。
     筋金入りの不運体質であるランサーはそれを見て──テレビをつけたのはランサーだ。そのあたりも運が悪い──、こほん、と咳払いをした。
    「だが、ま、そうだな。いちおう気をつける」
     アーチャーは顎を引き、
    「殊勝な心がけだ」
    「さすがの正義の味方も、運に勝つのは難しいだろうからな」
    「…………」
     ランサーがさらりと口にした名前に、息を止めた。
     報道内容がマンホールから特集に移る。画面右上に、テロップとともに顔写真が表示される。
     それは今まさに話題にのぼった人物だった。
     ──正義の味方チーフレッド
     フユキシティの夜にどこからともなく現れては、素性を隠して人助けを行う怪人物。その活動が大なり小なり弱きを助け悪を挫くことから、いつしか“正義の味方”と呼ばれるようになった義人。
    「ニュース見たか? 新都のテロ事件」
    「……ああ」
     番組はコメンテーターを交えた特集に切り替わったらしく、チーフレッドのここ数日間における活動とその傾向、市民の声を流した。ランサーの言う新都のテロ事件についてもふれる。
     タイミングの悪さについて、アーチャーはランサーのことを言えない。
    「幸い死者が出るような惨事にはならなかったようだが、その日は交通規制がかかったせいで移動に苦労した」
    「そりゃ、あんなデカい車じゃな。だからもちっと小回りの利くヤツにしろって」
    「まったく社長の派手好きには困ったものだ」
     苦笑する。
     いっそ馬車にでもしたらどうだと、ランサーは冗談半分、真剣な目を向けた。
    「発想の奇抜さは賞賛に値するが、くれぐれも口にしてくれるな」
    「なぜだ」
    「本気で検討されかねん」
     いいじゃねぇか。いいわけあるか。
    「馬の維持費に世話と、車の維持費。どちらに効率性があるかは明らかだ。だがあの社長は、そんな勘定はしないだろう」
    「派手なほうを取るだろうな」
    「そうだ。しかし、思いつかなければ決断しようがない。誰かが耳打ちしない限りは安泰だ」
     だから余計なことは言うなとアーチャーは会話を打ち切り、おもむろに立ち上がった。
     ランサーが訝しげな顔で見上げる。
    「どうした」
    「水と氷がいる」
     顎で差す。テーブルの上には封切りを待つウィスキーボトルと曇りのないグラスがどんと置かれているだけで、割るための水はおろか氷すらない。
     俺はべつにこのままでもとストレートを主張する男は無視してキッチンへ入った。
     アイスペールへ製氷機から氷を移す。本当ならばロックアイスを用意すべきところだが、どうせ飲むのは自分だけだと無精した。冷気が指先を舐める。
     冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとする動きを止める。
     視界からランサーを外して、テレビからも遠ざかって息を吐く。目を閉じた。
    「…………」
     ランサーは、アーチャーが意図的に話を逸らしたことに気づいただろうか。──いないだろう。おそらく。しかし席の外し方には不自然さを感じたかもしれない。失敗したか。
     やってしまったことは仕方がないと、息ひとつであきらめた。
     開いた視界には自分の手とアイスペール。
     口角が歪む。
     ランサーが不運な事故・事件に見舞われたとして、そのときに届かないだろう自分の手が重なって視えた。
    『──さすがの正義の味方も、運に勝つのは難しいだろうからな』
    「……そうだな。彼は、君だけの正義の味方ではない」
     だから救いを求める誰かの声があれば、それが誰のものでも駆けつける。結果として、その裏で、大事な声が無視されることになったとしても。
     指を曲げる。拳を握る。
     いつか現実になるかもしれない仮定を憂う。
    「おーい、アーチャー」
    「……、なんだ」
    「ビール追加」
    「自分で取りにこい」



     チーフレッドの正体は、アーチャーだ。
     同居人であり恋人でもあるランサーは、それを知らない。
     ──That was a year ago.


     インペリアルローマ・プロダクションに所属する牧歌的アイドルユニットYARIO。そのリーダーである男・ランサーは、アイドルとしての知名度と同等あるいはそれ以上に、ユニットステータスのラックBを全否定する不運体質であると知られている。
     経年劣化によって落ちる舞台照明の真下をたまたま通りがかる程度のタイミングの悪さはまだ軽く、道路を歩いていればトラックに突っこまれ、運転すればブレーキが利かず、原因不明のガス爆発事故に巻き込まれるのも日常茶飯事。
     所属事務所は相次ぐ撮影中断を阻止せんとトラブル回避のために離島でロケを敢行するも、今度は仲間のうっかりミスによって井戸に突き落とされ、生死の境をさまよった。
     度重なる不運な事件事故に巻き込まれつつも最終的には無事でいられだけ強運なのではないか。──そう言われることもあるが、やはりただ純粋に不運トラブルの星のもとに生まれついているだけだろうと、アーチャーは目の前の光景にため息をついた。
     青い影が翻り、踊る。
     その長い足が空宙を薙ぐと、踵を腹にめり込ませた七フィート近くある男が体をくの字に曲げて飛んでいった。回収予定のないゴミが溢れるゴミ集積場に背中から落下。顔は見えているため、窒息はしないだろう。
     ストリートファイトがご所望らしい次の男へと、いきいきと──それはもう楽しそうに向き合うランサーの背に、アーチャーは再びの嘆息を吐いてから自らの正面に顔を戻した。
     パン、パン、パン、と銃声が三度。
     当てるつもりがないのか当たると信じているのか、格好をつけて片手で扱われる自動小銃オートマチック・ガンは発砲時の衝撃によって銃口がぶれて、的であるはずのアーチャーとは明後日の方向へと弾を発射した。背後のビル壁に着弾。
     まだ二桁になって間もないだろう少年はリロードを促す軽い引き金をガチガチと鳴らすばかりで、目の前の男に風穴が開かない理由を理解できないらしい。クソ、と悪態を吐いて拳銃を捨てると逃げるでもなく突撃した。
     その小さな拳を軽くいなしてみぞおちに一発。少年はめくれたアスファルトに崩れ落ちる。
     賞賛の色をのせた口笛に振り返ると、手の空いたランサーが立っていた。
     その姿にはかすり傷一つない。ズボンの裾が汚れた程度か。
    「助けはいらなかったか」
    「いや、感謝する。ありがとな」
     素直な礼に、たいしたことではない、と答える。
    「ウワサは本当だったみたいだな」
    「うわさ?」
     オウム返しに疑問を投げたアーチャーに、
    「正義の味方。チーフレッドってな、あんたのことだろ」
     ランサーはにやりと口角を上げた。
     その鋭い灼眼に、まさか正体が見破られたかとアーチャーは警戒を敷く。アイマスクで目元を隠してはいるものの声や体格は誤魔化せない。
     ランサーとは同じ職場──インペリアルローマ・プロダクションで働いているが、片や芸能活動を生業とするアイドル、片や日陰仕事トラブルバスターに従事する庶務であり、顔を合わせる機会はそう多くはない。ないが、ゼロでもなかった。
     組織抗争に巻き込まれている一般人と見て咄嗟に助けに入ってしまったが軽率だったかと数分前の判断を省みる。
     冷たい手が心臓の裏を撫でる感触。
     しかし、その手はすぐに離れていった。
    「フユキシティの平和を守る正体不明のヒーロー。生で会えるなんて、ついてるぜ。あ、写真撮っていいか?」
     尻ポケットからスマートフォンを取り出そうとする男に、さっきまでの不穏な気配はない。
     アーチャーことチーフレッドは「悪いが、撮影はNGだ」断りを入れてから、ふっと笑った。肩をすくめて頭を振る。
    「私と出会えて幸運ラッキー、と。確かに、ストリートギャングの抗争に居合わせる君は、ずいぶんと運がいいようだ」
     もちろん悪運という意味で。
     ランサーのラックEに対する皮肉は、正しく伝わったらしい。拗ねた表情で唇をとがらせた。
    「好きで居合わせたわけじゃねぇよ。たまたまだ」
     それを運が悪いと言うのだろうとアーチャーは思ったが、指摘はしなかった。身長が六フィートある成人男性のとがった口先にかわいげを見出しかけて頭を振る。音楽活動よりも農機具にふれている時間のほうが長いとはいえ、アイドルの肩書きは伊達ではないということか。
     アーチャーの無言を、ランサーは呆れと取ったらしい。いきなりドンパチはじまるとは思わねえよと言い重ねてむすくれた。
     確かに、とアーチャーは同意を示す。
    「先月までならまだこの周辺も穏やかだったが、最近は彼らの抗争も激しくなってきている。じきに一掃されるだろうが、しばらくは一人歩きをやめたほうがいい」
    「忠告はありがたいが、うちに帰るにはこの道を通る必要があるんでね。そいつは無理な相談だ。引っ越す気もねえしな」
    「…………」
     車という手もあると続けようとして、やめた。運転席だろうと同乗者席だろうと、乗車中の事故率が異常に高いせいで車移動の禁止を言い渡されているのを思い出した。徒歩のほうがまだ避けようがあると言って受け入れたのだ。
    「だいたい、そう簡単にやられるほど俺は弱くねえ。なんならテメェ相手に証明してやってもいいぜ」
     好戦的にファイティングポーズをとる。
     向けられた闘争心はさらりと流した。
    「確かに君は強い。だが、無防備に歩くのもな……。可憐な少女と間違われて襲われかねん」
     高所にいたアーチャーからは、ひと房の青い髪をなびかせて歩く男のうしろ姿が、何も知らない兎がハイエナの群れに迷いこむようにしか映らなかった。
     結果として青い兎は被食者ではなくむしろ牙のある猛犬だったわけだが、遠目に確認したときの焦燥感はアーチャーの内側を炙った。
     真剣に対策を考え出したチーフレッドに、ランサーはぽかんと口を開けて、次いで、腹を抱えて笑いだした。弾けた笑い声が続く。
    「か、かれんって! おま、おまえ、そいつはどこの俺だよ! ははっ、腹いてぇ!」
    「……笑いすぎだ」
    「いくら俺がお前より身長低くてもなぁ…! 可憐はねーだろう、可憐は!」
     憮然とするアーチャーから体ごと顔を背けてひいひい笑う。ひきつけを起こしたように震えた。
     アーチャーはその丸まった背中を睨みつけて、
    「ではな」
     くるりときびすを返した。
    「ああ、待て待て」
     静止とともに肩を掴まれる。
    「悪かったな。気遣いには礼を言う」
    「余計な世話を焼いた。今後は、身に降りかかる火の粉は自分で払いたまえ」
    「助けにこねえのか?」
     正義の味方なのに。
    「…………」
     見捨てるのかと訊かれていれば、否と答えた。助けにこないのかと問われて、チーフレッドは答えに窮した。
     それが目の届く範囲であれば助けられる。けれど正義の味方アーチャーは一人であり、現実的に、助けられる数は有限だ。すべてを救うことはできない。
     誰かを助けるということは、誰かを助けないということだ。
    「……私は、君専属のボディーガードではない」
     助けに行けるとは限らない。
     『必ず助ける』などと無責任な、願いと希望をまぶしたあまったるいだけの理想は口にできず、かろうじて皮肉を被せた事実で答えた。
    「ま、俺も助けられるほど弱くはない。気が向いたら手を貸すぐらいにしてくれ」
     ランサーは、アーチャーが噛み潰した胸中には気づかなかったらしい。引き留めた肩を軽い調子で叩いた。
    「君はまずラックを上げるところから励みたまえ」
    「うるせえ」





     ぼんやり宙を眺めながら煙草を喫うランサーの耳に、
    「不運を被るのなら、私の目の届くところにしてくれ」
     アーチャーの嘆願が届いた。
     体温をうつしたぬるいシーツのように輪郭の薄いそれは寝言かと思ったが、視線を落とせば、アーチャーの瞳はしっかりとランサーを見返した。
     ケットに置いていた灰皿の上で吸いさしを叩き、灰を落とす。そのまま押し潰して吸い殻に変える。ベッドヘッドに押しつけた枕から背中を浮かせて、サイドテーブルへと灰皿を避けた。
     スプリングの反動で座りなおす。隣に横たわる男を覗く。 
     恋人の不運体質を憂いているらしいアーチャーは、やけに真剣な色を浮かべていた。井戸に突き落されて生死の境をさまよった件が尾を引いているらしい。離島で起こったこともあり、アーチャーが事態を知ったのはだいぶあとだったに違いない。
     ランサーはシーツに手をついて、は、と笑った。
    「お前が助けるって?」
     その目の届く範囲ならば。
    「命に代えても」
     鹿爪らしく返事をされた。
     そこにこめられた決意を違わず読み取ってしまい、ランサーは憮然とした。いらんと突っぱねて体を起こす。
     シーツの上で胡坐をかけば、先ほどまでクッション代わりにしていた枕を押しつけられた。隠せということらしいが、今さらだろう。とりあえずは受け取って抱きこむ。裸の背中を髪がくすぐる。
    自分テメェのことだ、自分でなんとかする」
    「だが、どうしようもない状況に陥るのが君だ」
    「ひとをトラブルメーカーみたいに言うんじゃねえよ」
    「メイクは君ではないと思うが、──そうだな。名探偵並のアクシデント吸引体質ではあるな」
     うむと何やら納得するアーチャー。
     行く先々で殺人事件に巻き込まれる名探偵をうらやむ要素は一つとしてない。
    「俺はテメェに護られるほど弱かねえ」
    「ああ」
    「テメェを踏み台にしてまで生き残りたいとも思わん」
    「…………」
     アーチャーは、口を噤んだ。
     同意しかねるのだろう。しかしランサーとしては拒絶されるほうが腹立たしい。睨みつける。黙るな。
    「……踏み台、という表現は適切ではない。私にとっては君のほうが、私自身よりも優先順位が高いだけだ」
     ややあって告げられた内容は、ランサーの気分を少しも上昇させはしなかった。
    「テメェの優先順位は何と比べても最下位だろう」
    「そうだな」
    「そういうところは同意するんじゃねえよ、腹立つな」
     舌打ちする。
     アーチャーは寝転がったまま器用に肩をすくめて、すまない、と言った。誠意の欠片もない。
    「むかつく」
     ランサーは枕を抱えて睨みつけた。
     横になったままだったアーチャーは体を起こすと、首を傾げた。前髪の下りた顔が不思議そうな表情を浮かべる。
    「私に腹を立てる前に、君の体質改善を検討するほうが先だと思うが」
    「ちっと間が悪いだけだろうが」
    「そのちょっとで私は心停止しかねん」
    「毛でも植えとけ」
     ひどい言われようだとアーチャーはため息を吐いた。悪運ばかりが強い星回りを改善しろとは無理がある。



     そもそも、とランサーは思う。
     ランサーの被る不運アンラッキーなアクシデントをその目の届く範囲に留めたいならば、隣にいろと言えばいい。四六時中べったりいられるかといえば現実的に不可能ではあるものの、そう口にすることは良い執着だ。
     袖を引かれて悪い気はしない。
    「ま、それができたら苦労はねえんだろうけどな」
     口角を歪めて、やれやれと頭を振った。後ろ髪が肩から落ちる。
     ランサーはしゃがんだ格好で、足元から視界の端まで続くビルの群れに目を眇めた。昼のような明るさが眩しい。人工の光はビルとビルのあいだから噴きだして、連続する車のヘッドライトは光の道を作って見えた。
     溢れる光の裏側には正しい夜が敷かれている。危険を避ける人の無意識が作り出した空洞だ。トラブルのにおいしかしない。
     そこを、赤い影が走る。
     新聞メディアは発生した事件か解決した事件しか取りあげないために、善良な一般市民はおろか悪事を働く犯罪者ですら知ることはない。その影は、夜ごとパトロールをする正義の味方チーフレッドだった。──そして、毎夜帰宅の遅いランサーの恋人だ。
     アーチャーはうまく正体を隠せていると思ってるが、ランサーはチーフレッドの正体を見抜いている。
    「バレバレだっつの」
     馬鹿めと呟いて笑った。高層ビルの屋上では誰の同意も得られず、さすがにアーチャーまでも届かない。
     赤に覆われた男の白髪が視認できなくなったところで立ち上がる。
    「んじゃ、いっちょやるとしますかね」
     首を鳴らして顔を上げる。
     ライダースーツに似た青い装束コスチュームを着た男は、躊躇なくビル屋上から飛び降りた。



     そして翌朝の朝刊は、一面の見出しに衝撃を綴る。
     ──チーフレッドにライバル現る!





    You are my HERO本文抜粋
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    2018/06/18 21:00:00

    YOU ARE MY HERO

    人気作品アーカイブ入り (2018/07/02)

    型月エイプリルフールネタより。チーフレッドxYARIOランサー
    #弓槍 #エミクー ##サンプル
    通販:https://futaba-uc.booth.pm/items/1101209

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