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    なぜ君がさよならと言うのかわからない 申請さえ出せばアルバイトは問題ない。とはいえ試験前ともなれば頻度を減らす生徒が増える。学生の本分は勉学だ。
     迫る試験を前に友人連中クラスメイトが頭を抱えて悲鳴を上げる中、オレはしかし、放課後の労働バイトを減らすどころか増やしていた。学生の本分は勉学だが、腹が減ってはなんとやら、だ。
     片手にうつわを二つ持った状態で裏口を開ける。
    「おーい、メシだぞー」
     厨房から外に滑り出ながら呼びかけた。相手は最近居ついた野良猫だ。
     シフトのある店員バイトが休憩時間にエサをやる。誰が決めたわけでもない習慣だが、ついひと月ほど前から成り立っていた。
     店の裏手は車が通れないくらいに細い路地で、青い円柱型のゴミ箱と室外機がさらに道幅を圧迫しているせいで狭い。なぜここにあるのかわからない縁石ブロックもその狭さにひと役買っているものの、休憩時間の椅子として重宝されているおかげで取り除かれずに済んでいた。
    「おおーい。……なんだ、いないのか?」
     いつもなら、おまえは犬か? と疑うくらいに呼べばすっ飛んでくるんだが。
     猫用となっている欠けたボウルをコンクリートの地面に置き、ブロックに腰を下ろす。今日のまかなめしはオムライスだ。山に差したスプーンで四分の一をすくってひとくち。ひとり飯となったができたてのうちに食えるなら逃す手はない。
     今日は客が少なかった。天気がぐずついているせいか、寒いせいか、人も動物も出歩かないのだろう。朝の天気予報を思い出す。明日には本格的に雨が、場所によってはみぞれが降ることもあるだろうと言っていた。
     オレには今の寒さがちょうどいい。店内は暖房で、厨房は火を扱うせいで暑い。
     ボウルからオムライスが半分消えた。尾の先が曲がった三毛猫はまだ現れない。
     三階建てのビルに挟まれた谷底は昼よりも夜のほうが明るい。治安維持の名目で取りつけられた感知式のライトが、まるで野球場にある照明のようにオレの頭から光を落とす。
     コンクリートにくっきりと焼きつけられた影法師が顔を上げる。
     右手に男が立っていた。
    「……、でけえ猫だな」
    「誰がネコだ」
     オムライスを飲みこんでからの呟きに、黒いシャツを着た男は間髪入れず反応した。その表情かおはえらく不機嫌に見える。
     背格好はオレと同じだが体重ウエイトはオレよりも上だろう。撫で上げられた白髪はくはつとその顔つきから、歳は大学生か、それよりも上か。
     服装は黒一色だった。黒シャツと黒ズボン。上はシャツにベストだけで上着のないオレが言うのもなんだが、真冬に外をうろつく格好ではない。
     男が片眉を跳ねさせた。


    (中略)


     コンビニで段ボール箱をもらって、捕まえた子猫を入れた。
     子猫は全部で四匹だ。あの腹でずいぶんたくさん産んだもんだと感心する。これだけいたら面倒も見切れまい。
     ついでに母猫も捕まえるつもりでいたが逃げられた。明日あしたにでも餌で釣って捕まえておくとアーチャーには約束して、今夜はひとまず、子猫を保護できただけで良しとした。
    「思ったより早く済んだか。君のおかげだな」
     にゃーにゃー鳴く段ボール箱を抱えたアーチャーがオレに向けて礼を言う。
     その素直な物言いに、オレはどう返すべきか迷い、たいしたことじゃねえよ、と呟いて口先を尖らせた。すばしっこい子猫を捕まえたのはオレだが、隠れていた残り三匹を見つけたのはアーチャーだ。
     二十四時間営業のコンビニはその周囲も明るく照らす。自動ドアの近くに立ち、「そいつら、連れて帰るのか」オレは視線で猫を差した。暗い公園で鷲掴みにしたときはわからなかったが子猫のがらは四匹ばらばらだ。白と茶の配色を変えた毛玉四匹は、ハンカチでくるんだ熱源カイロに群がって鳴いていた。
    「ああ。病院に連れて行きたいが、今日はもう閉まっているからな。明日あす、朝イチで行くつもりだ」
     つまり学校は休むと。まあ、高校三年の冬だ、欠席したところで支障はない。
     歩き出したアーチャーに続いてコンビニから遠ざかる。右手に下げたポリ袋が足にぶつかって音を立てた。
     住宅密集地に歩道はない。オレとアーチャーは肩を並べて道路の真ん中を歩く。
    「おまえ、豚まんとピザまんどっちにする?」
     使い捨てカイロのついでに買ったは中華まん二種類。袋越しでも熱を感じるくらいにまだ熱い。唐揚げも食べたいところだったが我慢した。
     オレの聞き方が唐突だったのか、
    「は?」
     尋ねられたアーチャーは目をしばたたかせた。次いで、見えるように持ち上げてやった袋とオレの顔を見比べる。
    「私は、別に……。君が両方食べたらどうだ」
    「一個はおまえのだっつの。選ばねえと口につっこむぞ」
    「横暴だな」
     まあなと肯定してせっつく。
    「……では、ピザまんをくれ」
     アーチャーは観念した様子でそう答えた。ご所望のピザまんを取り出して包みを剥き、半分出した状態で渡してやる。
     食わせてやってもよかったが、顔の近くに持っていったところで取り上げられた。子猫の入った段ボールは片腕で胸にかれている。伸びあがった一匹がアーチャーの胸に爪を立てた。
    「おまえ、家は?」
     オレは片手で子猫を箱の中に戻してやりながら、片手で豚まんをひとくち齧る。
    「この近くだ。そういう君は?」
     なぜ同じ方向に足を向けるのかと目で問う。猫集めからコンビニまでは行きがかり上の手助けで済ませられても、もう用はないんじゃないか、と。三分の一になったピザまんを半分食べる。
    「オレもこっち」
    「同じ方向か」
    「実家か?」
     問いかけの理由は、オレ自身が一人暮らしでアパート住まいだからだ。同じ地域エリアにいるとなれば同じような境遇じゃないかとまず考える。
     アーチャーは箱の中を覗いて、「ああ、まあ」曖昧な返事をした。目元に影が差す。
    「──大丈夫か?」
     オレの前後のない質問に、
    「何がだ?」
     当然の返答とともに顔を上げた。
     ぱっと向けられたそこに浮かぶ表情は単純な疑問だけで、曖昧に頷いたときの陰りは拭い取られていた。街灯の明かりに憂いを見ただけか、オレの勝手な思い込みか。
     食べ終えた肉まんの包みを丸めて握る。
    「そいつらだ。いきなり連れ帰って問題ねえのかって」
     誤魔化すように顎で差した。歩く揺れが心地いいのか、カイロの熱が気持ちいいのか、子猫は四匹でひとつの塊のようになっておとなしい。
     実家暮らしでも理解のある親兄弟なら問題はないだろう。が、そうでなければ、オレが連れ帰るつもりもあった。アパートに猫四匹は狭いが子猫のうちなら構うまい。
     オレの確認に、アーチャーは、ああ、とまた頷いた。今度の肯定に陰りはない。
    「使っていない部屋はいくつもあるし、誰に迷惑をかけるでもないからな。特に問題はないはずだ」
     母猫を保護できれば昼間も大丈夫だろうと言う。
     坂に差し掛かったところで道幅が広くなり、車道と歩道に分かれた。車通りは少ないものの時折ヘッドライトが通過する。オレたちはガードレールと塀のあいだを歩く。
     先に見える十字路を左に曲がればオレの住むアパートがある。信号機の赤が夜に滲む。


    (中略)


    「必要ない」
     あまりにきっぱりはっきり告げられたせいで、一瞬、返す言葉が消し飛んだ。
     居間から続く廊下には窓がない。重厚感のある和箪笥が黒々と鎮座しているせいもあってか狭さと暗さがひとしおだ。玄関を照らす黄色がかった明かりはアーチャーの顔に影を落とすばかりで、その表情をわかりづらくした。
     土間から見上げるオレの顔色は対照的によく見えるのか、「君の申し出はありがたいが」とフォローのような文句が付け足された。よほど間抜けな顔をしていたらしい。
    「君は学校に行け。私につきあう必要はない」
     ──明日あすの朝、猫四匹を病院に連れて行く。その時間を尋ねた答えがこれだ。今のセリフは焼き直しだが言っている中身は変わらない。
     靴を履いて三和土たたきに立つオレよりも、アーチャーの目線はあがかまちの分だけ高い。必然的に見下ろされることになり、オレは見上げる羽目になる。
    「必要ないって、おまえなぁ、そこは意地張るとこじゃねえだろうよ」
     ため息とともに吐いた感想は存外に大きな声が出た。
     我ながら子供を諭すような言い方だと思ったが、言われたアーチャーも同じように感じたらしい。眉頭まゆがしらを寄せてむっとした表情かおで腕を組む。
    「意地を張っているわけではない。さっきキャリーバッグも見つけたから、君の手を借りずとも問題ないと」
    「借りられるモンは借りておけばいいじゃねえか。テメェひとりで抱えこむ必要こそないと思うがね」
     オレは、と吐き捨てた。こいつ自身がどう思っていようと関係ない。
    「ランサー」
     アーチャーが腕をほどく。だらりと下がった指先が心許こころもとなく見えるのは明かりのせいだろう。
    「私は君にあまえていた」
     まっすぐにオレを見る。
    「…………」
     謝罪はない。けれどその言葉は後悔に似たものを帯びていた。
     こいつにとって誰かに期待をかけることは〝あまえ〟で、誰にも頼らずこなすことが当然なのだろう。釈明を聞いて納得した。購買前で呼びつけ、腕を組み仁王立ちで怒っていたアレは、期待を裏切られたと感じたからか。
    「たわけが」
    「すまない」
     詫びは軽い調子で返された。我儘を言ってすまない、だが考えを変える気はないと。
     すっきりした表情かおに腹が立つ。
    「テメェの言い分はよーっくわかった。好きにしろ」
     背を向ける。
     引き戸を開けた先は夜だ。暗く沈んだ景色は異界のようで、見慣れない長屋門ながやもんのシルエットが現実との境界を示す。妄想だ。冷えた空気が鼻を焼いた。
     戸を閉める音に紛れて「おやすみ」と声をかけられた。オレに届かなくても構わない、はなから返事を期待していないそのやり方はまったくいい根性してやがる。


    (中略)


     オレはアイツの連絡先を知らない。怒鳴りこんだ昨日の今日で教室を訪ねるのは気が引けた。
     三階まで上がってきて足を止める。
     オレの教室クラスはこの上で、アイツの教室は廊下の一番手前だ。階段に向けた爪先を反転させて数歩進めば教室内が窺える。──踊り場のここからじゃあ廊下の壁も見えないが。
     昼休みの終わりかけは始まりと同じくらいに騒々しい。オレのように食堂から戻ってくる生徒もいれば、移動教室で階段を下りていく生徒も多い。突っ立っているのはとにかく邪魔だ。
     逡巡はそう長くない。
     オレは階段からくるりときびすを返して廊下に向き直り、
    「お、っと」
    「うわっ」
     かどで相手とぶつかりかけた。
     アーチャーだ。と、オレが認識すると同時に「ちょうどよかった」右腕をがしりと掴まれた。
     こっちのセリフだと言ってやりたかったが問答無用で引っ張られたせいでタイミングを失った。ぐいぐい引きずられて掲示板の前に立たされる。人の流れから外れた場所だ。廊下の真ん中で立ち話をするよりは人目を引かない。
    「これを」
     『里親募集』のポスターに気を取られたオレは突き出された手を見て、アーチャーの顔を見て、またその手を見た。
    「チケットだ」
     長方形の紙片が二枚。わざわざ説明されずとも見ればわかる。
     オレは片眉を上げた。二枚のチケットを無言で手に取る。差し出されている以上は『受け取れ』という意味に違いない。
     藪から棒になんだ。
    「デートの誘いか?」
     チケット裏面には細かい文字とバーコードがあるだけで面白味はない。
     アーチャーは小さく頷くと、
    「好きに使ってくれ」
     そう言って背を向けようとした。
    「ちょーっと待て」
     今度はオレがその腕を掴む番だ。
     強引に引き寄せて肩を組み、顔を寄せる。
    「『好きに使え』ってなどういう意味だ。テメェが行くんじゃねえのか」
    「私が行ってどうする」
    「いや、どうするじゃねえよ……」
     オレに聞くな。
     げんなりした。壁とオレに挟まれたアーチャーが居心地悪そうに身じろぎしたが知ったことか。
     肩から回した手で白髪頭しらがあたまを掴み、強引に下げる。こめかみがふれる距離で目を覗く。
    「詫びのつもりか」
     どれに対してかは知らねえが。
     何の詫びかもはっきりしないまま一方的に謝意を押しつけてオシマイにされるのは納得いかねえ。ご機嫌取りなら願い下げだ。
    「──ああ」
     果たしてアーチャーは頷いた。低音が耳朶じだをくすぐる。
     唇の内側が見えて、世界が急に狭くなった。奥歯を噛む。ずれた視軸を戻すと、今度はアーチャーが目を伏せた。
     君は、と言ってから言い直す。
    「君の欲しいものが、わからなかった。金券のたぐいは受け取らないだろう?」
    「偶然もらったモンなら気安く受け取るだろう、ってか」
    「ああ。……そうだ」
     アーチャーは気まずげに肯定した。
     こいつはおそらく、このチケットで〝貸し〟を返そうとしているのだろう。仲直りのつもりならまだマシだ。
    「そろそろ卒業だ」
     唐突な話題転換に、オレは顔を上げた。胡乱な目つきで先を促す。
    「定番スポットらしいからな、そこは。カノジョでも誘うといい」
     そこ、とアーチャーはチケットを目で差した。つられて視線を落とす。テレビCMでもよく見るテーマパークの主要メインキャラクターが薄笑いを浮かべていた。


    (中略)


     低音で喉を震わせて、その目にようやくオレを映した。上げた顔に影が多いのは斜陽のせいか。吹奏楽部の演奏が薄く届く。
    「バイトはやめたのか。最近あまり行ってないだろう」
    「ああ」
     こいつがブラウニーなら、オレはバイト戦士──当然だが名乗った覚えはない──だったか。家つき妖精ブラウニーは現役だが、バイト戦士アルバイターは今度こそ廃業だ。
    「必要なくなったからな」
     オレの場合、稼ぐことは二の次で、卒業後に何をすべきか、したいか、探す目的があったから働いていた。進学するにしろ就職するにしろ自分のやりたいことがしたかった。ガキくさい言い分とは承知の上だ。
     片膝を立てて腰を上げる。背中にアーチャーの視線を受けながら引き戸の横、準備室の照明スイッチを押した。手元を見て作業するにはかなり暗い。礼を言われた。
     腰に手を当てて見下ろす。
    「おまえさんは〝ちょろちょろ動いていなけりゃ死ぬ病〟だろうが」
    「ひとを妙な奇病にするな」
    「事実だろ」
     言ってアーチャーの手元を顎で差す。テメェの状況を説明してみろ。
    「…………」
    「ハッ!」
     黙った。その様を鼻で笑ってやる。
    「穂群原のブラウニー」
    「……どこでそれを」
    「陸上部の奴らがな」
    「顔を出したのか」
    「誘われたからな。断る理由はねえ」
     そこで聞いた。穂群原のブラウニー。直せばまだ使えそうな道具があるといつのまにか修繕されているとか、建てつけの悪かった部室扉がいつのまにか修理されているとか、私物も直してもらったとかなんとか。
    「オレは奉仕活動がしたいわけじゃあねえからな」
    「……かねでも溜まったのか」
     ブラウニーアーチャーはむすりとした顔で作業を再開させた。針金よりも太さのあるはんだを左手に、右手にはペンを持つように工具こてを構えて背中を丸める。かねくさい臭いが鼻についた。
    「溜まったといやあ溜まったなぁ」
     また近づいてしゃがむ。今度は座らずに尻を浮かせた。
     何か察するところがあったらしいアーチャーが作業の手を止めてこっちに視線を流してきた。
     オレは目を細めて、それに、と言う。
    「今しかできないことがあるからな」
     褐色の頬に手を伸ばす。
     膝をつき、首を伸ばして無防備なそのくちを掠め取る。
    「……こういうことが、か?」
    「こういうことだ」
     今しかできない。
     白眉が寄ってできた皺は照れ隠しだ。頬の赤みはふれているからわかる。
     半田ごてが遠ざけられた。



    「制服着てどうこうっつうのは今だけだろ。イメクラするくらいなら現役でやっておかねえとな?」
    「発想がおっさんくさい」
    「気のせいだ」



    「なぜ君がさよならを言うのかわからない」本文抜粋
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    2018/11/14 21:47:57

    なぜ君がさよならと言うのかわからない

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    自分にできることを探しているアーチャーと、自分がやりたいことを探しているランサーの学パロ #弓槍 #エミクー ##パラレル ##サンプル
    2018年11月24日第18次ROOT 4 to 5にて発行予定。
    ★通販:https://futaba-uc.booth.pm/items/1255401
    ★Twitter:https://twitter.com/uekabe

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