執事と赤眼の客 私はこの仕事に就いてから──
執事としてホテルで働きだしてから、まだ十年余りの若造だ。二十年を超える諸先輩方からは今まで、この仕事で受けた数々の事件難題依頼を聞かされてきたものの、幸いにして、というか、その手の珍事を被ったことはない。
──なかった。ほんの三分前、私を指名で呼びつけた客の部屋を訪ねて中に入るまでは、ため息と笑い混じりに誰かに話して聞かせられるような経験はない、と言えた。
それが今や、どうだ。
「どうした? アンタが眠くなってきたか?」
キングサイズのベッド中央で、ヘッドボードを埋めた枕を背もたれに男が笑う。
「……いや、すまない。少々目眩がしてね」
私は
絵本を片手に、小さく
頭を振った。ベッドの男は青い髪の下で片眉を上げて、そうか、と言う。
就寝前に本の読み聞かせをしてほしい。私が受けた依頼は、今まで諸先輩方から聞かされてきた無理難題に比べたらかわいいものと思えた。
なにせ読み聞かせだ。眠れない子どもを相手に、親はアルコールでも嗜むために、シッター代わりに呼びつけられたのだろうと。
それが、蓋を開けてみれば──部屋を訪ねてみれば、どうだ。そこに子どもの姿はなく、私を迎え入れた立派な成人男性がいるのみで、さてでは誰を相手に読み聞かせればと思いきやの
これだ。
「……本の指定がなかったため、こちらで勝手に選ばせてもらった」
「鏡の国のアリス、ね。寝しなに読み聞かせるには、ちと物騒じゃねえか?」
枕を肘おきに頬杖をつく。
寝間着の隙間から胸が覗く。長く伸ばされた青い髪が、白地のシーツに川を流した。
「寝物語は真剣に聞くものでもあるまい。子どもにとって難しい話のほうが、入眠を促しやすいと思ってね」
本を選ぶ際、まさか相手が成人男性とは思うまい。
私は窓際に置かれたカフェテーブルから椅子を拝借してベッドに寄せた。これ以上話を続けていてはいつまでも戻れなさそうだ。
赤い瞳に見つめられながら本を開く。
「──One thing was certain,」