猫と雨と好奇心 戯れだ。猫が好奇心で"ちょっかい"を出す行為と同じ。
青い尾を引いては離す。
腕を取られて噛みつかれた。
噛みつかれた。比喩ではなく物理的に、くちびるに、ランサーの歯が当たり、薄い皮膚はエナメル質に負けて裂けた。舌先に血の味が滲む。
間近で赤い瞳を覗く。
アーチャーは唇の僅かな痛みと、きれいだな、という暢気な感想を
抱き、次いで、肩と顎を掴む男の手を意識した。
肩を揺すり腕を振ってその手を外す。近すぎる距離に一歩下がる。後退した踵は砂利を踏み、ノイズに似た音を立てた。
梅雨に入った冬木は穏やかに雨が降る。暴雨というほど横殴りではなく、
小糠雨よりははっきりと、上から下へ。雨粒は視界に縦の線をつけて落ちる。
シャッターの下りた軒先は冷えていた。
文月を控えた季節だが気温は低い。肌寒さの原因は昨日からぐずついて晴れない天気のせいであって、雨宿りに並ぶ男二人の絵面はおまけに過ぎない。
コンクリートの伸びた先、海を臨む埠頭にも人影はなく、こんな日にふらつく暇人はほかにいないと窺えた。
アーチャーは顎を引き、なんのつもりだ、と問うた。
眉間に皺を寄せて苛立ちを表しながら困惑を刷く。意図が読めない以上、問いかける以外に次手がない。
対するランサーもしかし、なぜか、困った顔をした。
「わからん」
「は?」
「……オレにもわからん」
拗ねたように口をとがらせて、「あー、いや」頭を掻く。
「うるせえ口は塞いでやろうと思ったが、ちと加減を間違えた」
「……なんだ、それは」
気の抜けた言葉が漏れる。意味がわからない。
齧りつかれたくちびるは血を止めたが、舐めると鉄錆の味がした。
波止場は雨と黴のにおいで満ちていた。海面を叩く雨の音が鼓膜を塞ぐ。
一度は外した手を、ランサーは再び伸ばしてきた。
アーチャーは動かない。