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    エナジードリンク いつだかに男自身が話していた。その体を突き動かす衝動は“強迫観念”によるもので、『幸福は首を絞める縄だ』と。
     面倒な男だ。ランサーがいだく感想はそれに尽きる。ベッドで仰向けに寝転がって見上げた天井に白髪の姿は見られないものの、ちらつく影に、改めて己の所感を繰り返した。
     ランサーが横たわったベッドは普段、今ここにいない男が寝るためのもので、つまるところ私室だった。ランサーは侵入者だ。鍵もかかっていない部屋に、部屋主の許可なく入ってベッドを占拠した状態を“侵入”と称するのであれば、だが。文句を言われたところでそれは口だけと知っていた。
     再召喚された地でもサーヴァントに個室が与えられる環境は変わらない。細かな点は違えども、あの極寒の雪山にいたときと、ほぼ同じ。──これはきっと、激しい環境変化による心的負荷を抑えるためだろう。ランサーは両腕を枕に天井を眺めた体勢で、低く囁かれた男の推察を思い出した。
     彷徨海ノウムカルデアに再召喚されて割とすぐの話だ。なるほどな、と納得した覚えがある。雪山の地にいたときから少なかった人間スタッフがさらに減っていた。新天地で拠点ベースを築くまでに何があったかなど、聞かずともわかる。
     部屋主はまだ戻らない。瞼を閉じて思考を止める。
     いくらも経たずにドアがいた。
    「よお、邪魔してるぜ」
     入ってきた相手は見ないままに声をかける。一応の礼儀というやつだ。事後報告に等しい。
     果たしてアーチャーは、「──ああ」そう一言、返しただけだった。
     ランサーはそこでようやく顔を向けた。近づいてきた白髪がベッドに腰かけたせいで、まずその背を眺める。
     少し丸くなった背中は両足に腕を乗せているせいだが、
    「元気ねえな」
     背負った空気が、しょげた様子が体勢それのせいだけではないと、わかりやすく示していた。
     アーチャーは一拍あけて振り返った。
    「そう見えるか」
    「隠してるつもりか?」
    「……いや」
     多少は取り繕った態度を見せたものの、すぐに下ろす。
     ランサーは上体を起こして座りなおした。片膝を立てて頬杖をつく。
     事故で、とアーチャーがぽつりと切り出した。
    「ナーサリーのカップが割れたんだ。たまたま私が近くにいたから、その場で同じ物を投影した。……小さなサンタは喜んだが」
    「本の嬢ちゃんは違ったと」
    「ああ」
     食堂にいれば器のたぐいが壊れることなどしょっちゅうだろう。いちいち気にしていたらきりがない。形ある物はいずれなくなる。
     とはいえ、どこから手に入れてくるのか、各人の所有物とくべつが置かれることもあった。
     今回はたまたま、壊れたものがそれだった。そしてこの男は、大半の食器が壊れた時と同じようにした。
     アーチャーが小さく頭を振る。
    「『思い出になってしまった。だからもういない、その子は違う』とね」
     口を閉じる。ふつりと落ちた沈黙に軽い調子で肩をすくめた。仕方がない、とでも言いたげだ。
    「それでしょげてるわけか」
    「しょげてなどいない。己の無力を再確認しただけだ」
     口先を尖らせ言い返してきたが、後半は認めているようなものだろう。
    「私の投影は、所詮は紛いものだ。思い出の代替にはなれど、そのものにはなりえない」
     アーチャーは床から足を上げた。ランサーを押しのける形でベッドに横になる。
     深いため息を吐きながらその白髪はくはつを掻き上げた。
     ベッドはシングルサイズだ。男二人ではどこにいてもぶつかる。ランサーは遠慮なくその半身に乗り上げた。シーツに片腕をつく体勢で顔を覗く。
    「だから『なぐさめてほしい』ってか」
     返ってきたのは胡乱な目だ。
    「君、自分がやりたいだけだろう」
    「誰かさんみてぇに奉仕ってガラじゃあねえからな」
     献身なんざ願い下げだ。違うか?
     鼻先に噛みつく距離で笑ってやる。自室ではないベッドで待ち伏せていた理由など明らかだ。
    「ダッチワイフでも投影してやる」
    「ひん剥かれる前に素直になれよ、弓兵」
    「なぐさめる気はないのか貴様」
    「ハッ!」
     おとなしく受け取る気もないくせによく言う。
     やりたいことを、やりたいようにやる。それが一番だ。後悔が少ない。──その動機から殺してやりたかった男には難しい話かもしれないが。
     こんな状況で説教をするつもりは更々ない。それよりも、やることがある。
     皮膚の薄い喉へ齧りつく。やわらかい急所に歯を立てる。
     肩に、アーチャーの手がふれて、うなじに滑り、髪が握られ強制的に頭が遠ざけられてキスされた。


       *


     くわ、と口を開けて欠伸をする。
    「大きなお口! 食べられてしまいそう」
     冗談めかした少女の声に顔を向けて、よお、とランサーは無難な返事を投げかけた。気の抜けたところを見られた。食われたほうでね、などと言い返すには相手を選ぶ。
     椅子の背もたれから片腕を垂らす。
    「パーティーでもするのか?」
     食堂の一角には女性陣が集まっていた。ティーカップを両手で持ったナーサリー・ライムも参加者のひとりだろう。
    「ええそうよ、楽しい楽しいお茶会をはじめるの。おじ様もどうかしら?」
     誘われてしまった。少女からお茶会の面々に視線を向ける。
    「あー、また今度な」
     誘いは断った。面倒な相手メイヴはいなかったものの、積極的に参加したいわけでもなし。
    「そのカップ」
     しかし聞いてみたいことはあった。
     ナーサリーの両手に包まれたティーカップを目で差す。
    「嬢ちゃんのか」
    「そうよ。エミヤおじ様がつくってくださったの!」
     前のカップは割れてしまって。そう目を伏せる様は大事なものを惜しむ姿だったが、だからといって今、その手にあるカップをぞんざいに扱う様子はない。
     よかったなと声をかけてやれば、「ええ、素敵でしょう?」笑顔が返ってきた。
     小さな背中で跳ねる三つ編みを見送ってから、入れ替わりに近づいてきた相手を振り返る。
    「よお、色男。休憩か?」
    「君に色男と呼ばれる筋合いはないが、休憩だ」
     低い声とともにカップが供された。
     湯気の立つ中身は色合いから見て紅茶だろう。アーチャーは隣の椅子に腰かけた。
     頼んではいなかったが、用意されたものを断る理由もない。ランサーはカップを取り上げた。これがアルコールならさらに歓迎したところだが。──ああ、礼のつもりか?
    「……面倒くせえなぁ」
     気遣いなんざ互いにガラじゃあねえだろう。そう思う一方で、何かをしなければ我慢ならない男の性質たちもよくわかるだけに度し難い。受け入れてしまう己がだ。
     どうしようもない。熱い紅茶とともに飲みこむ。
     ランサーの漏らした言葉は届いたはずだが、アーチャーは白眉を小さく上げただけで内容にふれてはこなかった。すました顔でカップを傾ける。
     その横顔にはベッドで目にしたような影はない。
     頬杖をついて覗きこむ。
    「ちったあ気晴らしになったか?」
     だとしたら食い散らかされた甲斐もあったわけだが。
     アーチャーは取りすました態度を崩さずに、何がだ、と返事をした。
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    2019/05/11 14:32:43

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