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    【始春】11/24ツキフレ無配 背中に強い衝撃を受けて目が開いた。
     あまりの衝撃に自分がどこにいるのかわからないほど。息を吐きだし、気持ちを落ち着ける。
     暗闇は深く静かに春の身体を包み込んでいた。少し経つと目が暗さに慣れてきて、周囲が見えるようになってくる。木目の見える天井はいつもより高い位置にあった。ベッドではなく布団に寝ているせいだろう。ふかふかの布団はここしばらく寝起きしていた部屋だとようやくわかる。
     そうだ、天狗の里だ、と春は頭の中で確かめるようにつぶやいた。
     小太郎の思いに引っぱられて訪ねた夢の世界は、春の意識だけではなく身体も連れていったのだろうか。それとも意識が身体に戻ったせいで衝撃を受けたと感じたのだろうか。どちらにしても、あの天狐様たちは扱いが雑ではないだろうか。いや、それでこそ始と隼と言うべきか。別の世界のふたりでも、春に対する態度は変わらなかった。そう思うとくすぐったい気持ちもわいてきて、春は苦笑いにも似た息を吐き出した。
     真っ白な障子をすり抜ける光は薄暗く、夜明けはまだ遠いとわかる。
     闇天狗たちとの戦いは続いており、体力も気力も回復させるためにはこのまま寝るべきなのはわかっていた。けれどすぐには寝られそうもない。
     音を立てないよう部屋の外へ出る。人工的な灯りのない世界は夜空からの光で存外明るい。
     縁側に座り、夜空を眺める。
     ふたりの天狐を抱きしめた感触が今も残っている。ぎゅ、ぎゅ、と手を握っては開きを繰り返す。触れたあたたかさも、柔らかな毛並みの感触も、夢だと片づけるにはあまりにも強く残っていて、意識だけではなく身体ごと夢の世界にいたかと感じるほどだ。
     自分の手を見つめながらふたりの天狐を想う。
     彼らの心を少しでも軽くできただろうか。かえって寂しさを募らせてしまってはいないだろうか。この世界にいる自分が、彼らをきちんと抱きしめてくれますようにと願わずにはいられない。
     春、とひそやかな呼び声があった。
     振り返ると、いつの間に起きたのか相方にして恋人たる男が立っていた。
     この世界の彼とどこかで繋がっている人。
    「始」
     呼び返す春の声は、始の穏やかな視線とぶつかった。
    「どうしたの?」
    「お前がいなかったからな」
    「……そっか」
     いつもであれば、一度寝てしまえばなかなか起きない始が、隣で眠っていた春の不在に気づくだなんて珍しい。からかおうと開きかけた春の唇はすぐに閉じられた。
     ここは寮ではなく、世界すらも違う。それに加えて非常時だ、いつ何があっても対応できるように神経を張り巡らせているのだろう。リーダーとして、始個人として、仲間を守らなければならないという使命感。
     これは帰ったら存分にいたわってあげないと、と春はひそかに決めた。
     春が何も言わないからか、あるいは動こうとしないからか、始が春の隣へ腰を下ろした。部屋へ戻れと言わなかったのは、始なりの気遣いなのかもしれない。
     ふたりで星空を眺める。
     記憶している星の配置と同じような気もするし、まるで違うような気もする。目を凝らしていると星たちが混ざりあっていくようにも思えて、自分たちのいる世界とは違うところにいるのだと改めて感じた。
     黒天狐、この世界の始は、どの世界であっても扱いにくいタイプだと自覚していると言っていた。そうかもしれないが、それ以上に始の努力も想いも知っている。ひたむきさも、誠実さも、優しさも。扱いにくさもひっくるめて、始のすべてを春は愛している。
     始に寄り添うと、布越しに触れる体温が春に吐息を漏らさせた。
    「春」
     始の鼻先が春の首筋に近づいた。匂いを嗅ぐような仕草をする始の眉間にシワが寄る。何か匂うのかと春が問う前に、始が聞いてくる。
    「誰と、会ってきたんだ」
     とがめるような口調は自分を心配してのことだろう。真夜中に、ひとりでふらふらするなとでも言いたいのかもしれない。小太郎の思いと、始と隼との縁に引っ張られたんだ、などと言えば目の前にいる始の機嫌が急降下するのはわかっているから春は言わない。
    「うん、……ちょっとね」
     秘密だよと微笑めば始が渋面を作る。始相手であっても、夢の世界でのできごとは言わない方がいいという春の判断は正しかったようだ。意識の端で白天狐が微笑む気配を感じた。
    「変な人たちではないから安心し……あ、でもなぁ……変と言えば変なのかな?」
    「……もういい」
     春の言葉からだいたいを察したのだろう、始が嘆息した。
    「始」
     呼びかけ、さらに始の方へ身体を寄せる。
    「心配してくれてありがとう」
     いつもであれば、してない、などと強がりを言う始は黙って鼻を鳴らすだけだった。異世界に飛んだ影響だろうか、珍しいこともあったものだ。
     そして同時に、始が己の胸中を語りたがらないのはあの黒天狐と本質が同じせいもあるのかと思い至る。
     昔から、始は自分の発言の影響力に気をつけていた。なんの気なしに発した言葉が思いもよらぬ結果をもたらす場面は何度もあった。
    「素直になれないのはやっぱりそこかぁ」
    「は?」
     知っていたけれど、あの黒天狐と出会ったことで改めて気づいたように思う。
     そっと肩に頭を乗せて春は囁いた。
    「どの世界にいたって、俺は始の隣にいたいし、始を愛しているからね」
    「なんの話だ?」
    「始はもっと好きって気持ちを出して、たくさん関わってもいいんじゃない? って話」
     世界のあまねく命を愛しているのなら、愛していると言えばいい。関わりたくてたまらないのに我慢して、それで寂しい顔をするのは違うだろう。春と同じ世界に生きる始にも、この世界の始にも、そんな顔はさせたくなかった。もっとも、こちらの世界に関してはこちらの世界にいるであろう自分たちに任せるしかないのだけれど。
    「好きって気持ち、か」
    「そうそう」
     春が頷くと、おもむろに始が春の手首を優しく掴んだ。指先がゆるゆると袖の中へとすべりこんでくる。夢の世界で春が白天狐に触れたときと似ているが、動き方はまるで違う。皮膚を撫でる感触に吐息を漏らしながら春は軽くとがめた。
    「ここ、外だよ」
     始と春以外に誰もいない縁側だが、いつ誰が来るかなんてわからない。寮の自室ではないのだ。深夜だからと気を抜いていいわけがない。
    「そうだな」
     袖の内で、始が皮膚のやわらかい部分を何度も撫でる。わかっていると言いながら、始の動きはまるでわかっていない。
     そういう意味じゃないんだけどなぁとぼやきたくなったが、言葉が足りなかったのは春の方だ。誤解だと言いたいのに、身体は春の意志とは真逆に動く。唇は吐息を漏らし、顔は始へと近づいていく。
    「はじめ」
     ひそやかな声を拾った始が春を抱きしめる。春の背中を始の手が何度も撫でていく。
    「だめだよ」
     咎める声は春自身でもわかるほどに甘かった。わかっている、と始が頷く。
    「しない」
    「しない?」
    「何があるかわからないからな、今はしない」
     これ以上のことはしないと言いつつも始の手のひらは熱を宿していた。
    「はる」
     違う世界にいて、非常事態の最中に抱き合うほど理性は飛んでいないと始は言う。けれど始は春を強く強く抱きしめる。
     誰に会ったのか、始は追求しなかった。
     春が言わなかったことに納得したわけではなく、吐かせるには時間がかかると判断して黙っただけなのだとようやく春は気がついた。
     たぶん、と春は考える。
     無事に自分たちが本来の世界へと戻れたら、そのときは言えるだろう。今は始と隼の同一存在である天狐たちと同じ世界にいるせいで色々な制約がかかってしまうとしても、別の世界に入れば話は別だ。そうしたら、あのふたりについて始に話そう。
     始よりは優しい力で抱きしめ返すと、片手で頬を包まれくちづけられる。何度も触れてくる熱さから彼の想いが伝わってくる。
    「……ん、っ……」
     キスの合間に漏れる吐息はギリギリ熱を生まないように加減されてはいるけれど、こうも長くくちづけられると春の方が先に参ってしまう。春がどれだけ始とのキスに弱いかということを、知っていて始は知らないふりをしているのだ。
     本当にこれ以上はだめだから、もう許してと始の背中を叩く。一度目は優しく。二度目は強く。
    「…っ、は……」
    「はじめ」
     もうおしまい、と春が頭を左右に振るとようやく始が唇を離した。
     しぶしぶ離れたはいいけれど、離れ際に唇を舐めるものだから始末が悪い。絶対、わかっててやってるんだと春はもう一度始の背中を叩いた。
    「春」
     非難めいた目つきを向ける始の唇を親指で拭う。湿り気を帯びた唇の感触が気持ち良かったが、これ以上触れているのはだめだ。静かに親指と顔を離した。
     帰ったら覚えてろ、なんて言っても効果がないどころか逆効果なのは知っている。どうしたものかと思いつつ、心が浮き立っているのを春は自覚する。
    「春?」
     静かに笑いをこぼしはじめた春に始が首を傾げた。
    「帰ったら、話してあげるね」
     春の知っている睦月始は、黒天狐と同じように扱いにくくて口が悪くてぶっきらぼうで優しくて、でも彼よりもずっとずっと己の気持ちに素直だ。関わりたいと思う人や物事には見た目以上に積極的で、掴んだ手は離さない。
     始自身が決めてしまえばこんな風に関わることだってできるのだ。こんな関わり方もできるのだと、春はあのふたりに見せてやりたかった。いや、この世界でなら、彼らには見えているのかもしれない。だとしたら、見ていてほしい。そして彼らが、この世界の自分たちや他の人たちへ好きなだけ手を伸ばしてくれたらと春は願った。
    「俺も、始のことが好きだよ」
    「なんだその『も』っていうのは」
     不審そうな始に密やかな笑いを返し、そろそろ寝ようと立ち上がる。春が差し出した手を始はためらいもなく掴む。
     ほらね、素敵でしょ? と心の中で春は小さく呼びかけた。
    藤村遼 Link Message Mute
    2018/12/02 23:16:05

    【始春】11/24ツキフレ無配

    #2次創作 #腐向け #始春 #ツキ

    2018/11/24ツキフレにて無料配布した6幕ネタの小話です。
    編集で字数調整を入れたので、配布したものと多少違うかもしれませんが、大筋は同じです。

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