【始春】いちばんでさいこう 仕事帰りに春の部屋を訪れると、待ち構えていたように春が出迎える。
「ちょっと遅いから、少しだけ、ね」
そう言って春が差し出した紅茶を口に含めれば、ほのかにブランデーの香りがした。
ソファの隣に座る春を見れば、その口元は緩んでいる。音には出さず始も笑う。
始が紅茶を飲んでいる間に、持ってきた雑誌を春が開く。
先日、夏の夜をテーマにグラビとプロセラ全員で撮影したサンプルを帰り際に受け取ったものだった。
「うん、いいね」
誌面に目を落としたまま春が言う。
春が開いているページには恋と駆が写っていた。
夏の夜と題しただけあって、いつもよりおとなっぽい衣装や照明を使用しての撮影は下の子たちの新しい一面を見せてくれたと始は思う。
始にも見えるようにゆっくりとめくっていた春が、最後のページでひそやかに笑う。
「グラビアのラスボス、ねえ……」
顔をしかめた始に気づいたらしく、笑った理由を口にした。
ある台本の誤植をいまだにネタにするのは春くらいなものだ。
「それのどこが面白いんだ」
「ラスボス、ってあたりが始らしいなあと思うんだよね」
「どこが」
「強そうなとこ」
眼鏡の奥で翠緑色の瞳が楽しそうに揺らめいている。
強そうとでも言えば始が黙るとでも思っているのだろう。
指摘するのは癪で黙って春を見つめる。
「強そうって言うのにもいろいろあってさ」
視線を始から雑誌へと戻した春が、つい、と指先を動かす。指の腹が艶めかしく始の首筋を撫でるが、隣に座る始にではない。
「ちょっと傾ける仕草とか、きれいだし色気もあって俺はすごく好きなんだけど……」
なおも写真の始に触れる春の指を掴んでしまいたくなった。
衝動に流されては春の思う壺だとわかっているから、ぐっと堪える。
「滲み出る色気の強さは最終兵器でラスボスだよね」
「……春」
「なに?」
ティーカップをローテーブルへ置き、春の顎を掴んで引き寄せる。
「俺がラスボスならおまえはなんなんだ」
親指の腹でやわらかな唇を撫でた。
「俺? 俺はねえ……」
どう答えようかと迷うそぶりを見せる春から眼鏡を抜き取り、続きを待った。
春がねだるようにまばたきを繰り返したが始は見ないふりをする。
焦らしているのはお互いさまだ。
「始がグラビアのラスボスでも、グラビのラスボ……じゃなくって、リーダーでも、別のなにかでも、俺は始の隣で座っていられたらいいかなあ」
言葉を返す前に春の唇が吸いつくように重なった。
「写真でもホンモノでも、始がいちばん最高に好きだっていうのは同じだよ?」
唇を触れあわせながら春がささやく。
期待されていると知っている。
与えられる言葉も嬉しいが春の愛こそ今は欲しい。
そういうところもラスボスっぽい、となんだかよくわからない評価をされたのは夜も深くなってからのことだった。