【始春】ささやかな贈り物 今年の12月もグラビとプロセラは揃って忙しい。
生放送の歌番組に、年末年始の特番の収録と普段よりもユニットでの仕事が増える。
大変だと言いながらも誰もが楽しそうな顔をしているのは、全員揃っているから、というのもあるのだろう。
ある日の夕食は、グラビとしての仕事に関するミーティングを兼ねていた。このところ誰かひとりは欠けている日が続いていたので、6人が揃うならついでにミーティングも、ということになったのだ。
賑やかだけれど話題は仕事という夕飯を終えると、春が紅茶を振る舞った。
「新しい紅茶が出ていたから気になったんだ」
甘い香りが立ち昇るカップを持っていた駆が、あれ、と首を傾げる。
「なんか、キラキラしてますね?」
「クリスマスをイメージした紅茶なんだって。去年のとはフレーバーが違うみたい」
穏やかに微笑む春の言葉にうなずき、6人でしばらく紅茶を楽しんだ。
「クリスマスと言えば」
ふいに恋が手を挙げる。
「始さん、春さん、今年のクリスマスプレゼントはクリスマスツリーの下に置いて、当日せーので開けるっていうのをやりたいんですけど、どうですか?」
これくらいの、と葵が指で名刺サイズの四角を作る。
「カードとペンを置いておくので、誰宛かわかるように書いておけばいいかなって」
担当色のリボンや包装紙を選ぶのは全員が癖になっている。だから何も書かなくてもわかると言えばわかるのだけれど、名前だけでもカードがあると嬉しいのだと葵がはにかんだ。
「いいんじゃないか」
「だね。そういうのも楽しそうだ」
始がうなずき、春も同意する。
やった、と他の4人がお互いの手を叩きあった。
「あれ、もしかして皆で先に決めていたのかな?」
春が笑う。
「そうです! 今年はサプライズなしにしようってことになりまして」
駆が経緯を簡単に言う。
ツリーの下に置いたらどうかと提案したのは葵だったと恋が続ける。
「夜中にこっそり忍び込むのもありかなって思ったんですけど、おふたりの邪魔はしたくないので」
「邪魔? なにが?」
恋の言葉に春が頭を横に倒した。
「なにが? って、やだなぁ、春さん。俺たち、馬に蹴られたくないんで」
「馬? どういうこと?」
「…………えーと、春さん。確認、なんですが」
「始さんと春さんって、おつきあいしてるんですよね?」
恋と駆の声が重なる。
「おつきあい?」
春の頭が反対側に傾いた。
瞬間、共有ルームの室温が下がった。
「え?」
「え、」
「ええと……」
「あー」
首を傾けたままの春と、沈黙を保つ始の顔を交互に見た4人が悟る。
「そうだ、食後のデザートにプリンがあるんですけど食べません?」
「はいはいっ! 食べます!」
葵の言葉に駆が大きく手を挙げる。
「それならお茶を淹れ直そうか」
あからさまに話題を変えたとわかっていても春は指摘しない。4人の困惑した顔に気づいていたからだろう。
春と葵が立ち上がり、手伝いましょうと駆が続く。
新と恋に残されたのは、沈黙したままの始だ。
「すみません」
静かに恋が頭を下げる。
冷めた紅茶を啜った新が始に視線を投げた。
「てっきりもうそうなんだと思っていたんですけど、違ったとは意外でした」
「なんというか、こう……おふたりの空気が甘々なときがあるので、これは……って思ったんですけど……!」
深いため息とともに新と恋の頭へ小さな衝撃が落ちる。こつん、と何かが当たったかなと思う程度のそれは始の拳だった。
怒っている、というよりはやるせないという顔を始はしている。
それに気づいた新と恋が顔を見合わせる。始さんみたいな人でも片想いに苦しむことがあるんだな、と視線だけで会話した。
「余計な気遣いはしなくていい。……おまえたちが気を遣ってくれたことは感謝するが、そういうのじゃない」
「春さんのことが好きなのに?」
キッチンにいる3人には聞こえないよう、声を潜めた新に始は苦笑する。
「あいつはまるでわかっていないからな」
「わかってなくても、嫌じゃないと思うんですけどね」
「ですです。始さんといるときの春さんってとっても楽しそうで幸せそうですよ?」
「それを見ている俺達も楽しいし幸せなので。いっそのこと、これを良い機会だと思って」
「おまえらは……」
苦笑しつつも始の表情はさっきよりも柔らかい。つきあっていると誤解されていたことも、告白してしまえとそそのかされたことも、始は怒っていなかった。
むしろ春への好意があからさますぎたと自嘲している。
大丈夫ですよ、と恋が優しく笑う。
「気づいているのは俺達だけです。始さんがそうやって春さんを好きだ〜ってオーラを出すのは寮にいるときだけなので」
アイドルで在ることに誰よりもこだわりを持つ恋が言うのであれば間違いはないだろうと始は静かに頷いた。
「始さん、ファイトです」
キッチンにいる春をちらりと見ながら新が小さなガッツポーズを作る。
「そう、だな。……まぁ、考えておく」
始がもう一度頷いた。
「おまたせ。プリンに合う紅茶にしてみたよ」
ちょうどのタイミングで春が声をかけてくる。
そうやって始と新と恋の内緒話が一段落した瞬間は見逃さないのに、始の気持ちにはまるで気づかないところが春の面白いところだと4人は思う。
クリスマスツリーの下へプレゼントを置く提案は採用された。
話を聞いたプロセラの6人もプレゼントを置いていくからツリーの下はずいぶんと賑やかだ。
日に日に増えていくプレゼントを眺めるのが楽しくて、共有ルームにいる時間は誰もが長くなる。
そして迎えたクリスマス前夜、始が最後に置いたプレゼントは淡い緑色の包装紙と紫のリボンでラッピングされた小さな小さな箱だった。