【始春】ナイショの顔「だいぶ伸びてきましたね」
読んでいた雑誌から顔を上げると、構えていたスマホを恋が下ろした。
「そうだねえ。2ヶ月くらいは経ったかな?」
前髪も同時に伸ばしているからちょっと大変、と春はこぼす。でしょうねえ、と頷きながら恋はスマホの画面を春に向けてみせる。
雑誌を読みながら片手で髪をかきあげる自分が映るスマホを見て、春は苦笑した。
「さては今度のFC会報かな?」
「あたりです。春さんってこういう仕草も色っぽいのに綺麗ですよねえ」
「わぁ、誉められた」
嬉しいけど照れくさいねと目を細めながら、月城さんがOKだったらいいよと春は付け足した。
「了解です。……あー、でも月城さんはいいけど始さんがダメって言いそうだなぁ」
「始が? なんで?」
FCの会報だから、外向けよりも多少はラフな写真やコメントを載せることが多い。ときどき恋が撮る寮や楽屋でのオフショットはスタッフが撮るよりも自然体だとファンには好評だ。
恋であれば掲載する、しないの判定ラインも確実で、メンバーは特にあれこれ注文したこともない。いまさら始が文句を言うとは春には思えなかった。
「俺としては春さんのこういう色気も綺麗さもある姿をファンの皆さんにお見せしたいところなんですけど、始さん、春さんの色っぽい写真を公開するのはあんまり好きじゃないと思うので」
「それ、いまさらじゃない?」
恋の言葉に春は首を傾げた。
色気を全面に出した曲やダンスはライブでもやっているし、グラビアでだって頻繁に求められる。割合としては始の方が高いだろうが春も少ないとは言えない。撮影用であろうとオフショットであろうと結果としては同じだろうという春に恋は小さなため息をついた。
「始さん、俺には無理でした……」
「どこに話しかけてるの、恋」
宙へ顔を向ける恋に苦笑しかけ、あ、と春は声を上げた。ああ、そういうことか……と呟いた春は恋へ視線を投げる。
「やっぱりいまさらだよ。俺だって場所は選んでいるからね?」
「場所?」
「コレは、始以外も見ていいやつね」
コレ、と恋のスマホを指して春は笑う。さらりと明かされた秘密に恋は声を詰まらせる。始と春の関係は恋もなんとはなしに知っている。けれど明確な答えをもらったことはいまだなく、今も曖昧と言えば曖昧だ。
それでも春の言葉といたずらめいた笑顔に意味を察しないわけがなく、ああもうわかりましたと恋は降参するしかない。
お伺いを立てるのも面倒になった恋は立ち上がる。
「それじゃ春さん、伸びた髪をアレンジしてもいいですか? それで写真を撮らせてください」
「了解。恋にやってもらうのは楽しみだなぁ」
恋の心情を理解したのか、していないのか、春は微笑み雑誌を閉じた。
夕方、グラビのグループメッセージに投げられた写真は月城にも送られて数ヶ月後のFC会報へ載ることになった。
ヘアピンとヘアアイロンを使い、『可愛い』をテーマにした恋作春の髪型はファンからの反響がいつもより多かった。
翌月の会報で始作と題された春の写真は細かな編み込みだけで作られた、恋とは逆に男っぽさを際立たせたアレンジだった。
『俺がアレンジした翌日です』という恋のコメントが添えられた会報はやはり同じくらいの反響で、後日のラジオで春が笑っていたとかいないとか。