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    【hrak腐/未来捏造】ホー常ついろぐ①【「青空に手を伸ばした」で始まり、「今なら告げられる」で終わる物語】





     誰も居ない事務所の屋上にひとり立ち尽くして、そっと夜空に手を伸ばした。そのままぐっと拳を握りしめて、ゆっくりと手を開いてみるけれどそこには何もあるはずがない。それを何度も繰り返していると、背後から聞こえてくる、声。

    「ホークス。何をしておいでで」

     その声に反応してくるりと振り向けば、屋上へと続く唯一の扉を開き、こちらを見据える鋭い目をした小さな鴉の姿があった。

    「…あれ、ツクヨミ。君こそどうしたの、もう帰ったんじゃなかった?」
    「そのつもりでしたが」

     そこで一度言葉を切り、静かな動作で扉を閉めてカツン、カツン、と軽やかな足音を立てながらこちらに近づいてくる。互いの距離は五メートルぐらいか、そこで彼は一旦足を止め、再び口を開いた。

    「帰り道にふと空を見上げたところ、貴方の姿が見えたもので」
    「えっ、それだけ? なんでまた、俺が空飛んだり見上げたりするの好きなの、知ってるでしょ」
    「……そういったものであればいいのですが。ホークス、何か思い悩んでいることでもあるのでは」

     一瞬、ぐっと息を飲んだ。帰り道にふと空を見上げたら、と言っていた、そして自分たちがいるこの場所は屋上である。同じ鳥人間として、彼の視力が常人のそれよりも優れているだろうことは想像に難くないけれど、そんな距離からひと目見ただけで気がついてくれて、わざわざ引き返してきてくれたのか。呆然と立ち尽くしていると、彼は少し言いづらそうに続ける。

    「…俺はまだまだ未熟な学生の身ではありますが、此処に居る間はただのいち学生ではない、貴方の部下でありたいと思っている。それも、貴方の後ろを着いていくのではない、貴方の背中を預かり支えられるヒーローとして」

     ですから、何か抱えているものがあるのなら、その積み荷の一欠片でもいいから分け与えて欲しい。そう言って、彼は少しばかり顔を赤らめた。実力も経験も足りない未熟なインターン生という身分でありながら厚かましいことを言ってしまったか、とでも思っているのだろう。俺が知っているツクヨミ――「常闇踏陰」は、そういう男の子だ。負けん気が強くて生意気で真面目で、どこまでも真っ直ぐで優しい。ああ、眩しいなあ、と痛烈に思う。きっと彼はそう遠くない未来に、俺なんかよりもずっとずっと立派なヒーローになるだろう。どうかこの輝きを、いつまでも忘れずに羽ばたき続けてくれますように。そう願う一方で、説明しようもない重苦しくどろどろとした感情が胸の中を渦巻く。自分でも「これ」の正体がわからなくて、意味もなくこうして空の下でひとり佇んではいたけれど、彼とならば何か見つけられる気が、して。

    「…そうだね、ありがとう。じゃあ常闇くん、ちょっと聞いてくれるかな? 仕事のことってわけじゃあなくて悪いんだけどさ」

     ちょいちょい、と手招きをして隣に来るようにと促す。ヒーローネームではなく本名で呼び、さらに仕事のことではない、と言い含めたにも関わらず、常闇くんは恭しく「御意」と短く告げて隣に立ってくれた。

    「…んじゃ、早速だけどさぁ。俺が、一度欲しいと思ったら我慢できない性分だってのは知ってるよね?」
    「存じています」
    「うん、俺自身そういう自覚あるんだけど……とあるものに対してさ、欲しい、と思ってるのに、我慢したくなる? っていうか…なんていうの? 俺のになって欲しいって気持ちはあるけど、まだそうならなくていいって気持ちもあって……自分でもよくわかんなくてさ、ちょっと呆けてただけ」

     話しながら、また空に手を伸ばしてぐっぐっ、と拳を握ったり開いたりを繰り返す。どれだけ掴もうとしたところでそこには何もない、当然だ。「そこ」に思い浮かべている存在は、今隣にいて俺の話に耳を傾けてくれているのだから。

    「……正直、貴方の言っていることを完全に理解している、とは言い切れず情けないのですが」
    「いや、俺自身も結構ぐちゃぐちゃになっててよくわかんないことだし、仕方ないよ」
    「しかし…貴方の性分から考えて、欲しいとは思っているのに我慢しなければと貴方に思わせるとは…其れが既に他人のモノであるか、或いは貴方にとって至極の宝玉であるか、何れかなのではと」
    「は、」

     常闇くんが導き出した答えに、また目を見開いて呆然としてしまった。なんだか今日は常闇くんに驚かされてばかりだな、と現実逃避のように考えて。
     つまりは、他人のものだから手が出せない故に我慢しなきゃと言い聞かせているか、……若しくはあまりにも大切すぎて、己のものにするどころか触れることさえ躊躇してしまっているかのどちらかではないか、と彼は言っているのだ。思いもよらなかった可能性、それが不思議とすとんと胸に落ちてくる。

    「性分すら変えさせるほどの何か、と考えれば、その二択ぐらいではないかと。若輩者の取るに足らない意見ではあるやもしれませんが」
    「あっ、あー………うん、成程成程。常闇くんは、そう思うわけだ。うん、そっか、うん……」

     張本人に答えを導き出されてしまい、今更ながらに突きつけられた真実に目眩がした。屋上の手すりから両腕を投げ出して、片手で前髪を掻き上げる。よくよく考えてみれば、確かに簡単なことだった。
     最初はなんの期待も抱いていなかった雛鳥が、予想を遥かに超えた負けん気を備え、類まれなるハングリー精神によってメキメキと成長していく姿。それを見守り導いていくのは本当に楽しくて、久しぶりに本心からの笑顔を浮かべることができていたことを、俺は自覚している。後進育成など初めからする気はなかったのに、常闇くんには手を差し伸べたくて仕方なくて、教えたことをどんどん吸収していく姿を追うのが嬉しくて。ヒーローとしても人間としても、常闇くんを好ましい人間だと思っていた、それは本心だ。それが、今彼から突きつけられた意見により、あっという間に霧が晴れてしまった。
     俺は、常闇くんが好きなのだ。ヒーローとしても人間としても、…そして恋愛対象、として、も。
     自覚してしまった本音はひどくくすぐったくて、甘くて、まだ少しもやもやは残るけれどそれすらもなんだか心地良かった。

    「あー……ありがとね、常闇くん。なんか、ちょっと頭の中整理できた気がするよ」
    「いえ、礼など不要です。ホークスの力になりたいと思ったのは他でもない俺で、それが叶ったようだ。ならばそれ以上の謝礼など必要はありません」
    「は、はは! 何だよそれ、常闇くんってばかっこいいなぁ!」

     そうやって二人して笑って、もう大丈夫だよと言い含める。そして帰りの新幹線の時間が差し迫っていることを理由に、そろそろ帰宅するようにと促した。
    「常闇くんのおかげで、もう大丈夫だよ」と高調していく気分のままににこりと笑いかければ、常闇くんは納得いったように「そのようで、何よりです」と薄く笑う。その笑顔が、とても眩しかった。

    (…好きだよ、常闇くん、君のことが。大切すぎて、柄にもなく色んなことを我慢しちゃうぐらいに)

     それはまだ告げることのできない本音。彼がまだ未成年ということもあるし、何より俺にはまだ果たさなければならない「命令」を抱えたままなのだから。今ならば告げられる、そんな日を一日でも早く迎えるために、頑張っていかないとね。
     そう心に決めて、今日もまた、ぼんやりと微笑む。




    【「目覚まし時計がなる前に目が覚めた」で始まり、「今日も空が青い」で終わる物語】





     目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。休日だというのに随分と早々に覚醒してしまったものだと、目覚ましのスイッチをオフへと切り替えながら思わず顔を顰める。 
     雄英を卒業してから早一週間、九州へと住まいを移してからは三日。新たな環境に未だ体が慣れていない証なのだろうな、と軽く嘆息。インターン中何度も訪れた場所とはいえども、其れはあくまで一時的な止まり木としてのものであり、日々の生活を送っていく場所としては違ったらしい。早い時間ではあるが、二度寝とやらは性に合わない。改めてこの町並みの散策でもしてみようか、空からならば普段は目に見えぬ場所とて確認出来る筈だ。これからヒーローとしてこの街で生きていく以上、そういった場所の再確認をしていくことも大事だろう。
     今日の予定は決まったな、と改めて体を起こし、寝具を整えて朝支度をさっと済ませる。少し早めの朝食を取り、その片付けも終わったところで、まるでその隙を伺ってでもいたかのように、スマートフォンから着信音が鳴り響いた。こんな早朝から、緊急連絡かと慌てながら手を伸ばす。画面に映った名前は敬愛する師のもので、やはり何か事件が、と直ぐ様応答ボタンを押下した。

    「あ、すぐ出てくれた。おはよう、常闇くん」
    「おはようございます、ホークス。何かありましたか? このような早朝から、緊急要請でしたら直ぐに」
    「あーあー違う違う! ごめんね紛らわしい真似して、そういうんじゃないよ! 今日は至って平和な朝です!」

     通話しながらもクローゼットからコスチュームを取り出そうとすると、電話の向こうで師が慌てたように否定を告げた。違うのか、と一旦クローゼットを閉じながら続ける。

    「なれば、何か?」
    「何かっていうか、特に用事があるわけじゃないんだけど……ふっ、ははっ」
    「ホークス?」

     突如電話の向こうで笑い声を上げだした師に、頭の中に大量の疑問符が沸いた。何か可笑しなことでも口にしたろうか、と考えるが心当たりはまるで思いつかない。取り敢えずとホークスの次の言葉を待っていると、「んんー」だとか「はぁー」だとか奇妙な声まで聞こえ始めた。何なのだろうか、この反応は。分からないけれど、その声が何処か喜色を帯びているように聞こえるので、急かす気にはなれず辛抱強く待つことにする。
     スマートフォンを耳元から外さぬままにそっと移動して、ベッドに腰掛ける。一分か、それとも二分か。たっぷりと時間をかけて、漸く落ち着いたのであろうホークスが「…ごめん、お待たせ」と呟いた。

    「俺は本日は休みで、時間がありますので構いません。何より、理由は分かりませんが貴方のそのように喜色が滲んだ声を聞くことが出来るのは、心地良い」
    「……それは、嬉しいな。常闇くんも、同じなんだ」
    「同じ?」
    「…俺さぁ、常闇くんが卒業するまでは我慢するって決めてたわけで、君にもそう言ってたよね。欲しいと思ったら我慢できないタチのこの俺がさ、頑張ったよ。インターン生に手ぇ出しましたとかいう醜聞はさすがに避けたかったし、何より君への気持ちは本気なんだって、信じて欲しかったから」

     前者は兎も角、後者については少々意義を唱えたかった。そうされずとも、ホークスがどれほど俺を想ってくれているかは、ずっと前から知っている。俺が卒業するまでは正式に付き合うことは出来ないけれど、と…疑う余地など欠片も無いほどに、真摯な愛を告げてくれていたのだから。その心がどこまでも深くて強くて、抗いがたいまでに魅惑的であることも。然れど反論もせずに口を閉じたままだったのは――次の瞬間に師が告げてくれた言葉に、あまりにも胸を打たれたから。

    「だからさ、今まで我慢してた分、ってのもあると思うんだけど……こうやってさ、用事とか報連相とか、そういうのじゃなくて、ただ声が聞きたかっただけ、なんて理由で電話していいんだ、それが許される関係になれたんだーって思ったら、なんか嬉しすぎて、耐えらんなかった」

     ベッドに移動しておいて正解だった、と思わずにはいられない。師の其の言葉が脳に届いた瞬間に、此方も耐えきれずに背中からどさりと倒れ込んでしまったから。スマートフォンを持つ手と逆の手の甲を額に押し当てて、今度は俺の方が悶絶する羽目になった。其の衝撃で驚いたのか、黒影が出てきて「フミカゲ、ドウシタ?!」と慌てたように頬を擦り寄せてくるのにも、何でもないと撫でてやることでしか返すことは出来ず。
     愛しい相手が、同じように俺を愛しいと想ってくれている、その事実に今更ながら目眩がした。師弟から恋人同士への関係性の変化。其の通りだ、なれば師弟の時には用事を作らなければ電話やLINEひとつ飛ばすのにも多大な勇気が要った。だが今では、何の理由もなく連絡を取り合うことが許される……寧ろ、取る方が当然とすら。そう思ったら、あのひとの顔を一刻でも早く見たくて堪らなくなった。早くお会いして、其の優しい温もりに満たされて溺れてしまいたい。

    「…ホークス、今日は貴方は営業日だと思いますが、始業まで後どれだけありますか。…俺、今すぐ貴方に会いたくて堪らないです」
    「! …うん、俺も、君に会いたい。あと一時間は余裕あるから大丈夫! 今アパートにいるよね? すぐ飛んでくから、待ってて」

     耐えきれず懇願するように告げると、電話の向こうで早速とばかりにばさりと剛翼を広げる音が聞こえた。ゆっくりと体を起こして、のろのろと窓の方へと移動し、カーテンを全開にする。ああ、今日も空が青い。眩しいほどの青の中、赤い翼が真っ直ぐにこちらへ向かってくる光景を目にしながら、笑みを浮かべた。




    【「ぱちりと目が合った」で始まり、「ただそれだけだったのにね」で終わる物語】





     ぱちりと目が合ったあの瞬間を、一度だって忘れたことなんてない。パトロール中にふっと背後に目を向けた途端、小さな鴉のギラギラとした視線とかち合ったあの一瞬。あの、たった一瞬で彼の存在が俺の中で大きく塗り替えられたのだ。単なる情報源のひとつから、期待性大の後進へと。日常から授業からインターンから、与えられる何もかもから貪欲にすべてを吸収して己が物としようとするその精神には、たいへん目を見張らされた。後進育成なんてする気は無かったというのに、そんな精神すら木っ端微塵に打ち砕かれて、後に残ったのは彼がどこまで飛んでいけるのかを見守りたいという強い気持ちだけ。
     それからは時間を作っては彼にちょっとしたアドバイスなんかするようになり。いつからか俺を師と呼ぶようになった彼には、そんな大層な存在として扱われるようなものではないと少し戸惑ったものだけれど、決して悪い気分ではなかった。純粋に俺を慕い、それでいて俺に追いつき並び立ち、いつかは越えてみせるとギラついた瞳で努力し続ける姿はとても尊く愛おしいものだ、と思わずにはいられなくて。積み重ねた日常の中で、彼への想いが師として弟子へ向けるそれだけではなくなったのは、いつからだったのか。もしかしたら、あの時目が合った瞬間からだったかもしれないけれど。

    「……ホークス、申し訳ありませんがそろそろ勘弁していただきたい」
    「えーなんで!? こんなもんじゃまだぜんっぜん足りない! 俺がどんだけ我慢してきたと思ってんの、三年分だよ三年分!」

     人間座椅子の形で腕の中にすっぽりと収めた、弟子兼恋人の頭をわしわしと撫でながら訴える。「其れは理解していますが」と小さく呟く声は、はっきりと戸惑いと羞恥を顕にしている。抱き込んだ体温が最初の頃よりどんどん上昇していることにも気づいているけれど、止めてやる気にはなれなかった。
     出会ってから三年、ようやくなんのしがらみもなくこうして気持ちを伝えることができるようになって、恋人という関係になろうと伝えた言葉に頷いてくれたこと。何もかもが俺を幸せにしてくれる、こんな存在が側にいて、どうして我慢することなどできようか。ましてや今日は恋人同士となってから初めて休日が被った日だ。ゆっくりと二人きりで過ごせるこの日を、どれだけ待ち望んでいたことか。

    「…やっと言えるようになったんだから、もっと言わせて。常闇くん、好き。好きだよ、好き、君が大好きだ」

     惜しみなく、ひたすらに伝え続ける。彼の年齢だとか、立場だとか、極秘任務のことだとか。ありとあらゆるものに縛られ続けた己と訣別できたことを、もっと実感したい。そんな打算的な気持ちだって勿論あるけれど、何よりもこの胸の内で三年もの間誰にも伝えられずに暴れ狂っていたこの強欲な想いを、もう一人じゃ抱え続けていられる自信がなかった。彼の見た目よりも柔らかい毛にすり、と頬を擦り寄せながら言葉を続ける。

    「好き、好き、常闇くん、好き」
    「……ホークス!」
    「んっ!?」

     ぱしん、と勢いよく彼の右手が俺の頬へと飛んできた。当たる瞬間に力を緩めてくれたのか、全く痛みはなかったけれど衝撃に一瞬声が止まる。その隙をついて彼は俺の腕の中から抜け出した――かと思うと、体の向きを変えて改めて向き合い、俺の両頬にそっと手を添えた。

    「先程は失礼を。…ホークス、貴方はひとつ思い違い…否、見落としていることがあります」
    「へ」
    「三年もの間我慢していたのが、貴方だけだとお思いか。己のみで満足した気にならないでいただきたい。…俺も、貴方が、好きです。好きです、ホークス」

     だから俺にも、沢山言わせていただきたい。羞恥に赤らんだ顔で、それでもあの日あの瞬間と同じようにギラギラと鋭く光る瞳で、彼は真っ直ぐにそう言ってくれた。

    「…とこやみ、くん」

     胸の奥が、愛しさで満たされていく。ただ想いを口に出せるだけで、嬉しかった。受け止めてくれることが、腕の中にいてくれることがどうしようもなく幸福で。ただそれだけで良かったのに、彼は同じように返したいのだと、そんな嬉しいことを言ってくれる。

    「…ごめん、そうだね。じゃあ、もっと言って。俺も、おんなじぐらい返すから、これからもずっと、何度でも」
    「…はい。好きです、貴方が大好きです、ホークス」

     改めてぎゅっとその体を抱き込んで、飽きることもなくずっと好きだと伝え合い続けた。背中に回された彼の手が、翼をくすぐる感触すら愛おしくて。より強くとばかりに互いの身を密着させて、笑った。




    【明るい未来を:2018年ホークスさんお誕生日お祝い話】





    「いやーごめんね、ツクヨミ。まだ正式なサイドキックでもないのに、こんな時間まで居てもらっちゃって」

     時計の針はすでに二十二時に差し掛かろうとしていた。卒業直前とはいえまだインターン中の学生を、それも未成年をこんな時間まで働かせるのは流石に申し訳なかったな、と嘆息。他のサイドキックの面々もとっくに退勤させており、事務所の中に残っているのは所長である俺自身と、彼――常闇くんだけだ。最後の事務処理を終え、手元の書類を片付けながら、向かいのデスクに腰掛けて同じように後片付けをしてくれている常闇くんへ謝罪の言葉を投げかけると、彼はゆるく首を振った。

    「無問題。未だ学生の身ではあれど、インターンを続ける以上、俺は貴方の信頼に足るヒーローでありたいと思っています。貴方の信頼を得られている証だと思えば、寧ろ恐悦至極」

     真面目くさった顔のまま、それでも喜色の滲んだ表情で彼は口元だけで小さく笑う。…こんな表情で言われてしまうと、何ともいえない罪悪感のようなものがこみ上げてくる。確かに、彼にならば安心して任せられると踏んで頼んだ仕事だったし、彼のサイドキックとしての適正は雄英生の中でもかなり高い方だ。そういう意味では、心の底から信頼はしている。それは決して嘘ではないのだけれど、今日という日に彼をこんな時間まで働かせることにした理由は、それだけではなかったから。

    「……んー……あー……ツクヨミ。それなら尚更、なんかごめんね」
    「? ですから無問題と」
    「いや、うん。確かにさ、ツクヨミのことは頼りにしてるし、今日だってツクヨミなら大丈夫だって思ったから任せたわけだけど……実を言うと、それだけじゃなかったからさ」

     己の中の、我が儘な子供じみた想いを打ち明けるのは勇気がいる。うー、とかあー、だとか意味のない声を漏らして、それでも辛抱強く俺の言葉を待ってくれる彼のことが心底愛おしくてならない。だからこそ、そんな愛しい相手に、仕事以外のことで隠し事なんてしたくなくて。

    「実を言うと、今日、君にできるだけ一緒にいてほしかったんだ。ツクヨミにっていうよりは、『常闇くん』に」
    「……俺に?」
    「やー、本当ガキみたいで恥ずかしいんだけどね。…せっかく誕生日なんだから、できるだけ長く好きな子と一緒にいたいな、って、思いまして」

     実際に口にしてみると、思っていた以上に恥ずかしくて顔に熱が上がりそうになる。未だ恋人という関係性ではないとはいえ、惚れた相手と両想いであるという状況は、想像していた以上に嬉しくて、浮かれた気分にさせてくれるものだったようだ。仕事のため、なんて理由でしかなくても、ただ今日という特別な日に一番近くに居てくれるだけで、これほどまでに心が喜びと安らかさで満たされていくなんて知らなかった。
     そもそも個人的な感情を業務の割り振りにまで影響させてしまうこと自体、少し前までの俺じゃあ考えられなかったよな、と苦笑する。プロヒーローとしては失格かもしれないけれど、誰にも迷惑はかけていないのだしこれでも適材適所にしたつもりでもあるし、と半ば開き直りのようなことを考えていると、がたり、と椅子が軋む音と同時に「待ってください」と震えた声が耳に届いた。

    「……聞き間違いで、なければ。今日、今日が、貴方の誕生日、だったんですか」
    「あ、うん。言ったことなかったよね、実はそう」
    「ホークス! 貴方は何故そう肝心なことを言わないのです。今からではもう何処の店も開いていないでしょう!」

     勢いよく立ち上がり、今日が終わってしまうまであと二時間も無いではないですか、と慌てたように時計の針と俺の顔を交互に見遣る。何故言わなかったのか、何故祝わせてくれなかったのかと睨めつけるような視線が物語っていて、予想通りの反応に思わず笑みが零れた。

    「あー、別にお祝いとかは要らないよ。だからこそ今まで黙ってたんだし」
    「ですから、何故!」
    「祝ってもらう理由が無いから。だって俺たち、まだ恋人同士じゃないでしょ」
    「……ヒーロー仲間同士や、盟友同士であっても、祝福はするものでしょう」
    「まあそうだけど。でもやっぱり、君に祝ってもらうなら、上司と部下でも師弟でもなく、きちんと恋人として祝ってほしいんだ」

     あまりにも予想外の答えだったのか、彼はぱちりと目を見開いて固まった。ああこんな顔もするんだ、と、またひとつ新しい顔を知れたことが嬉しい。それも、今日という日に。
     浮かれた心のままに俺も立ち上がって、ゆっくりと彼のもとへと歩いていく。互いの距離はあと十数センチといったところでいったん立ち止まり、彼の手を取りそっと持ち上げた。

    「どうしても今年祝いたいって思ってくれるならさ、お祝いの代わりに約束してほしいな。どんなプレゼントより、この約束ひとつが欲しい。…卒業したら、恋人になろうって約束したじゃない? それに加える形でさ。来年も再来年もその次もその次も、ずっと。恋人として、俺の誕生日、祝ってほしいな。明るい未来を、俺に頂戴」

     表情だけは笑みを崩さないまま、声だけは真剣になるようにと。わざわざ意識なんてしなくても、彼と向き合うときに真摯さを忘れたことなんてないけれど、きっと今の想いを伝えるためには、いつもの通りでは全く足りないのだろうから。
     …ヴィラン連合との戦いも俺の極秘任務も、ようやく終焉を迎えて、やっと自由に空を駆けることができるようになった。ずっとひとりで飛んでいたけれど、これからはずっと、彼に隣にいて欲しいのだと。後ろ暗さが無くなった今ならば、なんの躊躇いもなく伝えることができる。それが、どれだけ嬉しいことなのか、なんて、きっと何千何万という言葉を尽くして伝えたとしても足りない。だから生涯かけて伝えていきたい、と我ながら強欲なことを考えている。
     真っ直ぐに常闇くんを見つめていると、彼は幾許かの逡巡のちにはぁ、と息を吐き出してからようやく口を開いた。

    「……ホークス。今回は確認を取らなかった俺に否が有りますので、きちんとした形で祝えぬこと自体は、諦めます」
    「うん」
    「来年こそは必ず祝いますから、心待ちにしていてください。その時は最早俺も、我慢などしない」

     ぐっと力強く手を握り返される。そのまま持ち上げられて、手袋越しの指先にそっと嘴が当てられた。思わぬ反撃にぎしりと体を竦ませると、彼は勝ち気な笑みを浮かべ、射抜くような視線を向ける。

    「明るい未来をお望みならば、幾らでも。何年でも何十年でも、俺の一生をかけて、貴方の中の幸福の上限量を更新して差し上げる」
    「とっ、」
    「どうぞ御覚悟を。約束の日が訪れたら、その時こそ骨の髄まで貴方を愛し尽くすと誓います」

     なんだか、凄まじくとんでもないことを言われた気がする。ほとんどプロポーズと変わらない言葉の数々に、目眩がした。手袋越しだというのに、彼の嘴に触れた手が熱い。じわじわと熱が体中に広がっていって、どろどろに溶けてしまいそうだ。ばくばくとうるさい心臓の音で、空気が震えるような錯覚に陥る。ああもうどうしようか、既に幸せすぎて死にそうなんだけど。確かに俺だってもう一生離す気なんて無かったけれど、彼自身からも同じ言葉を貰えるなんて。今までの人生の中でも最高の誕生日になってしまった。これから先、彼の言葉を信じれば何度でも「最高」を更新してくれるのかと思うと、表情が緩んでいくのを抑えられない。

    「…だっ、男子三日会わざれば、とは言うけどさ……俺、君ほどそれを体現してる子もなかなかいないと思う…」
    「恐悦至極。何時までも翻弄されてばかりの雛鳥等と思われては堪らない」
    「いやもうそんなこと思ってないし……あーもうどうしよう、今俺常闇くんのことめちゃくちゃ抱きしめたくてたまんない…」
    「…まだ恋人ではありませんので、駄目です。貴方から言い出したことでしょう、耐えてください。俺とて我慢しているんですから」
    「……うん。あーくそズルいな、君からは手袋越しの手にとはいえキスしたくせに」

     弟子から敬愛する師にならば其の程度は許されましょう、と楽しそうに笑う姿は、ちょっとだけ憎らしいけどやっぱり可愛い。どうしようもなく愛おしいこの存在が、一生側にいることを誓ってくれるというのなら、死ぬ気で耐えてみせようと改めて心に決める。これから先何十年も一緒にいることを考えれば、触れられもしない時間など瞬きをするようなものだ、と己に言い聞かせながら。

    「ああそれと、ホークス」
    「うん?」
    「有り難うございます。貴方が生まれてきてくださったことに、感謝と祝福を」

     おめでとう、ではないその言葉が、たまらなく彼らしくて、俺は再び彼を抱きしめたい衝動と戦うことになった。本当に嬉しいのだけど、幸せなのだけれど。でもやっぱり、やられっぱなしは性に合わない。どちらかが一方的に相手を翻弄するだけ、なんてのも面白くないし、君だってもっと俺に振り回されててくれないかな。身勝手なことを考えながら、さあ反撃の時間だ、と口を開いた。

    「…常闇くん」
    「はい?」
    「俺こそありがとう。俺も、君を愛してるよ。…君も、卒業したら覚悟しときなよ、色々と」

     いつもより幾許か低く抑えた声で告げてやると、彼は一瞬硬直してから、毛をぶわりと逆立てて大きく瞠目する。それから脱力したように両手で目元を覆い「不覚…!」とへたり込んだ。自分はあれほど情熱的に愛を告げてくれたというのに、自分が言われたとたんにその反応なのか。顔どころか手まで真っ赤に染まった姿が、ひどく愛しい。目の前にいてくれるこの存在が愛しすぎて、可愛らしすぎて、笑顔を収めることなんて出来そうにもなくて。
     考えてみれば、来年になれば俺の誕生日の前に、常闇くんの誕生日が来るわけだから――そのときには給料三ヶ月分の銀色の輪っかでも贈ってやろうか、とこっそりと誓った。




    【はじめてのよる】※初夜ネタ:濡れ場はありません





     欲しいと思ったら我慢出来ない。長いこと己の性質をそう認識していたつもりではあったけれど、意外とそうでもなかったかもしれない。しんと静まり返った自宅のベッドの上で、まるで現実逃避のようにそんなことを思った。

    「………あのさ、常闇くん。その、本当に、いいの?」
    「……ホークス、その問いを幾度繰り返せば気が済むのですか」

     間接照明だけが部屋を照らす中、真白いシーツの上、俺の体の下に横たわる恋人は、心底から呆れていますというような声と、うんざりとした目で睨めつけてくる。ごめん、と小さく呟けば、彼はふぅ、と息を吐き出してから俺を軽く押しのけるように、のろのろと上半身を起こした。そのままベッドの上、お互いに正座で向き合う。

    「ホークス、流石に諄すぎます。俺は生半可な覚悟で、今夜貴方の部屋に来たわけではない」
    「そ、れは、わかるんだけど…さぁ」
    「そもそも、俺が成人した際にはもう我慢はしない、全て自分のものにする、抱きたいと仰ったのは貴方だったと記憶していますが」
    「うん……」
    「それとも何ですか。今更、男を相手取ることに御不満でも。出会った頃とは違い、俺の身長も伸びましたし、体格も今や」
    「いやそれだけは絶対ないから! 変な疑い持たないで!? 俺は常闇くんの全部が好きなんだから、君がどうなろうと心変わりなんて絶対しない!!」

     確かに出会った頃の常闇くんは、そう体格がいい方ではない俺でも簡単に抱き上げられて飛べるほどに小さくて可愛かったけれど。猛禽類のような鋭い眼差し、貪欲なまでに素直に周りからの意見やアドバイスを吸収し我が物とするハングリー精神、プライドをへし折られようが敗北を味わおうが決して折れることなく次へと繋げようと努力を誓える高潔な魂。単純な可愛らしさではない、そういった「常闇踏陰」という存在を構成するすべてが愛おしくてやまないのだから。多少見た目が変わったぐらいで、いや、たとえ俺より大きくゴツくなったりしても、彼が彼である限り、この気持ちが薄れるはずもない。
     常闇くんの両肩を掴んで必死に訴えると、彼は少しだけたじろいだように肩を竦め、「無礼を、詫びます」と小さく零した。薄暗い部屋の中でも、薄っすらと頬が紅潮しているのがわかる。…ああ、やっぱりどれだけ成長したとしても、彼が自分とそう変わらない体格になった今でも変わらず、可愛いなと思う。
     そんな愛おしい恋人が、成人を迎えてすぐに俺に連絡を入れてくれて、部屋に来てくれて、今こうしてベッドの上で…つい数分前まで組み敷かれてくれていた。それ自体は本当に嬉しいし、下半身がずくりと重くなるのも確かなのだけれど。

    「でしたらなんです、その諄さは」
    「うーん……えっと、また今更って思われそうだけど………本当に、俺が抱く方で、いいのかなって」
    「は?」
    「いや、なんか当たり前みたいに君のこと俺のものにするとか、抱きたい、とか言っちゃったけど。考えてみたら強引だったかなって。常闇くんの意見、まるで聞いてなかったから…」

     話しながら、己の迂闊さを改めて思い知らされ、語尾と一緒に頭を俯かせた。常闇くんの全てを俺のものにしたい。同時に、俺の全てを常闇くんに貰ってほしい、とも思う。体温を分かち合い、体中のどこもお互い触れ合ったことのない場所なんて無くなるぐらいに触れ合って、一つになってしまいたかった。それだけの気持ちでここまで来て、ようやく気がつく、彼の意思確認を怠っていたという事実。
     当然のように自分が抱く立場だと決めつけていたけれど、彼にだって選択権は存在するのだ。何故今まで思いも寄らなかったのかと、どれだけ己の欲望にばかりかまけて彼の気持ちを考えてこなかったのかと、そんな自分自身に腹が立つ。
     大事に、大事にしたいのに。普段は先輩ヒーローとして上司として殊更厳しく接することも多く、ヴィランとの戦いで怪我をして病室で眠る姿だってもう見飽きるほどに見てきた。だからその分、ただの恋人同士でいられるこんな時間ぐらいは、もっと手放しに甘やかしたいと思うのに。自分自身の感情に振り回されて、好きで、好きでたまらなくて、自分だけのものにしてしまいたい、そんな気持ちだけでいっぱいになってしまう。これほどまでに誰かを好きになるのなんて初めてで、どう向き合えばいいのかすら分からない。

    「ホークス」

     俯いたままの俺の頬に、す、と手が伸びてくる。この世で一番愛しい手のひらの温度が、優しく俺の顔を持ち上げた。かち合う視線はひどく慈愛に満ちていて、胸の奥がぎゅうと締め付けられる。

    「貴方は物事を複雑に考え過ぎるきらいがある。其処は貴方の長所ではあるが、短所でもあります。……今夜を迎えるまで、俺が一度でも貴方の言葉を拒絶したことがありましたか」
    「……無い、けど。でもそれとこれとは」
    「確かに、孤高の鷹を組み敷き征服するというのも、悪くはないが」
    「わっ」

     優しく頬に添えられていた手が突如首の後ろに回ったかと思うと、勢いよく引き倒された。とっさに両手で体を支えれば、つい先程と同じ体勢となる。つまりは、再びベッドの上で、常闇くんの体を組み敷くように。
     まるで思春期真っ盛りの子供みたいにぎしりと体を竦ませて、ごくりと喉を鳴らしなんかして。そんな俺を可笑しそうに見遣りながら、彼は続ける。

    「俺はやはり、此方が良い。強欲な貴方の全てを頂戴する代わりに、貴方に全てを捧げる実感を味わえますし、何より」
    「な、なに、より?」
    「出会った頃は俺に微塵も興味を抱いていなかった貴方が、今は俺を愛しく思い、興奮さえ覚え、この身を求め暴きたいとすら思っている。このような優越感も幸福も、俺が上では味わえぬものですから」

     とん、と鎖骨を人差し指で叩かれる。その表情が本当に嬉しそうで、幸せに満ちていて、頭がくらくらしてきた。どうしてこんなにも愛して貰えるんだろうか。きっとこの先、それこそ一生涯かけたってこんなにも俺を愛してくれる人なんて現れないだろう。そして、こんなにも愛しく思える相手も、きっと二度と出会えない。
     涙が滲み出そうになって、一旦目を閉じて深呼吸。どれだけ与えれば同じぐらい返せるかなんてわからないけれど、俺だって誰にも負けないぐらいの大容量で愛しているのだと、伝えるために。

    「…ほんっと、常闇くんはかっこいいなあ。ごめんねホント、情けないとこばっかり見せて。…ありがとう」
    「今更です。其れで、どうされますか、ホークス」

     ああやっぱり、どこまで行っても俺の恋人は格好良い。溢れ出る愛おしさのままに、嘴にそっと口付けた。常闇くんの頭の横に付いたままだった手を、ゆっくりと彼の胸の上に置いて。

    「………触っても、いいかな。…踏陰」

     渾身の想いを込めて初めて呼んだ彼の名前は、恥ずかしくなるぐらい掠れていたけれど。「其れは、反則です」とぶわりと毛を逆立てて真っ赤に染まる顔を見下ろせたので、とりあえず良しとした。

    「……どうぞ、貴方のお気の召すままに。俺も、ずっと貴方が欲しかった」

     返事を貰うと同時にするりと指を絡ませ、もう一度口付けた。いつもより荒い息が唇をくすぐって、甘い気分に酔いしれる。素肌に触れるたびに漏れ出る、押し殺すような断続的な声さえ愛しくて。

     真白いシーツの上、絡み合う体は明け方まで離れることは無かった。
    青藍 Link Message Mute
    2022/09/25 12:03:33

    【hrak腐/未来捏造】ホー常ついろぐ①

    ツイッターであげてたホー常SSのまとめです。 ※誤字脱字加筆修正済み
    全て未来捏造あり、基本常闇くんは卒業後、ホーさん事務所のSKとして就職、ホーさんのあれこれは全部解決済み設定です。

    お題はすべて「あなたに書いて欲しい物語(https://shindanmaker.com/801664)」様より。


    #ホー常 #hrak腐 #年齢操作 #未来捏造

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