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    【hrak腐/未来捏造】ホー常ついろぐ②※一日一ホー常まとめ
    【「平行線もいつかは交わるらしい」で始まり、「どうかお幸せに」で終わる物語】 ※ホークス事務所のSKさん視点





     平行線もいつかは交わるらしい。一見不可能に思えることでも、たゆまぬ努力、鍛錬、研究などによって不可能を可能に変化させることができるのだと。それは決して夢物語ではなかったのだと実感したのは、自分がサイドキックとして勤めている事務所にインターン生として訪れたひとりの学生と出会ってからのことだった。
     事務所の所長であるホークスは、世間一般から速すぎる男と呼ばれるヒーローである。その名に違わず、彼はどんな事件もその剛翼でもって空を駆け、一人で解決してしまう。それだけの実力と疾さを兼ね備えるヒーローのサイドキックとして勤めるにはどうするのが最善策かと考え――他のサイドキック仲間とも相談し、ホークス自身の了承も得、足並みを揃えるよりは彼の後始末係として専念しよう、という結論に至った。それが最も効率的に、かつ多くの事件を解決に導き、力なき市民を一人でも多く救けることができる方法だろう、と。ヒーローとしては意欲に欠けると批判される考え方かもしれない、だけどその選択を間違いだとは決して思わない。ヒーローとして名を上げること、向上心を忘れることなく高みを目指すことは確かに大切なことだけれど、ひとりでも多くのひとたちを救けることができるのならば、ただ力ある所長のサポートに徹し続けることこそが最善策ではないか。誇るべきことであり、決して蔑まれるような行為ではないと、俺は胸を張って訴えることができる。
     そう、だから、己の選択に後悔などない。だけど、所長たるホークスに負担が大きく伸し掛かっていることを懸念していたのも、また本当のことで。実力や疾さの問題は勿論のこと、個性の特性上、ホークスの背中を追い続けることはできても、支えることまでは自分たちではどう足掻いても敵わぬこと。それを、ひどくもどかしいと思ったことのないサイドキックなどこの事務所には誰一人いないだろう。
     そんな状況が漸く覆ったのが、職場体験にも訪れていた「彼」が、インターンのために再びホークス事務所へと訪れた日のことだった。常闇踏陰――ヒーロー名ツクヨミ。職場体験の頃は俺たちに着いてくるのがやっとだった彼が、驚くほどの急成長を遂げ、俺たちすら置き去りにする勢いでホークスの疾さに食らいついていくその姿。ホークスもそれには気分を良くしたのか、それ以来何かとツクヨミくんを気にかけ、終業時に彼を呼び止めては何処かへと連れ出すところを何度も目撃したことを覚えている。インターンが一旦終了してからも頻繁に連絡を取り合っていたようで、事務仕事中にスマートフォンやパソコンのメールに「常闇くん」の名が現れるたびにふっと表情を緩め、それはそれは楽しそうに嬉しそうに。

    『ツクヨミくんですか?』
    『ん、あー、就業中にすみません。ええ、ツクヨミがまた新しい技編み出したそうで。後で動画送ってくれるってんで、ちょっとだけ見逃してください』

     罰の悪そうな顔で片手を上げて、ホークスはへらりと笑う。今まで見たことがないほどに柔らかな表情で、ツクヨミくんからの連絡に応えるホークスを見ていると、心が温かくなった。何でも一人で解決してしまう男が、後進育成などする気はないと不遜な態度で自由に動いていた男が、たったひとりの弟子と呼べる相手と出会って、これほどまでに優しい風を纏うかのような雰囲気を醸し出すようになるなんて。
     サイドキックとしての視点から見ても、ツクヨミくんは伸びしろもあるし向上心も非常に高い、素晴らしいヒーローになるだろうと思える。人間性だって、負けん気こそ強いけれど決して生意気なわけではない、さりとて謙るわけでもなく。素直で真面目で、とても好感の持てる子だ。何より、孤高の鷹をこれほどまでに変えることができるヒーロー。いずれ雄英を卒業してどこかに就職するのなら、是非ともこのままうちに来てほしい、と思わずにはいられなかった。そして、願わくばホークスの側で、一緒に飛んでいて欲しい。あの人の背中を支えることができる存在となって欲しい。心から、そう思う。


    -----


    「…とは思っちょったんけどなぁ」
    「あー、言いたいことはわかるったい」

     サイドキック仲間と顔を見合わせて、少しばかりの苦笑を浮かべる。夜も更けて、今は終業時間。ちらりと視線を向けた先には、ホークスと――この度めでたくホークス事務所のサイドキックとして正式に就任したツクヨミくんの姿。「お疲れ様でした」と丁寧に挨拶をしながらも、ホークスの手はがっしりとツクヨミくんの肩を抱き込んでいる。それはそれは、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいそうなぐらいに、心底愛おしいものを包み込むような慈愛に満ちた瞳で彼を見つめて。そしてツクヨミくんもまた、少し照れくさそうにしながらもそれを受け入れていた。

    「随分と可愛がっちょーとは思ぉとったが、まさかなぁ」

     あれはツクヨミくんが雄英を卒業した数日後のこと。ひどく興奮した様子のホークスが事務所に飛び込んできたかと思うと「ちょっ聞いて!? 常闇くんが俺と恋人として付き合ってくれるって!! どうしよう嬉しくて死にそう!! 夢じゃないかなこれ、やばい幸せすぎる! 誰か俺のこと殴ってみてくんない!?」などと事務所中に響き渡るのではないかと思えるほどの大音量で叫んだのだ。あのときは驚愕のあまり、その場にいたサイドキック全員揃って、手に持っていた書類やら鞄やらを床にぶち撒けてしまったものだ。いったいいつから彼にそんな感情を抱いていたというのか、そしてそれを何故事務所の面々にあんな大声で打ち明けようと思ったのか。あまりにも幸福が過ぎて、誰でも構わないから誰かと共有したかったというところだろうが、それにしてもあれは、と今思い出しても苦笑が漏れてしまう。
     ツクヨミくんと出会ってからのホークスは、そこそこ長い間サイドキックとして勤めている自分たちですら見たこともないような顔を次々に見せてくれている。驚かされることばかりだけど、決して悪い気分じゃあ、ない。ホークスは暗い顔をすることが無くなり、よく笑うようになった。空を飛べるツクヨミくんが来てくれたことで、仕事の負担も減るようになるだろう。勿論、心にかかる負担だって二人ならば共に支え合い、歩いていけるに違いない。それはとても喜ばしいことだ。
     サイドキックとしては、ホークスにとっての精神的支柱を最も若輩の子に奪われるなんてな、と少し悔しい気持ちにならないわけでもないけれど。ツクヨミくんならば、喜んで祝福することができる。寧ろ、あの我慢が苦手な所長が無理をさせすぎることがあれば、なんとしても聞き出して成敗してやろう。俺たちにとってだって、ツクヨミくんは可愛い後輩なのだから。
     ――どうか、お幸せに。口の端だけで笑みを浮かべながら、仲睦まじく並んで歩いていく所長と後輩の背中に向けて、願った。



    【「簡単なようで難しい」で始まり、「全部嘘だよ」で終わる物語】※21巻クラス対抗戦前ぐらいの謎時空





     簡単なようで難しいひと。其れが、我が師であるホークスというヒーローから受けた印象だった。師は本音を口にすることは滅多に無く、したとしても本当に其れが本音であるのか、別の考えがあっての言葉なのかと疑いたくなってしまうような言い回しをする。TVで見たビルボードチャート発表の時もそうだった、あのひとの本音は一体何処に在るのか、何が目的で、何を考えてそういった言葉を口にのぼらせているのか。未熟な俺ではまだ理解の範疇に及ばないことの方が多く、故にあのひとの言葉を聞いたときは、言葉通りにではなくまずその裏に隠された意図を汲み取ろうとする癖がすっかりと身に付いてしまっている。
     だからそのLINEを受け取ったときも、まず初めに浮かんだ感情は困惑であった。

    『突然だけど今日、授業終わったらでいいから会えるかな。今静岡まで来てるから』

     午前の授業が終わり、昼休憩中にスマートフォンの通知ランプが点滅していることに気が付いた。画面を押下した瞬間に映ったのは敬愛する師の名前。メッセージ画面を開くと、端的な文章の後に一枚の地図が添付されている。ある一点に赤いペンで丸が描かれており、此の場所で待つ、ということなのだろう。
     思わず文面を二度見してしまったのは言うまでもない。九州方面で活動している師――ホークスが、東京まで遠征に訪れているという事実。何か事件が起こったということなのか? 否、なれば雄英を通しての連絡となるはずで、俺個人への直接の呼び出しなどあまりにも不自然ではないか。ならば、何が。
     考えたところで答えなど出る筈もなく、取り敢えず返事をしなければ、と了承の返事と到着までの時間を逆算して伝えた。直ぐに既読がつき、「待ってる」と一言だけが返ってきたことで、更なる困惑が心を満たしていく。何の感情も読み取れない事務的な文面に、得体の知れない不安が湧き出でて背筋がぞくりとした。矢張り、何かが起こったのだろうか。心当たりはといえば、先日起きた死穢八斎會の――学友が戦いへと身を投じたあの衝撃的な事件のこと、ではあるが。俺自身も報道されていたこと以上は理解していない。仮に師の目的が其れであったとしても、体だけではない、心まで擦り減ってしまったであろう学友達に聞き出すことなどしたくはなかった。もしもその話であれば断るしかないだろうな、と思いを巡らせつつも午後の授業を受け、時間を待った。


    *****


    「……此処、か?」

     ホークスから送られてきた地図を頼りに辿り着いた先にあったものは、見るからに取り壊し寸前といった風情の低層ビルだった。待っているとは言っていたけれど、師はもう中に居るのだろうか。明らかに無人ビルとはいえ勝手に足を踏み入れるのは抵抗があったが、師が待っているとなれば致し方ない。では、と足を踏み入れようとした瞬間、見慣れた赤い羽がヒュンと風を切るように飛んできた。其れは見間違いようもない、師の個性である剛翼の一枚だ。あ、と声を上げた瞬間、其れは俺の服の襟部分に刺さって、まるで案内でもするかのようにぐいぐいと引きずられる。困惑は残るものの、明らかにホークスの個性であることは疑う余地もないのだし、身を任せる方が懸命かと羽の導きに身を委ね、足を動かした。
     そうして暫し歩みを進めた先、窓から漏れる夕焼けに照らされる美しい紅蓮の剛翼――ホークスの姿が視界に入る。

    「ホークス」
    「……とこやみ、くん」

     久しぶりだね、と薄く微笑む師の姿に、無意識にごくりと喉を鳴らした。何故だかは分からないが、久方ぶりに見るホークスが今にも消え入りそうに見えたからだ。確かに師は現実に此処に立っているというのに、ほんの一瞬でも目を離してしまえば闇に溶けてしまいそうな不安定さを宿している。得体の知れない不安に駆られるままにまた一歩、一歩と師へと近づき、手を伸ばせばすぐにでも届く距離で足を止めた。

    「お久しぶりです、ホークス。本日はどうされました。貴方が突然此方に訪れるとは…何か事件でも」
    「…いや、事件……っていうかね、もう過ぎてしまったことなんだけど、君にひとつ確認したいことが、あって」
    「確認?」
    「うん。……神野の事件、あれで一度、君んとこの…爆豪くんだっけ、彼が攫われたことがあったね」
    「…はい」
    「俺も、最近まではそんとき攫われたのはその爆豪くん一人って認識だったんだけど。…………当初、君も、攫われかけたってのは、本当?」

     思わず、ぐっと息を飲む。想像もしていなかったあの林間学校での出来事に言及され、背筋が震えた。いったい何処からそんな情報を得たのかなんて、考えられる余裕もなく頭を巡るあの日の記憶。爆豪の警護任務を引き受けていながら、奴共々あっさりとヴィラン連合に囚われの身となったこと。その直前に黒影を暴走させてしまい敵のみならず友まで傷つけてしまった件も含め、人生最大の失態であったと、あれを思い出す度に己の未熟さに怒りを覚える。ぎり、と歯を食いしばりつつもゆっくりと首を縦に振った。

    「……はい。寸での処で、学友達に救けられましたが」
    「その、君が攫われかけた理由は? 爆豪くんの場合は、体育祭での様子見てて、ヴィラン連合の奴らが仲間として引きずり込めそうだからって認識したからだそうだけど」
    「それは――」

     全て、話した。林間学校で起こしてしまった黒影の暴走と、それに伴いヴィランのみならず友すら傷つけてしまったこと、その凶暴性故にヴィラン共に目を付けられたこと。本来ならば如何に№2ヒーローとはいえど、此れは情報漏洩にあたる行為だろう。頭では判っていても、話さずにはいられなかった。話さなければならないと、何故だかそう思えて仕方なかったのだ。そうしなければ、確かに今目の前に立っている筈のこのひとが、消えてしまいそうな気が、して。
     そうしてすべてを話し終えると、ホークスはひとたび薄く口を開いたものの、その口からは何の言葉も零されることなく再び閉じられた。それから幾許かの沈黙の後「そっか」と短く呟き――

    「!! ――ほ、ホー、クス?」

     不意に、体を持ち上げられるように強く抱きしめられた。後頭部と背中をぐっと力強い手のひらで押さえつけられて、咄嗟に嘴が刺さらないようにと首の角度を変える。きつく抱きしめられているせいでホークスの顔は見えなかったけれど、強い腕の力とは裏腹に、後頭部から背中から伝わる手のひらの僅かな震えを確かに感じ取ってしまった。
     ……以前同様に情報を聞きたかっただけだろう、そうでなければ何か考えがあって、と俺が複雑に考え過ぎていた、だけで。もしかしたら、至極単純に…心配してくれていた、だけ、なのだろうか。簡単なようで難しいこの人が、その実どこまでも情の深い男であることは知っている。そうであるからこそ、十代にしてトップ十入りのヒーローとなったのだろうことも。…この人は俺自身に興味など持っていないと思っていたけれど、こうして過ぎ去った嘗ての事件を耳にして、態々遠征までしてきて、震えながらも腕に抱く、程には…ホークスの中に刻みつけられる存在として、認めて貰えていると思っていいのだろうか。
     そう頭に過ぎらせると、申し訳無さと共に再び悔しさがこみ上げてくる。もっと、強くならなければ。いつまでも救けられてばかりの雛鳥などではいられない。いつかホークスに並び立ち、追い越すその日まで走り続けよう。改めて心に誓いながら、俺も師の背に腕を回した。


    *****


     無言で小さな鴉を腕の中に閉じ込める。彼が戸惑う気配が伝わってくるのに、抱きしめる腕の力を緩めるどころか、声を出すこともできなかった。少しでも口を開けば、本心が漏れ出してしまいそうで。

    (…誰にも、渡したくない。傷つけたくない、巻き込みたくない、この子だけは!!)

     ずっと胸の内に燻っていた叫びが、今更になって暴れ出すような感覚を覚えて、自然、彼の体を抱き込む腕に力が込められる。発展途上のその体は小さくてまだまだ細くて、それでいてとても暖かかった。この温もりが、一歩間違えていたら今この腕の中には居なかったかもしれない。そんな可能性をちらりと頭に過ぎらせただけで、彼も一時的にとはいえ奴らに奪われかけたのだと知った瞬間の恐怖がまざまざと蘇り、体中の血液が凍りつくように冷えていく。同時に、かた、と力を込めすぎた手の震えが酷くなる。それに呼応するように、まるで宥めるかのようにそっと背中に回された彼の手の感触に、目頭が熱くなった。…ああ、いつから、俺は、こんな。
     全部嘘だ、と思いたかった。けれどこの根幹から揺さぶられるような感覚を、否定することなど出来なくて。

    (…気合、入れ直さなきゃな。俺の出せる最高速度で)

     ヒーローが暇を持て余す社会にしたい、平和な世界で何に縛られることもなく空を自由に駆けていたい。そして、そのときは――誰よりも一番、常闇くんに側に居て欲しい。俺の隣で、ずっと。これから先の人生で誰かと共に生きるのなら、彼以外じゃどうしたって駄目なんだと心が魂が叫びだす。
     だからそれまで、どうか俺に君を守らせて欲しい。そう願いながら、本人にも気づかれないようにと彼の柔らかな毛先に軽く口付けを落とした。


    【月ひとつ】





     今日も今日とて、寮の共有スペースは騒がしい。早い内から自室に引っ込む奴の方が少なく、夜が更けても誰かの声が止むことはない。騒がしくはあるが、学生特有のこの空気は決して厭うべきものでは無かった。寧ろ、雄英に入学してからの波乱万丈さを思えば、此の緩やかさは只々心地良く。――しかしそんな時間は、パーカーの前ポケットに入れていたスマートフォンから着信音が聞こえてきたことにより終わりを告げた。手に取った画面に映ったのは、敬愛する師の名前。
     少し目を見開いてから「すまん、電話が来た。もう良い時間でもあるしな、先に失礼させてもらう」と簡単に告げてその場から離れ、お休みと口々に掛けられる学友らに返事をしながらも自室の方へと向かい、通話ボタンを押下した。

    「…あ、常闇くん? 良かった、すぐ出てくれた。今誰かといる? それとも一人?」
    「お久しぶりです、ホークス。つい先程まで学友達と居ましたが、電話を戴きましたので、今自室に戻るところです」

     答えているうちに部屋の前へ辿り着き、がちゃりとドアを開く。「あー邪魔しちゃったね、ゴメン」と意外にもしおらしい声が耳に届き、思わずふ、と笑いを漏らした。後ろ手にドアを閉めて、其処にもたれ掛かりながら言葉を返す。

    「構いません。彼奴らとは明日も明後日も会って幾らでも話が出来ますが、貴方とはそうはいきませんから」

     一旦見送りとなったインターンも未だ再開の兆しはなく、距離も遠く離れている故においそれと会うことは出来ない。況してやホークスは今や№2となったプロヒーローで、俺は仮免こそ取得したものの未だ学生の身。修行についての相談事ならば兎も角、雑談など出来る機会はほぼ無いに等しい。其れを思えば、つい学友達よりも師を優先したくなってしまう。彼奴らには悪いが、其れが俺の本心だった。

    「…そっか。ありがとね、常闇くん」
    「いえ。其れでホークス、何か御用でしたか?」
    「あ、そうそう。あのさ。……月が綺麗だよ」
    「は?」
    「月、綺麗だよ」

     繰り返される言葉に僅かに困惑する。そんなことを言うために態々電話などしてきたというのだろうか。元々何を考えているのかが読めないひとではあるが、今日は何時もに増してよく分からない。しかし言葉通りの可能性も否定は出来ないか、と窓に近づき、遮光カーテンを開いてみる。空には居待の月がぽっかりと浮かんでいた。更に窓を開けてベランダに出ると、少し肌寒さはあるものの心地良い空気が流れている。未だ共有スペースで騒いでいるはずの学友達の声も此処までは届かず、闇と静寂が辺りを支配していた。ホークスの声以外何も聞こえない中で見上げる月は、成程確かに美しい、と素直に思える。

    「…ああ確かに、綺麗ですね。教えて頂き、感謝します。今宵は空気も心地良く、月見には丁度良い」

     其方もですか、と問えば、「んー」と気のない返事が耳に届く。何だろうか、この反応は。其の声音が何処か失望の色を宿しているように聞こえて、選択を誤ったかと少し焦ってしまう。確かに美しい月ではあったけれど、今回は言葉通りには受け取ってはならないものだったのだろうか。では月が綺麗、とは何の意味が、と思考を巡らせた瞬間、ふと思い当たった「其れ」にどくり、と心臓が大きく高鳴った。…いやまさか、そんな。流石に都合が良すぎるだろう、と否定してみるけれど、他には何も思い浮かばず、頭の中をぐるぐると回っていくのはあの有名な「ある言葉」の和訳だけだ。

    「……常闇くん? ちょっと呼吸乱れてるね。…意味、わかった? 俺、月が綺麗だよ、って、君に言ってるんだけど」

     他の誰でもない君にだよ、と続けられて、衝撃のあまりその場にへたり込みそうになる。信じられない。あのホークスが、そんな。夢でも見ているのではないか、己にとって都合の良い幻聴を自ら作り出してしまったのではないかとぐるぐると考えて、思わずがり、と自らの腕に爪を立てた。少し皮が剥けて、ぴりっとした軽い痛みが走る。……夢では、ない。

    「…ほっ、ホークス。その、……『雲に隠れていて、気が付きませんでした』…で、合って、いますか」
    「……あー、合ってる合ってる。うん、そういう意味。良かった、君なら絶対気がついてくれると思った」
    「さっ、流石に、回り諄いのでは? そ、それも、電話でなど」
    「あー、それはごめん。だってさぁ、ちょっと無理そうだったんだよね。直接会って、君の顔見ながらはっきりした言葉で伝えてたらさぁ。…俺、君のこと抱きしめない自信がないよ」
    「ッ」
    「勝手な言い草だけどさ、俺、君が学生のうちは何もするつもりは無いんだ。ってか、何かしたら法律的に完全にアウトだしね。でも、それでも、君が成人するまで待ってたりしたら、いつどこの誰に掻っ攫われるかわかったもんじゃないって思ったら、我慢できなかった」
    「………」
    「離れてると、不利だし。だから、今のうちに伝えておきたかったんだ」

     ごめんね、と囁く師の声は、酷く掠れていた。…嗚呼、どうすればいい。正直未だに信じられないけれど、はっきりとした言葉はなにひとつ口に出してはいないけれど、師の言葉は確かに、所謂愛の告白、というもので。自他共に認める強欲なあのひとの、精一杯の忍耐を込めた、其れでいて真っ直ぐすぎるほどに真摯で絶対的な恋心の吐露なのだと、痛いほどに伝わってくる。
     今度こそもう立ってはいられず、その場にずるずると座り込んだ。肌寒いこの時期だというのに、全身から冷たい汗が滲み、音もなく腕を滑っていく。気を抜けば大声で叫び出してしまいそうで、だけど其れは決して嫌悪だとか拒絶反応だとかの類ではなく、歓喜と至福から来るものなのだと、無条件の確信の下、知っていた。だから、俺も、覚悟を決めなければ。ごくり、と喉を鳴らし、精一杯の想いを込めて、口を開く。

    「……ホークス」
    「うん」
    「星が、綺麗です」
    「えっ」
    「其れから。…………月は、ずっと前から、綺麗でしたよ」
    「ッ!!?」
    「……ですので、いずれ俺が学生でなくなったら、否、子供ではなくなったら……もう一度、此の問答を繰り返して戴けませんか」

     其時は、どうかもっと貴方らしい簡潔で直接的な言葉でもって。
     羞恥に焼き切れてしまいそうな心臓を持て余しながら、何とか絞り出すようにそう告げる。電話の向こう側、ドタン、と何か重い物が倒れるような音がした。ホークス? とその名を呼べば、だいじょうぶ、と震える声が耳に届いた。

    「いや、うん、だいじょぶ、ちょっと嬉しさがキャパオーバーしてぶっ倒れただけ、頭は打ってない…全身と翼の根っこがすんごい痛いけど幸せすぎてこの痛みすらもう愛しい…」
    「ほ、ホークス、本当に大丈夫ですか」
    「大丈夫………あのさ、常闇くん。俺めっちゃくちゃ頑張るね。今よりもっと、ずっと。それで……君が学生じゃなくなったら、改めて、言うね」
    「…はい」

     電話越しで、相手の顔など見えないけれど。それでもきっと互いの顔には嬉しさに満ちた微笑がある筈だと、そう信じられることが幸福だった。


    【君に贈るは、】※今更すぎる2018年常闇くんお誕生日ネタ





     何時ものように学び舎へと通い、何時ものように授業を受け、放課後を迎える。そうやって何時ものように一日が終わる、筈だった。只一つ何時もと違っていたのは、帰り支度を整えて席から立ち上がった瞬間、教室からとっくに出ていった筈の担任が戻ってきて、俺の姿を見て口を開いたことだ。

    「常闇。すまん、言い忘れていた。お前宛ての荷物が届いているそうだ。一応中身は検閲させてもらったが問題は無い。クール便だそうだから仮眠室の冷蔵庫に入れさせてもらったんでな、このまま寮に戻るなら受け取ってからにしてくれ」
    「!? ……御意」

     送り状は貼られたままだからすぐわかるだろ、と言い残して先生は再び去っていった。其の言葉に従い、仮眠室に向かって歩き出しながらも思考を巡らせる。荷物。それも、クール便? 己で何らかの注文をした心当たりは無いし、家族からも何かを送るといった事前連絡も無かった筈だが、と首を傾げる。検閲されている上にあっさりと受領を認められたのであれば、危険は無いのであろうが。
     一応警戒しておいて損はないだろうと、黒影を待機させてから漸く辿り着いた仮眠室の扉を開く。隅にある冷蔵庫を開けると、真白い紙に包まれた箱が所狭しと鎮座していた。恐らくはこれだろう、と判断してずりずりと慎重に引きずり出す。少しずつ少しずつ見えてくる、箱の上面に貼り付けられている送り状に書かれているは矢張り己の名前。さて差出人は、とちらり、目を向けた先にあった名前は――

    「ア。ホークスダ! ホークスカラダヨ、フミカゲ!」

     黒影がぶんぶんとメトロノームのように体を左右に揺らしながら、楽しそうに零す。其の言葉のとおり、差出人名の欄に書かれていたのは紛れもなく敬愛する師の名前だった。インターンが一時見送りとなってから早くも二ヶ月が過ぎようとしており、その間も時たま連絡を取り合うことはあったが、此のように突然何かを送りつけてくるなど初めてのこと。連絡のひとつでも入れてくれればいいものを、と若干の困惑と共に全貌を見せた箱を持ち上げ、冷蔵庫を閉じる。中を確認するのは自室に戻ってからでいいだろう。そう判断して、踵を返して学校を出ることにした。


    *****


    「…さて」

     自室に戻り、一度深く息をつく。ホークスはいったい何を送ってきたのだろうか、と覚悟しながらも包み紙を剥がし、箱の蓋を開いた。

    「…!」

     途端にふわりと鼻孔を擽るシナモンの香りに、思わずごくりと喉を鳴らす。中には、一つ一つが丁寧に梱包された、赤い薔薇の形をした小さな洋菓子が幾つも並んでいた。そして、菓子に被さらぬようにとの配慮か、隅に挟まっている一枚のメッセージカード。其処には、師の文字でこう書かれていた。


    『常闇くん、誕生日おめでとう! 直接お祝いできなくてごめんね。プレゼントどうしようかって悩んでたけど、前に林檎好きだって聞いてたからアップルパイにしてみました。君の誕生と成長に、心からの祝福を。 ホークス
     
     追伸:受け取ったら電話してくれたら嬉しいな。』


     文字を目で追いながら、じわり、と胸が暖かくなる。あの、職場体験の頃は俺に微塵も興味を示していなかったホークスが。俺の誕生日を覚えていて、祝福の言葉どころか贈り物まで、それも悩んでまで選んでくれたという。ホークスに、存在を認められたのだと、其の事実ひとつだけでも天にも昇る心地だというのに。喜び以外の感情を何処かに置き忘れてしまったかのような気分だった。
     暫くじんわりと浸ってから、漸く礼を言わなければ、と思い立つ。カードにも受け取った際には連絡を、と書かれていることなのだし今すぐでも問題はないだろう。慌ててスマートフォンを取り出し、ホークスの名前を押下する。其れからほぼ間もなく応答が返ってきた。

    「常闇くん! 届いた!?」

     開口一番に飛んできた師の声は、まるで悪戯が成功した幼子のようなとびきり浮かれきったもので。軽く目を見開くと共に、微笑を零す。

    「ええ、受領しました。素晴らしい贈り物を有難う御座います、ホークス」
    「どういたしまして。あっでもせっかく電話してんだから直接も言いたい! 誕生日おめでとう、常闇くん!」
    「…有難う御座います」

     耳に響く声が、再び心を喜びで満たしていく。誰よりも、貴方に祝って貰えることが嬉しい。そう言ったら、貴方はどんな顔をするだろうか。未熟な俺には、未だ口には出せない本音だけれど。

    「あとさ、プレゼントどうだった? 型崩れとかしてない?」
    「ああ、無問題です。一つ残らずすべて、美しい薔薇の形を保ったまま」
    「良かったー。そこだけちょっと心配だったんだよね。一回ラッピングしてもらったの剥がして、ちょっと手ぇ加えちゃったから余計に。できるだけ元通りにしたつもりではあるけどさ」
    「……? 剥がした、とは何故?」
    「…んーと。それさぁ、元々は九個入りだったんだよね。その、数を…どうしても十一個にしたくて、残り二個を後から加えたんだ」

     珍しく歯切れ悪く、言い辛そうに話すホークスの言葉に、疑問符が浮かぶ。十一、という数に何か意味でもあるのだろうか。当然歳の数などではないし、そもそも十一個という数を考えれば、黒影と分けるにしても少々多い、かと言って学友たちにも振る舞うには少ない。誕生日という日の贈り物を他人と分けろと言うような人ではないし、であれば何の意味があってのことだろうか。思考を巡らせてみるが、よく分からない。ぐるぐると考えてしまい思わず沈黙してしまうと、ホークスも悟ったのか電話の向こうで「あー」と此方の思考を遮るように声を上げた。

    「十一個にした意味わかんないなら、今はわかんないでいいよ。俺が勝手に、君に贈るなら絶対十一個にしたいなって思っただけだから」
    「しかし…其の数字に何か意味があるのでしたら」
    「んじゃ次にインターンに来るときまでに調べときなよ。それが宿題ってことで」

     どうせインターン再開したらまたうち来るつもりでしょ、と未来を見てきたかのように、其れが当然だとばかりに師は笑う。ホークスの言葉はやはり抽象的過ぎてよく分からないけれど、それでも師の意思は伝わった。要するに、待っている、と、そう言ってくれているのだろう。情報源のひとつなどではない、お客様としてでもない、ひとりのヒーローとして迎えてやるから其の力を存分に見せてくれと。なればその期待を裏切るわけにはいかない。もっともっと、更に高みへと上ってやろう。いずれ、また貴方に会えた時には少しでも距離が縮まるように、貴方の一番近くで飛べるように。決意を込めて、力強く拳を握り、答える。

    「…御意!」
    「はは、相変わらずいーい返事! …ね、常闇くん。ちゃんと覚えといてよ。俺が君に贈るなら、絶対十一個って決めてたんだ。他の誰でもない、君に、十一個」

     言い聞かせるかのように、十一という数字を強調するように告げる師の意図は、その時の俺はまだ気がつくことも出来ず。結局意味を理解したのは、それから数日後、何処からか事情を知った蛙吹に「もしかしたらだけどね」と耳打ちされてからのことだった。

    「アップルパイとはいえ、形は薔薇なんでしょう。それで、十一個って数字を強調してきたというのなら、花言葉じゃないかしら。十一本はね――『最愛』っていうのよ」 

     随分と情熱的なお師匠様ね、と笑う蛙吹の言葉に、思わず其の場で悶絶してしまったのは、言うまでもない話だ。



    【空の上で】





     一日の業務が終わり、ふと見上げた空があまりにも美しかった。切欠などその程度で十分で、黒影を纏い、地面を蹴る。空を飛ぶことを覚えてから、すっかりと夜間飛行が癖になった気がする。それまでは見上げることしかしてこなかった深く広い空を舞う、此の感覚は他では得られぬもの。地上とはまるで違う、身を切るような風の冷たさや力強さ、街中のどんなに高いビルに立つよりも余程空や雲に近くことが出来ること、風と一体化したようなこの感覚。何時かのあの日「空は良い」と言っていた師を思い出して薄く笑った。散々空を飛び回っているだろうに、暇さえあれば何かと夜間飛行をしたがるあのひとの気持ちが、今では手に取るように理解できる。

    「…ア、フミカゲ、フミカゲ!」
    「うん? どうした、黒影」
    「アッチ! ホークス! ホークスイルヨ、フミカゲ!」

     興奮した様子の黒影が指差した先には、つい今しがたまで考えていた、見慣れた紅蓮の剛翼。思わず少々苦い顔になってしまう。あのひとの存在に、誰より早く気がつけなかったことが無性に悔しい。同時に、譬え黒影が相手であってもあのひとに関わる事で負けたくない、等と思ってしまっている己自身が阿呆のようだと思う。邪念を振り払うように軽く頭を振り、改めて黒影に目を向ける。

    「…黒影、行くぞ」
    「アイヨ!」

     苦笑しながらも短く指示を出した。何処に、などとは口にする必要もないだろう。黒影も其れが当然であるかのように、真っ直ぐホークスの方へと飛んでいく。ホークス! と楽しげに彼の名を呼ぶ黒影の声に反応したのか、ホークスが此方を振り向く。へらり、と頬を緩ませて手を軽く上げる師に会釈してから、その隣へと舞い降りた。

    「常闇くん、黒影、さっきぶりだね。君らも夜間飛行に?」
    「ええ。飛ぶことを覚えてみると、矢張り心地良いもので」
    「フミカゲトサンポ! オレモタノシイヨ!」
    「はは、そっかー。そう言ってもらえると俺も嬉しいな。前も言ったけど、空は良いよ!」

     嬉しそうに笑うホークスは、黒影と俺の頭を同時に撫でた。慈しむようなその手は心地良いけれど、無邪気に喜ぶ黒影を横目に、少し面白くない気分になる。幼子に触れるそれと同じように、俺に触れないで欲しい。触れるならばもっと、其の内に在る強欲さでもって。
     …其処まで考えて、俺は一体何を考えているのかと、カッと頬に熱が集まる。何とはしたない、此れではまるで、強請っているかのようではないか。先程黒影相手にまで対抗心を抱いてしまった事といい、今宵の俺は余りにもおかしい。恋とはこうまでも人を欲深く傲慢にするものなのか。ひとつ満たされれば、次。其れが叶えば、更に次のものをと望んでしまう。
     初めはまるで興味の一欠片すら持たれることのなかった相手に、存在を認められ、弟子となり、共に過ごす日々を積み重ねた今では恋仲にまでも。其れだけで、人生を共に歩む相手として選ばれたことだけで幸福だと思っていたかった。此れほどまでに誰かを求めてしまうなど初めてで、想いの強さに、大きさに、激しさに、丸ごと飲み込まれてしまいそうで、この激情とどう向き合っていけばいいのか判らない。

    「……常闇くーん」

     ぐるぐると思考の渦に飲み込まれそうになっていたところで名を呼ばれ、はっと我に返る。咄嗟に見上げた視界いっぱいに映る師の顔に、心臓がどくりと大きく跳ねた。同時に、目の前の顔がひくり、と僅かに引き攣る。

    「ほ、ホークス。すみません、気を抜きすぎていたようで、失礼を」
    「い、いや……うん、気分悪いとかじゃないなら、その、いいんだけどさ……」

     何故だか右手で口元を押さえながら明後日の方角に視線を彷徨わせ、歯切れ悪く話す師は、そのまま一度大きく息を吐き出し、ゆっくりと手を外してから改めて俺に向き合う。

    「あのさ、常闇くん」
    「はい?」
    「……一応言っとくけど、他所でその顔見せないでね。黒影は仕方ないけど、俺以外の誰の前でもそんな顔しないで」
    「…? 其れは、如何いう…」

     妙な顔をしていただろうか、と己の顔を触りながら問えば、優しくその手を掴まれる。そしてもう片方の手で唐突に嘴を掴まれ、嘴の先に軽く口付けられた。

    「ほっホークス!? な、なにを、突然」
    「…君がそういう顔するから悪いんだ…」
    「で、ですから如何いう顔だと!」
    「俺のこと、好きで好きでたまんないって顔だよ!」

     好きな子のそんな顔見せられたらそりゃ触りたくなるしキスだってしたくなるよ、と自棄っぱちのように叫ばれた言葉に、また頬に熱が集まっていくのを感じた。俺はそんな顔をしていたのかという羞恥心と、何処かしてやられたような…その紅蓮の剛翼にも勝るとも劣らぬほどに顔を赤らめた師を、至近距離で見てしまったが故に。…欲しがっているのは俺だけではないと、改めて突き付けられたようで、心が満たされていく。

    「…ホークス。ひとつ、願いを聞き届けては戴けませんか」
    「うん、なに…?」
    「その、はしたない願いではありますが……ほ、抱擁、して、戴きたい…」
    「っ……ほんっと、君って怖い……」

     あんまり夢中にさせないで、と囁く声には、そう言わずもっと欲しがってください、と返す事で封じる。そして与えられた温もりと両肩にかかる腕の強さに、えも言われぬ強い満足感に浸るように目を閉じた。



    【繰り返しの日々】





     俺の朝は、学生時代に比べると幾分早くなった。目覚まし時計は毎日用意してはいるものの、大抵は鳴る前に目が覚める。眠りが浅いというわけではない、寧ろ心地良さに二度寝に興じたくなる程だ。

    「………」

     今朝もまた、心地良い温もりに包まれて目が覚めた。布団だけではない、力強い二本の腕が確りと俺の体に巻き付いている。ちらりと目線を上にあげれば、師であり今となっては愛しい伴侶でもある男の顔。ホークス、口の中だけで名前を呼ぶ。彼は「んん…」と小さく声を上げてもぞりと身動ぎをしたものの、再び寝息を立て出した。此れもまた、毎朝の光景だ。何度繰り返しても、快い愛しさで胸を満たしてくれる一連のサイクル。
     目覚めなければならない時間には未だ早く、師の眠りを妨げてしまわぬようにと慎重に、ホークスの腕の中からそろりと抜け出す。成功率も段々と上がってきたように思う。最初の頃はよく起こしてしまい、力強く抱き込まれて強制的に二度寝に持ち込まれたのも今となっては懐かしい。音を立てぬよう慎重にベッドから降りて、師の体からずり下がった布団を掛け直してやる。さらりと見た目より柔らかなホークスの前髪を梳いて、額にすり、と嘴を擦り寄せた。お早う御座います、の意を込めて。
     後は身支度を整えて、朝食の準備だ。どちらが作る、と決まっているわけではないが、早く目が覚めた方が台所へ立つという暗黙の了解が成り立っている。大体は俺が作ることになるのだけれど、其れに不満を覚えたことは無かった。二人分の料理を作る、というのは日々を共に過ごしている実感を強く覚えられるものであったし、何よりこうしていると。

    「ん~……おはよ、常闇くん」

     …包丁を手にしていない時に限るけれど、匂いに反応してか漸く起きてきた師が、こうして愛おしむように背中から其の力強い両腕で包み込んでくれるのだ。肩口に感じる吐息も、朝一番の掠れた声で名前を呼ばれるのも、何から何まで俺に幸福しか与えてくれない。この一瞬のためならば、生涯朝食当番になるのも悪くはないとすら思う。

    「お早う御座います、ホークス。もうすぐ出来上がりますので、其処のサラダだけ運んで戴けますか」
    「はーい。いつもありがとうね」

     するりと離れていくと同時に、嘴の横に軽く口付けられる。「お礼とおはようのちゅーだよ♪」と楽しそうに去っていく後ろ姿を見送るのは、何度経験しても慣れそうにはなかったけれど。

     ――そんな、幸せな朝を、ふたりで過ごす。



    *****



    「…はい、じゃあ今日は特に大きな事件の知らせもないんで、いつものメンバーでパトロール行きましょう。俺んとこは北方面をぐるっと周るんで、残りの面々はツクヨミと一緒に南方面に」
    「了解」
    「御意」

     通りの良い声が響き、今日もまたヒーローとして空を舞う。空を飛べる俺が正式にサイドキックとなってからは、ホークスは何でも一人で解決してしまうスタイルを改めるようになった。「折角飛べる奴が入ったんだから、今後は二手に分かれてのスタイルで行ってみようと思う。そしたら救けられる数がもっと上がる。その可能性があるなら、どんどん取り入れていこう」と穏やかに笑ったホークスは、矢張り何処までもヒーローなのだ、と改めて尊敬の念を抱かずにはいられなかった。楽がしたいだとか、パトロールも適当にだとか口にするけれど、その実誰よりも思慮深く世の平和を心底願っている。十五歳のあの日、職場体験もインターンも此処を選んだ己は間違っていなかったと、心から思えた。

    「ツクヨミ、そっち行ったっちゃよ!」
    「御意! 捕らえろ、黒影」
    「アイヨ!」

     今日も任務を全うし、事件を起こされる前に火種を潰し、そうして一日は終わっていく。最後にもうひと回り、と今度は地上に舞い降りて先輩サイドキックと共に街を見回ることにした。空からの視点も大切だが、地上から見る街の様子は矢張り違うものだ。ヴィラン連合が一人残らず捕まり、犯罪発生率は年々下がってきているものの、当然ながら完全にゼロにはならないであろうことは、知っている。何時の世にも、ひとの存在する世界に争いや犯罪が無くなることは有り得ない。遣る瀬無い現実だけれど、其故に我々のようなものが居る。其れもまた真理であると、胸に刻んで歩いていこう。
     市井の人々から時たま飛んでくる声がけに反応を返しながらもパトロールを終え、帰路につく。ふと人気のない場所へと入った。その隙を狙うように、先輩サイドキックの方々が口を開いた。

    「…そういやツクヨミ、最近ホークスとはどうったい?」
    「如何、とは?」
    「あん人ば我慢が何より苦手ったい、なんか無理ばさせられてんかね」

     無体されそうにのぉたらすぐ言うとよ-、と軽い調子で笑みを浮かべながら言う辺り、本気でホークスがそのような真似をするといった心配をしているわけではないのだろう。もっと違う形での……ホークスが、何でも一人で抱え込み知らぬところで一人で解決してしまうあの危うさを抱えたままなのではないか、といった心配が半分、三割は気遣い、残り二割は……如何考えても人の恋路に首を突っ込むほど面白いものもない、といったところか。流石にもう先輩方との付き合いも長い、彼らの考えそうなことは手に取るように解る。

    「無問題です。あのひとは強欲ではありますが、同じだけ情も深い。先輩方とて、知らぬわけではありますまいに」
    「そら知っとぉけどなぁ。ホークス、ツクヨミと会うてからは良か影響しか受けて無ぉもんな」
    「あー、分かります。あん人ばツクヨミくんが来てからはよう笑うようになりましたんねー」

     時々今にも消えてしまいそうな顔するから傍から見てて本気で不安だった時期もありましたけど、と苦笑を零す先輩方は、まるで子を見守る親のようで。先輩相手に思うことではないだろうが何とも微笑ましくて、口の端だけで少し笑った。俺自身もその一人ではあるけれど、年若い上司の危うさを間近で見てきた彼らの心境は如何なるものであったろうか。あのひとが独り抱えてきたあらゆるものを思うたび、今でも心の何処かが軋む音がする。
     ヴィラン連合との戦い、それに伴うあのひとの「極秘任務」が我々に与えた衝撃は大きかった。たった独り、あのひとはいったいどんな思いで戦い続けていたのかと、それを思うだけで苦しくなる。結局最後まで誰にも気づかせることなく全てを遂げたあのひとの闇を、譬え無意識であろうとも少しでも振り払えていたのならば、其れは僥倖だけれど。それでも、あのひとを最後まで一人で戦わせ続けてしまったことは、俺にとっては後悔でしかなく。俺ですらこうなのだから、先輩方は如何ほどに――。

    「……ツクヨミも、あんま抱え込むんじゃなかとよ。ホークスはあの性格やし、大人の俺らすら気づいてやれんかったい。後悔すん気持ちはわかるったい、これからは目一杯あん人ば幸せにしてやったらよか。勿論、ツクヨミ自身もな?」

     ポン、ポン、と先輩方が俺の肩と頭に軽く手を置いて、優しい声で言ってくれる。…温かい、と只管に思う。あのひとの側に居るのが、こんな温かい人たちばかりで本当に良かった。目頭が熱くなっていくのを感じつつも其れを封じ込み、口を開く。

    「…心配は無用です。俺はあのひとと居て幸福以外の感情を覚えたことは無い。あのひとにも、俺が生涯かけて必ずそう思わせてみせると、そう己に誓っています」

     取り戻せない過去も後悔も、すべてを飲み込んで。譬え痛み苦しみを抱えた夜が幾つあろうとも、それら全てを塗り潰してしまえるほどの喜びを。此の身が遠く離れた処に居る時でも、ふと思い浮かべるだけで幸福に満たされるほどの愛情を。絶対に絶対に、己が貰っている分と同じだけ、否、其れよりももっとずっと多くのものを、あのひとに与えようと、己自身に誓っていた。
     ぐっと拳を握り、先輩方の目を真っ直ぐに見据えながら、心からの言葉を告げる。

    「骨の髄まで愛し抜いて、必ず幸せにします」
    「……はー。ツクヨミくん、かっこええなぁ…もうヒーローってよか王子様やん」
    「ご馳走さまばい。しっかしツクヨミもからかい甲斐なくなったっちゃねー。昔はちょい突っつけばすーぐ真っ赤にのぉてかいらしかったんになぁ」
    「…人の反応を遊戯のように仰らないで戴きたい…」
    「ははは!」

     笑い声が辺りに響く。我ながら業務中に何をしているのか、という思いも拭えなかったが、其れでも此処の暖かい空気には抗えなくて。ホークスを大事に想ってくれる人達と他愛ない話が出来ること、皆がホークスを大切にしているのだと実感できること。それが、どうしようもなく嬉しかった。



    *****



    「今日も一日お疲れ様」
    「ホークスこそ。お疲れ様です」

     夜も更けて、二人一緒に自宅へと戻った。テーブルの前には二人分の食事。ホークスのお手製である。「料理ってメンドいけどさ、でもやっぱ「二人分」作れるのって嬉しいよね」と照れくさそうに笑う師に、至福の笑みを向けながら「解ります」と返した。互いに同じ価値観の元、笑い合えることが嬉しかった。
     食事をしながら談笑して、二人揃って後片付けをして。何もかも一通り終わって、一息をついたところでホークスが口を開く。

    「常闇くん」
    「はい?」
    「今から久々に夜間飛行しない? 今日いい天気だし、月も綺麗に出てるし気持ちいいと思うよー」
    「構いませんが、ホークス」
    「ん?」
    「逢瀬がしたいのでしたら正直にそう仰ってください」
    「…………常闇くんとデートしたいです。ていうかぶっちゃけたまには自宅以外の場所でも二人っきりでいちゃいちゃしたいです!」

     ぎゅっと左手を握られながら、力強く訴えてくる師に、思わず苦笑した。何も其処まで正直に言えとは言っていないのに、とは思ったものの、吐き出された本音はどうしようもなく嬉しい言葉で。心の真ん中がふんわりと暖かいもので満たされていく。

    「…はい、そのお誘い、謹んでお受けします」

     其の手を握り返して、手のひらに広がる温もりの心地良さに、自然と表情筋が笑みを象る。視界に映った師もまた、同じように幸福に満ちた笑みを浮かべていた。

    「ホークス」

     繋ぎ合った手にもう片方の手を重ねて、囁くように其の名を呼ぶ。親が我が子に呼びかけるように、この世で一番大切で愛しいものは貴方なのだと刷り込むように。愛しいその名を紡ぐことができる、己の声帯の響き、そんな小さなことでさえ心が幸福に満ち足りていく。どうか、貴方にも届けばいい。胸の内から溢れ出て止まらないこの幸福を、愛情を。

    「好きです」
    「…俺も、大好きだよ」

     其の名を呼んで、愛を囁いて。顔を見合わせて、笑い合った。昨日から今日、今日から明日もまた。幸福に満ちた日々、その繰り返しと積み重ね。
    青藍 Link Message Mute
    2022/09/25 12:07:44

    【hrak腐/未来捏造】ホー常ついろぐ②※一日一ホー常まとめ

    ついったーで #一日一ホー常 のタグつけて一週間毎日ホー常SS投稿してたやつのまとめです。
    間違えて一日目のやつを前回のついろぐに突っ込んじゃったので6つになってます。
    ※誤字脱字加筆修正済み

    時系列はバラバラ、だいたい未来捏造で基本常闇くんは卒業後、ホーさん事務所のSKとして就職、ホーさんのあれこれは全部解決済み設定です。

    お題はすべて「あなたに書いて欲しい物語(https://shindanmaker.com/801664)」様より。

    #hrak腐 #ホー常 #年齢操作 #未来捏造

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