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    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:07【柏秋】
    【07. あともう少しだけおなじ夢を見たいな】





    「――ただいまだお!」
    「お、おかえりー」

     がちゃり、とアパートのドアを開けて声を上げれば間髪入れずに返ってきた言葉に嬉しくなって、ぱたぱたと声の主がいるキッチンに駆け寄る。

    「夕飯、唐揚げ弁当とカツカレー弁当買ってきたけど、やらない夫はどっちにするお?」
    「ん? いや、買ってきてくれたんだから、やる夫が先に選ぶべきだろ、常考」

     てか選択肢がどっちも肉じゃねーか、と突っ込む声は華麗にスルーだ。「何が残ってるかわからないし、買いに行くお前に任せるだろ」と言ったのは他でもないやらない夫なのだから。

    「んーじゃあ、やる夫はカツカレーにするおー。店員さんにあっためてもらったからすぐ食べれるおっ」
    「お、そりゃサンキュ。飲み物…はニラ茶でいいな?」
    「おー。頼むおっ!」

     立ち上がって冷蔵庫からニラ茶のボトルを取り出す背中を見送って、テーブルの上に今しがた買ってきたばかりの弁当を並べる。弁当を包んでいるビニールを素手でびりびりと破っていき、勢い余って手首から指先にかけてついてしまったカレーを行儀悪く舐めとっていると、「ティッシュ使えよ、ていうか手ぇ洗ってこい、バカ」と二人分のニラ茶入りのコップを持ったやらない夫に呆れたように苦笑された。
     こちらも苦笑を返しつつ「へーい」と軽い声を上げ、一旦洗面所へと向かい、しっかりと石鹸を使って手を洗う。吊り下げられたタオルでしっかりと手を拭いてキッチンに戻ると、やらない夫は先に食べたりすることもなく、やる夫が戻ってくるのを待っていてくれたようだった。

    「お、本日二度目のおかえり。そんじゃさっそく」
    「「いただきます」」

     向かい合って同じ食卓について、同時に手を合わせて。たったそれだけのことがたまらなく嬉しくて、ああこの同居人を好きになって本当に良かったと、やる夫は自然と笑みが零れてくるのを抑え切れなかった。

    「…やる夫? 何ニヤニヤしてんだ?」
    「べっつにー、だお!」


    *****


    「ふー、食った食った。さてと、あとはどうする? 明日っからインドだし、今日は早めに寝るか?」

     食後の片付けも終わり、旅行のための荷物も既に纏め終わっている。あとは明日を待つだけだ。行き先が海外であることを考えれば、やらない夫の言う通り早めに床につくのが得策なのだろうけれども。

    「んおー…やる夫、もーちょいあっちの言葉勉強したいお。まだあんま自信ないからお」
    「うーん、気持ちはわかるけど、そんな一朝一夕で喋れるようになるわけないんだから、とりあえず挨拶とよく使うだろうなっていうフレーズだけ覚えときゃいいだろ。あとはその場のアドリブ任せで」
    「そのアドリブにだって応用力は必要じゃないかおー。やる夫はやらない夫と違って、まだそこまで応用きかな…あ、そういや向こうで体調崩したときとかに使えそうなフレーズまとめた手帳、ちゃんと荷物ん中詰めたっけお?」

     どこに入れたか覚えてないしちょっと確認してくるお、と旅行鞄のある自室に向かおうとしたその刹那――。

    「へぶぉ!?」

     キッチンと自室を繋ぐリビングを通ろうとして、置いてあったビーズクッションに足を取られ、盛大に転倒した。その物音と、思わずあげてしまった奇声に反応してか、やらない夫が慌てたようにこちらに駆け寄ってくる。

    「やる夫!? どうした、大丈夫か?」
    「あっててて…す、すまんお、びっくりさせちまったみてーで。そこのクッション踏んづけて転んじまったんだお」

     そこの、とつい今しがた踏んづけてしまったクッションを指差しながら言うと、驚きと呆れが入り交じった表情で苦笑された。

    「…ったく、さっきも言ったけど、明日っから旅行なんだからな? それも海外! インド! 一週間も休暇取って! 凡ミスで怪我して行けませんでしたなんて、さすがに勘弁してほしいだろ」
    「め、面目ねーお」

     文句を言いつつもやらない夫は心配そうに、やる夫が踏んづけたクッションを掴んで、またうっかり踏んでしまうことのないようにとばかりに部屋の隅にぽいと放り投げた。それから呆れたように小さく息をつきながら、転がったままのやる夫に手を差し伸べてくれる。その手を掴んで上体だけを起こすと、やらない夫も屈んで、じっとやる夫の全身を確認するように見つめてきた。

    「どっか打ったか? さっき結構派手な音してたけど」
    「あ、ちょっと膝打ったけど、そんな痛くないし大丈夫だお」
    「どれ」

     打った場所を告げると、問答無用とばかりに足首を掴まれて、やらない夫の太股に乗せられる。そのままスラックスを足首から膝までべろんと捲られ、打った場所を確認された。自分でも見てみると、少し赤くなってはいるものの、腫れたり痣になっていたりということはなさそうで、ほっと息を吐く。
     やらない夫もそれが分かったのか、安心したように捲り上げたスラックスを元に戻し、したたかに打ちつけた膝を優しく撫でてくれる。

    「ん、痣にはなってないだろ、良かった。ほれ、痛いの痛いのとんでけー」
    「いやどんだけガキ扱いしてんだお!? やる夫とやらない夫は同い年なんだお!? おーなーいーどーしー!」
    「ははは、そりゃ確かに同い年だけど、俺にとっちゃお前はガキとおんなじだろ、常考」
    「むきー!」

     悔しくなって、互いに両手の指を絡めて取っ組み合う。ぐぬおぉ、と声を漏らしながら全力で押してみてもやらない夫はびくともしなくて、それどころか余裕の笑みを浮かべて楽しそうにやる夫を見つめている。くそう、これだから毎日欠かさず筋トレしてる奴は!
     内心で悪態をつきながら、ふと絡め合った指先に視線を落とす。細いけどごつごつしていて、砂や小石のせいで付いたのであろう細かい傷がいくつもついた――いかにも考古学者らしい、筋張った男の手指。
     その、手も指も形のいい爪の一欠片さえも愛しく感じてしまう自分がなんだか滑稽に感じて、顔を顰める。どれだけこの男を好きになれば気が済むのだろうか、自分は。
     もしもこの手を、笑顔を、存在を失ってしまったら、やる夫は生きていけるのだろうか。…きっと、もう無理だ。生きていけない。だから、どうか、このまま……

    「……ん、やる夫? どうかしたか? やっぱさっき頭でも打ったか? どっか痛いならちゃんと正直に言うだろ」
    「あ、や、だ、大丈夫だお! ちょっと考え事してただけでっ」

     はっと我に返り、絡め合っていた指を離して、わたわたと誤魔化すように両手を振る。「本当だろうなー」と確かめるように、べたべたと顔中に触れてくるやらない夫の手の感触は優しい。この同居人は本当に自分を大切に思ってくれているのだと、いつだって自惚れではなく実感として知らしめてくれる。どこまでも優しいその手が、愛おしい。すごくすごく、愛おしい。
     好きな人に選ばれて、大切にされて。幸福を感じると同時に、ざわりと背筋をせり上がってくる、悪寒。どうしてこんな気持ちになるんだろう。幸せなはずなのに、怖い、なんて。わからない。何だろう、この違和感は? 何かがおかしい。脳がとてつもない勢いで警告信号を発しているのがわかる。
     おかしい。これは、何かが違っている。いつも通りの帰り道に、つい昨日までは無かったものが設置されているような違和感。でも、「何」が違うのかはわからない。ただ、何かが確実に違っていると、理性が訴えている。これは、いったい――

    「……やる夫?」
    「あ」

     気がついたら、やらない夫の両手を握っていた。何をしてるんだ、変に思われる前に離さなければ、と自分に言い聞かせるものの、握った指先から伝わる体温があまりにも心地良くて手離せない。
     恐る恐ると視線を上に向けると、予想外に薄っすらと赤く染まったやらない夫の顔があって、少しだけ笑えた。こんな歳になってもまだ手を握ったぐらいでそんな反応を返してくれるのか、ていうかさっきだって指絡ませ合って取っ組み合いしてたのに反応違いすぎだろう、と思うとおかしくて、胸の中に暖かい何かが灯ったような気分になる。
     …なのにどうしても振り払えない違和感と恐怖がひどく鬱陶しくて、それらを無理矢理抑え込むように、言葉を発した。

    「…なーやらない夫。言ったことあったっけかお?」
    「へはっ!? な、何を?」

     慌てたように奇妙な声を上げてるのが面白くて、いとおしくて、胸がいっぱいになって思わずため息が漏れた。ああ、やっぱりこいつが好きだなあと、幸せで全身が満たされていく。同時に満ちていく恐怖には、気づかないフリを続けて。

    「やる夫、やらない夫の手が大好きなんだおー。優しくて、あったかくて、ちょっとざりざりしてるとこも全部!」
    「…そりゃ初耳だな。ところで、やる夫」
    「んお?」
    「好きなのは、手だけなのか?」
    「!」

     ついさっきまであれだけ慌てていた奴と同一人物とは思えない、意地悪そうににやにやと笑みを浮かべるやらない夫に、今度はこちらが狼狽してしまう。
     やられっぱなしは男が廃る、といったところだろうが、いくらなんでも切り替えが早すぎる。少し癪ではあるが、彼相手に嘘なんてつきたくなくて、素直に伝えることにした。

    「…手『だけ』じゃないお。手も、顔も、声も、やらない夫の頭のてっぺんから足のつま先まで、ぜーんぶ大好きだおっ! 文句あっかお?」

     握りっぱなしだった手を一度離して、仁王立ちするみたいに自分の腰に手を当てて言い放つ。
     目の前の男はちょっとだけ驚いた顔をして、次の瞬間にはうくくくく、と心底楽しそうに、笑って。

    「文句なんかあるわけないだろ、常考」

     手をぐい、と勢いよく引っ張られて、やらない夫の腕の中、ぎゅう、と強い力で抱きしめられる。その腕から、触れ合う頬から、隙間なく密着した体全体から伝わってくる熱と鼓動に、目の奥がじり、と熱くなった。視界がどんどんぼやけていく。喉の奥も引きつれて、気を抜けば大声で泣き叫んでしまいそうだった。
     だって、自分を抱きしめているやらない夫の「右腕」から確かに体温を感じること、よくよく見ればいつもの黒い手袋をつけていないこと、そしてやらない夫が着ている白いシャツの合わせ目から覗く素肌が傷一つなくまっさらなこと、何もかもが違和感だらけで。
     必死に気のせいだと思い込もうとしても、理性はそれを許してはくれずに何度もやる夫の中で囁き続ける。


         ――――うそつきめ。本当は、この違和感の理由なんてとっくに気が付いているくせに……


     ……うるさい、うるさい! やる夫は何も知らない、気がついてなんかいない! 違和感なんて気のせいだ!
     歯を食いしばりながら、必死に理性の訴えをはねのける。何も考えないように、気がついてしまわないように。
     心の奥から悲しみが溢れ出てきそうになるのを必死に堪えるけれど、体は耐え切れなかったのか、喉からひっ、と掠れた音が漏れた。

    「? おい、やる夫? …ちょ、どうした!? 何で泣いてるんだよ。やっぱどっか痛いのか?」
    「…ち、違う、お。そ、じゃ、ないけどっ……」

     本当のことなんて言えなくて、声が途切れてしまう。やらない夫は困惑しながらも、それ以上追及しようとはせずに、筋ばった大きな手をそっとやる夫の頭に乗せて、柔らかく撫でる。まるで幼い子どもをあやすように優しく、「生身の右手」で。その手の感触に、黒い手袋を着けていないことに、どうしようもなく涙が溢れて止まらなかった。
     この時間を失いたくなくて、違和感から目を逸らし続け、縋りつくように彼の背中に腕を回す。染み通るような温かさが、ちりちりとした痛みをもたらしていく。悲しくて痛くて苦しくて、それでもなお、幸せで。
     どうか、お願いだから、他には何も望まないから。神でも悪魔でも誰でもいいから、この心の願いを、どうか聞き届けて。もう二度と、手放したくないんだ。抱きしめてくれるこの腕を、やる夫に向けてくれる優しい笑顔を、この愛しい存在を。

     だからどうかこの世界を壊さないで。もうちょっとだけでいいから、愛しい人と過ごす日常に浸らせていて。…気づかせないで。あともう少しだけ、同じ、「 」を――――




     ――純粋な魂に狂気を担った青年の願いは、静かに闇へと包まれていった。













     電脳の海の中、涙を流しながらただひとり眠る青年――かつて「秋葉原やる夫」と呼ばれた男は、夢を見続ける。悪酔いするほどに甘く、幸せな世界の夢を。






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    2022/09/25 21:39:37

    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:07【柏秋】

    柏崎と秋葉原で思いっきり切ない話…切ない話…と呟きながら書いたお話です。
    結果、ただ痛々しいだけの話になった感が否めぬorz 今回は秋葉原視点。

    ※「微妙な19のお題」様(http://www.geocities.jp/hidari_no/fr.html)に挑戦中です。
    お題なのでシリーズ扱いにしてありますが、続き物ではありません。

    #柏秋 #ゆく妖腐向け

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