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    光映える夜に 手にした鍬を振りおろした。ざく、と地面に落ち、手応えがつたわる。
     その格好のまま少しの間動きを止め、ルヴァイドは、刃の食いこむ黒い土を眺めた。
     風に紛れて、何か聞こえる。小さく細い、馬のいななきだ。
     ルヴァイドは表情を変えず、再び鍬を高く上げた。ぱらぱらと落ちる土を、後ろから追いかけて切るように、振りおろす。引く、上げる、振りおろす。
     太陽が投げかける熱がじっとりと背を汗ばませるのを無視して、黙々と土を拓いていく。
    「来たぞ」
     近くで畑を耕していたアグラバインが、腰を伸ばしながら呟いた。
     その言葉にかぶさるように、今度ははっきりと、馬の声が聞こえた。
     蹄の音が、カーブを描いて近づいてくる。
     緑の香りのする風が背中に小さく吹いたかと思うと、背後で、どう、という声がした。

     アグラバインが、大声で呼びかける。
    「やあ。よく来たな騎士殿」
    「こんにちは。精が出ますねアグラバイン殿。それに、」
     馬をおりる音。つづく地を踏みしめる足音が、落ち着いた調子で近づき、背後で止まるのを聞いた。
     ルヴァイドは身を起こし、手にした布で首の汗をぬぐう。
    「ルヴァイド」
     名を呼ばれ、はじめて振りかえる。眩しすぎる陽のひかりのなか、予想通りの男が、予想通りの人の良い笑みを浮かべて立っていた。



     1年前。リィンバウムをおそった災厄が去り、世界は平穏を取り戻した。

     同時に、ルヴァイドを長い間押し流し、苦しめつづけてきた奔流もやんだ。
     体の自由を得、そのほかのものは全て失ったルヴァイドが行き着いた先は、かつて災厄の手足となり自らが滅ぼした村だった。当然のようについてきてしまった部下ひとりとともに、ルヴァイドは、そこで沈静と贖罪の日々をおくっていた。

     だが今、この平穏な日々をおびやかすものがあった。


    「すみません。作業の邪魔をして」
     侵略者が、テーブル越しににこにこと笑っている。ルヴァイドは、なるべくそれを見ないようにうつむいて座っていた。
    「なんの、そろそろ手を休めようと思っていたところじゃよ。なあ」
     お茶を煎れていたロッカが、ええ、と頷く。この青年は村の若き長だ。アグラバインやルヴァイドたちと同じように、毎日鍬や斧を握っている。
    「シャムロックさんには、いつも色々なものを差し入れてもらって僕らも助かってますよ」
     どうぞ、とお茶を配る。テーブルの真ん中には、男の持ってきた茶菓子があった。
     ルヴァイドは自分の前に置かれたカップをとり、口にはこんだ。爪の間に土が入っていることに気づき、カップを傾ける手がとまる。ルヴァイドは眉をひそめ、熱い茶を一気に喉に流しこんだ。

    「で、どうかね。トライドラの方は」
     故郷の名に、男は穏やかな顔でうなずいた。
     男の故郷もまた、世界をおそった災厄により滅びていた。その街の復興に、男はいま、監督者として携わっているのだった。
    「おかげさまで順調です。道が拓かれ、建物も少しずつ建ってきました。大分街の格好はしてきましたよ」
    「そうか。それは何よりじゃ」
     シャムロックは笑みを浮かべたまま、手にしたカップの波紋に視線をおとした。

    「なんだ、また来ているのか」
     扉がひらいたと同時の第一声に、男は顔をあげ、苦笑した。
    「こんにちはイオス。お邪魔しているよ」
     戸口に立つのは、金髪に片目を隠した青年だった。細身のからだに、無造作に腕をまくった清潔そうな白いシャツをまとっている。
     青年は、まっすぐ部屋を横切りルヴァイドに一礼する。かつての部下である彼は、軍隊時代の主従関係がいまだに抜けない。
     彼は隣に腰をおろし、早速茶菓子に手を伸ばした。
    「復興作業の監督の仕事はどうしたんだ。まさか現実逃避をしたくて、わざわざこんな所まで来ているんじゃないだろうな」
    「はは。いま丁度その話をしていたところさ」
     ロッカがイオスの前にお茶を置きながら、「順調だって」、と耳元で告げる。
    「ならば、いいがな」
     菓子をかじりながら尊大に言い放つと、イオスはわずかに視線を他所にむけた。
     場に、何ともいえない沈黙がおちる。
     ルヴァイドは、カップの下の方にたゆたう透きとおった茶の面を眺めていた。

     沈黙を破ったのは、訪問者だった。
     居住まいをただした男は、わずかな緊張を漂わせながら、ルヴァイドとイオスを真正面から見据えて切り出した。
    「ルヴァイド。イオス。今日はあなた方に、話があって来たんです」
    「先日の話ならば、俺の返事は既に貴殿に伝えたはずだ」
    「ルヴァイド様」
     にべもなく答えると、イオスの気遣わしげな声が飛んだ。それを無視して、ルヴァイドは黙する。ロッカが無言で席をはずした。
     男は、ルヴァイドの顔をじっと見つめている。続く言葉を慎重に探しているようだ。
     ふたたび気まずい沈黙が部屋に満ちかけたとき、アグラバインが、節くれ立った手をあげて場をとりなした。
    「ルヴァイドよ、話だけでも聞いたらどうだ。お前たちに会うために、忙しい間を縫って、こんな遠いところまでわざわざ来てくれたのだぞ」

    (こちらが頼んだ訳ではない)
     ルヴァイドは口を固く結び、眉間のしわを深くした。向かいに座る男が身を乗りだして、なおも言う。

    「お願いします、ルヴァイド。少しだけでも話を」
    「……聞いたとて、頷くことはできない」
    「それでも結構です」
     ため息をついた。
    「互いに、時間は有意義に使いたいものだな」
    「アグラバイン殿、上の部屋を使わせてもらいます」
     ルヴァイドの言葉を承諾ととったらしいシャムロックは、もう立ち上がって歩をすすめていた。強引な男だ。

     重い腰をあげ、ふと視線を転ずると、イオスは既に後ろに立ってルヴァイドを待っていた。
     目が合うと一瞬だけ、彼の形の良い唇は笑みを象ったが、ルヴァイドが視線で咎めるとすぐさま元の表情に戻った。
     薄闇の落ちた小屋には、四角い静寂が満ちていた。他の住人は何処へ行ったのか、姿がない。
     ルヴァイドは、暗い静けさのなかでひとり、明かりもつけずに椅子に座っていた。
     とんとん、と靴の泥を落とす音のあとに、扉がひらいた。夜気が入りこみ、ふたたび閉じられる。
     イオスは部屋のなかにルヴァイドの姿を見つけて、一瞬だけ驚きの表情をしたが、すぐに吹き消し、静かな声で告げた。
    「帰りましたよ」
    「そうか」
     イオスがテーブルのうえに置かれたランプに火をいれると、部屋がぼんやり浮かびあがった。まわりの家具とともに、彼の金髪にもオレンジの色がさす。ルヴァイドは腕組みをしながら、それを何となく見ていた。
     明るい光のなかで、青年が小さく微笑む。
    「今までで一番厄介な攻城戦かもしれない、と。そう、ぼやいていました」
     ルヴァイドは、そうか、と再び気のない返事をした。
     イオスの語った言葉に、自然と音声がつく。あの男の熱のこもった声が、未だに耳のなかに留まっていた。


    『ルヴァイド、イオス。お願いします。あなた方の力が必要なんです』

     民のための騎士団をつくるのだ、と。彼はそういった。
     いかなる権力にも属さない、大地にはめられた見えない枠を飛び越える、騎士たちの群れ。
     軍隊も警察も、国家のもとにあるものだ。国家の境をこえて存在する武力など、まったく前例がない。
     しかし、男の言葉は、道なき闇を照らす光に満ちていた。

    『国家の大儀のもとに押し殺されてきた小さな声を聞きとどける、守護者たちの砦をつくりたいのです。血筋や身分、そういった理不尽な檻に閉じこめられていた戦士たちに、自由の大地を与えたいのです』

     ルヴァイド椅子の背もたれに寄りかかりながら、相手の顔より下を眺めていた。窓からさしこむ光が、男の椅子の下を目映く照らしている。

    『どうか、力を―――あなた方の剣と生を、自由騎士団にください。私とともに、道なき道を歩んでください。この世界の、あらたな可能性に力を……』

     宙を舞っていた彼の手が、ようやく視界のなかに降りてきて、膝のうえに置かれた。椅子のうしろにのびる彼の影の上半身がうごくのを、ルヴァイドは睨むように見ていた。
    『ルヴァイド』
     視線をあげると、男の額には汗が浮いていた。
     ルヴァイドは、
     すまないが。
     そう言ってふたたび視線を下げた。男の膝のうえに置かれた手が、握られるのを見た。


     ルヴァイドは眉をしかめて、追憶のひびきを追いはらった。
     入れ違いに、目のまえの青年の穏やかな声が、さざなみのように耳元に寄せる。
    「ルヴァイド様、あの男はこうも言っていましたよ。『……難しいいくさだ。しかし、私も諦めが悪いからね、勝機がある限り、幾らでも待つつもりだ。苛烈な日差しや冬の風雪にも、撤退の号令はださないだろう……』、と」
     勝機?
     自分の言葉や態度のどこにそんなものを見いだしたのだろう。ルヴァイドは息苦しさを感じた。
    「……そうか」
    「そんな威勢のいいことを言った直後にあの男、『ところで、あの城は見たところ難攻不落のようだが、攻める隙があるとしたらどこだろうか』などとも訊いてきましたが」
    「ふん。敵に訊いている時点で攻城戦は負けだろう」
    「ところが、それがそうでもないかもしれませんよ」
    「なに?」
     青年はテーブルに手をつき、身を乗りだした。ランプの光に下から照らされて、彼の輪郭が橙と白に浮かびあがる。
    「訊いた相手が、敵とは限らないかもしれない、ということです」
     ルヴァイドはしばし口をひらき、それからイオスの何かを探るように光る右の瞳をのぞきこんだ。
    「……イオス」
    「はい」
     ルヴァイドは、再び口を閉ざして考えこむと、言った。
    「お前があの男の理想に賭けたいのならば、好きにするがいい。俺に義理立てする必要はない。アグラバイン殿も、ロッカも、お前が村を出るといってもおそらく咎めまいよ」
    「残念ながら」
     イオスはルヴァイドの言葉を遮るように言った。口元には、余裕の笑みが浮かんでいる。
    「僕はもう既に、手持ちの札を全部、『ある人』に賭けてしまっているんです。今更、この賭けは降りられない」
     ルヴァイドは無言になった。
    「僕のできることといえば、その『ある人』が自分の心に正直に生きて欲しいと願うことだけです。―――それでは、僕は先に休ませていただきます」
     そう言うと彼は綺麗な敬礼を決め、身を翻してオレンジ色の光の輪から出て行った。
     切り株のうえに、太い枝を置く。斧で割る。気持ちの良い音をたて、枝は二つに分かれて地面に落ちる。
     次の木を株に乗せながら、自分もずいぶん慣れてきたな、と心の中で思う。初めて斧を使ったときは、さすがに空振りすることはなかったものの、調子をつかめず不揃いの薪ばかり量産していた。
     剣で、人を相手にするのとは違う。
     自分が一生のほとんどを費やして培ってきた技術は、限られた場所でしか役に立たないものだったのだということを、ルヴァイドはこの一年間で思い知っていた。

     息を小さくはき、斧を振りおろす。きれいな切り口をさらして、枝は地面に転がった。
     頭上の空で、高い鳥の声がひびく。
     足下に積んである枝を、一本引き抜き、ふたたび木の株にのせる。こうやって機械的な作業をしていると、辺りの景色も目に入らなくなる。
     
     今まで、誰かが汗を流しながら黙々と薪割りをする光景を、幾度となく見たことがあった。だが、見たことがあるだけだ。自分は、家の使用人や兵士たちの輪に入って、試しにやらせてくれと請うてみせるような、人好きのする性格ではなかった。とくに父があのようになってからは―――。
    「……っふ」
     乾いた音をたてて、割れた薪が散る。
     株に深く突き刺さった斧を引き抜いて、地面に垂直におろした。柄の部分に手をおいて、うつむく。声を発した。
    「また来たのか」

     ルヴァイドの足下をとおって、切り株に、人の影が差していた。
    「また来ました」
     悪びれずいう男の声に、仕方がなく振り向くと、後ろで手を組んで立っているシャムロックの笑顔が目に入った。思わず、視線をそらす。
    「……貴殿もなかなか執念深い男だな。新しい街はどうした」
    「順調ですよ。まわりの人々の祝福をうけながら少しずつ大きくなっている。まるでお腹のなかの赤ん坊です。―――ちょっとそれ、私にもやらせてもらえませんか」
     そんなことを言って、シャムロックは微笑みながら手をさしだしてきた。

     ひどく不快な気分だった。
     ルヴァイドは、その不快さを隠そうともせず、無愛想に斧を渡した。男は嬉しそうにそれを受けとる。
     男は不器用な手つきで木の枝を置くと、両手で握った斧をふりあげて狙いをさだめ、勢いよくおろした。刃は斜めに入ったらしい。乾いた音とともに、尖った形の木が地面にふたつ転がる。
     振り向いて照れ笑いをしてみせる男に、ルヴァイドはどうしようもなく苛立ち、乱暴に斧を取り返した。
    「俺の邪魔をするな。頼むから」
    「す、すみません」
    「一体貴様は、こんな田舎まで何をしにきているのだ」
     俺を冷やかしにきているのか、という一言は辛うじて飲みこんだ。
    「街を放っておいてよいのか。親がこうもふらふらしていては、子供も不憫だろうが」
    「親は私ひとりではありませんから。沢山の人の手と目が、あの新しい街を守ってくれています」
    「そうか。それはよかったな」
     邪険にいうと、シャムロックは寂しそうにルヴァイドを見つめる。
     自分でも、なぜこんなに苛立つのかわからない。だがたぶん、放っておいてほしいのだ。
     自分はここで、一生をすごすつもりなのだから。贖罪のために斧と鍬をにぎり、最後は「元通りになった」レルムの緑のなかに埋もれて死ぬ予定なのだから。

    「ルヴァイド」
     なのこのに男は無神経に、ルヴァイドの目の前にあらわれ、言葉で揺さぶる。
    「話をしてもいいですか」
     駄目だと言ってもするのだろう。男は案の定、黙っているルヴァイドをよそに、話しはじめた。

    「私はいま、ゆりかごをつくっています。 かつてトライドラのあった場所に生まれる街のためのゆりかごです。やわらかなシーツを敷き、まわりを花でかざる……あの街が、祝福と光のなかで産声をあげることができるように。
     これがトライドラ最後の騎士としての、私の務めだと思っています。全力をつくしていますよ―――これでも」

     そう言って男は笑い、ふと真顔になると、だが、と付け加えた。

    「私の仕事はそこまでだ。あの街の誕生を見届けたら、トライドラ騎士としての私の仕事は終わる。親となって成長を見届ける役目は、他のもっとふさわしい人たちに委ねたいと思います。
     私でなくともいいんです。あの街はかつてトライドラが存在した場所にうまれるけれど、『トライドラ』ではないから」

     言い放たれた言葉に、ルヴァイドは何故かどきりとした。
     男はつづける。

    「私には他に、私にしかできない仕事があるのです。貴方にはもう―――あえて説明する必要もないでしょう」

     自由騎士団。もうすでに存在するものであるかのように、ルヴァイドの耳になじんでいた。これも勧誘被害の一端だ。

    「国境を越えた民のための武力は、きっと来るべき時代の切実な要求によって、いずれは世界に生みおとされる。でもそれは今ではないし、そのような時代を待っていては駄目なのです。時代より先に、人が動かなくては」

     ルヴァイドは、斧の柄を握りしめていた。
     頭上の空たかく浮かぶ雲が、じりじりとうごいている。降りそそぐ光が勢いを増し、地面にうつる影の境界線が後退していく。ルヴァイドは、陽を反射してきらめく斧の刃を見下ろしながら、苦しげに眉を寄せた。光に照らされた頭や背骨が熱い。

    「私は国家の枷をうしなった騎士として―――いや、ひとりの人間として、あらたな理想をこの世界で育みたいのです。……ルヴァイド」
     ルヴァイドはつめていた息をはき、顔をあげ、こちらをまっすぐに見つめる男に言った。
    「その熱意と信念あらば、貴殿の志は必ずや成就するだろう」
    「人が必要なのです」
    「理想のもとに、しかるべき人間は集う」
    「貴方が、必要なのです」
     男はさらに一歩距離をつめ、言った。すこしだけ低い位置から、まだ若いまなざしがルヴァイドに注がれる。
    「なぜだ」 ルヴァイドは唸るように言う。
    「剣の使い手がほしいのか? それとも軍を動かしたことのある将がほしいのか? 剣士ならば探せば他にもいるだろう。将ならば育てればよい。まさか設立してすぐに、どこぞの都市国家を相手に戦をする訳でもないのだろう」
    「この世界の理不尽に」
     覚えている限りつねに穏やかだった男の声に、閃光のような怒りが満ちた。 
    「立ち上がれる心強き者がほしいのだ私は。この世界に張り巡らされた運命の糸を断ち切る刃を」
     男のこめかみを、汗がつたう。
    「新しい、秩序を育む人間を……!」
    「貴殿は」
     ルヴァイドは大きな声で遮った。
     そして息をすうと、吐き捨てるように言いはなつ。
    「俺を買いかぶっている」

     そういうと、ルヴァイドは男と斧を残したまま、身を翻してその場を去った。これ以上話を続けていると、お互いに取り返しのつかないところまで踏みこんでしまいそうだった。
     昼食に固いパンと塩味のスープをとったあと、ルヴァイドは窓際の椅子に座って外を見ていた。今日の午後は特にすべきこともなく暇だった。かといって、本を読んだり横になったりする気分でもなかった。
     窓の外は今日も明るい。白くかがやく雲をまっすぐに突きぬけた陽が、畑に森に降りそそぎ、さんさんと照らしている。

    「最近、来ませんね」
     ルヴァイドと同じように手持ち無沙汰の様子のイオスが、テーブルで読書しながらぼんやりとつぶやいた。
    「何が」
     聞いてはみたものの、彼の言葉が何を指しているのか、ルヴァイドには分かっていた。イオスも答えず、それきり口をひらかなかった。

     ルヴァイドの瞳のなかで、白い雲が流れていく。



     ルヴァイドは、小屋の外を散策していた。結局、暇をもてあましたのだ。
     昔であれば、少しでも時間が空けば剣の稽古についやしていた。
     しかし、いまは他の時間の使い道を考えなくてはならない。いまのルヴァイドは剣でも、木刀でも、握ることはできなかった。誰から禁じられたわけではない。おのれで課した戒めだ。

     村のまわりの森には、かつて炎の蹂躙を受けた跡が顕著に残っていた。村の敷地の外縁に沿って、大きく緑がえぐれている。
     歩きながらルヴァイドは、一本一本の木を眺めた。半分からうえがなくなっているもの。葉がつかない枝を剥きだしにして立ち枯れているもの。
     倒れた木は冬を越しても、土にかえることなく横たわっている。地面も、かつては緑の敷布が広がっていただろうに、いまは黒い地肌をさらした部分がおおかった。かつてルヴァイドが犯した罪の跡だ。

    (それでも少しずつは―――戻ってきてくれているのだな)

     禿げた大地に、細く折れそうな木が刺さっている。随分前にアグラバインが植えた苗木だった。どれも頼りないが、しっかりと、根を下ろしているようにみえた。そのまわりには、誰の手を借りることなく生えてきた色のうすい雑草が、まだらに地面をかざっている。

     時間は、この破壊され尽くした村にも確かに流れているようだ。
     いつかは、時の砂はこの土地を過去のレルムへと戻してくれるだろうか―――。

     ルヴァイドは倒木に腰をかけて、目の前にさく小さな赤い花を眺めていた。心には、しかし違和感があった。空気よりも重い気体を、胸一杯に吸いこんでしまったような感覚があった。


    「大分、緑がふえてきましたね」
     かけられた声の方向をみずに、ルヴァイドはうなずいた。
    「ああ。喜ばしいことだ」
    「そうですね。本当に。この土地で、新たな命が育まれている証拠だ」
     しめった土をふんでシャムロックは背後から歩みより、ルヴァイドの隣に腰掛けた。そのまま彼はまぶたを閉じて、無言になった。
     ルヴァイドは、隣の男の横顔を盗み見た。しばらく見ない間に、やせた気がする。
    「……忙しいのか」
     目をあけると、シャムロックは振り向いた。
    「もしかして、心配してくれていたんですか、ルヴァイド」
    「うぬぼれるなよ」
     彼は首をかしげ、あいまいに笑った。
    「貴方は相変わらず手厳しいな。今は何を?」
    「見ての通り、暇をもてあましている」
    「イオスやロッカと手合わせなどはしないのですか」

     ルヴァイドは目の前にひろがる森を見つめながら、口元に笑みを浮かべた。貴様は相変わらず、腹立たしくてむごくて、気持ちの良いおとこのようだ。


     ルヴァイドは、この年下の男のことが、案外好きだった。

     清廉で敬意に値すべき騎士でありながら、どこか少年のような甘さを含んだこの男を、人の良い笑顔を浮かべながら時に頑固で強引なこの男のことを、ルヴァイドは気に入っていた。
     できることなら、彼の志に力を貸してやりたいし、彼の喜ぶ答えを返してやりたい。
     だが、今の自分にはかなわぬことだ。
     それがもどかしいし苦しい。
     信頼すべき仲間とともに夢のなかを駆けることができないのは、男として一番の苦しみだった。

     それなのにこの青年は、ルヴァイドのそんな胸の内をまるで解さない。
     晴れ晴れしい軍服を着て、腰に剣をさし、無神経な笑顔とともにあらわれる。鍬と斧を握って生きると決めたルヴァイドを誘惑する。
     腹立たしくてたまらなかった。
     この土まみれの姿で、騎士としての夢を語る友をただ見つめることが、どれ程の苦痛か。貴様には分かるまいよ―――。

    「ルヴァイド。話をしてもいいですか」
    「駄目だと言ってもするのだろう」
     ルヴァイドが笑うと、男も同じように、力のない笑みを浮かべた。
    「これで、最後にします」

     木漏れ日が赤い花を照らしていた。
     ルヴァイドは、自分の手のひらを見つめた。指先についた土をぬぐう。指紋の中に入ったそれは、こすっても簡単にはとれない。

    「貴方の力を、私に貸してください」

     何度かゆっくりと呼吸する間、ルヴァイドは何も考えてはいなかった。足下の影を見ていただけだ。
     顔をあげると、えぐれた森と、まだらな草のなかに咲く赤い花が視界に映った。
     ルヴァイドは、「すまない」と答えていた。

     シャムロックは、それを聞いてふわりと柔らかく笑った。
    「ありがとうございました、ルヴァイド。そして―――申し訳ありませんでした」
     何故礼を言い、何故謝るのか。
     ルヴァイドは汚れた指先に爪をたてた。

     男は立ちあがり、木漏れ日に笑顔をかすめさせながら言った。
    「さようならルヴァイド。ここを良い村にしてくださいね」
     騎士と別れ、小屋に戻るなり、ルヴァイドは椅子に腰を下ろした。
     疲れていた。こんなに疲れを感じるのは久しぶりだ。
     久しぶり、といっても前に疲れを感じたのはいつだったか思い出せない。今はなき故郷で味わったものかもしれない。もしかしたら、ずっと長い間自分は疲れていて、この1年間それを自覚していなかっただけなのかもしれない。
     急に、頭の奥を眠気のようなものに引っ張られ、ルヴァイドは椅子からずり落ちそうになった。

    「ん? 帰ったのか」
     小屋の奥の扉がひらき、かけられた声に、ルヴァイドは意識と体をひきもどして居住まいをただした。
     あらわれた老人はよいしょ、とつぶやくとテーブル越しの椅子に腰をかけた。
    「トライドラの騎士殿のことじゃよ。来ていたのだろう」
    「見ていたのですか」
    「あれに聞いたのさ」
     この老人があれ、というときは、大体ロッカのことだ。孫娘とロッカの双子の弟がこの小屋にいた時には、3人すべてを指す言葉だったそうだ。
    「ここ最近来ていなかったな、あの騎士殿は。元気そうだったか」
     元気そうではなかった。疲れているようだった。いまの自分と同じように、疲れきってやせていた。
    「……変わりはないようでした」
    「そうか。それは何よりじゃ」
     アグラバインはひげの生えた顔を縦にふった。
     ルヴァイドは、窓の外に視線をうつした。当たり障りのない会話で終わりたかった。うるさい話は、いまは聞きたくなかった。

     しかしどうやらアグラバインの目的は、うるさい話をルヴァイドにすることらしかった。
     老人はたくましい太い腕を木目のテーブルのうえに乗せ、わずかに体を前にかがめて、ルヴァイドの横顔をのぞきこんだ。

    「なあ、ルヴァイドよ。あれもイオスも、お前のことには口を出さぬ。それぞれ思うところはあるが、お前自身の意思を尊重したいのだろう。だが、わしは野暮なじじいだからな、要らぬ節介をやくよ」

     ルヴァイドは正面を見、そしてあきらめて頭をたれた。幼い頃ひざにのせて可愛がってくれたこの老人に、ルヴァイドは基本的に逆らえない。
     アグラバインはひとまず満足したようにうなずいて、それから静かに語りだした。

    「ルヴァイド。お前たちがこの村の復興を手伝うと言ってくれたとき、わしは嬉しかった。そして実際助かった。お前たちは本当によくやってくれたよ」

     ルヴァイドはうつむきながら、わずかに顔をしかめた。そのようなことを言ってほしくはなかった。犯した罪の大きさを思えば、よくやってくれたなどと、言われる立場ではないのだから。

    「じゃがなあ、お前のやっていることは少し―――違うのだよ」
     顔をあげた。思わず聞きかえす。
    「違う?」
    「ああ、違う」とアグラバインはうなずいた。
    「ルヴァイドよ。わしとロッカがどのような気持ちで村を興しているか、お前にわかるか?」
     ルヴァイドはたじろいだ。侵略者への憎しみ。昔の村への懐古。瞬間的に、そんな言葉が幾つも浮かんだ。
     だが、アグラバインの言った言葉はそのどれでもなかった。
    「『新しいレルムの村をつくろう』……と、いうことじゃよルヴァイド。わしたちは新しい村を作ろうとしている。古い村をここに取り戻そう、ということではなく、な」
     アグラバインは大きな手のひらで自分の顔を撫で、一息ついた。
    「お前はよく、昔のレルムの村の話を聞きたがったな。わしもその度に、細かく教えてやった。お前の決意は、だから何となく分かっていたよ。お前は、昔のレルムを呼び戻そうとしていたのじゃろう? じゃが、それは違うのだルヴァイド。わしだって昔の村の姿はなつかしい。しかし、壊れた粘土はいくらこねても元には、戻せぬだろう」
    「……」
     壊れたものは戻らない。
     そんなことは、言われなくとも十分すぎるほど分かっているつもりだった。自分はこの村を根本から変えすぎた。奪ってしまった命が多すぎた。
     だが、元通りにするのは無理でも、すこしでも似せたいと思っていた。それが自分の贖罪なのだと信じていた。
     ルヴァイドは言葉に出し、そのように答えた。

    「だからそれが違うのだ―――いいか、聞けよルヴァイド。たしかに似せることはできるだろう。いや、たとえ似せようと努力しなくとも、わしやロッカのように昔の村の姿を知る人間がいる限り、結局は元のレルムに似てしまうのかもしれん。未来は過去のなかにしか存在しない、などという後ろ向きな命題を、わしたちは証明してしまうことになるのかもしれん。
     しかし、問題は結果ではないのだ。わしたちがどのような方向を目指すかが大事なのだよ。わしたちは、この村を赤子のように育てなければならん。そうでなければそのうち必ず我々は、『どんなに似せようとしてもやっぱり同じではない』『壊れたものは結局元には戻らない』という、当たり前すぎるほど当たり前で、わかりきっていたはずの事実に、打ちのめされる日がくるだろう。どうしようもなく空しい気分を、味わわなければならない時がくるはずだ」

     ルヴァイドの疲労はすこしずつ重くなり、もう指先をあげるのも億劫だった。
     反対に、目の前に座り指を組み合わせる老人は、暗くなりかけた小屋のなかで、香るようにつよい生気をはなっていた。透明な瞳のなかに、知性と活力の光がほとばしっている。
     どうして自分の人生は、こんなに疲労に満ちているのだろう。
     ルヴァイドは目の前の老人を見つめながら、漠然とそう思った。どうしていつも立ち止まり、うつむき迷っているのか。何故。

    「ルヴァイド、聞いておるか」 老人は、疲れ果てたルヴァイドをなおも許そうとはしなかった。
    「ルヴァイドよ。この1年間、畑を耕し、木を切り、小屋をつくってくれて、本当に助かった。礼を言う。だがここから先は、お前にいてもらっては正直言って迷惑だ。自身の贖罪のために、この村に亡霊を呼び戻そうとしてもらっては困る。希望とともに成長しようとしている子供に、そんな気持ちで接してもらっては困るのだ」

     それでは、とルヴァイドは言った。すこしかすれ気味の、我ながらひどく情けない声だった。
    「貴方は、どうしろというのだ。俺に。一体、どうしろと」

     老人は、熱病にくるしむ我が子に向けるような哀れみの目で、ルヴァイドを見た。

    「お前はお前の場所で、赤子を育てよ。それがお前にとっての真の償いの道となるじゃろう」
    「……俺の場所?」
    「どこでもいい。お前がもし、本当に気持ちを入れ替えられるというならば、ここでもいい。だが、お前が本心から選んだ場所でなくてはいけない。
     ―――ルヴァイドよ。お前はあの騎士殿の話を、一度も目をまっすぐに見て聞かなんだな。それは、あの男の話に本当は心騒ぐものがあったからではないのか」

     ルヴァイドは額に手をあてて俯いていた。
     苛立ちや苦しみ、後悔や自己嫌悪といった負の感情がすべて混ざって、黒い悲しみの色となり、身のうち全てを覆っていた。

     かわいた唇をひらき、声を絞りだすようにいう。

    「すべて、貴方のおっしゃるとおりだ。ご助言いただいて感謝する。だが、手遅れだ。俺は遅すぎた」
    「ルヴァイド?」
    「……もう、来ぬと」

     ルヴァイドはそういうと席をたち、暗くなった部屋に老人をひとり残して立ち去った。
     天井を見つめていた。
     寝台のうえに力の入らない両腕と両足をなげだし、重い夜の空気をささえている。
     ルヴァイドは何かを必死に考えようとしていた。しかし思考の糸は頭のなかでうねり、ほつれるだけで、なかなか上手に結ばれようとはしない。
     そのうちにあきらめ、まぶたを閉じる。今更思考を重ねたところで得るものなど何もないことを、本当は知っていた。

    (疲れたな……今日はとても疲れた)

     寝台のしたから、倦怠感をともなう眠りの潮がゆっくりと満ち、横たわる体を浸していく。
     徐々に暗くなる意識のなかで、何かがよぎるのを感じた。はっきりと認識することはできなかったが、それは寂しさに似ているようにも思えた。自分ひとりが時の流れから取り残され、過去の澱に沈んでいく。それが自分は悔しくて寂しいのだろう。

     しばらく、うとうとしていたように思う。
     ふと、ルヴァイドはまぶたを開けた。茫漠としていた意識が、急速に浮かびあがり輪郭をもつ。
     いま、何かが聞こえた。風か。いや、馬の……いななき?

     ルヴァイドは掛布をはがし、視線をさまよわせ、一瞬だけためらったあと、部屋の隅にあったものを―――布にくるんでいた剣を手にとった。柄に触れたとき、肘をとおって首のうしろまで、疼きのような電流がつたわる。
     剣の布をとりながら窓に近づき、壁に背をつけ気配をさぐる。
     しばらくしてルヴァイドは、眉をひそめ怪訝な表情をうかべた。

    (これは……まさか)

     ルヴァイドは剣を脇に無造作にかかえて、今までの警戒の姿勢とは一転、窓をふさぐ木の覆いを一気にあけた。
     ルヴァイドの頬のすぐ横を、小石が勢いよく飛んでいった。背後の床で、かつんと固い音がする。

     窓のそとには、石を投げた直後の格好のまま腕を宙にとどめ、口を丸くあけて驚いている見慣れた男の姿があった。
     ルヴァイドの呆れ顔に気づくと、空中に浮いた手をうしろにもっていって、照れくさそうに頭をかく。
     
    「何をやっているのだ、貴殿は」
     ほかの住人を起こさぬように、ルヴァイドは小声で言った。夜の村は静かで、そんなささやき声でも十分に相手までとどいた。
    「いえ、その……」
     男はしばらく気まずそうにしていたが、意を決したように顔をあげた。
    「騎士が自らの決意を表明した以上、それに反することなどあってはなりませんが」
     シャムロックはそこで言葉を切り、いつもの笑みをうかべる。
    「申し訳ありません。来てしまいました」

     ルヴァイドは、体の力が抜けるのを感じた。窓枠に手をついて支える。
    「仕方のない男だな……」
     しばらくの間、ルヴァイドはうつむいていた。体を満たしていた倦怠感の潮が、足の裏から抜けていくのを感じる。
    「今行く」と告げ、ルヴァイドは剣を壁に立てかけ扉に向かった。
     同室で寝ているイオスを起こさぬように、足音を忍ばせ、きしむ扉を注意深くしめる。しかしルヴァイドには、壁を向いて布にくるまるこの金髪の青年が、実は目をあけて起きているような気がした。



     木々の濃い影にかこまれて、天には星空が広がっていた。風のなかで、森が潮騒のように低く鳴っている。
     ルヴァイドは後ろで手を組み、やさしい光を見上げて歩いていた。
     心は凪いでいた。

     隣を歩いていた訪問者が口をひらく。
    「よかった、貴方が気づいてくれて。ここまで来たはいいけれど、どうやって貴方を呼びだそうか、実は途方に暮れていたんです」
    「それで投石か」
    「はい……」
     男は、心なしかうつむき加減で歩いていた。
     ルヴァイドは、よわい風に時折なびく薄茶の髪を横目で眺めながら、たずねた。
    「あれから街には帰ったのか」
    「帰りかけましたが、途中で引きかえしました。たびたび馬を休めながら走っていたら、こんな時間に」
     シャムロックの体がよろめいた。ルヴァイドは腕をのばし支える。
    「大丈夫か」
    「すみません」
     シャムロックはうつむいたまま答えた。手を離そうかとも思ったが、頼りない歩を見かねてそのまま背に添えて歩いた。
    「きちんと眠れているのか」
    「ありがとう、大丈夫です」
     そう言って男はしばらく言葉を探していたようだったが、結局口から出てきたのは謝罪だった。
    「今日は本当に申し訳ありませんでした。もう帰らないと」
     ルヴァイドは驚いた。「もうか」
     シャムロックの頭がますます垂れる。
    「自分でも呆れています。何をしているのだろう、と。
     帰り道、頭を空にして馬をはしらせていたら、急に貴方にもう一度会いたくなったんです。気がついたら馬をかえしていました。自分でもよくわからない。日を改めて出直してくればよかっただけの話なのに、衝動のままに行動して、こうやって貴方や、街で待っている部下たちに迷惑をかけている」
    「俺のことはいいが……」 ルヴァイドは、つぶやいた。「何かあったのか」

     男は肯定も否定もせず、黙って歩いていた。何かを考えこんでいる様子で、心を遠くにやっているようだった。
     そのうち、木につながれている馬が、はっきりと見える位置まで来た。何となしに、ふたりとも立ち止まる。
     木々の黒いシルエットをとおり、夜の風が吹く。視界を邪魔する前髪をはらって通りすぎ、ふたたび訪れる静寂。
     森にさしこむ月の光に照らされながら、おとなしく待っている馬をみやっていると、少し低い位置から小さな声がした。
    「花が咲いていました」
     ふりむいて、年下の青年の横顔をながめた。一瞬、何のことをいっているのかわからなかった。花が―――どうしたって?
     怪訝な顔になってしまったルヴァイドをよそに、男は語った。
    「小さな花が何本か、身を寄せあって咲いていたんです。建物をこわし、瓦礫をとりのぞいたあとのトライドラは、長いこと砂漠のようだったのに。気がついたら緑の草がところどころに生えていて、その一角に花が」
    「それは……」 すこし考え、とりあえず相づちをうった。「よかったな」
    「ええ、よかった、本当に。だけどその花を見て私の心に真っ先に浮かんだのは、新しい命の芽吹きへの喜びではなかった。疑問でした」
    「疑問?」
     男はうなずく。
    「この場所に、こんな花は咲いていただろうか。そういう、疑問です」
     シャムロックは自分の足場をたしかめるようにゆっくりと数歩あるき、立ち止まった。マントの背中に、青白い光が照る。

    「私はトライドラの復興をまかされたとき、あの土地に一から街を組みたてることにしました。友の忠告もあった。かつてのトライドラと似せようと思わない方がいい、とね。私もその意見に同調し、自由な気持ちで街をつくっていきました。建物をつくり、道をひいて、街路樹をうえました。ここはあの街ではないと自らに確認しながら」
     でも、と男は首をふる。
    「でも、実際に少しずつできていく街角に立つと、どこか似ているんです。私の心にある懐かしい街の風景に。
     見覚えのある街路樹。見覚えのある道のまじわり。見覚えのある白い建物……。斜めに差しこむ陽のひかりを浴びて無言でそびえる『新しいはずの街』を眺めながら、私の心は震えました。私はこの1年間ずっと、故郷の埋葬をしていたのではないか? 無意識のうちに―――いや、もしかしたら認めたくなくて目をそらしていたけれど、意識的に―――私は復興作業をしながら、こんな自問を繰りかえしていたのではなかっただろうか。 あの街にこんな建物はあったかな。ここに道があっただろうか。この木は? こんな花は咲いていたか? ここに咲いていていいのか?」
     一息にいうと、男は空気をすいこみ、深くはいた。

    「私は、ゆりかごをつくると口ではいいながら、巨大な墓標を建ててしまったのかもしれない。取り返しのつかないことをしてしまった。そう思うと恐ろしくなりました」

     シャムロックはふりむくと、暗がりのなかに相手の姿を探すような目でルヴァイドを見た。

    「新しいものをつくるということがどういうことなのか、本当はよく分かっていなかったのかもしれませんね。イオスの言うとおりだ。私はここに、この村に、現実から逃れるために来ていたのかもしれない。いや、正確には」
     男は目を伏せた。
    「自分の語る夢に、逃避していたのかもしれない。現実の自分の不甲斐なさから」

    「馬鹿を言うな」 ルヴァイドは思わずさえぎり、声をあらげた。「夢に自分の背骨を見いだすことが、逃げのはずがあるか」
     シャムロックは驚いたように目を見ひらくと、泣きだしそうな、情けない顔で笑った。
    「ありがとう、ルヴァイド。貴方はいつも私に勇気をくれる。貴方が黙々と新しいものをつくる姿に、私は自分の理想をみいだしていたんです」
     だから貴方がほしかった、と男は明かした。そして申し訳なさそうに言う。この村にとっては、横取りだと。
     男の言葉にルヴァイドは面くらい、そして何ともおかしい気分になった。

    (だから貴様は、俺を買いかぶっているというのだ)


     どうやら自分たちはふたりそろって、互いに自分の理想を映しあっていたらしい。
     目の前にひろがる道を照らす光が、隣にたつ相手に反射しているのをみて、うらやんだり寂しがったりしていたという訳だ。
     時にはそれを太陽のように、一番星のように思い、焦がれたりして―――相手も自分と同じ、行く先に迷う運命の孤児だったというのに。

     そんなことをしている間にも、世界には時が流れ、花が咲く。
     可笑しい話だ、本当に。

     こみあげる笑いに口元をゆがめようとした途端、閃光のようにルヴァイドの身を貫くものがあった。
     怒りだった。
     夜の底で心細げに立つ青年を見つめながら、頭の芯が焦げるほどの熱が、身のうちにうずまいている。

    (悔しいぞ友よ)
     まぶたをきつく閉じた。かつて自分と彼を押しながした、奔流の記憶が駆けめぐる。
    (俺は悔しい)

     ルヴァイドは、夜の色に染まる青年に心のなかで語りかけた。

    (こんな思いをするのはたくさんだ。お前もそうなのだろう、シャムロック?
     ならば、断ち切ってやろう。我らを夜の底にしばりつづける糸を。そして俺たちも築くのだ。新しきもの。新しき秩序を。俺たちを翻弄するだけ翻弄し、置いてきぼりにしてくれたこの世界を、追い越して、見返してやろうではないか―――)


     息を吐き、ルヴァイドは握っていたこぶしをひらいた。
     夜の風が、しずかに頬をなでるのを感じる。
     ルヴァイドはまぶたを閉じたまま、今もなお、はかない哀しみを影のようにまとわせた男に語りかけた。

    「……疲れているのだ。お前は」
     男があいまいに微笑む気配がした。
    「そうかもしれません。実は寝てないんです」
    「お前が倒れるなよ。親が倒れては、赤子が不憫だ」
    「ええ。そうですね」
     ルヴァイドは軽く唇をかみ、それから目をひらいて、相手の顔をまっすぐに見つめた。

    「いつか来るべき自由騎士団という命を、この世界に呼び寄せることができるのは、いまこの時代にお前ひとりなのだろう。ここでお前がいなくなっては、途方に暮れるぞ。赤子も。俺も」

     シャムロックはうなずきかけた顔を、はっと固めた。
     それからゆっくりと、波紋が広がるように、その顔に興奮と驚きがうつる。
    「ルヴァイド。それって……」
     ルヴァイドは顔に血がのぼるのを隠すように、視線をそらして言った。
    「ろくでもない人生だがな。お前に、賭けることにした」

     視界のなかで、見ひらいた目のまつげがふるえた。
     そして男は、まるでぶつかるように、ルヴァイドに駆けより体をつよく抱擁する。ルヴァイドはその背を兄のように抱いた。

     ふと気づいて、ルヴァイドは視線をあげた。男も、ルヴァイドの胸から顔をあげてふりかえる。
     ふたりの視線のさきで、細身の人影が月を背にして立っていた。
     金髪をかがやかせたその人影が笑む。
    「2人分だよ」


     天にあいた丸い窓から光はあふれ、大地に森にふりそそいでいる。
     それは帯のように幾筋ものびて重なり、はためいて、この新しき日を雄々しく祝っていた。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 4:02:44

    光映える夜に

    (ルヴァイド+シャムロック)

    ##サモンナイト

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