Log13-2セ「いいなー、髪の硬い人は」
ウ「湿気が多くなると毎年言ってるよな」
セ「毎年跳ねるんだもん、仕方ないだろー」
ウ「じゃあ切れよ」
セ「それだけはしないって何回も言ってるじゃん」
ユ「ならば丸刈り」
セ「そういう問題じゃないって何回も言ってるよね」
喪に服してんのかよってくらい、お前の格好っていつもほぼ全身黒だよな。他の色着ねーの?
いつか、歳の近い同僚にそう言われ、そこで初めて自覚した。そういえば自分はもっぱら、黒の衣服で身を包んでいると。
黒が好きなのかと問われればそうでもない。色としては藍色や濃い青が好きだ。
では、己のいろに限りなく近いがゆえに、無意識に身に纏っているのか。考えれば確かに、有彩色の服など着たところでしっくりこない。
つまり、そういうことなのだ。
だから「黒の代わりに銀でもいい」と返した。
すると何故だか、なんとも奇妙なものを見る目つきで応えられた。
セ「つまり全身銀色でもいいって意味にも取れるからね? その話」
ユ「それは、なかなか眩しいかもしれないな」
セ「問題はそこじゃないってば」
とぷ、とぷ、とぷ。
ユクシルはひとり、ベランダに置いた樽に水をそそぐ。
夜中に何度も桶で井戸水を汲んで来てはそそぎ、また汲んで来ては、の繰り返し。まだ暗いうちに開始したそれは、東の空が白み始める頃には終えた。
樽いっぱいに張られた水。手を入れてみれば、ひんやりと適度な温度である。深さもある。
満足な出来に、ユクシルは僅かに目を細める。
(そろそろ、夜も明けはじめる)
たっぷりの《夜》を閉じ込めておかなければ、意味がない。
すぐさまシャツを脱ぎ、窓の側にある室内の椅子に掛ける。放り投げておくことはしない。
そして上半身だけ裸になると、大きな平蓋を片手に、躊躇いなく樽の中――水の中へと身体を浸けた。
手に持った蓋はウェズに作ってもらったもので、樽に隙間なく蓋できる代物。鉄で縁取られているため、安定性もある。
ユクシルはしゃがみ身を丸めつつ、中から、それで樽に蓋をする。
蓋を落とした状態になると、必然的につま先から頭のてっぺんまで水に沈む。
さすれば、鼓膜を控えめに震わせるのは、血の流れる籠った音のみ。他の響きは無い、疑似的な静寂だ。
また密閉されたに近いその空間は一切の光が存在しないため、闇魔は空気を吸う必要もない。ユクシルはいつまでも水中に沈んでいられた。
極めつけに、北の連峰の雪解け水を源とする地下水は、心地よい冷たさで芯まで涼ませてくれる。
つまり、夏の暑さを凌ぐには打ってつけであった。
《夜》の詰まった環境、耳を塞いでくれる空間、体を冷やす水。
(……眠い)
快適なそれに、ユクシルは眠気を覚え始める。元々陽が昇る時間帯は本活動時間でないから、尚更だ。
今日は予約性の仕事も入っていなかった。このまま意識をゆりかごに委ねても問題はない。
(このまま)
寝てしまおう。
決めるがはやく、ユクシルはぼんやりと開いていた瞼を閉じた。
――それから次に目を覚ますのは、彼の姿の見えないことに騒ぎ始めた友人達に見つけられる、昼過ぎの事である。