Log15-5昔、ユクシルがジブンのために怒ってくれた。いや、ジブンがある事をされて、怒りを覚えてくれたことがあってさ。
その時のユクシルに睨まれたヤツら、数日間、夜に眠れなくなったらしいね。ユクシルが《夜》や《月》に何かを命じたわけじゃない。怒った闇魔――《静寂》を見て、夜が恐くなったんだ。
馬鹿だよなー本当。
ジブンを怒らせるのと、ユクシルを怒らせるの、どっちがマシなんだろうって? さあね。
そりゃあ勿論、ユクシル自身は優しいよ。でも、たとえば数日間を耐えて眠れるようになったとしても、毎日おとずれる夜は、影として昼間もうっすら存在する闇は、一生それ以前より恐いままかもしれない。
だって大抵の人間は静寂に何をされたわけでもないのに、ただでさえ、そこはかとない怖れを感じるんだから。
#ベッドにお誘いする
窓辺に座り、凍てつく冬空の月を眺めていた。
そこへ、先に寝台に入っていたリエラが声をかける。
「よかったら、一緒に寝ない?」
振り返り、まばたきをした。
リエラは「寒いでしょう」と空けた場所をぽんと叩いてみせる。
じいっと無言で見つめていたのもつかの間。僅かに頷いて、音をたてずにリエラのもとへとゆく。
彼女の隣に入れば、すり、とその手に頬を寄せる。目を瞑るその表情は、嬉しそうにはにかんでいるように見えた。
「……ふふ。かわいい」
そんなやみまるの様子に、撫で返すリエラもつられて顔をほころばせたのだった。
フ「という光景を、念のため私の部屋で一晩過ごさせた某日に目撃した」
セ「なにそれかわいい」
ユ「可愛いな」
セ「ん?」
フ「どちらがだ」
ユ「どちらとは」
セ「リエちゃん。ジブンはさ、なんだかんだ一番恐いのはウェズだと思うんだよね。ウェズの星術は射程距離こそ相当短いけど温度が半端ない。聞いたところによると、その気になればハガネが白だか黄色だかになるくらいまでの、高温も出せるらしい。それでもって最高温度まで出力しても、本人にはせいぜい暖炉のそばに近寄ったくらいの熱さとかなんとか。
つまり、あのお人好しの苦労人ですって顔しながら握手をした瞬間に、相手の手を再起不能にできる。人畜無害な雰囲気を醸しながら背後から近寄られて、首根っこ掴まれたらいっかんの終わり。ね、恐ろしいだろー?」
ウ「でたらめ言うな」
セ「どこが?」
ウ「最高温度を出すとしたらかなり溜めが必要だし、そもそもんな事しねえからな」
セ「温度上げられるってのは本当なんだ」
ウ「まあ」
セ「ほらやっぱり」
ウ「人の話聞いてたか?」
ユクシルは空間の一点を見つめた。
何も存在しないはずのそこに、どろりとした小さな黒煙が湧き上がる。闇魔が深い漆黒に指先で触れると、ふれたところから深淵は膨れ、円をえがく。
円は、闇魔の指のほうから銀粉をその身に馴染ませていった。暗闇いろが月夜いろへ変わると、円に見えたものが実は球であったと人間にも視認できるようになる。
やがてぬばたまの糸はひとつに収まり、銀をふたつ、つぶらな目のかたちに集める。
そうして夕刻の薄暗い部屋に生じた、意志ある小さき闇。やみまる。
主たるユクシルは無音を以て、厳かに命を下した。
部屋に潜む害虫を探し出し、駆除しろと。
(虫嫌いの人に駆除を頼まれたユクシル)
セ「あーもう嫌だ!!」
ユ「セスタ」
セ「かぼちゃに目と口開けろとか無理だから!穴掘ったら繋がっちゃうし! 『今年はウチにおばけかぼちゃ作り当番回ってきたから、セスタも1個ノルマな』とか言われたけどオプファースの仕事と全然関係ないだろーーー!」
ユ「落ち着け」
セ「はーーーー…………」
ユ「代わりに俺がやろう」
セ「うん、お願い! ジブンがやったんじゃ一生完成しないよ……。でもユクシル、ウェズのついでとかなんとかでだいぶ数頼まれてなかったっけ?」
ユ「同時進行でやみまるがやっている。問題ない」
セ「おっと掘るんじゃなくて食べてる」
ウ「かぼちゃを彫るのも難しいもんだな」
セ「なにそれ嫌味?」
ウ「嫌味じゃねえ、本当に難しいんだ」
セ「喋りながら手動かせる人に言われても。背中に割れたかぼちゃの破片投げつけていい?」
ウ「やめろ」
ユ「出来上がっているのはそちらの分か」
ウ「おれの左側にあるやつのこと言ってるんだったらそうだな」
セ「よし、いかにお上手か見てあげる」
ユ・セ「……」
ユ「ウェズ。これは」
ウ「おばけかぼちゃには見えるだろ」
ユ「完璧な面構えだ」
セ「訊きたいのは裏側だよ」
ウ「裏? ああ、簡単なデザインだが透かしを入れたつもりだ」
ユ「簡単か」
セ「簡単ってなんだっけ」
ウ「おばけかぼちゃに見えればあとは好きにしていいっつうから、中に蝋燭を入れるんだし透かしがあったほうが面白いと思った。でも初挑戦で凝ると失敗するからな」
ユ「初挑戦」
ウ「そういや一応そっちの、模様が少ないやつは全部作物モチーフにしてるつもりなんだが。てめえの目から見てどうだ?」
ユ「種類の特定こそ出来るデザインだ、丁度いいと思う」
ウ「そうか。わかった」
セ「ねえウェズ」
ウ「かぼちゃ投げるならあと1分待て。せめてこれが終わってからにしろ」
セ「悪いことは言わない。喰鬼討伐団やめちゃいなよ」
ウ「今の話のどこにその流れがあった」
セ「むしろその流れしかなかったよね?」