Log16-2【手紙】
ウェズはやや雑にペンを置いた。できあがった手紙に眉をしかめる。
息災であることを簡潔に記すつもりが、結局は毎度のごとく、口うるさい父親のような一言を加えてしまっていた。
「――あ。でこぽんじゃん」
横から聞き慣れた明るい声が届く。視線を巡らせれば、白い服に赤い飛沫を滲ませたセスタの姿があった。大方、仕事終えて帰ってきたところだろう。
というのも、現在ウェズが居るのはオプファース組合会館の談話室である。
小一時間前に簡単な仕事を終わらせ帰還したウェズは、談話室に立ち寄った。常備されている紙とペン――死と縁遠くない職ゆえの、一種の気遣いである――が目に入り、しばらく両親に手紙を出していない事に思い至った。
郵便配達を請け負う局には自宅より本部のほうが近い。折角だからと筆を執ったのだ。
「眉間にシワなんか寄せてどうしたの」
「余計な一言を付け足しちまったというか、まあ」
端的にどう説明するべきか迷い、言葉尻を濁す。
セスタは手元を覗き込み、最後の一文を読み上げた。
「えーっと、追伸『部屋を移動する時、灯りはけちらないで使ってくれ』。……何コレ」
「てめえによく言われる心配性とやらが過ぎた結果の、一文だ」
「それにしたっておかしい気がするよ」
「なんつうか、おれの母親はどこか抜けてるんだよ」
「ウェズがちゃんとしすぎなだけじゃなくて?」
「おれがちゃんとしてるんだかは知らねえが。母親は、書いたメモのインクを手で擦る、思わず顔を2回洗うのは珍しくない。雪が降ると毎年必ず転ぶ。急いでもねえのに閉じたままの扉に激突するぞ」
過去にあった事例をならべて話せば、セスタは遠い目をして「そりゃ世話焼きにもなるよね……」とぼやいた。
こぼされた言葉の内容はいまいちぴんと来なかったが、それはさておき、改めて思い返してみると、遠地で暮らしている母親のことを案じずにはいられない。
悪いひとではないのだ。名付けに関してを除けば、いい母親だと思っている。
ただし驚くほど抜けているのであった。
「そういや仕事の報告は済んでるのか」
「うん。済んだ」
「だったら折角だし、てめえも一通くらい書いてみたらどうだ」
ふと、ウェズはセスタの家族の話を思い出した。
ひとの出身地や故郷の諸々について、積極的に尋ねるものではない。相手が自らその手の話をしない限り、どこから来たのかなど知らないままであるのが望ましい。
よって詳しくは知らないのだが、酒の席などでセスタが断片的に、自発的に話した内容からすると、彼の家族はいまも健在なはずである。
そして自分と出会ってから、セスタは一度もレシュアを離れていない。かれこれ4年以上は家族と顔を合わせていないことになる。
「たしか、仲は悪くねえんだろ」
「まあね」
あいまいな笑みを見せながら、セスタは椅子を引いて向かいに座った。そしてきれいに爪の整えられた指でペンを持つ。
「でも――手紙ですら一度も出してこなかった。いまさら、何を書けばいいのかわからないよ」
「伝えたい事とかあるだろ、ひとつくらい」
「伝えたいこと、なー。あ、妹に恋人が出来てたら教えてねとか」
「お眼鏡に適わなかったら別れさせるから、か?」
「いや流石にそこまではしないんじゃない?」
「他人事かよ」
「それを訊くってのは冗談として、そうだなあ。……うん、決まった」
木箱の中に積み上げられた山から、存外白いセスタの、空いている一方の手が便箋を取り出した。
ウェズがまだ蓋を閉めていなかった瓶の中の、黒々とした液体にペン先を浸す。無駄なインクを縁で落としたところで、セスタは一旦動作を止めて訊いてくる。
「ウェズって東文字使わかるんだっけ?」
「いや。書けねえし読めねえ」
「ならいいや」
セスタはなんでもないふうに応えを返し、ペン先を紙上でなめらかに踊らせた。
「確かこう、だったかな」
あらわれたのは、若干の丸みを帯びた伸びやかな文字。
見知ったそれと似てはいるが、読むことは出来ない記号。何が書かれているのかは理解出来ないものの、便箋の余白に対して随分と不釣り合いな短文なのは確かだった。
「随分短いな。なんて書いたんだ?」
「ジブンのことは心配しないで大丈夫だからって。多分」
「多分て……誰かに確認してもらったほうがいいんじゃねえのか。姐さんとかきっと読めるだろ」
久しく会っていない家族にようやく出す便りだというのに、そんな適当で良いのか。
博識な人物として真っ先に浮かんだ名前を出してみるが、セスタは首を横に振った。
「いいよ別に。第一ひとに読まれるのも恥ずかしいし」
セスタは便箋と同様に用意されている封筒に、これまたウェズには読めない文字を書き連ねる。
他人に読ませるものではないという感覚はわかるが、文章として成り立っていなかったら元も子もないだろう。釈然としないウェズは再度口を開こうとした。
ところが思いがけず、伏せがちになっているその顔は、凪いだ湖面のごとく穏やかだった。
今これ以上口を出すのは野暮だ。そんな気がした。
とやかく言って、胸中に抱いているであろう感情に水は差すまい。
ウェズは発しようとしていた言葉を吞みこむ。節介な言の葉を記したそれを送るため、己も封筒に手を伸ばした。
【黒白小ネタ】
【花吐き病を患ったとしたら】
ユ「春になったらチューリップも出る。楽しみだ」
セ「楽しみ?!花吐きもガーデニングの延長なの!?!ねえもうちょっと自分を労って!!」
ユ「吐き出すコツは習得済みだが」
セ「ああもう!!!」
【一発芸】
ユ「予め準備しておけば、ダメージを負うことなく身体を切り離した具現化が可能だ」
ユ「して、生首を脇に抱えてみせてみる、というのは」
セ「笑えないからやめよう」
【本音しか言えなくなる薬を飲んでしまったうちの子の様子[リベンジ]】
セ(ふふ、ウェズに『本音しか言えなくなる薬』を飲ませることに成功した)
セ(おまけに本人は薬を盛られたことに気が付いてない)
セ(前回はしてやられっぱなし(?)だったからなー。さあ醜態を晒すんだ……!)
ウ「さっきからにやついて、何かあったのか?」
セ「別にー。ところでさ、ぶっちゃけジブンに対してどう思ってる?」
ウ「藪から棒にどうした」
セ「いいから。言ってみなよ」
ウ「ものを頼む人間の態度じゃねえよなソレ。……そうだな」
ウ「まあ、雰囲気が明るいところは好ましいと思ってるかもな。中身はとんでもねえが。とんでもないと言えば、確かに過激だったり癪に障ったりする言動が目に余るとはいえ、なんだかんだおれの事でさえ慮ってくれるよな。そういう奴だ。もうちょっと方法と態度を改めてくれたら文句も無い。いや、基本的に好きにやればいいが、無理しない程度に留めろよ。<br>
あとは剣の腕が凄まじいな。星魔石の補助すら無しにあれだけやるのはすげえと思う。しかも無駄が無い。参考にしたいもんだと感じてる。……口が滑ったところもあるが、まあこんな感じだな」
セ「……」
ウ「…てめえが言わせたんだから、なんか言え」
セ「……お」
ウ「『お』?」
セ「おかしい!!」
ウ「おかしい? どこがだよ。てめえの自己認識とそんなにかけ離れてんのか?」
セ「そうじゃなくて、でこぽんが平然としてるのがおかしいって言ってんの! せっかく本音しか言えなくなる薬をさっきのお茶に仕込んだのに、全然効果無いじゃん」
ウ「待て何入れてんだよ」
セ「無毒だからそこは安心して」
ウ「んなのわかってるし、そういう問題じゃねえだろ!」
セ「とにかく! 予定では本音しか言えなくなったでこぽんが居た堪れなさで苦しむはずだったんだよー!」
ウ「そんなくだらねえ事を目論むな!……あと、薬は効いてるぞ。多分」
セ「雑な慰めは要らないってばお人好し!」
ウ「慰めてねえよ。さっき口が滑ったところもあるって言っただろ。それが恐らく、その薬のせいだ」
セ「でもウェズ、全然ダメージ受けてないじゃん」
ウ「そりゃあ、普段からてめえ相手には大体本音だしな」
セ「――」
ウ「同性同年代には基本的に繕えてない、と言ったほうが正しいか。ましてやてめえやユクシルが相手じゃ、気も緩む」
セ「――」
ウ「おい、セスタ?」
セ「――ウェールズファルツのばーかばーかばーか!!」
ウ「名前呼ぶな、ってかまたそれか! 逃げるな!!」
ユ「ウェズはおまえに対して『いまさら優しい態度を取れない』であり、『素直になれない』ではなかったはずだ」
セ「逃げた先でトドメ刺さないでよ」