慈悲 爪先の方向の揃わない女が戸口に立っている。
皺を刻んだ手で冬の花を抱えて、談話室でセスタの向かいに座っていた青年の名を呼んだ。
彼女は、かつて喰鬼の群れに襲われた女の母親である。毎年この時期になると、治療薬の処置が間に合わなかった足を引きずって討伐団を訪ねてくるのだ。
瞳に深く暗い海を湛える青年が、娘の最期を見届けた者であり、喰鬼から屍を奪ったものだった。
青年は席を立ち、わざわざそちらまで行ってやる。女は軽く頭を下げてお馴染みとなった内容を話し出す。ともに娘へ花を供えてほしいと。
どうしておまえのようなものが近くに居ながら娘を助けられなかったのか、なぜ遺体のひとかけらも残さず連れていったのかという理不尽な恨み。娘をうしなった悲哀を共有してほしいという烏滸がましい願い。理性でそれらを抑え、普段は我が子の死を受け入れたつもりで、されど命日が近づくと耐えきれなくなるらしい。雪解けの気配を感じる頃、女は空っぽの墓への献花を青年に求める。
まるで、おまえだけは忘れてくれるなという呪いだ。
もっとも青年はそう捉えていないのだろうし、喪失による痛みが軽くなれば良いと素直に思っているだろう。だからセスタは彼の意を汲んで教えてやらないのである。
冥福を祈る魂の在処、いや結末の想定は〈星〉と青年とではまるで異なることを。あわれで滑稽な女はずっと知らないままだ。