イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    行き先、プラン、全てお前次第 街の中には四つに分かれたエリアの境を位置取って、十字の黒い鉄橋が架けられている。モノトーンのカラーリングでのみ構成、建築された無数のビル群を貫くようにして建てられていたその橋が、一体何を渡し通すために存在しているのか、クレトは今日この瞬間まで知るよしもなかった。そもそもの話、“橋”とは何なのかさえ、今まで知らなかったのだから。
     
    「座っているだけなのに進んでいる。周りの景色がみるみると過ぎ去っていく」
     臍帯や大鎌を使って空を翔けるよりも、あるいは速いのではないだろうか。しまいには膝をついて椅子に乗り上げながら、向かいの席でじっとして動かない赤髪の男を見下ろした。
    「これは面白いものだね、エキニシィ」
     忙しなく視線をさまよわせては感嘆の弁を連ねるクレトを見上げ、エキニシィは無言で席に目配せをし、迅速に座るように促した。そうして窮屈そうに痩せた長身を座席に収めたクレトへ向けて、人差し指を口元に運んでみせる。エキニシィの素振りを真似るようにして、クレトも自身の薄い唇に人差し指を添えた。
    「静かにした方がいいということ?」
    「うん」
     要領を得たと言わんばかりにクレトは静かになった。相変わらず肩を揺らしてあちこちを眺めるのは変わらなかったが、初めての体験に際し、このくらいは許されるだろう。幸いにして人はまばらだ。
     窓際に肘をつき、エキニシィも通り過ぎていく景色を見下ろすことにした。
     
     街に存在している主な行政もだが、外部との繋がりがない異質な空間の中で先達者たちが最低限の社会を形成しようとした成果なのか、ここは街の外でも馴染み深かった習慣や娯楽が少なからず再現されている。
     今クレトとエキニシィが乗っているコレもそうだ。
     流線型のデザインで線路を走る、公共の交通機関。
    「そういえばこれは、何という乗り物だったかな……」
     答えを促そうとしているクレトに、エキニシィはあえて沈黙を返した。暗に自分で思い出せと言われていることを察したか、くすんだ緑の目が瞼の裏に隠される。そのまま五秒、十秒、時間が流れていって。
    「電車だ」
    「正解」
     もっともこの“電車”は運転手のキズ持ちが有する電車を模したキズで、たまたま都合よく備えられていた鉄橋を利用しており、動力源は運転手のモチベーションに依存するらしい。エキニシィはクレトが街に現れるまでは何度となくこの電車に乗ったことがあるので、今日は大変運転手の機嫌の良いことが、滑らかに線路を走る様子で察せられた。
     車やバイクといった移動手段を十分に用意出来なかったこの街では、中央管理局が公共で使用するものとして、移動能力に特化したキズ持ちが提供する送迎サービスが、住人たちの主な移動手段になっている。
     クレトやエキニシィのように自らのキズで広域を移動出来る者、キズ持ちとなって身体能力に多大な恩恵を受けた者はその限りではなく、それこそ悠々と街中を駆け回る住人もわずかにはいる。だがキズという力に過去のトラウマを想起し、職務などで必要とされない内は誰も自らの汚点の象徴を開示したいとは思わないので、心身の負担のかからない移動方法を選ぶのがキズ持ちには一般的な考えだ。
     クレトが街で目を覚まして半年と数ヶ月になるまで公共機関のサービスを使わず生活してこれたのは、記憶がないがゆえに彼が自らのキズを汚点とも何とも考えず、ただ自らの手足に等しい認識で使って街を飛翔してきたからに他ならないだろう。
     
     クレトのキズは二つある。
     傷はいつか癒えるもの。その希望を可能性から踏みにじる力。
     あらゆるものを確実な死に至らしめる大鎌のキズ。
     更にもう一つ。日常で当たり前に使っている力。手足のように、時には大鎌に代わる可変の武器。
     キズに造詣が深いというラボの上位者にさえ探知されなかった力を秘める、臍帯のキズ。
     いずれも高い飛翔能力を有し、クレトをどこへでも連れて行く。ゆえに今日これに乗るに至った理由だって、偶然先日鉄橋を走る電車を目に留めてしまったからであり、効率に基づけばわざわざこんなものに乗って休息区に足を運ぶ必要などなかったのだ。
     この非合理な行動の理由はクレトの好奇心とやらが起こした反応なのか、失くした記憶の埋め合わせをしたいのか、エキニシィにはわからない。
     
     灰色の空を飛ぶカラスが群を成しはじめているのを認めた頃。電車のスピードがやけに速くなっていることに気付き、エキニシィは真向かいで妙に静かなクレトへと視線を向ける。視線を向けて、盛大なため息をついて席を立った。今まで随分と聞き分けが良かったこともあって油断していた。
     
     大人しくしろと言われて大人しくしているわけがないんだ、あいつは。
     クレトが座っていたはずの席には誰もいなかった。 

     


     開かない扉は力ずくでこじ開ければ開くが、むやみやたらに壊して回れば運転手が異変に気付いてしまうし、自分の仕業と判明すればエキニシィが迷惑をこうむる羽目になるのはもう充分学習した。
     クレトは今、車両と運転席を隔てる扉の前で立ち往生している。なにせせっかくの電車体験であるし、静かにしていれば万事良いのだろうということで、エキニシィが外の景色を眺めてしばらく、一向にこちらを見ないのを確認してから席を立った。何をどうすれば風の抵抗も受けず歩いたまま高速で移動することが出来るのか、このような乗り物に生き物を乗せて空を跳んだら自分にも同じようなことが出来るのか。浮かんでは消える泡のような疑問やアイデアを次々に思い浮かべて、クレトはとりあえず乗客が行けそうな場所にふらりふらりと足を運んでみた。途中自身の姿を見上げて怪訝な表情を浮かべる者は少なくなかったが、奇異な目で見られたり全くしっくりこない内容の物言いで詰め寄られるのは何も初めてではないので、特に気にはしなかった。けれど。
     こんなに成長しているのに子供っぽいのはおかしいと。
     恥ずかしげもなくキズを使って生きているのはおかしいと。
     
     振り返れば数ヶ月前の出来事。休息区内の水族館で、確か臍帯を使って高所の物を取ろうとした時だったと記憶している。
     特徴的なアクセサリーを身に着けた大勢のキズ持ち、および予備軍──マリス・ザッカリーの信奉者──がクレトの元へと集ってきた。概要としては、談話エリアでの愚行を忘れてはいないぞとか、ザッカリーと対話が出来る立場でもないのにとか、鼻が高いへし折りたいだとか、振る舞いが目について煩わしいだとかは色々あったのだが。
     エキニシィへの、何の関係もない罵詈雑言を聞いた時。
     殺すことが出来ないのに黙らせるのも難しい手合いを、どうしたら永遠に黙らせることが出来るのかを考えて。マリス本人に訴えるべきかを思案して。
    エキニシィが何か言うより先に、あの時は何故か、クレトの唇が動いていた。
    「どうしてそんなことを言うの?」
     その時辺りを占めた一瞬の静寂。
     数人のグループが互いの顔をチラチラと見ると、なにやら小声で話し始めて。
     あの日目の前に広がった光景が、別段何事もなかったはずなのに何故か心に焼き付いて離れない。
     彼らはクレトの強ばった表情を見ながらただ曖昧に笑ってみせるか、視線はクレトを睨んだまま何も答えず、両手を掲げて深いため息をつくばかりだった。拳を振り上げかけたエキニシィの腕を臍帯でからめ取り、二人揃って踵を返す。
     何がおかしかったのかは分からないが、彼らは私たちの振る舞いが楽しくて笑ったわけではなく、悲しくてため息をついたわけではないのは解ったのだ。
     気にしていない、それよりお前は大丈夫だったかとクレトは繰り返したが、エキニシィの目線はせっかく遠ざかった方向を睨みつけたまま、微動だにしなかったのも憶えている。次第にカラスが飛び交い、街全体が夜間に転じていくというのにずっと背を向けたまま佇む後ろ姿にこれ以上かけられる言葉もなくて、クレトはエキニシィを置いて帰路に向かうしかなかった。距離が離れる度に振り向いて、そのシルエットが小さくなるのをじっと見つめて。こちらに気づいて走ってきてくれることを期待した。
     
     けれど彼は動かなかった。
     アパートに帰宅し、部屋の明かりはつけたまま、待てど暮らせど、クレトがくたびれて眠ってしまっても帰ってこなかった。
     
     ぼんやりとそんな事を振り返っていた時、クレトは前方の運転席から溢れ出す光が異様な閃光に変化していることに気づいた。キズ持ちはキズを発現する際、個人差はあるものの一様に体内から発光が認められる。これは当然ながらクレトとエキニシィにも共通する特徴であり、クレトは片目から十字の光を、エキニシィは十字が重なり連なった光を放つ。
     でも今の、運転席の内部が見えなくなるほどの閃光は一体どういうことなのだろう。クレトは逡巡し、一両前の連結通路にまで戻ってからポケットをまさぐった。
     
    『クレト……。今どこ』
     すでに膨大な数となっていた着信履歴をスラッシュし、スマートフォンから電話をかける。自業自得は然りだが、やはり声だけでも分かる怒気と呆れ。クレトはいたたまれない気持ちになり、ブーツのつま先で軸足を踏み潰した。上体を壁に預けてスマートフォンを持ち直す。
    「運転席前の車両にいる。勝手に出ていってごめんよ、エキニシィ」
    『電車から飛び出したりとかしてなかったなら良かったよ。それよりどうかした?』
    「うん、取り急ぎ合流し、見てほしいものがあるのだけど」
     痩せた頬を掻きながら、何度か運転席に視線を向ける。強すぎる閃光は収まっているように見えるが、代わりに今度は、目に残像を焼き付ける程の頻繁な明滅に変わっていた。その光さえ、眺めている内に明滅の間隔を伸ばしていき、次第に消えていきそうなものであったが。
    「この電車のキズ持ちが万一暴走しているようならば私たちの出番になるだろう? 明らかな異常事態を見つけたのでお前にも確認を」
    『異常事態って外のあれ?』
     外のあれとは?
     エキニシィに促されながら、クレトは通路に設けられた出入り口の窓に近づいてみる。
    「確かにこれは……」
     黒く蠢く塊が灰色の空を飛び回り、電車の進行方向の鉄橋周辺に群がっている。現在の電車のスピードから推測してもまだ距離はあるが、塊の集まっている鉄橋は、まるでそこだけ丸々くり抜かれたように────
     
     ────進路がぱっくりと切り取られていた。
    「異常事態だ」
     


     クレトの言う異常事態とはこれではなかったのか。
     これから起こるであろうさらなる厄介事を予見し、エキニシィは舌を打った。
     電車から見えているカラスの群れは、中央管理局からの全体放送よりも先にこの事態を警告するべく集まったらしい。次いで、タイミングを見計らったように着信が鳴ったスマートフォンを開いてみると、ちょうど件の電車に乗っていた狩人であるクレトとエキニシィ、近辺エリアに常駐している警備員各位に向けられた一斉送信の緊急連絡が入っていた。進行路が何らかの理由によって寸断しており、運転手のキズ持ちには非常停止の応答がこないまま。
     端的には、鉄橋から電車が落下する前に進行を停止させるか、出来なくば当該のキズ持ちを殺害せよといった内容だ。
     乗客の保護は後に駆けつけるであろう警備員に任せるとして、殺害の是非は見定めなければならない。
     騒がしくなり始めた電車内を大股で進み、乗客たちを押し退けるようにして後部車両へ誘導しながら、エキニシィは先端車両にいたクレトと合流した。
    「エキニシィ」
    「クレト、今はどうなってる」
     クレトは指を指して運転席を示す。律儀にも扉を吹き飛ばすということは耐えていたらしい。二人並んで入り口に張り付き、内部を確認する。途端に鼻をつく異臭に、エキニシィは一瞬顔をしかめた。
     
     そこには黒い制服に身を包んだ男がこちらに背を向ける形でしゃがんでおり、明らかに前方の状況を確認出来ているとは思えなかった。多少の誤解は織り込み済みとして、ここはうずくまって動く気配がない男にキズの使用を停止しろと促す以外にない。クレトを背後に控えさせ、エキニシィも数歩を引いて扉を視界に収める。
     その刹那、高圧電流がショートを起こしたような音と共に、赤黒い稲妻が扉の縁を走り抜けた。
     あらゆる物を無差別に破壊しつくす傷痕……エキニシィのキズだ。
     傷つけられた扉は損傷の起点から枝葉のようにまだ傷ついていない箇所へ力を流していき、砕き、割り、飛び立った破片さえも細かくすり潰し、あっという間に塵芥へと変えてしまった。障害物が取り払われるや否や、跳ぶように内部へ飛び込んだのはクレトだ。青く輝く十字の光が右眼から溢れ、刹那、臍部を突き破って現れた臍帯のキズが男の首根、胴体、両手首、両足をしばり上げる。ミノムシのように吊られた身体をぐるりとこちらに反転させ、
    「今すぐにこの乗り物を止め」
     単刀直入にそう告げかけたクレトの唇が、言葉を紡ぐのをやめてしまった。間髪を入れずクレトに並んだエキニシィの赤い目が、男を見るなり薄く細まる。
     
     体格は中肉中背。特に肥っている風でもないのに、腫れ上がった皮膚で顔の肉はぱんぱんに張り詰めており、詰まった鼻の穴からは血が染み出している。顔面と、今しがたに気付いたが、スーツから覗く首も手も、皮膚の色は赤みからは遠く離れて土の色のように変色していた。
    「う……」
     加えて挙げるなら、乗車前までは生きていたこのキズ持ち。死亡して大した時間も経っていないはずなのにこれだけの腐敗が進み、腐臭が漂うまでになっていた。先ほどから臭っていた異臭の原因はこれか。一度染みつけば生半には取り払えない強烈な臭い。生理的な涙が浮かび、口腔に溜まる唾液と、それから臭気が喉奥から舌に当たってせり上がる吐き気。エキニシィは堪えたが、対してクレトは、何ともない風に男を見すえている。
    「腐乱したキズ持ちは初めて見たよ。確かキズ持ちの死体は腐敗が遅いのだってね。私の目には死んでいるように思えるが、一応確認をしても?」
     何も応えず前方のフロントガラスに向かったエキニシィの態度を了承とし、クレトの臍帯の内の一本が、ダーツを投げる勢いで躊躇もなく男の耳の穴に突っ込まれた。そこから即座にブツン、コリッ、という奇妙な音が粘性の絡んだ水音に混じり、程なくして赤黒い液体をまとった臍帯が小さく砕かれた白い欠片と共に反対側の耳から飛び出した。当然ながら、そこまでされても男の身体はびくともしない。
    「どうだった」
    「うん、死んでいるね」
    「わかった。じゃあ次の行動に移ろう」
     部屋の隅に男の遺体を置き、エキニシィがスマートフォンを手に中央管理局へ連絡を取っている間、クレトは待ったも効かぬまま迫りくる行き止まりをどう越えるべきかを模索した。キズ持ち当人が死亡しても直前に発現したキズが残り続けるケースならば、過去ショッピングモールで戦ったキズ持ちで経験している。最後はどのような形で始末をつけたか、全く思い出せないのだけど。ぐるりと周囲を一瞥し、幾重にも束ねた臍帯で車両をざっくりと採寸した。
    「なあエキニシィ。乗客はばらけたまま車内に残っているのかな」
    「ここに来る間に後ろの車両に押し込んだよ。だから奥の方にまとまってると思う」
    「そうか、ありがとう」
     数本の臍帯を男の遺体に絡めて持ち上げ、残った内の数本をエキニシィの身体に這わせる。ロングブーツのヒールを数度叩き、クレトは虚空に右手を伸ばした。
    「無人の車両を全て切り離し、乗客の乗っている車両を臍帯で捕らえれば誰も死なないよね?」
     本音を言うと全員死んでもらった方が割く手間が省けるのだが、求められているパフォーマンスは狩りではないし、クレトの本意ではないが、命令に従った方がエキニシィの迷惑にならない。
     やがて闇より深い黒が空間に一筋の傷を産む。裂かれた隙間から溢れた黒が蠢動し、醜悪に脈打つ歪んだ巨大な刃を象り。そこから一転、悍ましいほどに清廉な光が辺りを包む。

     クレトの右手に巨大な得物が握られた。何もかもを死に至らしめる大鎌のキズ。エキニシィが半ば本能的に後退り、その凶悪な武器から距離を置く。キズ持ちとして破格の回復力も意味を為さなくなる力が恐ろしいのは当然だが、そうである前にエキニシィは、このキズそのものから一刻も早く目を逸らし、離れたいという意識に駆られていた。
     そんな事情を知る由もないクレトといえば、今しがたに発現した大鎌を掲げ、天井に切っ先を向ける。
    「上をくり抜いたら上空へ飛ぶ。お前はその間に車両の連結部を切り離してくれるかい? 全てまとめて臍帯に捕らえるのは難しい」
    「わかった。乗客が乗ってる車両は俺が教えるよ」
     クレトの指先から大鎌が離れた。伸ばした人差し指で円を描けば、中空に漂っていた刃がクレトに倣い、指先を辿るように鋭い軌跡を描く。

    「なあエキニシィ」
     微かな間隙かんげきのあいだに、クレトの目がエキニシィを捉える。

    侍騎士アマド

    「私は楽しいよ。お前と一緒に遊べて」
     無論、自由を謳歌出来れば一番心地良い。だがクレトが狩りを達成した瞬間、地面を離れて遠く空を翔ける時、気付けば当たり前のように傍にいる男を振り返っているのだ。同じ時に同じ場所にいる片割れを。
     彼がいなければ、クレトの日常は完成しない。
     エキニシィが答えを返す間などなく、甲高い金属音と共に天井が切り裂かれた。

     


    「いくよ!」
     間髪を入れずにクレトが床を蹴り、二人と一人の遺体が宙に飛び出す。ここから先はスピード勝負だ。
     臍帯のキズの周囲にはある程度重力を相殺する浮力が伴うが、それでも視界の全方位が目まぐるしく掻き乱される。クレトの飛翔に追尾する感覚は、まるで子供の児戯に振り回される哀れな人形のようだ。エキニシィは縦横無尽にぶれる視界から流線型の真っ黒な物体を捉えると、その強化された視力でもって的確に、車両を繋ぐ連結部を爪痕のキズで切断していく。紅い閃光が煌めき、一つ、また一つと切り離された車両の内の、エキニシィがグイと指し示した方向にクレトが臍帯を引き伸ばす。黒い糸が集まり束となり、それはやがて真っ黒な網となって車両を絡め取った。
    「ああ、間違いない」
     エキニシィが目を凝らして車内を覗く。パニック状態になっているのは致し方ないとして、乗客はとりあえず生きているようだった。クレトが臍帯を繰って鉄橋の手前に車両を下ろすと、事切れたように電車のキズが輪郭からかき消えていく。残された乗客達の元には真っ黒なバイクやら珍妙なボックスやらを繰り、連絡を聞きつけた警備員らが次々と到着していた。
     不測の事態は多々あったが、二人の仕事はここまでのようだ。
     
    「これはどうしようか?」
     すでにカラスのたかり始めている遺体を、可及的速やかに人目の触れない場所に置くようエキニシィがクレトに促した。鳥葬を執り行うよりも先に、こうした不測の事態によって発生した遺体はラボへ回収され、事件解明の証拠として扱われる。
     電車が使えなくなったところで街の日常に支障はなく、そのうち近似の運用サービスが取って代わるのだろう。人間のいた世界だってそういうものだし、であればキズ持ちの作る街だってそういうことなのだろう。
    「さっきまで生きてた奴がいきなり死んで腐り始めるのは流石におかしいし、結果によっては上の仕事に持ち込まれそうだね」
     鼻をつまみながらエキニシィは、足早に遺体を黒いシートにくるみ、担架に乗せて踵を返す警備員達の背を見送った。狩人の役目とはいわば危険因子を排除する実力行使の象徴。複数以上の原因に人為的な意図が絡む事件となれば、それはもうこちらの管轄ではない。
    「なあエキニシィ」
     スキップをしながら駆け寄る痩躯を反射的に抱きとめた。人の事を言えた義理ではないかもしれないが、クレトの見せる、人目をはばからない大胆なスキンシップには毎度恐れ入る。
    「その事件の解決には、具体的に何をするの?」
     首筋に冷たく硬い感触。クレトが骨の張った頬をすり寄せている。対してクセの強い青髪は肌に擦れてこそばゆく、背に回した手でくるんと跳ねる髪を襟足へ撫でつけた。
    「捜査の為に調べ物をたくさんする。考えることもたくさんあるね」
    「それは二人でやれば、きっと楽しいものかな?」
    「お前まさか、探偵とか警察の真似もやってみたいの? だけどそう、そうだね」
     クレトを抱きしめる腕はそのままに、エキニシィがチラと背後を見やる。他人の睦言に毛ほどの関心もないのは良いことだ。警備員の避難誘導もあって、すでに周りには誰もいない。いるとするなら遥か上空。常と変わらず、街を飛び交うカラス達だけだった。視線をクレトへと戻し、心からの笑みを、彼への執着を表情に形作る。

     二人だけでいい。代わりのいない互いだけ。
     この閉じられた世界は、他の命が生きることを許さない。
     
    「お前と一緒なら、きっと何でも楽しいよ」
     
    侍騎士アマド Link Message Mute
    2023/11/27 18:21:29

    行き先、プラン、全てお前次第

    人気作品アーカイブ入り (2023/11/27)

    本編漫画8話読了前提の描写あり、クレエキの小説。
    本編程度のグロテスク描写があります。

    本編漫画はこちらから。
    https://galleria.emotionflow.com/86984/534877.html

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品