今日もくるくるパーマ弁当春子はこっそりインスタグラムをしていた。
毎日お弁当をアップしてはいいねをたくさんもらい、気がつけばフォロワーが50000人に増えていた。
だが本人は数など気にせず独創性のあるお弁当を毎日アップし続ける。
「…なぁ、毎日弁当作ってくれるのはいいんだけどさ。キャラ弁みたいなのやめてくれないか?」
ある朝、東海林はネクタイを締めながら春子に要求した。
「嫌なら食べなくて結構ですが?」
「嫌じゃねーよ、毎日美味しく食べてるけどさ…なんでいつもくるくるパーマになるんだよ」
春子が作る弁当には、ブロッコリーにチーズの顔を乗せてみたり、海苔で髪の毛を表現したり、唐揚げの下にオムライスを置きケチャップで顔を書いたりしていた。
東海林が見ても、他の人が見ても明らかに東海林の顔だとわかるようなクオリティだ。それは頭のくるくるパーマの再現度ですぐ分かる。
春子はそのお弁当を約30分ほどで作り上げ、自分用には余り物をわっぱの箱に詰めている。
そんな弁当はインスタグラムではこんなタグをつけられていた。
「#くるくるパーマ弁当」
「今日も愛妻弁当ですか?」
後ろから後輩が弁当を覗き込む。
「ジロジロ見るなよ、恥ずかしいから」
「それにしても奥さんのクオリティすごいですね」
今日はすき焼きに糸こんにゃくで髪を表現し、白ごはんには胡麻で目と眉毛、グリーンピースで鼻穴、口は紅生姜で描かれていた。
「上手いんだけどさ、共食いしてるような気分になるんだよな」
東海林は肉を口に運び甘辛さを和らげるため白米に箸を伸ばす。
「確かに、毎日東海林課長の顔ですからね」
東海林は不満に思いつつも、毎日手間暇かけて作ってくれる事には敬意を払っている。食べたあとはいつも給湯室でお弁当箱を洗って持って帰る。
そしてお弁当を食べ終わりいつものように洗ってこようと席を立っていると、内線のベルが鳴る。
電話を取ると、商品開発部からだった。
明日埼玉にある研究所で新商品のプレゼンがあるので参加しないかという誘いだった。
新商品については東海林も関わっていたのでふたつ返事で参加すると告げて電話を切る。
「明日は埼玉の研究所かー」
席を立ちホワイトボードのカレンダーに記入した。
「明日、埼玉の研究所に行くから弁当はいらないから」
「そうですか?向こうは食べるところがあるんですか?」
「いや、新商品のプレゼンで試食するからそれが昼飯がわりな」
「でも、新商品は大豆のブラウニーなんですよね?それだけじゃ栄養が偏ります。少量ですが野菜を入れたお弁当を作ります」
「そうか?でも家出るの6時だぞ、そんなに早く作ってもらうのも悪い…」
「私がやりたいからやるんです」
なぜか食べる事に関しては春子には強いこだわりがあるようで、やると言ったら一歩もひかない。
しょうがないと折れた東海林は
「じゃあお願いするよ、でも研究所で食べるから変なキャラ弁はやめてくれよ」
「…はい、変な、キャラ弁、は作りません」
その不自然な間に一筋の不安を抱きつつも東海林はシャツに着替えて風呂に向かった。
翌日、埼玉の研究所でプレゼンに参加し新商品の内容も順調に決まった。
会議が終わり時計に目をやると12時半、ちょうど昼食の時間だ。春子が持たせてくれた弁当を片手に、研究所の食堂でふろしきを広げて蓋を開ける。
そして予想通り、量は少ないもののやはりまたくるくるパーマな弁当に引きつりつつも、どうやってこんなに細かい細工をしたのかをまじまじと見つめた。
うずら卵にソースで顔を描き、上には糸状の人参が絡まっている。その横にはウインナーとピーマンを炒めたもの、プチトマトに小さいおにぎりが入っていた。
「いただきます」
手を合わせて、春子の作った弁当を口にしようとした時、後ろから驚くような声で箸が止まった。
「それ!!くるくるパーマ弁当じゃないですか!?」
後ろを振り向くと、さっきのプレゼンにいた研究員の女性だった。明るい茶髪を一つに束ね、爪を伸ばしてネイルをしている今時の若い女性だ。
「くるくるパーマ…弁当?」
東海林は意味がわからず復唱する。
「そうですよ、インスタでバズってるくるくるパーマ弁当ですよ!?まさか東海林さんのお弁当だったなんてびっくり!!でも確かにソックリですね!」
研究員の女性はスマホを取り出して手慣れたタップで画面を見せてくれる。
そこには目の前と同じ弁当と、アカウントが「tokkuri865」と書かれたマリモのアイコンがあった。
「まさかあいつ…バズりたいからこんな弁当毎日作ってたのか??」
東海林はまだ状況が理解できずに戸惑っていた。だが研究員はお構いなしで実物の弁当を眺めて写真を撮ろうとする。
「これ写真いいですか?やっぱ実物はすごいですね〜」
「すごくねーよ、こんな嫌がらせみたいな弁当毎日食わされてるんだよ、君」
「嫌がらせだなんて!いつも毎日旦那さんの顔のお弁当をつくるなんて愛情がないとできませんよ〜」
研究員はニヤニヤしながら写真を撮った。まだいいと言ってないのに…まぁいいか、と東海林は思いながら『愛情がないとできない』という言葉に少し心が浮かれていた。
そして今日も一粒残らずお弁当を完食する。
「別にバズりたいと思ってません、勝手に周りが盛り上がってるだけです」
家に帰り問いただすと春子は悪びれる様子もなく話した。
「だからってこんな恥ずかしい弁当をSNSに晒すなよ…」
「これはお弁当の記録として残しているだけです」
「じゃあ写真だけ残してろよ」
「写真を残していたらバレると思ったからです、アップしたらいつもスマホで撮った写真は消してましたから、まさか研究所でバレてしまうとは…想定外でした」
春子の考えることはよく理解できない、だが照れ屋で愛情表現がズレていることは分かってる。
「いつもありがとう」
東海林は弁当箱を渡して感謝の思いを告げる。
「…洗い物は自分でしてくださいね」
「わかってるよ、今日はできなかったから今するよ」
ふろしきを流し台の横に置いて、お弁当箱を洗う東海林の後ろ姿を見ながら春子はそっと微笑んだ。
明日はどんなくるくるパーマ弁当にしようかと構想を練りながら。