Each Other新型コロナウイルスが蔓延して、世界は大きく変わった。マスク手洗い消毒は必須、集団行動の制限に飲み会などの会食を自粛。
S&Fでもコロナウイルスの影響を大きく受けていた。イベントは軒並み中止、百貨店への出店は売り上げ減、契約している製造会社が倒産。
そんな中需要を大きく伸ばしていたのは、北海道商品のネットショッピングだった。
特に、東海林が共同開発した黒豆ビスコッティはある理由で一気に売り上げが伸び、会社からも表彰されていた。
その理由はYouChubooでの配信で、東海林や営業課の社員が動画で商品を紹介していたからだ。内容は東海林が面白おかしく商品について語り、それを他の社員が冷めた目で見ているというシュールなやりとりが面白いと再生回数が100万回超えとなっていた。
「いやー今回の配信も絶好調だな」
デスクのパソコンで動画を見ながらマスクをした東海林が言う。
「東海林さん、S&Fの救世主って言われてますね」
隣の席の社員がゴマをするように話していく。それに続いて
「黒豆ビスコッティもですけど、スープカレーもすごい人気ですよ。ステイホームで気軽に作れますからね」
「そうなんだよ、やっぱり今は家で簡単に作れるってことが重要なんだ」
「今は飲食店もどんどん閉店してますからね…契約していたカフェも店舗縮小で契約も切れたんですよ」
「そうなんだよな、飲食店……」
東海林はそう口にすると深刻そうな顔になった。なぜなら、親友の店は今閉店の危機に陥っているからだ。
里中賢介の店「Aji」は2ヶ月の休業を経て再開したものの、客足は遠のくばかりで売り上げは開店時より7割も落ちている。このままでは継続できない、テイクアウト専門にして社員もリストラしないといけなくなる。そう3日前に相談された東海林は心配しつつもいい案が思い浮かばずヤキモキしていた。
そしてもう1人、コロナの影響を受けている人物について気にかかることがあった。
数日後、Ajiに寄って飲んで帰ろうと1人で店に入ると、そこには店主の里中と客の1人がカウンターで酒を飲んでいた。その人物は龍前寺アキ子という芸名で演歌歌手をしている大前春子だった。
「ちっ」
「人の顔をみるなり舌打ちするな!!」
「何の用ですか?」
東海林は里中に頼んで春子を店に呼んでもらっていた。
「龍前寺アキ子の動画、相変わらず伸びてねーな」
「来るなり嫌味ですか?」
「お前こそ舌打ちしてただろ、相変わらずひどい女だね」
東海林は隣の椅子に腰掛け、反対側の椅子に鞄を置いてマスクを外す。里中は何も聞かずに生ビールをサーバーから注ぎ東海林の前に出した。
「くるくるパーマの動画が人気だからと嫌味を言いに来たんですか?それよりもソーシャルディスタンスを取って下さい」
春子は相変わらず刺のある言い方をする。再会しても相変わらず冷たくて、東海林は心が折れそうになったりするが、今日だけは強気でいこうと鞄から企画書を取り出した。
「すぐ終わるからいいだろ、動画再生数87回の龍前寺アキ子さんよ。まぁそのうち12回は俺だけどな。コロナで仕事もなくて暇なんだろ?よかったらこの仕事引き受けてみないか?」
そう言いながら、春子に企画書を見せた。
そこには『S&F冬の北海道フードフェスティバル 企画書』と大きなフォントで書かれている。
「龍前寺アキ子さんにうちの会社で行うイベントのイメージキャラになって欲しいんだ」
東海林は2つ返事でイエスをもらえるとは思っていなかった。春子のことだから頑なに拒否するだろうと。でも、コロナ禍で仕事を失っている春子を放っておくことができなかった。いつも春子に助けられていた自分が、今度は春子を助けたいー。
東海林は真剣な表情で春子を見つめていた。春子はただ黙ったまま企画書のページをめくる。
中には龍前寺アキ子がテーマソングを歌い、ウグイス嬢をしてもらいながらオンラインイベントやコロナ対策をしながらスーパーなどを回っていくというプランだった。
里中はそんな2人をカウンターごしから見守っていた。
「……どうだ、やってみないか?」
東海林は泡の消えたビールを一口飲んで、春子の口が動くのを見守っていた。春子はただ無表情で何を考えているのかわからない。それが余計に東海林を不安にさせる。
「わかりました、仕事を引き受けましょう」
企画書をテーブルに置いて、春子はそう返事した。
東海林はまさか即答されると思っていなかったので、意外な返答に驚きの声をあげる。
「え??いいのか???」
「あなたが依頼して来たんでしょう、もっと喜びなさい」
「…ああ、ありがとう!!大前さ…いや、龍前寺アキ子さん!!」
東海林は春子の手を握り上下に振った。その手からは汗と満悦が伝わって来て、春子は無表情を貫くのがキツくなっていた。
「よかったね、大前さん」
花のような笑顔で里中は春子と東海林を見て喜びの声をあげた。
「そうそう、賢ちゃんにも話があるんだ…よかったらうちと契約結ばないか?うちの商品を置いてもらう代わりに委託料がはいってくるから、今の状況でも少しは足しになるかと思うんだが」
東海林は里中にももう一つの企画書を渡した。
考えて考えた末に思いついたのは契約を結ぶことだった。なんだかんだ言って里中はS&Fの元社員だ。東海林は社長を説得して契約できる許可をもらって来た、その証明書も一緒に見せる。
「東海林さん、僕のために…」
里中の目が潤んでいる、それをみて東海林は里中の肩を叩いた。
「賢ちゃんにはいつも助けられてるからさ、今度は俺が何とかしてやりたいんだよ」
「あなた、恩着せがましいことをするんですね、さすが人気YOUChuboor」
春子は皮肉混じりで言うが、その表情は微かに柔らかくなっている。
「そこは『ありがとうございます、東海林武さん』だろ」
「ありがとうございます、東海林さん」
「賢ちゃんだけ言っても意味ないんだよ、この演歌歌手は相変わらず可愛げないな」
東海林は笑いながらビールを一気に飲んだ。
「お酒を飲んだら早くマスクしてください、くるくるパーマがうつります」
春子はマスクをつけて東海林から距離を取るように立ち上がった。
「これは感染しねーよ!!失礼だな」
東海林はマスクをして春子に苦言を述べた。
そして1ヶ月後、龍前寺アキ子はS&Fのイメージキャラとなり、東海林と共に動画出演することとなり、そのやりとりが受けて一気に人気者となるのだった。