ふたりのそばに年の瀬はあわただしく過ぎ、あっという間に大みそかの夜を迎えていた。
テレビでは紅白の前から出演者が宣伝のために駆け回っている。
「あ~一年あっという間だな…」
東海林はため息をつきながら頬杖をついていた。
「それ、去年も聞きました」
春子は台所でそばを茹でている、麺は昼に自分で捏ねた手作りだった。
「今年はさぁ…さくらが友達とカウントダウンするからって言うから寂しいよな」
ひとつ空いた椅子を眺めてはまたため息が増える。
「いい加減早く子離れしてください、鬱陶しい」
「お前は娘にも冷たいんだな、ったく」
そう東海林は言うが春子も内心このそばをもう食べてくれなくなるかもしれないと
心の奥で不安に感じていた、でも東海林やさくらにそれを気づかれたくない。
何十年経っても相変わらず意地っ張りだ。
「もう出来上がったので食べますよ、テレビ消してください」
「はいはい、分かったよ」
東海林はリモコンの赤いボタンを押した。
そばには刻みねぎだけかけられていた、シンプルなかけそば。
これが一番そばの味を楽しめるらしい、そして明日のおせちに向けて
胃を休ませるためでもあるらしい。結婚してからずっとこれが定番になっていた。
「いただきます」
ふたり手を合わせてそばをすする、湯気が顔をしめらせ鼻にはいりこと昆布の出汁の香りが
流れ込んできて食欲をそそった。
そういえば二人だけで年越しをするのはいつぶりだろう。
結婚して翌年にはさくらが生まれたから17年ぶりくらいだろうか。
気が付けば還暦をすぎてもうすぐ定年を迎える、春子はまだ現役でハケンとして
この間まで家事代行サービスで働いていた。
明後日には家族でスペインへ行く、春子のもう一つの故郷に新年の挨拶をしに。
こんな当たり前の日常がいつまで続くのか、棺桶に片足突っ込んでいるところまで来ると
一年一年無事に過ごせたことが奇跡に感じる。
「来年もこのそば食べたいなぁ…」
「あなた、気が早すぎますよ」
ほどなくして二人のどんぶりは汁まで飲み干し空になっていた。