パッションフルーツ 4「あたしの子供と3人で食事して欲しいの」
そう匡子から告げられた。
いつものようにホテルで乱れ、ピロートークを繰り広げていた時のことだ。
東海林は戸惑いつつも以前から気になっていた匡子の息子に会えるのは嬉しいことだと喜んだ。
「もちろん、いいよ行こう行こう。まだ小学生なら…イタリアンよりはファミレスのほうがいいかな…近くのロイホはどう?」
「いいの、東海林くん」
「当たり前じゃん、匡子の息子に会えるんだから」
東海林は自分から訪ねてきたのに浮かない返事をする匡子を不思議な表情で見ていると、匡子が遠慮がちに言ってきた。
「東海林くんが…もしかしたら私のことセフレとしかみてないかもしれない、なんて思ってたの。だけど東海林くんはそんないい加減な男じゃないわよね」
匡子は指に刺さった小さな針を抜くように告げた、その言葉に東海林は思いの丈を伝えるために肩を寄せてささやいた。
「セフレって…俺は匡子のこと好きだから抱いてるんだよ、そんな心配はご無用さ」
そう言って口づけを交わすと、首をくねらせてお互いの熱をもう一度感じ取る。
「ありがとう…東海林くん、私も好きよ」
くるくると巻かれた髪を撫でながら囁く匡子の目はどこか遠くを見ているようだったが、東海林は気がつかずに、また首や鎖骨に赤い傷跡を残していた。
その3日後、東海林と匡子、匡子の息子と会社近くのファミレスで夕食を取ることにした。
東海林は緊張しつつも早く打ち解けるためにとっておきのジョークを考えながら、先に店でコーヒーを飲んでいた。自分には子供がいないので、どう接したらいいのかわからなかった。姪や甥もいるがずっと会っていない。今の子供はどんな話をするのか、たまたま斜め前に親子がいたのでその様子をこっそり観察することにした。
「ママー、お家に帰ったらトーマスしようね」
「いいわよ、春ちゃんは本当にトーマス好きね」
小学生低学年の男の子とその母親が食事をしながら話していた、トーマスとは何だろうか?東海林は子供の好きなキャラについても疎かった。
そして、子供の名前が「春ちゃん」というのにも、つい反応してしまった。
ー昔、春子に冗談で「春ちゃん」と呼んだら「気持ち悪いのでやめてください!!」と叱られたことがある。あの時は恋人だと思っていたからプライベートでは名前で呼んでいた。東京で再会して「大前さん」と呼んでいると、もう恋人ではないと自分で自分の首を絞めているような気分だった。
(あいつ……今頃どこにいるんだろうな)
コーヒーに浮かぶ照明を見つめながらぼんやりと考える。
去年の春に再会して、やっぱり好きだと気が付いて、想いを告げようとしたのに3回も逃げられた。
そこでようやく春子に脈がないと気が付いた時は胸のつかえがとれたような気がした。
だが時間が経ってもふとしたことで春子のことを思い出してしまう、その度に体を縛られているような不自由さに苛まれる。
だが、匡子と結婚して幸せな家庭を築けば、きっとこの心の拘束も解けるはず。そう信じながら東海林はコーヒーを一気に飲み干した。
カップを空にしてソーサーに乗せると、後ろから声が聞こえてきた。
「東海林くん、おまたせ」
振り返ると匡子とその息子らしき少年が立っていた。匡子はいつもよりラフな格好でベージュのセーターに黒のスキニージーンズを履いていた。そして隠れるように制服を着た少年が片目を覗かせて東海林を見つめていた。
「俺もさっき来たたころだよ、2人とも座ってよ」
立ち上がり2人を誘導すると、匡子と少年は向かいに腰掛ける、だが少年は少し端の方により距離をとっていた。
「あ、この子が息子の正よ。今日は緊張してるみたいだけど家ではうるさいんだから」
匡子が少年を紹介する、ちょっと釣り上がった目が匡子に似て顔立ちは整っているが笑顔はなく東海林は少し不安になった。
「はじめまして、東海林です。君のお母さんとは昔一緒の会社で働いていたんだ」
目線を合わすために少し前屈みになり自己紹介する。
だが正は無言を貫いていた。知らない男に会って突然母親の彼氏だと紹介されたら子供も複雑だろうとは思う。ここは少しでも和やかな雰囲気にさせようと仕込んできたギャグを披露しようとカバンからあるものを取り出した。
「…あれ?何か鳥の鳴き声が聞こえないか??ほら、ピヨピヨピヨピヨ…」
「え?聞こえないわよー…」
匡子が当たりを見渡した時、即座に東海林は鳥のぬいぐるみを頭に乗せて上を向いた。
「あーーっ、ここにいたのか!?オイオイ、俺の頭は鳥の巣じゃねぇっての!!」
さあ、笑ってみろと言わんばかりのドヤ顔で東海林は正の顔を確認するー。
しかし、そこには冷ややかな目線を送りながら口を閉じたままの正がいた。
「東海林くん、スベってるわよ」
匡子の的確なツッコミがテーブルに響き、東海林は恥ずかしそうに目を逸らしながら窓の外を見つめていた。