失恋アプリケーション2015年、スペインから帰国した春子はハケンライフから、アプリ開発会社への派遣を依頼された。
去年アプリケーションエンジニアの資格を取り、今の時代に求められる仕事をいつでもできるように努力している。
春子は3ヶ月の契約で『サイバーエンターテイメント』にハケンとして働くこととなった。
そこは20代の女性社員が多く、40代の春子は浮いていた。服装もパステルカラーやキラキラしたアクセサリーを見に纏った華やかな女性の中、いつものとっくりセーターに地味なジャケットとスーツで仕事をしていると、ボソボソと他の社員が春子のことを
「何であんなおばさんがここに派遣されたのかな?」
「小さな事務所にいそうな感じだよね」
小馬鹿にしたように、聞こえよがしに悪口を言ってくる。
春子はそんな言葉も気にせず仕事を続ける、お時給の分はしっかり働かせて頂く、それが春子のモットーだ。
そんな職場で1ヶ月ほど過ごした頃、ある会社からアプリ作成の依頼が来た。
「大前さん、ここのアプリ作成チームに参加して協力してほしいんだ」
「はい、どのような内容でしょうか?」
所属する課の部長が春子に企画書を渡してきた。
そしてすぐに確認のために目を通した、するとそこには【株式会社S&F 企画課】そう記されていた。
その文字に一瞬心臓が止まったような気がしたが、すぐに冷静を取り戻しページをめぐる。
S&Fは健康のために自社商品のカロリー計算を簡単にできるアプリを開発してほしいそうだ。
春子はプログラム開発部と共にS&Fの企画部との会議に参加する事になった。自社で行うため、S&Fへ出向くことはないが、社内の人間と顔を合わすことに少し不安を抱えていた。
ふれてほしくないあの名前をだされたら、動揺せずにいられるか…自信がない。
そんな思いを抱えて、翌日顔合わせも兼ねたミーティングが行われた。幸い知っている顔はおらず春子はそっと胸を撫で下ろす。
その後アプリの必要性やニーズなどを報告されて、具体的な案を出していき形にしていく。
そして2時間ほどでミーティングは終了して、各々が席を立つ。春子も自身のパソコンやノートをまとめて会議室を出た。
今回は何事もなく済みそうだ、そう思って足軽にデスクへと戻っていった。ところが、その日の夕方思いがけないことが起きる。
定時の6時となり、春子は仕事を片付けて帰る準備をした。定時で帰るのはいつものことで、ここでも残業したことはない。それに今は下宿先でも手伝いをしている、早く店へ行き仕込みを手伝わなければ。
春子は席を立ち、エレベーターへと向かおうとしていたその時、ある女子社員たちに呼び止められた。
「大前さん、ちょっといいですか?」
「私はもう帰るので仕事はお受けしません」
「仕事じゃなくて、世間話なんだけど」
その女性社員たちはいつも悪口ばかりでできるだけ関わらずにいた集団だ。何を言われるのか煩わしいと顔で意思を伝えていると
「大前さんって、昔S&Fの人と付き合ってたんですってね」
不意打ちできかれたくないこと第一位の事を聞かれて、春子は顔が硬ってしまった。
「今日いた人に聞いたんですよ〜大前さんのこと知ってるって。昔同じ課で働いた同期から聞いたって。しかも大前さんその人のために名古屋まで追いかけて行ったんですってね。意外でした〜」
どこからそんな話が広まったのだろう、もう7年も前の話なのに。春子は答えることができずただ黙っていた。
「それなのに、3ヶ月で別れたらしいですね〜どうしてなんですか?そこで結婚してたら今もハケンなんてしなくても十分楽していられたのにもったいなーい」
女性社員は笑いながら憶測で話ていく、春子の眉間にはいつのまにかシワができていた。そして調子に乗った1人が吐いたセリフに春子は怒りを露わにした。「そうだよね、それとも相手の人があまりにもポンコツだったとか?だって名古屋に飛ばされるなんて左遷しかないじゃないですか〜」
ドンッ!!!!
アハハと笑う声を壁を思い切り叩く音で遮断した。
そのインパクトに女性社員たちは呆気にとられている。
「あなたたちに関係ありません!!それに…あの人の事を悪く言わないでください、私が勝手に行って失恋したんです!!」
春子は背を向けてエレベーターに乗り去っていく。その姿を茫然と見つめていた女性社員たちはしばらくすると、また集団で固まり悪口を言っていた。
エレベーターを降りて外に出ると、もう外は暗くなっていた。
顔を上げると、今日は星は見えない。でもその方が都合がいい。星が見えたらまたあの人の事を思い出してしまいそうだったから。
「私としたことが…」
そうぽつりと呟き、失恋の傷をまだ残しながらも、春子はまた歩き出す。