パッションフルーツ　1新年の餅つき大会に13年ぶりに参加した東海林は杵を持ち上げ勢いよく臼に叩き落とした。
中の餅米はぷるんと震えて、横でそれをこねている社員が手を濡らしてまた丸めていく。

「よいしょー！！今年は取締役に昇進だー！！」
東海林は大声を張り上げてまた餅米を叩いていた。


「おーい、餅できたぞ！女子たち、愛情込めて丸めてくれ」
東海林たちがコンテナに突き立ての餅を入れて運んできた。広いテーブルにラップをひいてスタンバイしていたハケンの女子たちは張り切って
「任せてください！！」
そう言うと自ら餅を広げて片栗粉を表面に塗っていった。


新年の挨拶をして、餅をついてみんなで食べる。ただそれだけなのにこうしてみんなで一年を始められることがとても嬉しく思う。
ただ、ここに里中と春子がいないことだけが淋しく思う。特に里中はずっと定年まで一緒に働く仲間だと思っていたから。

だが春子はもう東海林にとっては過去の人だ。あれだけ嫌われているのだからもう2度と会うことはないだろう。春子のことを考えてしまう時は時間が少しずつ忘れさせてくれるはず、そう思うようにしていた。



「俺の分は一番大きくしてくれよな」
東海林は冗談混じりでハケンの女子たちに言う。
「了解しました！東海林課長のは鏡餅サイズにしますから一口で食べてくださいね〜」
「おいおい、新年早々餅が詰まるなんてことになったらどうするんだ」
東海林たちは明るく談笑しながらその後餅を食べた。



午後からは新年の挨拶回りも兼ねた営業で何箇所もの企業を回った。里中が担当していたところも1人で回ったため最後の会社に着いたのはもう7時を回っていた。
そこはかき氷などに使う氷を作っている会社だ。冬場は仕事が少ないと嘆いていたのを里中が手を伸ばした会社で冬場は魚を冷やす氷を仕入れていた。

小さな古い工場を抜けて事務所へ入ると、二代目の社長が椅子から立ち上がり挨拶してきた。

「これはこれはS&Fさん、お世話になっております。今年もよろしくお願いします」
一礼した社長は東海林に笑顔を見せた。
だが東海林は切なそうな表情を見せて深々と頭を下げる。
「お世話になっております、ですが今日は残念なお知らせをしにきました。契約を今月末で終了させてください」



東海林たち営業部は年末の会議で契約を取りやめる取引先について話し合っていた。それで終了が決まったのが里中が手を伸ばした氷製造の会社だった。
情で契約をしても会社の利益にならなければ切らないといけない。それは相手側もわかっているはずだ。
うちの会社が悪いんじゃない、頭では理解していたが東海林は説得できなかった。氷の需要を増やす案が思いつかなかったのだ。
もし春子がいれば何かいいアイデアを思いついたかもしれない。やっぱり自分は口先だけで何もできないと思い知らされる。


氷製造の社長は仕方ないと言っていたが明らかに喪失感に吸い込まれるような目をしていた。東海林はこの仕事をしていて何度もそんな場面に遭遇した。
だが20年以上経ってもまだ慣れない。
「…俺だって、心を持った人間なんだよ…」
東海林はふと呟いた、誰にも聞こえないように。
自分にも弱くて情けなくて誰かに慰めてもらいたい時もある。だが春子には冷たくあしらわれるし結局ピエロのように周りには笑っているふりをしていなきゃいけない。

考え事をしながら歩いていると、いつのまにか駅に着いた。

階段を降りて改札へと向かうと吹き抜けの風がコートをめくっていく。
「寒いな…」
今日の最高気温は5℃だ、1月にしては少し低い温度で早く電車に乗ろうと足速に前へ進む。


すると、突然後ろから大きな声で名前を呼ばれる。





「東海林くん！！」







振り返ると、そこにはセミロングのラフなセーターにマキシスカートを履いた女性がいた。



「匡子……！？」


そうしてまた吹き抜けの風が2人の心を揺らした。