制服の頃を知らない東海林宛に届いた葉書には「〇〇高校20期生同窓会のお知らせ」と書かれていた。それを見た春子は日付を確認してカレンダーをチェックする。
2ヶ月後の日曜日に予定は入っていない。春子はペンで『くるくる同窓会』とカレンダーに記入した。
「お前も一緒に来る?奥さん連れてくる奴結構いるらしいからさ」
同窓会の1週間前に突然の誘いを受けて春子は
「結構です、あなただけで楽しんできて下さい」
即答でお断りした。
「そっか、まぁいいや。俺の元カノも来るし気まずいよなー」
東海林は余裕ぶったように口笛を吹きながら葉書を眺める。
「はぁ?元カノ??それはあなたの思い込みでは?」
「へぇー…嫉妬してるんだ」
「嫉妬ではありません!」
「じゃあ確かめに来る?」
東海林の挑発に乗せられて春子は同窓会へと行くことになった。
当日、ホテルの宴会場で行われた同窓会は参加者が50人ほどいた。中には家族総出で来ている人もいる。40代の集まりなのでやはり既婚者が多いと感じた。
「へぇー東海林の奥さん、綺麗ですね」
「資格たくさん持ってるんですか?」
「ありがとうございます、資格はそんなにたいした数ではありません」
「こいつ変わった資格も持っててさ、ヒヨコ鑑定士に核取り扱いまで持ってるんだぜ」
春子は東海林の友人たちの質問責めにあい困惑していた。いくらヒューマンスキルがないと言えど、夫の同級生に失礼なことは言えない。春子は当たり障りのない答えを用意して並べながらそれを横にいる東海林がフォローしている。
すると会場に遅れてやってきた女性が1人中に入ってきた、黒いワンピースを上品に着こなした美人が現れるや否や春子に話しかけていた男たちも急に目線を変えてその女性に集中していた。
軽快にハイヒールのかかとを鳴らして、その女性は東海林の前にやってきた。
「久しぶり、東海林くん」
懐かしそうに笑顔を向ける様を見て、女の感が働いた。
「桜子…!?最初誰かわかんなかったよ」
「やだ、元カノの顔忘れないでよ」
桜子と呼ばれる女性は馴れ馴れしく東海林にボディタッチする。春子の心の中に嫉妬の芽が生えてきた。
「東海林くん、バツイチって聞いてたけど再婚したんだねー。私はバツイチのまま、実家でもバツが悪いのよ」
会ってすぐに身の上話をする事が、春子には不愉快でついムッとしてしまう。
「あ、ごめんなさい。奥さんに挨拶してませんでしたね。私東海林くんの同級生で元カノの桜子って言います」
「はじめまして、妻の春子です」
元カノだからなんなのか、今東海林が好きなのは自分なのだから、気にする必要なんてない。そう言い聞かせていても嫉妬が止まらない。この人は自分よりも何年も前に出会って恋してもしかしたら沢山のはじめてをこの人と迎えていたのかもしれない。それにしてもこんな美人と付き合っていただなんて、ただの面食いじゃないのか。
春子は楽しそうに話す2人を横目で見ながら頭の中でぐるぐると考え込んでいた。
すると桜子が春子の開いたグラスを手に取り新しいシャンパンを渡しながら
「春子さんもよかったらこの後タイムカプセルを掘り起こしに行くのにご一緒しません?」
「そうだ、忘れてた!お前も一緒に行こうぜ」
東海林は春子の嫉妬にも気がつかずに呑気に言う。居心地が悪い中にも、この2人を一緒にしたくないというジェラシーが強く主張するので
「そうですね、ご一緒させて頂きます」
そう言ってシャンパンを一気飲みした。
タイムカプセルを埋めた場所は学校の自転車置き場の横にあるポプラの木の下らしい。
事前に幹事が連絡して中に入る事ができ、卒業生たちは懐かしそうに景色を眺めていた。
桜子はずっと東海林の後ろを歩いていて話しかけている。
「ねえ、ここの自転車置き場懐かしいよね。一緒に自転車で帰って寄り道したり…」
「ああ、近くの肉屋でコロッケ買ったりしたよなー。春子、近くに篠原精肉店ってところの惣菜が安くてコロッケが50円だったんだよ」
気を遣って春子にも話を振るが、春子は愛想なく
「そうですか」
そうぶっきらぼうに返事していた。
すると、先頭を走っていた幹事が大きな声を上げていた。
「ええっ!?なんでここだけコンクリートが!?」
たどり着いたポプラの木の下にわずか50センチ四方のコンクリートが埋められていた。
その様子を見て周りがざわつく。
「これじゃタイムカプセル掘り出せないよ…」
「前に連絡した時は何も言ってなかったのに…」
卒業生たちは意気消沈の声を次々とあげる。
その後幹事が職員室に確認をしに行くと、数日前に業社が別の場所と間違えて埋めてしまい、来週にならないと解体されないそうだという。
「何だよ、タイミング悪すぎるだろ…」
東海林も青菜に塩のようで、桜子も同じように
「せっかくみんなのメッセージが見られると思ったのに…」
落ち込み気味につぶやいた。
「……」
春子はそんな様子を見て、ふと学校の横で工事をしているのを思い出した。
「ちょっと待っていてください」
春子は東海林に上着をバッグを託すと一目散に走り出した。
「え?どこいくんだよお前!!」
そう言った後はすでに春子の姿は豆粒程度になっていた。
そして十分後ー
現れたのはワンピース姿のままで何か機械を両手に抱えて頭には黄色のヘルメットを被った春子だった。
「コンクリート破砕器作業主任者の大前…東海林春子です!!」
そう叫ぶなり目の前のコンクリートを機械で一気に壊していく。
その行動に周りは唖然として何も言えずに見守っている。そして数分経ち破砕されたコンクリートの下から錆びた感の箱が出てきた。
「探していたタイムカプセルはこれですか!?」
春子が高く掲げると幹事が受け取り中身を確認する。
するとそこには寄せ書きと1人ずつ書いた手紙と集合写真が入っていた。それを見るなり卒業生たちは笑顔になりノスタルジックな表情を浮かべた。
「春子、お前そんな格好で大丈夫なのか?」
東海林が心配そうに声をかけるが、春子はいつもと変わらぬ様子で
「ちょっと工事現場に返してきます」
そう言うなりその場を去った。すると後ろから
「ねぇ…あの人って何してる人なの?」
不思議そうに春子を見つめる桜子が東海林に問いかける。
「あいつは特Sハケンで何でも出来るんだけど、まさかコンクリート壊す資格まであるとは…びっくりだよ」
「でも、あの人のおかげでタイムカプセルが取り出せたのよね」
「そうなんだよな、あいつはいつも人が困ってる時に颯爽と現れて助けに来て…かっこいいんだよ」
「そうなのね…東海林くん、いい人と出会えたんだ」
賑やかな仲間たちから少し離れて桜子は少し物悲しい表情をしていた。
帰りの電車で、スマホで撮った寄せ書きと集合写真を春子は見せてもらった。
「ほら、ここの3番目にいるのが俺だよ」
高校生の東海林は髪の毛が今より3倍増しのくるくるパーマだった。でも顔はほとんど変わっていない。
そして隣にいる女子生徒に目をやると、今日どこかで見たような顔だが少しふっくらとして眼鏡をかけているその人物が誰なのか思い出せずにいた。
「あと、隣にいるのが桜子だよ。今と全然違うだろ」
東海林に言われてやっと気がついた、でも悪いが今と雰囲気が全然違う。
「桜子って勉強もできて生徒会もやっててとっつきにくいなと思ってたんだけどさ、ある時に落語の講演会でバッタリ会って意気投合したんだよなぁ」
落語…高校生で落語って渋すぎるだろうと春子は思ったが、そういえば所々で桜子はダジャレをこぼしていて、この男に至っては落語好きでも違和感ゼロだ。
最初に会った時面食いだと思ってしまったが、ちゃんと内面を見て好きになったのだろう、帰り際にも桜子は春子の膝にコンクリートのかけらが当たって傷がついていたのに気がつき絆創膏をくれた。安易に面食いだなんて決めつけてしまい申し訳ないと心の中で反省した。
「ちなみに、色紙には何を書いたのですか?」
春子がスマホを覗き込むと、東海林は照れくさそうに拡大して見せた。
【大企業の社長になる!!】
太いマジックで大きく書かれた文字にくるくるパーマの似顔絵。この人らしいとふっと笑いながら
「社長どころがまだ課長ですけどね」
春子は東海林の頭を見上げた。
今日は色々あったけれど、少しだけ東海林と同級生になれたような気がした春子は
「今度、私も篠原精肉店にコロッケを買いに行きます」
東海林の肩にそっと寄り添いそう言った。