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    Wild Flowersようじ屋が臨時休業だと言うことで、春子は仕方なく社員食堂で昼食を取っていた。

    以前は社員のみ割引だった料金は、今や派遣も一般も統一されている。
    5百円のカレーを黙々と口にしながら一人で食べていると、後ろ側にある社員たちが腰掛けてきた。春子と同世代くらいだろうか、その社員は愚痴をこぼしながら箸を進めていて、その途中に聞き慣れた名前が聞こえ思わず耳をすましてしまう。

    「社食の料金が値上げされたのってさ、営業2課の東海林のせいなんだろ?」
    「らしいな、ハケンや社外の人間も同じ金額にしろって訴えたらしいぜ」
    「あいつ何年も子会社に飛ばされて、リストラ候補トップにもなってた癖に、よくやるよな」
    「負け組だから、負け組のハケンに味方してるんじゃないか?どうせそのうちまた左遷だろ」
    「そしたらまた料金もどせってストライキでも起こすか」
    飯が不味くなるような会話を聞き、春子は急いでカレーをかきこみその場を離れた。
    そして、後ろをチラリと見て話していた社員の顔をしっかりと頭に焼き付ける。


    早々とフロアに戻ると、東海林は1人でデスクで作業していた。春子が戻ってきたことに気がついた東海林はかけていた眼鏡を外して、声をかける。
    「とっくり、早いじゃないか。俺ももう少ししたらようじ屋に行こうかな」
    「ようじ屋は臨時休業ですが?」
    「え、そうなの?じゃあ社食でいいか」
    そう言ってもう一度眼鏡をかけてパソコンに向かって何か打ち出した。

    再びここにハケンとして来た春子は明らかに1年前とは違う空気を感じていた。まずハケンと呼ばれることがほぼない、社員もハケンを名前で呼び仕事も以前なら面倒な書類や雑用を押し付けられていたのが今はハケンに仕事を選択させてやりたいことを優先してくれる。そしてその分失敗すれば社員と同じように怒られて、でもフォローを入れつつ挽回する機会を与えてくれる。
    もちろん春子が失敗することはないが、他のハケンが1年間の販売データを誤って消してしまった時は、社員も一緒に修復を手伝っていた。そこには東海林もいて最後までハケンを励ましながら奮闘していた姿が春子はまだ目に焼き付いていた。


    ハケンも仲間だと思っていると、かつて言葉にしていたことは本当だったのか、そんな風に思いながら春子は東海林に昔とはまた違った感情を抱いていた。

    昼休みが終わり、仕事の続きをしようと用意していると、宇野部長が春子に話しかけてきた。
    「大前さん、経理部の1人がインフルエンザで休みらしいんだ。それで明日までに税務署に提出する書類を手伝って欲しいらしいんだが…」
    簿記1級とファイナンシャルプランナー1級を持つ春子の話を聞きつけ経理部の部長が助けを求めて来たらしい。
    仕方ないと春子は立ち上がり経理部へと向かう。ここから経理部は5階上にある、微妙な差だが階段を使ったほうが早いと思った春子は二段飛ばしで登って行った。

    そして経理部のフロアに入ると、さっき食堂で見たあの顔が目に飛び込んできた。さっきの言葉を思い出して思わず顔がこわばってしまう。
    そんな春子の様子に気が付かずに経理部の部長は側により
    「大前さん、よろしく頼むよ!」
    そう言って席に案内する、1番右端の空席になっていたところにパソコンと伝票と電卓だけ置かれているその席に座ると春子はすぐにパソコンの電源を入れた。
    「じゃあこの伝票を会社別に分けてもらって、合計金額をこのテンプレートに記入してもらえるかな?」
    「はい、承知しました」
    春子は目にも留まらぬ早技で計算と入力作業を進めていていく。その間にちらりと、さっき遭遇した社員を見ていると、呑気に喋りながらゆっくりと別の仕事をしている。電話がかかってきても知らんぷりだ。他に数名ハケンもいるようだがどこか暗い顔をしていた。
    春子はモヤモヤとした黒いものを腹に抱えたままとにかく1秒でもはやくここから出て行きたいと思い仕事を片付けていた。

    「できました」
    わずか1時間で完成させた春子は部長や他の社員たちを驚かせた。
    「すごいね、まさかこんなに早いとは…」
    「そうですか?ここの社員たちがトロいだけではないでしょうか?」
    春子の刺のある言葉に社員たちが揃って怪訝そうな表情を浮かべた。そして食堂で会った社員の1人が口にする。
    「あんた営業2課のハケンだろ?やっぱりあそこはハケンの教育もなってないなぁ」
    馬鹿にするような口調で口撃されて春子も思わず反撃する。
    「本社であぐらをかいて働く人たちにはハケンの気持ちなど死ぬまでわからないでしょうね」
    「…そうか、東海林のことか…あんな子会社に飛ばされてノコノコ戻ってきた奴俺たちからすればハケン以下だから」
    他の社員たちも同調する様に笑いが起きる、それに対して春子は怒りが沸き起こり大声で叫ぼうとした、その時ー。


    「悪かったな、ハケン以下で」


    その声がする方を振り向くと、その張本人である東海林がいた。春子は目を丸くして口を閉じてしまった。
    社員たちも萎んだ風船のようにさっきまでの勢いはどこへ行ったのか、黙り込んでしまう。

    「大前さん、パソコンに不正データがあったみたいだからすぐこっちに戻ってきてくれるか?」
    東海林は固まったままの春子のスイッチを押すように、肩を叩いた。
    「…はい、承知しました」
    そして東海林は手にしていた黒いボードを部長に渡し
    「これ、営業2課の出張費申請書です。よろしくお願いします」
    そう言い残し春子を連れて経理部から出て行った。
    下から向かってきているエレベーターを待つあいだ、東海林から春子に問いかける。
    「また社員に喧嘩ふっかけて…あんたは余計なことを言うな」
    「私は思ったことを言ったまでですが何か?」
    「……お前も、俺のことハケン以下だと思ってるのか?」

    東海林が経理部での会話を聞いていたとすれば、傷ついていないわけがない。春子はそう感じて、正直に自分の思いを伝えようと、エレベーターの到着音が聞こえてドアが開く瞬間に、そっと告げた。


    「最高の、仕事仲間です」

    経理部でみたあの景色はかつて東海林と出会った頃のようだった。あんな風に格差でギスギスした空気の中で仕事をするのは息苦しい。
    どうか経理部のハケンたちも明るく生きながら働いて欲しい。


    エレベーターの中で、春子はゆっくりと心が堕ちていくのを感じていた。

    しゅ Link Message Mute
    2021/01/12 11:10:50

    Wild Flowers

    雑草のように、強く。

    #ハケンの品格 #東春 #二次創作

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