あなたに途中下車品川駅は日曜だと言うのに早朝から人が溢れて目眩がしそうなほどだった。
そんな中、私は大きな鞄を持ってホームに並んでいる。
私は今日友達の結婚式で大阪へ行く、30過ぎもなるとお呼ばれも減ってくるもので、今回は3年ぶりの結婚式だ。
鞄にはワンピースや靴などを入れて式場横のホテルで着替える予定だ。髪もホテルの美容室に予約を入れた。ご祝儀ももちろん用意している、ご祝儀袋はピンクの花模様がちりばめられている可愛い袋にした。
そんな私は、独身で、恋人もいない。
だから結婚式で久しぶりにあう友達や同級生から何か言われることが少し憂鬱だった。
新幹線に乗り、指定席を見つけると、隣には東京駅から乗り込んできたであろう男性が隣に座っていた。
私の席は窓際なので、声をかけないといけない。それが少し億劫だが仕方ない。
「すみません、隣失礼します」
そう言うと、男性は立ち上がり通路に出て
「どうぞ、お座りください」
笑顔で椅子に向かって手を伸ばす、その姿がまるで執事のようだ。
「ありがとうございます」
一礼して私は鞄を上に置いて腰掛ける。
その横に続けて座った男性をチラッと目にすると、背が高く足が前の席の下に入り込むほど長く、ビジネススーツを着て、髪はカールを巻いて羊の毛のように見えた。年齢は40代くらいだろうか。
その姿をみた私は胸の奥がドクンとした、男性を見るとどうしても昔のことを思い出してしまう。
じっと見ていた視線に気づいたのか、その男性は私の方を見てふっと笑い
「どうしました、俺の顔に何か付いてます?それとも俺がイケメンで見とれてました?」
笑いながら自分をイケメンだと言うので思わず噴いてしまった。
「ご、ごめんなさい…何でもないです」
「いいんですよ、減るもんじゃないから」
口角を上げてにっこりと笑うその人は、正直イケメンとは言い難いが、どこか動物のような愛らしさを持っていると思った。
私はショルダーバッグからコーヒーを取り出して缶を開けた。朝何も食べていないからこれが朝食がわりだ。
半分ほど一気に飲み、テーブルを広げて缶を置く。そしてスマホを取り出してメッセージを確認する。
北海道から飛行機で向かういづみは旦那さんに空港まで送ってもらいさっき搭乗したらしい、京都に住んでいるしのぶは子供たちを義両親に預けて身支度しているようだ。
みんなと久しぶりに会えるのは楽しみだ、だが結婚に関して言及されるだろうと思うとため息が出てしまう。
はぁ…とため息をついてスマホをテーブルに置いたとき、コーヒー缶に当ててしまいその拍子でコーヒーがこぼれてしまった。しかも隣の男性の足にまで、私は慌ててハンカチを取り出して
「すみません、すみません!!」
ただひたすら謝りながら缶を拾いズボンのシミを拭いていた。男性は驚きつつも、ティッシュを取り出してテーブルについた汚れを拭いてくれた。
「君こそ汚れてないかい?俺のスーツは黒いから目立たないけど、白のスカートじゃ目立つだろ?」
その言葉に心が救われた上に、私の心配をしてくれる優しさに思わず泣きそうになった。
「私は大丈夫です、本当にすみません…」
せめてクリーニング代と財布を取り出してお札を取り出して
「すみません、これで足りるかわかりませんが…」
「え?いいよいいよ、ちょうど今日帰ったらクリーニングに出そうと思っててさ。だから気にしないで」
そんな会話をしていたら、ちょうど車内販売のカートが車両に入ってきた。
「じゃあさ、コーヒー奢ってくれない?俺も飲みたくなってきたから」
男性は親指を伸ばしてカートを指す、さっき会ったばかりなのにどこか知り合いのような安心感があるのはなぜだろう。
「それじゃ、私も。今度はこぼさないようにしますね」
私は販売員さんを呼び止めてコーヒー2つを買った。男性はブラックで、私はミルク入り。手にすると熱いほどで私は後で飲むことにした。
「悪いね、頂きます」
男性はプルタプを押して缶を開けながら言う、私も
「こちらこそ、こんなものでよければ」
そう言いながら、そっと男性の左指に目をやる。
指輪はつけていない、独身だろうか。でも最近は指輪をつけない人もいるし…なんて考えていると男性から話を振られた。
「俺独身なんだけど、親の調子が悪いから様子見て来てって頼まれちゃったんだよ。姉さんも弟も子供が休みだから忙しいって言われてさぁ」
「そうなんですね、でもわかります!私も結婚してないから親の面倒見てねってやんわり言われるんですよ」
「わかる、独身だから時間がある、暇だと思われるんだよなぁ。こっちだって仕事が忙しいんだよ。今日だって実家に帰った後お得意さんのところに寄らなきゃいけないし」
「だからスーツなんですね、営業とかされてるんですか?」
「ああ、こう見えて営業一課の課長なんだ」
そう言うと男性は内ポケットから名刺を取り出して渡してくれた。
『S&F営業一課 課長 東海林武』
そう書かれている、S&Fと言えばスーパーでもよく見かける食品会社だ。しょうじたけしと読むのだろうか、何となく雰囲気に合っている名前だと感じた。
名前を知りますます親近感を抱いてしまう。
私は男の人が苦手なはずなのに、どうしてだろう。
そうしてしばらくたわいもない話をしていると、新横浜に到着して、乗客が増えてきた。
私の前の席にも高齢の男性が腰掛ける。
すると、座るなり背もたれを全開で下ろしてきて、机に置いていたものが落ちそうになる。まだコーヒーは開けていなかったからセーフだったがスマホが床に落ちてしまった。
慌てて拾うとひびなどは入っておらずほっとしたものの、一声もなく背もたれを倒されたことにモヤモヤしてしまった。
でも、相手が男の人だから何も言えずに黙っていると、隣にいた東海林さんが
「おじさん、後ろに人いるんだから〜びっくりするじゃないの」
軽い口調でそう言ってくれた。そのおかげか高齢の男性は
「すまんすまん、つい癖でねぇ」
そう言いながら少し背もたれを立ててくれた。ほっとした私は東海林さんに
「ありがとうございます」
そうお礼を言った。
「女の子は言いにくいよね〜礼を言うほどのことじゃないよ」
東海林さんはコーヒーを口にしながら話す。
ああ、もしこの人と一緒に仕事していたら男性が苦手にはなっていなかったかもしれない…ふとそんなことを思ってしまった。
「東海林さん、職場でもみんなに信頼されてそうですよね。羨ましいなぁ」
ふと本音がポロリとこぼれた。
だがその言葉でずっと明るかった東海林さんの顔が曇ったことを私は見逃さなかった。
「……俺はそんなできた人間じゃないんだよ」
自己否定する東海林さんを見て、なぜか私は
「そんなことないですよ!私なんて…昔ひどいパワハラにあって。その上司は挨拶しても無視して、ミスは人のせいにするし、人の名前を呼ぼうとしないし、パシリにするし、今でもトラウマになってますよ」
昔の愚痴を思い切り吐いてしまって思わず口を手で押さえた。さっきあったばかりの人にこんなことを言うなんて…ひかれてしまったらどうしよう。私は東海林さんの顔をチラッと見る。するとさっきよりも険しい顔をして何か考え込んでいるようだった。
しばらく沈黙が続き、前にいる高齢男性のいびきが聞こえて来た。こんなにすぐ寝るなんてよっぽど眠たかったのだな…なんて思っていると東海林さんが口を開いた。
「俺もさ…昔仕事のできないハケンが嫌いでさ。君がされたようなパシリとかミスをなすりつけたりとか…やってたんだよな。今思えば申し訳ないと思うけど、今でも俺のこと恨んでるハケンもいるだろうなって思うよ」
意外だった、東海林さんが過去にパワハラ上司と同じようなことをしていたなんて。でも昔の話だから今はきっとそうではないのだろうと感じた。
「俺も、誰かのトラウマになってるのかもしれないな…」
俯きながら話す東海林さんからさっきまでの笑顔が消えていた。その姿をみて、私はあのパワハラ上司も後になって申し訳なかったと後悔しているだろうかと考えた。
「でも、そうやって過去の過ちを自省できるって…偉いと思います。昔の東海林さんはわからないけど、今の東海林さんはとっても優しくて素敵な男性です」
私は自然とそんな言葉が口から出た、お世辞じゃなく本当にそう思った。
「やめてよ、本気で褒められると照れるから」
少し頬を赤くしている東海林さんを見て、なぜか胸がとくんと鳴った。
この気持ちは何だろう……さっき会ったばかりの人なのにずっとこうして話していたい気持ちは。私は過去のトラウマが原因で男性が苦手になり、いつもバリケードを張っていた。だけど今はそのバリケードがバタバタと倒れているような気がする。
もしかして、私ー…。
東海林さんを見つめながらふわふわした気持ちでいたその時、到着のメロディが鳴った。
『次は、小田原、小田原ですー』
そのアナウンスを聞いた東海林さんは慌てて立ち上がる。
「俺次で降りなきゃ、短い時間だったけど付き合ってくれてありがとう」
コーヒーを手にして、テーブルをしまい鞄を持つと出口の方へ向かってしまった。
私は空いた席を見つめて、考える。
東海林さんと出会って1時間も経ってないけど、もっと話していたい、また会いたいという気持ちが強くなっている。男性は苦手だけど、東海林さんは苦手じゃない、むしろー……。
私は気がつくと荷物を掴んで出口へ走っていた。
そして階段を降りようとするふわふわ頭を見つけて叫んだ。
「東海林さん!!!!」
その声に、東海林さんは足を止めて私の方を見た。
「どうしたの?こんなところで降りて…」
「東海林さん、友達になってください!!」
思わず出た言葉は自分でもびっくりするものだった。
なぜ年上の男性に向かって友達なのか、よくわからないけどこのまま別れたくない、繋がっていたい。そんな気持ちがあったから。
私たちが乗っていた新幹線はもうホームから離れていた。結婚式には次の新幹線でもなんとか間に合う。
どうか、次の新幹線に乗るときには笑顔でいられますようにーそんな希望を抱きながら東海林さんを見つめていた。
そして、反対側のホームに到着のアナウンスがなる頃、東海林さんからの答えが返って来た。
「俺でよかったら、友達になろっか」
東海林さんは初めて会った時と同じ笑顔で答えてくれた。
「……はい!」
私も同じような笑顔で返事する、そして東海林さんから
「とりあえず、名前教えてもらおうか」
そう聞かれて、私は自分の名前を口にした。
「私の名前はーーー」