1や2や3じゃなくても。椎の実での勉強会を終えて、百音が下宿のサヤカ邸に帰宅すると、珍しくまだリビングに灯りが付いていなかった。栗駒の知人を訪ねると午後に登米夢想から出かけたサヤカが、まだ帰宅していないようだ。泊まるかもとは言ってなかったから、もうちょっとしたら帰ってくるかな、などと考えつつ、百音は郵便ポストを確認した。
サヤカ宛の封書やハガキが数点と、百音宛の郵便物が1点。その郵便物の表面をとっくりと眺めた百音の脳裏に、三度目の正直、という言葉がよぎる。初めて手にしたときには、届いただけでドキドキした気象予報士試験の受験票も、三度目となると、再々受験のプレッシャーのほうが大きい様にも思う。
すべての郵便物を手にリビングに入り、いつも通りにサヤカ宛のものをダイニングテーブルの見えやすいところに並べ、受験票と荷物をもって自室へ。リュックを置いた百音は、さて、と受験票のハガキの角に手をかけた。貼り合わされた面をぺりぺりとはがすと、これも見慣れた受験票の本体が姿を現した。
氏名と生年月日、そして受験番号に試験日。
※試験開始時刻の10分前までに着席してください。
※下表で〇のついている科目が受験科目です。
という注記の下には、各科目のリストと試験時間が記載されている。一般知識が9時40分から10時40分、専門知識が11時10分から12時10分。そして、実技試験が13時10分から16時10分。試験時間は毎回変化がなく、そして、すべての科目に受験対象科目である〇が付いているのも、前回・前々回と同様。
菅波の当初の学習計画では、2回目の受験で一般・専門を合格し、3回目で一般・専門の免除を活かして実技にフォーカスするというものだった。が、2回目受験は散々な出来で、結局、両科目の免除どころか1科目の免除にも届かず、3回目にして全科目受験を継続という状況である。
でも、今回は結構手ごたえ出て来てるし!と百音は自分を奮い立たせる。いつまでも、11,400円払い続けてる場合でもないでしょう、とは身もふたもない菅波の言葉だが、それも全く一理ある、と百音も認めざるを得ない。試験会場が前回と変わらないことまでを確認した百音は、明日、先生にも受験票届いた、って見せよう、と受験票をリュックにしまい、その代わりに、実技試験の問題集を取り出した。
先ほどの勉強会で正解を導出できなかった鉛直断面予想図における2地点の相当温位差・風向・風速の問題を復習すべく、問題集とノートを開いた百音は、サヤカの帰宅までしばし、机に向かうのだった。
翌日、勉強会に姿を見せた菅波に、百音が受験票を見せる。ラストスパート感が増してきましたね、という菅波の言葉に、百音がこくこくとうなずく。
受験会場、前とおんなじでした。行き方分かってるとごで安心です、という百音の言葉に、場所に慣れておくことも大事ですからね、と菅波もうなずく。とはいえ、バスや電車のダイヤが変わっている可能性はあるので必ず再確認はしてください、と菅波に言われて、百音ははぁい、と返事をする。初回受験時に、菅波が詳細を極めた地図を作ってくれたおかげもあって、今まで二度とも会場にたどり着くまでにトラブったことはなかったが、それに慢心しないように、という意図はよく分かる。
そういえば、ちょっと見せてくれますか?と、菅波が百音の見せる受験票に手を伸ばすので、もちろんどうぞ、と百音がそれを差し出す。ありがとうございます、と言いながら受け取った菅波が、受験票の一部に目を止めて、やっぱりそうなのか、とつぶやくので、百音はこてんと首を傾げた。
その百音の様子を見て、菅波が、あぁ、と言葉をつづけた。
「いや、大したことじゃないんですが、気象予報士試験の受験ティップスを調べていた時に目にした小話を思い出したので」
てぃっぷす?小話?と首を傾げ続けている百音に、菅波が受験票の受験番号欄にトンと指を置いてここです、と指し示した。
「受験番号の、一番上の1桁が、受験地を現していて、1が北海道、2が宮城、3が東京…と割り付けられている、と。あと、その次の1桁が、受験科目を現していて、0が免除なし、1と2が一般か専門いずれかの免除、3が学科の免除だ、という説がまことしやかに言われている、と。永浦さんの受験番号が、201142なので、宮城受験で免除なし、という点では、その説に合致するな、と思った次第です」
ナルホド…と百音はその話にうなずきつつ、今回の受験番号をゼロじゃなくしときたかったとこですね、とつぶやく。それはもう言ってもはじまりませんから、学科・実技ともの合格を今回はめざしましょう、と菅波に言われて、はい、と力づくうなずき、うなづいたところで、百音が、あ!と声を出すので、今度は菅波が、どうしました?と目を白黒させた。
「私の今回の受験番号の1142、森林組合の住所です!こごの!」
百音の言葉に、一瞬菅波は眉根を寄せ、自分のここでの勤務地住所を思い出して、あぁ、確かに、米麻町長沼114-2ですね、とうなづいた。
「なんか、ゲンがいい気がしてきました」
百音がうきうきとした顔で言うので、菅波は性分として釘を刺さずにはいられなく。
「ゆかりの番号で合格が決まるなら、そんな楽なことはないですからね」
「それは…わがってますけど、でも、ちょっとうれしいなって」
まぁ、それで少しでもより前向きになれるならいいことですが、と菅波がそれ以上追い打ちをかけないで置けば、百音も、そです、そです、とうなずきながら、そういえば、先生もこごの住所覚えてんですね、などと言う。自分で救急車などを手配することがあるかもしれないと思って覚えました、という菅波の発言に、はぁ、ナルホド、とまた百音は納得顔。
さて、登米夢想の住所の受験番号で合格できたら何よりの手向けになりますから、より頑張らないといけませんね、という菅波の声に、はいっと百音は元気よく答え、受験日まで残り3か月弱の勉強の夕べはまた前向きに始まっていくのだった。