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    菅波、策に溺れるがちゃがちゃと慌てた音を立てて玄関ドアを開けた百音が、びしょ濡れで土間に駆け込み、同じくびしょ濡れの菅波もその後に続いた。登米にいる菅波のもとに百音が遊びに来た昼下がり。夕食の前に少し車で出かけ、帰ってきたところで大雨に降られた。駐車場に車をまさに停めようとしていたところで、間の悪いことに積み置きの傘は先日使って戻していなかったし、普段折り畳み傘を常備している百音のリュックは菅波の部屋である。しばらくやみそうにないという百音の判断に基づき、車からアパートの玄関まで、せーの、で走ることにした顛末である。

    「ほんの、そこからここなのに、濡れちゃいましたね」
    百音が笑いながら、走った時に踏んでしまった水たまりでぐっしょりとしたスニーカーを苦戦しながら脱ぎ、ついでに靴下も脱いで上がり框に先に上がる。

    「なかなかの夕立ですねぇ」
    相槌を打って、羽織っていた青チェックシャツを脱ごうとして、濡れた袖が張り付くのをぐいぐいと引っ張った菅波も、靴下まで脱いで上がり框に上がった。

    「このままだと風邪ひいちゃいますから、着替えましょう」
    と菅波が百音を促してリビングダイニングに入り、濡れた青チェックシャツを洗面脱衣所のカゴに放り込む。棚からフェイスタオルを2枚取り出し、1枚を百音に渡した。受け取った百音が、濡れた髪の水分を拭いていると、もう1枚を手にした菅波が、さっさと髪を拭き終わり、いつも青チェックシャツの下に着ている白Tシャツの裾に手をかけた。脱ごうにも濡れていて脱ぎにくいので、軽く体を先に拭こうという発想で白Tシャツの裾からタオルを持った手を入れると、菅波の腹が露になった。

    それが視界に入った百音は、タオルと両手を頭にのせたまま思わず硬直する。

    それまで、そもそも想像もしたことがなかったが、そのしたこともない想像以上に、菅波の腹筋がきれいに引き締まっている。え、先生って、そんなに筋肉ある感じなの?え?…あれ?先生って、…あれ?

    謎に硬直しながら赤面している百音に気づいた菅波が、一瞬の思考の後に、そういうことか、と小さく笑う。菅波が登米に移って数か月。百音が登米に遊びに来て、菅波の部屋に泊まっても、まだ添い寝にやっと慣れたぐらいの今、ふと目にした素肌はまだ刺激が強かったか。とはいえ、ゆくゆくは見慣れてほしいことでもあり、そもそも今現在の問題として、濡れたままではいられない。

    少しいたずら心が沸いた菅波は、えいやっと濡れた白Tシャツを脱いで首筋から胸元をタオルで拭く。その少年めいた仕草に、百音の頬は更に紅潮する。

    「永浦さんも、早く着替えましょう。寝室、使ってください。僕はこっちで」

    さも何事もなかったかのように百音に声をかけた菅波は、洗面脱衣所に引っ込んで引き戸をカラリと閉めた。その音で、ハッと我に返った百音は、タオルで自分の顔を押さえて、声にならない声をあげる。真っ赤になった頬をぱたぱたとしながら、寝室に駆け込み、隅に置いたボストンバッグの横にへたりこんだところで、濡れたサロペットが脚にまとわりつく。その感触で、着替えなきゃ、と百音の思考も一巡したところに戻ってきて、ボストンバッグから持参の部屋着を取り出した。

    洗面脱衣所で体を拭いてスウェットズボンに別の白Tシャツに着替えた菅波は、先ほどの百音の顔を思い出して、くつくつと笑う。まだ、ゆっくり時間がかかっていい、と思いながらも、いつかを願う気持ちも真実であり。

    さて、二人ともスニーカーが濡れたのもなんとかしないとな、と洗面脱衣所を出た菅波が、リビングの隅に置いた紙類の箱から河北新報を数日分引っ張り出してダイニングテーブルに置いたところで、背後から寝室の戸が開いた音が聞こえた。菅波が振り返ると、上下セパレートの部屋着に着替えた百音が姿を見せる。

    百音からタオルを受け取った菅波が、テーブルの上の新聞紙を指し示す。
    「スニーカーも濡れてしまったから、新聞紙で湿気取りをした方がよいかと」

    菅波の言葉に、そうですね、とうなずく百音だが、その間に何かを決意した顔をしていて、菅波が首をかしげる。

    「永浦さん?」

    菅波のその声かけをきっかけに、百音が部屋着の上衣に手をかけて、自分のへそをちらり、と菅波に見せた。硬直している菅波に、べぇっと舌を出した百音は新聞紙をさっと手に取って玄関に逃げるが、百音の耳は真っ赤である。

    あまりの不意打ちに、菅波はダイニングテーブルの脚に背を預けてずるずると床に座り込み、両手で顔を覆う。一瞬だけ見えた百音の素肌はあまりに白くてきれいで眩しくて、その健康美がかえって官能的でもあり。

    あぁああ、としばし床でもだえる菅波の気配を背中で感じながら、百音は百音で、だって、先生が脱いだらすごいのがわるいんだもん、だもん、と唇を尖らせながら、新聞紙を割きにさいて、二人のスニーカーにせっせと詰めるのだった。
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    2024/09/25 1:07:17

    菅波、策に溺れる

    #sgmn

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