高い空の上まで見える【閃華2022】 大典太光世がバグで小さくなった。
短刀よりも小さくて、もみじ饅頭みたいなふくふくとした手の平を毛利は元より前田や秋田たちまで顔面を輝かせながら握ってはモミモミとして、さらにもちもちとしてしまった頬に触れては、全員ずいぶん可愛らしい見目になった太刀の前で感服のため息をついた。
審神者の体調が悪く、運悪くその時手入れ部屋に居たのが大典太のみで大した怪我でもなかったのに入った罰が当たったのだとジメジメと丸くなり、巨体を丸めていた頃よりもずっと本当に「丸く」なったことにソハヤは笑いを堪えきれなかったが、どうせすぐに治るだろうと、多くの男士たちが慣れたもので小さい物が好きな男士たち以外は対応は対して変わらずにいたことが救いだった。ただし、酒は止められてしまったが。
本刀の性格や精神年齢は変わっていないようだが、やはり少しの変化はあった。狭くて暗いところを見つけるとすぐに潜り込んでしまうのだ。最初手入れ部屋から時間になっても出てこない兄弟刀を探しにきたソハヤには見つけられず前田と物吉が何かと思い一緒に手入れ部屋の押し入れの中の奥の布団に挟まっているのを見つけた時には大層驚いた。
一番かくれんぼが上手い秋田と拮抗する。押し入れ、床下、洗濯機、物置き。蔵の中に入らなかったのは、身長が足りずに扉の鍵が開けられなかったのだろう。短刀たちがなにか気配がする、といって探すと大典太がいるので、ソハヤが拾い上げては部屋に連れ戻していたが、そんなことを一日中しているわけにも行かない。そのうちに短いが遠征に行く時間が来てしまった。獅子王が変更の申し出をしてくれたが、三時間もかからないのだ。逆に少し離れてなにか美味いものでも買ってきて気を引こうと思って予定通りに出立した。
ソハヤが出ていく時には、ちゃんと着いてきて門から泣かないまでもサイズに合わない悲壮な表情がおかしかったが、よっぽど様子がおかしければ鳩でも使うと審神者も約束してくれたので、その後物吉に抱えられていった大典太に少しばかり後ろ髪を引かれたものの、美味しいおやつを買ってくると約束を守るほうに気持ちを切り替えた。
ソハヤに置いて行かれた大典太は、また隠れられては困るので、物吉の背中に背負われて洗濯物干しの場にいた。ブラブラと揺れる足が新鮮で、常にしっかりと大地に足を根ざしていたはずなのに、揺れる足の不安定さにさほど不安を覚えないのはなぜだろうか、と考えていたら、突然の恐怖が大典太を襲った。
「ものよし!」
「え、大典太さん、どうされました?」
「お、どうしたどうした」
一緒に当番に入っていた新選組の連中がやってくる。駆けてきたのは堀川で、顔を覗き込んだのは加州だった。
「とりだ!」
「え?」
「とりがとんでる! だめだ! こっちにきてしまう!」
かわいそうなほど、一気に顔面蒼白となった幼い大典太に上手く言葉を伝えられずに、その彼自身のひとつの逸話となった物語を否定もできず「まだ遠いから大丈夫ですよ」「あ、一緒に干すの手伝う?」などと誤魔化そうとしたけれど、鳥の姿が見えている限り大典太のパニックは悪化した。
せめて、ソハヤか、前田や、前田家由来の刀がいれば良かったのかもしれないが、泣き喚く大典太が痛ましいほどには火がついた赤子のような発作に近かった。
「ほら! 肩車だ!」
誰もがギョッとして、その言動をとった和泉守兼定を見た。
突然なにをされたのかと、涙の溜まった瞳を丸くしている大典太を、物吉の背中から一瞬で取り上げて自身の肩に乗せてしまったのだ。より空に近い場所への移動は逆効果ではないのか、と加州が声を上げようとしたが、それよりも先に朗々とした声が響いた。
「大丈夫だよ! お前が触れて壊れるもんは、ここにはなんにもねえんだから」
あ、そうだ。その通りだ。それだ。それでよかったのだ。
泣き止ませるのではなく、安心させてやるべきだったのだ。
誰もが、痛いところを突かれたと思ったが、キョトンとした大典太は和泉守の迫力に押されたのか、小さい体にふさわしい小さな声で呟いた。
「でも……」
「でも? 言ってみな」
「さっき、この洗濯かごこわした……」
「なんだあ、そんなこと! あれは元々壊れてたんだよ。国広がものは大事にっていつまでも使ってるんだ。いやあ、これでコイツもようやくお役御免だな。ゆっくり休ませてやんな!」
わっはっはっは! と大典太を肩に乗せたまま、周囲の男士たちにも声をかける。
「さ〜て、とっとと終わらせようぜ! こいつの兄弟が帰ってきちまう前に!」
「はい!」
「そうね」
「そうだね、兼さん!」
完全に押し切られた形であっても、キョトンとした顔のまま、空を見上げている大典太は、それからずっとソハヤが帰還するまで和泉守の背中に住み着いていた。
「お、和泉守! 堀川! おはようさん!」
ソハヤと、ようやくバグから修正されて本来のサイズに戻った大典太が並んでいる。昨日は世話になったな、すぐ戻れてよかったですね、などとソハヤと堀川が世間話をしている間、じっと大典太は和泉守を見ていた。
さすがにその視線に居心地の悪さを感じる。
「な、なんだよ……。圧がすげーんだが……」
「昨日の兼さんがなにかお気に触りましたか? 僕の知らないところで変なこと言ってたの? 兼さん」
「言ってねーよ! ったく、小さい方がまだ可愛げがあったんじゃねーか?」
「もー! 失礼でしょ! 兼さん」
だが、ソハヤが笑っていた。
「兄弟、ずっとニコニコだな」
「「は??」」
大典太はずっと仏頂面である。あくまでも、和泉守と堀川の目には、普段の無表情に近いものから変化があるようには見えない。昨日は笑うことはほとんどなかったが、それでも泣いたり困ったりは分かりやすかった。
「まぁな」
「あ、ほんとにそうなのかよ!」
「昨日は、世話になった」
「あ、覚えてるんですね!?」
まあ、とさすがに、ようやく二人にもわかるほどに小さく照れ臭そうな「まぁな」という声を聞いて、ようやく「ああ、あの子が大きくなれば、こうもなる」と、納得したのだった。