【没】ルカb夜襲 夜の真暗な森の中を、百を超える騎馬と、口に木切れを咥えた歩卒が数夥しく、静かに移動している。
「…………。」
だれも一言も口を利かない。馬の蹄に藁の履さえ履かせてあった。気配だけなら鹿の群れでもあるのだろうかと思われる。だが、この森に住んでいる本当の鹿たちは、とっくに遁げている。
兵どもの目は、行者のように寂然としているが、その底には、彼らの指揮者にそっくりな、狂気の暗い光がある。
白狼軍。先ごろ、ハイランド王国にて父王の後を継いで皇王となった、ルカ・ブライトが直率の、王国第一軍である。開戦以来、一年にもまだ満たないのに、ジョウストン都市同盟の村邑をあまた焼き、砦を滅ぼして、都市同盟においては国ひとつと同列に数えられる都市を、いくつもハイランドの版図に加えてきた。将軍の若さゆえ、まだ「勝ち星」の数で赤月帝国のテオ・マクドールには及ばないが、同時代に現存の兵団としては、大陸最強、と呼ぶものも多い。
率いるルカ・ブライトは、激しやすい性情の持ち主である。
振幅が大きい、と言えようか。戦場では常に非常に攻撃的な選択をとる。勝つために何も惜しまない。だが感性に湿性の部分があって、母親を都市同盟のものに辱められた恨みを、早くから自覚し、ルカは、父アガレスの忍耐が築いた二国の平和の内に守られて育ちながら、自らその防塁を腐らせた。
新月の夜の闇に、馬に乗っているその横顔を、配下の兵が盗み見ることはできないが、特別に許された力を使ってここに描き出してみるなら、これは「無」である。ルカ自身、この部隊移動を完全な奇襲とするために、声も発さなければ、気配も、木像のようにうつろにさせていた。ただ馬との間にだけ、極微弱な電流のようなものが通っていて、馬の行き先にだけは迷いがなく、明確な意志があった。
森を抜ければ、昔ノースウインドウと呼ばれた一都市の廃墟に、新しく芽吹いた新都市同盟軍の本拠地がある。
今夜、ルカと白狼軍は彼らのみでこの砦を陥すのだ。