サスケ、一切を吐け。さもなくば歯を食いしばれうちはの男は秘密主義だ。
酒の力でも借りないと最も愛する者にさえその言の葉は囁きの片鱗しか見せてくれず、隠された想いの深さは厳重に仕舞われたままの根雪となって陽の眼を見ることなく降り積もる。
いや、そーいうかっこつけは要らないってばよ。
「サスケぇ、おまえサクラちゃんにもっとこう日頃の感謝とかサラダのこととか云うべきことがあんじゃねえのかぁ」
だんっと飲み干した盃が机の上で音を立てる。親友の帰還に気づくや慰労と称して無理やり居酒屋へ向かい駆けつけ一杯。美味い。つまるところ酒が呑みたいだけだが、ナルトが一番楽しみにしている酒の肴は絡みがいのあるこの親友であり好敵手でもあるうちはサスケである。
公的には長期任務のため里外にいることになっているが、彼は稀代の実力者であるためやろうと思えばなんでもできる。
それをまた目聡く見つけるのが同じく実力者、いや里一番の英雄である七代目火影その人である。
サスケが帰って来ていると云えばシカマルの締め付けが少しばかり緩むお陰でもって、ナルトは近ごろなど酒の良さがしみじみわかってきたところなのだ。
昔はジュースの方が絶対美味いってば、なんでカカシ先生たち大人はこんなものを喜ぶのかと訝しんでいたが、体がふわっとして陽気な心地になるし、今では単純に美味いと思う。この独特な舌の痺れを感じるのが面白くて、おれも大人になったってばよ。
それはサスケも同様らしく、酒の席に誘うと口では文句を云いながらもなんだかんだと美味そうに呑んでいる。その姿を見ると、こちらもまた口の端がゆるむのだ。ヒナタとサクラちゃんにはちょっとわるいけど、男同士の付き合いってやつはけっこう大事な時間なんだってばよ。
大体酒でも呑んでないとこの親友は口が重たいっていうか貝っていうか、ムッツリスケベってのはこいつのことだとつくづく思う。
ちょっとはウスラトンカチ以外のことも云えるように練習しておけよサスケぇ。
おまえはもっと、サクラちゃん今日もきれい! とか、サクラちゃんやっぱ美人! だとか、サラダもほんっと可愛いよなあって、思ってることちゃんと云えよなぁ。なんのために口がついてるんだってばようサスケちゃん。
「…おい、てめえ、さっきから聞いてりゃひとの妻や子どもに対してずいぶんと勝手なことを云ってくれるじゃねぇか。サラダが可愛いのはともかく、サクラにまで変なことを吹き込むなよ」
おお、ついにエンジンかかって来たってばよ。サクラちゃんのことで煽ると酔いが回るの早ぇーからなあ。この焦った顔もっと皆に見せてやりたいぜ。仕事してるサクラちゃんの横顔キレイなんだぜ、ってのは云わないでおこうと思ってたけど、云っちまおっかなぁ~。
「てめぇまさかいまだにサクラのこと狙ってんじゃねえだろうな」
バーカーやろーう。確かにサクラちゃんはおれの初恋の大切な女の子だけどな、バッ、待て輪廻眼はやめろ。
「あいつは生まれたときから俺の女だぞ。俺の断わりもなくサクラに近付くことは許さん」
ハイハイ。耳タコだっつの酔っ払い。もうそれは十分わかってるってばよ。おれにとってサクラちゃんはつまり、なんだ、そう、母ちゃんみたいなもんなんだ。なんていうか家族みたいな感じなんだよ。そういう意味で特別なんだぞ。おまえはそーいう人情の機微ってやつを全然わかってねえ。
「うるさいウスラトンカチ。おまえに云われるまでもない。おれにとって特別な女はサクラだけで、特別な存在はサラダだけだ」
うんうん。酒が入ったときのこの正直な科白をサクラちゃんにもっと聞かせてやりたいってばよ。まぁ後で全部教えるんだけどな(サクラちゃん、サスケが任務に行ったらまたヒナタと一緒にメシ食おうな~)(よろしくナルト~。楽しみにしてるわ~)(これぞ七班の絆の術だってばよ!)
大体おれがサクラちゃんとサラダのこと気にかけるのはしょうがねえだろ。サクラちゃんは今もっておれが唯一名前を呼び捨てにできないほんとの特別なんだぞ。うわっ、だから輪廻眼はやめろ。店の空気が重くなるっ。
「おれだってな、サクラと初めて会った頃からあいつのことは意識してたんだよ」
えっ、マジで。そういえばその話はまだしてねえよな。聞かせろよ~サスケちゃん。おまえってばいつからサクラちゃんのこと意識してんの? 班組んだときどう思った? サクラちゃんのこと可愛いってどんなときに思うんだ?
「本当に女として意識したのはたぶん俺が里を出たときだが、あんな色合いの人間がいたら見ずにいられないだろ。班組のときは、こいつのことは俺が守ろうと決めていたな。可愛いと思うところは多々あるが、今はなかなか見られないあいつの泣き顔が一番そそるな…」
律儀か! なんだ、やっぱりサスケもサクラちゃんの髪とか眼の色きれいだって思ってたんだな…(きれいっていう言葉を覚えようなあサスケちゃん。おれとサクラちゃんみたいにカカシ先生レベルの読みがないとおまえの云いたいことってわかんねーぞ。)これはサクラちゃんに絶対教えよう。っつうかサクラちゃん昔はよく泣いてたけど(おまえのせいでな!)、今は全然泣かなくなったろ。あ、昔の泣いてる顔が好きだったってことか。
「今もよく泣いてるぞ」
だ~か~ら~、おまえが泣かせてるんだろ。なんだよヤな笑い方しやがって。その通りだとかニヤニヤしてやらしいやつだよなあサスケって。
…ああ? あー、まぁその、なんだよ。そういう話かよ。ああ、うんそういう話な。ほんとむっつりすけべだってばよサスケのやつ。サクラちゃんは真面目なのに、おまえ夜とか変なやり方してねーよな。
「するか。あいつが勝手に泣くんだよ。…幸せだって云ってな」
うむ。それはくるな。わかるぞ。サスケの云うことは間違ってねえ。いや男ならわかるってばよ。自分の女以外に想像つかないって? あー、それな、おれ、それもよく分かるってばよ。おれだってヒナタ以外には勃たねえもんよ。だからキバの云うぐらびあ? はわかんねーんだけどよ、サクラちゃんとおまえの話は興味あんのな。変な話じゃねえぞ。真面目な話だからなこれは。で、どうなんだ。
……………お、おまえの話し方ってなんかえろいな。いや、おれもヒナタと普通にやるけど、おまえの目線はえろいぞ。(サクラちゃんのために詳細は伏せる。)
はぁ~~、まぁなんか良かったぜ。今度はサイも誘って話さねぇか。いいだろ。あいつの話も面白そうだろ~。(そんでサイにサスケのスケベ顔描いてもらうってばよ!)
「…大体あいつのことを意識しているからうざいと思うんだろうが。他の女だったら気になるわけないだろ。あいつが俺を想ってくれていることが分かっているからこそ、側におけないと思ったんだ。あいつの泣き顔を忘れたいと思って、いや俺のことは忘れてもいいからあいつには笑って欲しいと思って離れたのに、あいつがいつまでも俺を信じるから、もう殺すしかないと思ったのに、あいつは…」
で、デレた~。完全に酔いが回ったなサスケぇ。おまえ酒に酔うと必ずこの件云うのな。最初は殺すのなんだのとディープなこと云うからちょっとびびっちまったけど、殺したくなるほど愛してるってやつなんだろ。サクラちゃんもいつだったか、「他の人にやらせるぐらいなら自分がって思ったの。きゃっ・恥ずかしい!」とかなんとか嬉しそうに云ってたから、おれはそーいう心境はちょっとわかんねーけど二人って実は似てるとこあるっつうか、マジでお似合いなんだよな。
「サクラには常に感謝している。そばにいなくとも、あいつの存在は俺の芯になっているんだ」
お、サスケ放浪時のノロケから現在に戻ったってばよ。…だよなあ。サクラちゃんほんとに強くなったし。おれとおまえがやったどのケンカも、サクラちゃんがいたから始まって、サクラちゃんがいたから生きて帰ってこれたよなおれたち。
「あいつがこの世に生きて笑ってる。それだけで俺はもう幸せなんだ。これ以上の喜びなんぞないだろうと思っていたが、あいつが、サクラが俺の子を産んで、サクラとそっくりな泣き顔をした赤ん坊と一緒になって、俺に笑顔を…」
わかった。わかった泣くなよサスケ。ほんとサラダの泣き顔はサクラちゃんそっくりだよなぁ。普段はお前の顔なのに、泣き出すと急にサクラちゃんなんだもんよ。おれ、子どもはやっぱ笑顔見んのがすっげえ好きなんだけど、サラダに限っては泣き顔見るときゅんときちまうんだってばよ。
おれだってサクラちゃんがおまえと一緒になってサラダが生まれたって聞いたときは泣けたからなあ。あんときもたいへんだったけど、おれサクラちゃんにはほんと笑ってて欲しいんだってばよ。
おれがどんだけ心配しても、サクラちゃんをほんとうに幸せにできんのはサスケだけなんだからよぉ。全くサクラちゃんてば一途すぎて困っちまうよ。
「サスケくん?」
ほら見ろよ。おまえが潰れたころになって現れるなんて、出来すぎだってばよサクラちゃん。そんでもってきっと、サラダ寝かしつけてから来たんだろうな~。このやろうサスケ、おまえの今日の話、全部全部サクラちゃんに話しちまうからな。どうせサクラちゃんはおまえの醜態なんて秘密にしておいてくれるんだろうけど、おまえは今夜ぐらい、サクラちゃんの尻に敷かれて良い夢みやがれってんだ。
全く迎えに来てもらって嬉しいくせに、ぼーっと見つめてないでちゃんとありがとうって云えよなサスケぇ。
お、立ち上がった。
サスケはへたりこんでいた居酒屋の狭い椅子からがたりと音を立てて立ち上がると、現れたサクラに向かってむすりとした顔で、つまりいつもと同じ仏頂面で云ってのけた。
「おいサクラ、おまえは生まれたときから俺のもので、今は俺の妻なんだからな、他の男には一切隙を見せるなよ。ウスラトンカチが何を云ってもどんな大怪我をしたとしても優しい言葉なんかかけるなよ。あいつはすぐつけあがるからな」
酔っ払いの戯れ言ここに極まれりと云わんばかりの暴言に、サクラはその碧い瞳をぱちりと見開いて一拍。心の狭すぎる伴侶の眼を捕らえると、にっこりと微笑んだ。
「もちろん。私はたとえ生まれ変わっても、頭の先から足の先まで私の全ては全部サスケくんのものよ」
「…ならいい」
酒のせいなのか持って生まれた性分なのか、赤く血走り(輪廻眼でない方も)座った眼をして妻を見、この世で唯一人愛する女に相対しているうちはの男は、逆上せた体をどっかりと投げ出す木偶の坊となった。
さてその妻は、女性らしい線を持つ痩躯の割に自分を押し潰さんばかりに倒れてきた男の身体を身じろぎもせずに受け止めたサクラは、
「サスケくんたら、ほんとにしゃーんなろーよ」
だいすき。
実は、結構前からお店の前で中をうかがって、サスケの熱々のセリフはちゃっかり聞いていたサクラは、幸福で仕方のないほど緩んでいる笑顔を夫の体に押し当てて呟く。
この光景を見ることこそ最近の七代目火影が最もお気に入りの癒しの一つである。(他にもボルトの笑顔とかヒナタの笑顔なども彼の大切な癒しである。)親友と初恋の女の子が幸せそうで、見ていると眼が綻ぶ。
「あ、サクラちゃん、サスケがなんか馬鹿やったらいつでもおれがぶっとばしてやるから云ってくれってばよ」
どうしたって口下手なサスケに親友として男としてフォローを入れずにいられない。
「ありがとナルト。でもサスケくんなら大丈夫よ」
なんたってわたしの旦那様ですから。
「……うん」
ほんとうにサクラちゃんは眩しいぐらい強くなったってばよ。
サクラちゃんとサラダ命のサスケ節が聞けて、サクラちゃんの頼もしい笑顔も見れて、これでまた明日も頑張れるってばよ!