『ハロウィンパーティー』インキュバスのサスケインキュバスのサスケ
サスケはインキュバスである。人間を糧にして喰らう夢魔だ。
夢魔とはつまり悪魔であり、サスケの一族は人間の女を魅了する能力を持つ。また元々の姿からして非常に美しく性的な魅力にあふれており、力を使わなくとも人間の女から愁波を送られることが多い。
兄のイタチは優しい悪魔であり人間をそつなくあしらうことに長けている。まったく兄は優秀な夢魔である。才能があり次期族長に相応しい。できることなら自分とて兄のようであればと何度願ったことか。
サスケは女が苦手だ。媚びる声、力のない頼りない肉体。自分をねめつける眼の色。頑強な肉体を持つ女悪魔は適当にはね除けても問題ないが、人間はもろい生き物だ。サスケはインキュバスだというのに人間の女達にモテることが苦手であった。
かと言って人間の男が良いわけではない。男は男で、人間の男に変じたサスケを見て敵愾心を燃やしたり勝手に負けた気になったりとうっとおしい。
しかし人間のエネルギーがサスケたち悪魔の力となるのだ。
背に腹は代えられない。人間界でサスケは適当な姿に身をかえて、その辺りの人間から適当にエネルギーを頂戴していた。
女は苦手だが、女の精気はインキュバスにとって主食と同義だ。
毎日のように摂取するのが望ましい。
仕方なくサスケは眼の合った女に近づくと一瞬の間に精気を取り、すぐに離れた。女は苦手なのだ。かと言って男も願い下げだ。
サスケが目線を合わせるだけで人間という生き物はサスケに平伏して力を投げかけてくる。
「いのー、待ってよ」
考え事をしながら歩いていたら若い女がサスケにぶつかった。その女は急いでいたせいでサスケの肩にカバンを当ててしまった。また女だ。たいして痛くもない。しかしサスケは舌打ちをした。
「ごめんなさい」
謝るときにちらとサスケの顔を見た。
「…………!」
ピンク色の髪をした若く清潔そうで美しい若い娘はサスケを見てすぐに驚いたように目を瞠り、少し頬を赤らめてうつむいた。女なのだ。当然の反応だ。
もう一度「ごめんなさい」と言って前を行く友人の元に走った。
女友達は彼女を見てサスケを見て、二人は若い娘らしい声をあげながら駆けるように前を行ってしまった。
「………………」
どうしたことだろう。
サスケは今の女、ピンク色の髪をして健康な肌と匂いやかな血液を持ち、透き通るグリーンの瞳に高く澄んだ声を持つ女の顔が、姿が匂いが手が足が忘れられない。
それどころか彼女が離れるほどにグングンとその匂いがサスケの鼻を刺激して、良い匂いだ良い匂いだと騒ぎだす。
どうしたことだ。
人間の女を見て良いと思ったことは一度もない。それどころかうるさくて甘ったるくて柔すぎて、あんなものは嫌いだと思っていた。
自分が夢魔で、人間しか食事にすることができないから仕方なく人間界にいるとそう思っていた。
あれが欲しい。あれが良い。
あれしかいない。他のものはいらない。
サスケは走った。都合よく彼女と同じ年ごろの背格好をしていた。
そうだ制服姿だ。自分もそれを着よう。
サスケはブレザー姿に見目を変じると、そこらのウインドーに飾られている運動靴と同じものをはいた足で思いきり地面をかけた。
二人はそれぞれ片手にジュースを持って、小さなスタンドで夢中になって話していた。
「楽しみー! おそろいだと絶対可愛いよね!」
「まぁサイズの調整をしたから、ちょおっと違いがあるんだけど?」
「なによいのぶたー!」
「なーによでこりん。直したほうが可愛くなったでしょう」
「それはまぁ、そうだけど」
「楽しみねー!」
「うん、楽しみー!」
少女たちは何度も楽しみだと繰り返した。周辺など気にしない若者の眼には今しか映らない。
悪魔が目の前に姿を現すまで。
「ねぇ、ハロウィンの待ち合わせは何時にするんだっけ」
「おい」
きゃいきゃいと笑い合う少女の手をサスケは取った。
「ハロウィンでなにするんだ?」
「え?」
黒髪の若者が少女を捕まえる。
「きゃっ、やだ」
「なんだよ」
ピンクの髪の少女サクラは顔を赤らめてサスケの腹に肘を入れ、裏拳をふるってくるりを向き直る。サクラはいのを背にしてサスケを正面から見た。
「なによチカン! あ、さっきの……」
「チカンじゃねえよ」
「……うん」
見目麗しき若者に何も知らぬ少女は眼と心を奪われる。
さて、サスケはこうしてサクラといのの同級生となって、この後の人生をサクラと共に過ごすことにしたのだ。
ハロウィンのパーティーが始まるより先に己を狂わす悪魔のように魅力的な存在に出会ってしまったのだから仕方がない。
捕まったのは少女か、それとも……。
「サスケくん、おはよう」
「はよ……」
朝のあいさつにサスケは二音しか応えなかった。
それでもサクラはにこりと嬉しそうな顔をして、サスケの隣に並んでとりとめのない話を始めた。彼があいさつを交わす女生徒はサクラしかいない。
インキュバスのサスケは人間界のとあるハロウィーンの時期に一人の女の子と出会った。
その娘は春野サクラと言って何の変哲もないそこそこの進学校に通う頭の良い女子高校生で、気が強くて空手が得意であり非常に優秀な成績を収めていてピンクの髪にグリーンの透きとおる瞳を持つ美少女である。
どこかのタレント会社からは親友とともに名刺をもらったこともある。だがサスケが同じ高校のクラスメートとして過ごすようになってからそういう芽は摘んである。
芸能界だと、あれには自分と同じ魔の臭いがする。サクラがどうしても芸能で何らかの道を究めたいというなら別だが、彼女は高校生活を楽しんでおり親友とのおしゃべりやクラスで人気の男の子が気になってしまって他のことは考えられない。
それでいい当然だ。サスケはインキュバスである。サクラもその他の女も彼を一目見たら眼を奪われる。そんなサスケがサクラにだけは積極的に目を合わせる。
朝登校したときの教室で友人とあいさつを交わしたサクラが鞄を置いて一呼吸をするとサスケがこちらを見ているし、サクラとて彼に気づいたら「おはよう」を言いに行く。
サスケは無口な男なので、「(お)はよ」と言えば良いほうで、「ああ」と言ったり無言でサクラの話したいことを聞いているだけだ。それがサスケの特別だった。
二人の様子を見てクラスメートは「つきあってる」と言うが、両者はそろって「つきあってない」と言う。
サクラはサスケが好きだ。かっこよくて、わかりにくいけど実はすごく優しい男の子。
彼と出会う前の自分が思い出せないくらい、彼が気になって好きで好きでたまらないと思う。
甘いものは嫌いだと聞いているけど、(以前どうしても一緒に帰りたくてスイーツのお店に付き合って欲しいと頼んだら、甘いものは苦手だからと断られた。だが親友のいのがいないという設定だったため店には行かずに用もないのに一緒に帰ってくれた。メルヘンゲット!)バレンタインはどんなチョコなら受け取ってくれるんだろう。去年は勇気が出なくて渡せなかったが今年は絶対に渡したい!
クリスマスだってまだなのに気が早すぎるといのは言う。それより来週のハロウィンのクラス会で一緒に過ごせば良いじゃない。
「去年は私達二人でおそろいにしたけど、サスケくんは去年と同じ悪魔になるって言うから、あんたも悪魔にするんでしょ?」
「ね、それ大丈夫かな? 勝手におそろいにするのって重たいって思われないかな?」
「べっつにー。あんたが重いのなんて今更じゃない」
「も~! そんな風に言わないでよ。やっぱり変えようかな、嫌われたらどうしよ」
「そうじゃなくて、あんたの重たいは平気でしょ」
「なんで?」
「サスケくん、あんたにだけ優しいじゃない」
「……でも」
彼が優しいことは否定しないが……。
「サクラ、わたしこの間見たわよ。あんたサスケくんにひざ抱っこされてたでしょ」
「あれは……!」
「なによ~」
「でも別に、つきあってるわけじゃないし……」
「なんとも思ってない子にサスケくんがあんなことするわけないじゃない」
「……だって、好きって言われてないし」
サスケはどう考えてもサクラだけ特別扱いだ。他の女には顔をしかめるのに、サクラには顔をしかめた後に、仕方がないという顔をしてつきあってくれる。
それなのにつきあってないと彼は言う。好きだとも言われてない。
そんな気はない。つきあう必要はない。サクラはサスケのものだ。一目見たときからそうだ。眼を見て名前を呼んで、来いと言われればついて行く。来て欲しかったら呼ぶ。
「サクラ」
「なぁに?」
呼ばれると嬉しそうな顔でそばに来る。これでいい。これで満足できる。
クラスメートが二人の距離を見てひそひそ話しているが、そんなものは気にならない。サクラはサスケが好きだし、サスケはサクラが良いのだ。
サクラに会ってからサスケは彼女以外の人間からエネルギーを取ることはしなくなった。彼女以外欲しくないし、サクラは他の人間より上質のエネルギーの持ち主で、そばにいるだけでサスケの存在は強固になり、エネルギーが溜まっていく。
悪魔は許されざる存在だが、それでも人間界にこうして存在できる以上、夢魔は神に見逃された存在だというのがサスケ達の一族の考えである。
人間に近い存在の夢魔は人間と交わることができる。だからサスケはサクラと出会ってすぐに同じ高校に通う男子高校生になることに決めた。
次の日から同じ教室のすぐ後ろの席につき、ずっと彼女を見ている。
他のクラスの女から告白だとか差し入れなどを適当にあしらい、彼女を見て彼女からエネルギーをもらい、彼女とともに過ごす未来を考えながら生きている。
サクラの精気を、彼女の生体エネルギーをもっと奥底から感じたらどうなるだろう。
サクラと交わり、サクラに子供を産ませたら、もっと良い気を感じられるだろうか。
考えるだけでぞくぞくする。
今はまだ考えるだけで済ませる。人間界には決まりごとがあるからだ。サクラのためにサスケは我慢していた。
「サクラは恋人じゃない」
女子数人に囲まれサスケの機嫌は最高潮にわるかった。女は嫌いだ。恋人がどうのといつもうるさい。
サクラとの関係はなんだとわめく人間。サクラはサスケの全てになりつつある。サクラがいなければ生きる意味を失いサスケの世界に光はなくなるだろう。
相手をするのが面倒になって適当に言葉を合わせてやった。そのまま教室を出ると廊下にサクラがいた。
「サクラ」
「あっ、ごめんなさい……!」
サクラがサスケに背を向けて走り出した。サスケは鞄を置いて走った。すぐに追いつく。サクラは体育の成績も良いが、サスケは足が速かった。
腕をつかむ。いつかと同じだ。
サクラは空手の技を振るうことはなく、ただサスケから顔をそむけた。
「立ち聞き、するつもりはなかったの、話し声がするなって、サスケくんの名前が聞こえるなって、それで……わたし、かんちがいして……」
「かんちがいってなんだ?」
「ほんとになんでもないの」
「ならこっち向け」
「やだ」
「あ?」
「だって、」
「サクラ」
サクラが下駄箱の前でしゃがみ込む。仕方がないのでサスケもしゃがんだ。うつむいて絶対に顔を合わせようとしない。面倒くせえ。
「きゃ」
サスケは一段上のブロックに座り、サクラを無理やり自分の腕に収めた。
「おいサクラ。カンチガイってなんだ。言え」
「だって、だって……こんなのサスクくん、わたし勘違いするよ!」
サクラが真っ赤な顔をして、それでも顔をあげないので腹が立って、サクラの体をぎゅうと抱きしめた。サクラはびくりと驚いて、ぷるぷると震えながら、だってとくり返す。
「恋人じゃないのに、どうして、こんなことするの?」
そんなことは決まっている。サクラだからだ。
「いやか?」
「…………やじゃない」
蚊の鳴くような声だった。泣いているのかもしれない。
泣かせる気はないが、彼女の瞳から流れる水を思うとむらむらする。
サクラの熱い体が心地よくて、彼女が自分を好きだということが全身から感じられて、興奮してきた。このままでは危険だ。しかしこの体を離すことができない。
「高校の間は手を出さない。おまえの体に何かあったら困るからな」
「へっ……」
「だけどおまえはオレのものだ。二度と逃げるな」
「……はひっ…………」
サクラは真っ赤になって気絶したので、サスケは腕のなかの体を堪能していた。
嫌ではないとサクラは言った。ならばこうしていても良いのだ。
まだ何もしない。今はまだ、もう少しだけ……。
すりすりとサクラの髪をほおずりながら、サクラの涙を吸いたいなとサスケは考えていた。そうしたらどんなに良い気分になるだろう。彼女の肉体を少しでも味わってしまったら、どれほど力を得られるだろう。
絶対に彼女を離しはしない。
あの日サクラがサスケを見て、サスケがサクラを見たときから互いに囚われたのだ。
後日、クラスのハロウィンパーティーで意外なほど本格的な悪魔の仮装をしているサスケの隣に、同じく赤い角を持つサクラがいた。
しかもどういう仕掛けなのか、サスケの悪魔のしっぽが常にサクラの体に絡みついているので、二人は最初から最後まで完全に一緒に行動していた。
おまえどんだけ束縛が過ぎるんだ。
クラスメートの誰もが思ったが、もはや突っ込む気は失せている。
「なんだよー。サスケついに告ったのかよ。高校卒業したら即結婚するって言ってるくせに、付き合ってないって言ったときはどうしようかと思ったってばよ! おめでとうサクラちゃん。式には呼んでくれよな!」
「そっ、そうじゃないってば!」
色々とおかしな点の多い親友の発言と勇気あるツッコミに対する彼女の返事に、そうじゃないのかよ! と皆思ったが、一体どの点がそうじゃないのか。これ以上のことは怖くて聞いてられなかった。
彼女を捕まえて離さない悪魔の彼氏が怖かったから。