あるダブルオメガの考察(サスサク)
オメガとアルファの歴史は忍びとともに発展してきた。
学術的な研究は近年ようやく形になったものだが、忍者達はその生業のゆえに本能の力を利用することが数多くあったのだ。
発情期や他を支配する能力について、著名な一族は独自の開発をして伝統を形成しているという。師弟関係にある者や特殊な技術集団もその応用と対策の両面において、さらに忍びの巧者たちも個々に研鑽を積んできた。
結果としてこの性は本来の力をより強力に、または全く無きものとされるほどヒトという生物の手段になっていった。ある忍びの里長がオメガらしいという噂も、今では聞く者の眉を顰めさせるものではなく感歎や思慕の念を生んでいる。ヒトは本能とうまくつきあっていた。
古来オメガは産む性と言われてきたが、いまやその限りではない時代だ。
常に圧倒的多数のベータに対して、アルファの数は少なく、オメガにいたっては更に少ない。その割合に変わりはないが、現在の性差は外見が最も重要視される。つまり見た目と同じく肉体が男であり女であればカップルとして成立する。
つがい、と呼ばれてきた結びつきは昔のようには見られなくなった。
子を産み育む者らは夫婦と呼ばれる。
アルファ同士の夫婦、アルファとベータの夫婦、ベータとオメガ、数は非常に少ないが例えオメガ同士であっても、外観が男と女であれば子は産まれる。
昔は本来の性こそ重要であったらしいが、今では肉体的な性別の組み合わせこそが常識的で一般的なカップリングだ。本能を左右すると言われる性の影響は現代では薄い。
ただ気質として己の属する性は今も検査で調べられ、その特徴を知っておく必要があった。特に一部の少数のために。
アルファは君臨することを望み、ベータは他者との共存を喜び、オメガはひとを受容する。
検査は公然と行われる。結果を公表されることはないが、ひた隠しにするほどのものではない。アルファらしいアルファ、オメガらしいオメガなど近年では稀有な存在だ。
体が男であり属する性がアルファなら、男らしい者(アルファ・アルファ)。体が女であり属する性がオメガなら女らしい者(オメガ・オメガ)。
ベータにいたっては、ベータの男(ベータ・アルファ)、ベータの女(ベータ・オメガ)が転じて、ただ男、女と簡略的に呼ばれるようになった。
外から見える肉体こそ重要で、内部の構造と機能は外観と密接な関わりを持つようになったのだ。
生物としてヒトの本能はずいぶん鈍くなった。だがそれは忍者達のたゆまぬ研鑽の成果でもあった。
サクラはずっと自分はベータ・オメガ(女)だと思っていた。
子どもの頃はひとより少し泣き虫だったけど、いのに会ってからはそれなりに普通と変わりなく過ごせるようになったし、好きなひともできて毎日を楽しく過ごしてきたつもりだ。
憧れのひとはアルファのなかのアルファと言われる一族だけど、今ではそうした言葉は単に、見目も性格も男らしい、と同義でしかない。あのひと格好良い、というように、あのひとアルファっぽい。と、若い子らは平気で性に絡めた褒め言葉を口に乗せる時代だ。
だから十五の歳に師匠の綱手に検査を受けるよう言われたときも、何の気負いもなく受けたのだ。
時代は変わっていたから別段オメガと言われたって薬はあるし体は元から女性として産まれてきたのだから、ベータのオメガ気質、検査の数値にもそう言われるだけだと思っていた。
『オメガ・オメガ』
生まれ持った体がオメガ(女性体)で、本来の性もオメガ。
数が少ないゆえ生粋のオメガに対する一般人の認識はあまり正確なものではない。サクラとて医療に関わる情報をわずかに持ち合わせているだけだ。
サクラが知る限り、本来の性のなか最も生き難いのがオメガだ。
抑制剤、今では安定剤と呼ばれる薬の摂取、またはある程度の技量を持った医療忍者の定期検診が義務づけられているのもこのダブルオメガであった。
「…………」
だけど確か、ダブルオメガだって対処法は確立しているから、これはショックとは違う。少し驚いただけだ。
自分はひとより色素が薄い。
肌が白く全然陽に焼けなくて、いのにも羨ましがられたことがある。こちらは下手に陽に当たれば肌を痛めてしまうからかえってたいへんなのだと言っても聞きやしない。まぁ痛み対策であれ美容対策であれ女は色々やることが多いから、気にしていなかった。
自分が生物として弱いと言えばこんなことぐらいだ。いや、もうオメガが弱い時代ではないはずだ。
子どものころは泣き虫で、いじめられていた時期もあって、両親も過保護なほど心配していた。アカデミーに通うようになって、サクラの毎日が普通の子供達と同じぐらい充実するにつれ、すっかり安心するようになったけど、本当に普通の家庭なのだ。
無事に忍びにもなったし、任務はこなせているし、両親も自分も、忍者としても人としても普通の血筋のはずだ。だから数が少ない貴重種であるはずのダブルオメガと言われ、驚いただけ。
幸い自分は医療忍者で、体の不調を安定させるチャクラを自分で練ることができる。一般人が利用する耐性薬だって自分で作ることもできるから、自分がどんなに乱れたって対処できる。もともと女だから産む性にも抵抗はない。(綱手の話によればさらに数は少ないらしいが男性体のオメガもいるという。)
本当に、今まで困ったことも、本能に我を忘れるようなこともない。
オメガだからと言って忍者はできる。そもそもオメガだとしても、自分はけっこう頑丈なオメガじゃないか。
そりゃあチャクラは少ないけど、コントロールはひとより上手いし、そのおかげで怪力は使えるし、今までのスリーマンセルの任務中も問題なくやってこれた。
過去の文献では、オメガの忍びはアルファのパートナーがいなければ他里に行くことすら難しい時代があったというが、ナルトもカカシ先生もサイも今まで何か、オメガについて話題に上がったことさえない。(あの三人はどうなんだろう。いや、本来の性なんて関係ない。)自分がオメガだとしても、皆変わりなく接してくれるはず。
ただサスケくんは、彼はわたしがオメガだと知ったら、やっぱり弱い女だと思うのかしら……。
医療忍者で良かった。綱手の弟子になって、彼女の元で検査を受けられて本当に良かった。
性別の書かれた用紙を手に、サクラは細い肩を安堵で震わせた。
サスケが里に戻り、病院で、彼の体に触れたとき、二人の体を衝撃が貫いた。
本能に支配される。
サクラの視界は白く染まり、明滅する雷撃を全身に受けたように身動きが取れなくなった。
サスケの声がする。サクラの名を呼んでいる。
「サクラ、サクラ」
「サスケくん」
夜だから、良かった。あんな訳のわからない状態になってしまって、気がつけば半裸に近い姿でサスケと絡み合って、そのまま朝まで眠ったらしい。
朝陽が病室を照らすなか、体を許しあった恋人のように二人は身を寄せて眠り込んでいる。
ただし一線を越えたわけではない。サクラの白衣は床に落ちていたが、服は最後まで脱がされていない。服装の乱れまくった姿は非常に情けないが、下着は中途半端に無事だ。
こんな恥ずかしい肌けかたするくらいなら全裸の方がましだろう。そう思うほどブラジャーはみっともなくカップがずれているしショーツは足の付け根まで落ちているから丸い尻の山が二つとも見えている。それはつまり前の部分だって、色の薄いくさむらが生えている大切な場所を隠せていない。なのにスカートの裾はめくり上がって腰の帯に絡まり、上着は留め具が外され胸は全開だった。信じられない!
そのうえサクラの恥ずかしい部分と重なっていたのはサスケの体だ。彼はきちんとズボンを穿いたままサクラの両足の間に己の足を差していて、二人の下半身はぴたりと密着している。布団もかけずに互いの肉体で暖を取るように肌を合わせている。
サスケの肩口にサクラの頭が乗って、裸の上半身のしなやかな筋肉に寄り添い、腕と脚が絡み合ったまだ青い男女。
目覚めないサクラを、サスケはじっとりと見詰めた。彼女の無防備な寝顔と肌を眼に焼きつけるかのように。
ベッドの上で眠気まなこのサクラはのん気に「おはよう」と言った。
彼女の瞳を真っ直ぐに見て、サスケも「おはよう」と言う。
サクラがサスケの顔を見た。間近で見る彼の眼の、その静かで黒いこと。
「……!?」
一瞬後、夜の惑乱が再びサクラを襲った。
サクラの体がびくりと大きく震えたとき、サスケの足が力を抜いたので、サクラも慌てて絡み合う手足を離した。素肌の心地よさから一転、覚醒するやサクラは真っ赤になった。起き上がったサクラの姿をサスケの眼は正面から記憶した。
戸惑うサクラは己の惨状に気づくと「ひっ!」と叫んで体の前を隠して震え出した。
サスケはそっと起き上がり、彼女に背を向けた。
無言の気遣いにサクラは急いで服装を直した。
サクラの胸はまだ小さいので引っ張ればブラジャーのカップはすぐに正しい位置に収まった。上着の前を留めスカートの裾を下ろす。ショーツは元の位置まで上がりきってないが、足の邪魔にならなければトイレにでも行って直せばいい。ここはサスケの病室だ。こんなところでサクラがサスケと一緒に眠る必要はない。
「ごめんなさい!」
床に落ちていた白衣も気づかずサクラは走って逃げた。
化粧室にこもって心臓を宥める。
なんであんなこと、昨夜何が、どうしてあんなことに、なったんだっけ。
「サクラ、」
サスケに名を呼ばれ腕を取られ、ベッドの上に引き込まれ、馬乗りになる彼に体中を弄られた。
サスケは口付けもせずサクラの下着に触れもせず、ただただ全身を愛撫する。髪のなかに指を入れ耳のなかを唇で撫でていき、サクラの両脚を割り開いて下半身を押し付ける。
「ふぁっ……」
何が起こっているのかわからなかった。
抵抗はできない。そんな気持ちはサクラの中に欠片も沸かない。
それどころかサスケに呼応するよう衝動に動かされ、サクラも身を捩って体を擦り合わせた。これは発情ではないから下着までは脱がなくて良い。ただあなたを感じたいだけ。
「サスケくん……!」
二人の体はまだ育ちきっていないから、それ以上のことはしなかった。
なのにサスケはこのときサクラのうなじを咬んだ。
マーキングは終了。
生物として未成熟な二人は過程よりも結果を求めた。互いが自分のものであるという証。
そうだ。彼はアルファで自分はオメガだ。つがいなんて、時代錯誤だと言われているが、絶滅したわけではない。だけど発情期を迎える前につがったという話は聞いたこともない。
サスケはどう思っているのだろう。アルファの彼は性の秘密を自分より知っているのだろうか。
昨夜のあれは本当にあったことなのか。サスケの言葉は自分の願望でなく、現実に言われたことだろうか。
『サクラ、すまない、』
まだ早いのに。
『おまえはオレのものだから、』
そうよ。わたしはあなたのものよ。
『本当に番うのは、また今度に』
だって体を繋げていたら、とても別離に耐えられない。
互いに発情期は迎えていないから、その頃になったら―――。
うなじだけは噛まれたが体を繋ぎもせずに睦みあい、体の内側への接触もなく一晩眠っただけで、本当に自分たちは番になったのだろうか。
オメガであるサクラには体の変化がわからないが、サクラにはサスケしかいない。発情期でもないのに盛ってしまった。つまりこれはニンゲンらしい行為なのかな。
打ち消す言葉の奥から、本能を喚び醒ます声が木霊する。
彼はわたしのアルファ――わたしは彼のオメガなのだ……!
恐ろしい。
あんなに好きなひとと、本当に発情を迎えたらどうなってしまうんだろう。
サクラはオメガになって初めてサスケを怖いと思った。
サスケはアルファだ。
検査など必要がないほど、うちは一族とは全員がアルファであった。
つまりアルファ同士でもつがい(夫婦)になれることを知っていたのがうちは一族である。
彼らは眼の力を使い他者を支配する。
アルファ同士であっても強者が弱者を従え、子を孕ませる。そうして一族は繁栄してきた。それこそ偏りを生んだとも言えるが、彼らは本能をよく理解していた。
従って、幼いうちから弱きもの、己のオメガ(女)と呼ぶべき存在を定め、その本能を支配することはアルファの一族として当然の業であった。
サスケは幼いサクラを見つけたとき、無意識に支配したのだ。彼女は自分のものだと。
肉体への接触ではない。支配者たる一族の最も濃い因子を持つ彼の本能への働きかけは、オメガである幼いサクラをやすやすと捉えた。
幼い二人の出会いがどういうものだったのか。本人達も記憶していない邂逅は永遠を定めた。
互いの成長を待つ間、アルファに相応しくサスケはひたすらに強さを求めた。
サクラもまた彼女のアルファに添うように振る舞った。
サスケに憧れる女の子。彼女はその立場ひとつで涙を止め、怯える自分を打ち消し、大切な親友とすら対等になった。サクラの生き方はサスケのために育まれていった。
決して強い性ではない彼女は出来る限りの方法で能力を磨き、己を守りながら戦っていった。
自分の唯一であるアルファのために、オメガである身を削るようにサクラは生きた。
互いにそうとは意識しないまま。
写輪眼を開眼することは一種のメタモルフォーゼ(変態)である。
精神の力が肉体を支配する。一族の持つ能力を武器にして戦う集団であったうちはにとって、その力をもってすれば女性体のアルファをオメガ性に変えることさえできたのだ。男性体のそれを変えるより容易い変化だ。一族はアルファだけで栄えていった。(いつしかそれに似た夫婦=アルファ同士のカップル、アルファとベータなど、性を凌駕する夫婦が他の一族や一般人にも見られるようになっていったのが、現在の男女の姿である。)
これこそうちはが戦う一族である力の源だった。アルファしか産まれないのだから、他を排除し君臨することを望まずにいられない。
他方アルファだけで形成される一族は、だからこそそのなかに、確かにアルファ性でありながらベータ気質、オメガ気質とでも呼ぶ他のない、他者に眼をやれる者らが存在した。うちはイタチがそうであり、うちはカガミもアルファでありながら優しい男であった。
もはやサスケの預かり知らぬ性の持つ奥深さである。
アルファでありベータであっても個の持つ力は強大である。ヒトという種はそれに気づき、特に忍びという生き物は己の望む方向に進化していく。
チャクラという目に見えない力の修得。その練度は精神と肉体を支配する領域まで高められた。
それが忍者の持つ力だった。
兄の願いを知ってなお、アルファの申し子であるサスケは戦いを求めた。宿命の兄弟でもあるうずまきナルトの性は何だったのか。
サクラは二人の間で泣いてばかりだ。
どれほど追いかけても、サスケは振り返らない。
それでもサクラはナルトと並んでサスケの背を見つめ続けた。
彼を求めずにはいられないのだ。
二人の戦いが終わり、サスケが己のオメガに眼を向けたのは自然の摂理であった。
彼女は彼を見つめるときだけ、本来の性を開花させていた。その匂いの香しいこと!
サスケは彼女と近く居合わせる度にこの匂いに悩まされた。
まだ早い、まだ早いと理性は制止の言葉を繰り返すが、そんなものがなんだというのだろう。
手に入れたい。味わいたい。彼女は十分に匂いやかな花だ。蜜など零れなくとも己を誘う香気がある。その悩ましさに何故他の人間は平気なのか。(もし自分の他に気づく男がいたら、サスケこそ平静ではいられないだろう。)
大戦後、サスケは自覚していた。
あれはオレのものだ。彼女の瞳も、匂いもそう言っている。幼い頃から決まっていたことなのだ。
主治医であるサクラは、サスケのカルテを見た。
『アルファ・アルファ』
予想通りだった。なのにアルファという文字を見たとき本能が鳴動した。
医者の守秘義務は患者が誰でも同じだ。だけど鼓動が高鳴る。知っていた、あなたがアルファだと知っていたけれど、ならばわたしは自分がオメガだと彼に告げたい。
わたしは何を考えているの――。
「サスケくん、」
真っ赤な顔のサクラが現れたとき、場は既に整っていたのだ。
番としての再会を果たし、より強固な拘束となるようアルファがオメガに暗示をかける。
まだ早いというのに肌を絡めて睦みあう。
ひとの体温は気持ちいい。
「サクラ…」
何をしてもいい。あなたなら許すわ。
サスケはサクラに何も言わない。
彼女に溺れる前に、贖いを払わなくてはいけなかった。血ではなく、剣による忠誠で良いとはぬるい里だ。
支払いが全て終わればそのときこそ花を摘み取ってもいいだろうか。
サスケは徴をつけることにしたのだ。
他の男が間違っても彼女に近づけないように。
サスケが旅立ってから、サクラはゆっくりと美しいオメガになった。
サスケと番になっているため他の男には匂わない香気も、花の姿だけでも美しく、雄の目を悩ませる。
そしてある日サクラはサスケの元へ旅立つことにした。何一つ確かな約束もなかったけれど、サクラは生物としての己の本能に懸けることにしたのだ。
一度心を定めるとサクラの本能は止まらなかった。
体の準備はすっかり整っていた。
発情が近い。
彼に会いに行こう。彼が呼んでいる。
アルファのそばに行かなくては。
赤い頬、濡れた瞳、火照る熱はこの体を欲する男がすぐそばにいることを知らせている。
サクラのうなじが彼に咬まれたくて熱を帯びる。もっと深く鋭くアルファに刺し貫かれたい………。
「サスケくん」
発情期でもなかったのに、あんな甘噛みだけで番になんて、なっているはずがないじゃない。それでもサクラが今まで我慢できたのは、オメガとしてアルファを受け入れたから。
数多の女たちがアルファの支配を受けたのだって、相手の男を愛していたから。
雄の性を受け入れるだけじゃない。十月十日ものあいだ、子を育むのが女の愛だ。
かわいい男たちの支配を受け入れてやる度量をもつ女たちが、愛する男のオメガ(伴侶)になるのだ。
発情のときにこそ性の本能が開花する。
だから今、これから、わたしのすべてをあげるから、わたしのすべてをかわいがってね。
「………サクラか」
ねえサスケくん、すきよ。
サクラは微笑んだ。
その姿はサスケでさえ理性が保てないほど美しかった。