秘密のシスターサクラちゃん
うさんくさいはたけ神父の教会にはシスターサクラちゃんという女の子がいる。
可愛くて賢くて、何でも知ってる彼女はいつでも黒くて長いスカートの服を着て、掃除に帳簿の整理に神父への説教とやることがいっぱいだ。
「ねぇサクラちゃん、今度のハロウィンはどうすんの? オレってば狼男にするから、サクラちゃんはなんにする?」
「ハロウィンは教会のイベントで忙しいし、私たちまで仮装する必要はないんじゃない?」
「え~! それじゃつまんねーよ。ハロウィンなんだし、たまには思いっきり羽目を外そうぜ~」
「あんたは良くてもシスターの私が羽目を外したら問題じゃない」
「まぁまぁサクラ、ナルトの言うことも一理あるぞ。教会でやる今年の収穫祭は地域の皆さんに来ていただきたくお祭りだし、いつもよりちょっとくらい羽目を外してもいいんじゃないか」
「やったぁ! そうこなくっちゃカカシ先生!」
「カカシ先生ったら、ご近所のかたが皆さん来られるんですから変なことしたら引かれちゃいますよ!」
なんて話していたのにハロウィンの仮装は大成功だった。
怪しい雰囲気が評判のイケメン神父が盛装した吸血鬼で出迎えると、お子さんの付き添いで来られた親御さんたちは大盛り上がりだ。といってもマスクをした吸血鬼という迫力のなさなので、普段の黒ずくめが少しばかり時代がかった礼服に変わっただけ。それでもなぜか抜群に格好よく見えるのだから、なんだか納得がいかないナルトである。
「どうしたのナルト」
「サクラちゃん!」
「トリックオアトリートでしょ。はい、私のお手製のマフィン。クッキーだけじゃ足りないと思って余分に作っておいたの。食べたらがんばってね!」
差し出す指先は長く伸びた赤い爪。頬に流れる血の涙とくっきりとした口紅のラインが迫力のある美少女を演出している。肩や裾の絶妙な位置に破れがあるナース服は、ホットパンツかと見まごうほど短いスカート丈で、そこから生えている足はびっくりするほどきれいな曲線だった。ナルトはわけもわからずどきりとした。
ピンクから赤に変わっていく扇のような睫毛のなかにある淡いグリーンの瞳。そのきらめく色を見て我にかえった。清楚なシスターが蠱惑的なゾンビナースに変わっている。何よりも彼女のミニスカ姿は貴重だ!
「うわぁ……かんわいいってばよ~!」
「もうからかわないの。早く食べて手伝ってよ」
来客用に用意されたものと違ってラッピングのされていないマフィンはなんだかあったかい。
ナルトは着古して破れたデニムをはいて、モフモフした耳としっぽのある狼男に扮している。人懐こい笑顔のモンスターは聖なる教会でゾンビナースと吸血鬼と近所の元気な小鬼達と、落ち葉で焼き芋をしたりバーベキューセットでマシュマロを焼いて食べたり、教会内に隠された宝物を探したりしてよく遊んで働いた。
小鬼に扮した子供達(教会で用意した角のカチューシャや飾りのついた黒いマントを着ただけ)はサクラの足にも平気な顔でくっついて笑っている。ナルトは若干ハラハラしたが、ハロウィンの賑やかな楽しさにまぎれてすぐに忘れてしまった。
サクラはミニスカートでもまったく普段と変わらない。ナルトにはまるで年の近い姉のように接してくれるサクラは子供達にも大人気だ。ご近所の奥様方にも評判がよく、今日もまた子供から大人まで、人々のあいだをくるくるまわって働いていた。
実力はあるのにどこか太平楽なカカシに比べ、絵に描いたような品行方正のサクラのおかげでこの教会は盛況なのだと噂されるのも納得の光景だった。
「サクラちゃん疲れただろ、ちょっとは休憩しなよ」
「ありがと。でも全然平気よ。休んでるほうが調子狂っちゃうわ」
「そうなのか? ほっぺたも赤いし、サクラちゃんずっとがんばってるから」
「……そうかな」
「うん! オレってば飲み物とってくるからさ」
なんだか頬も赤いし、平気だってサクラちゃんは言うけど、がんばったらちょっとくらい休んでも神様は怒ったりしないもんな。
「ジュース持ってきたよサクラちゃん! って、あれっ、サクラちゃんは?」
「サクラはあいつが連れてったよ。二人ともしばらく休憩だ」
「あんのムッツリ! お客さんの相手は嫌だって中に引っ込んでたくせに、サクラちゃんと休憩かよ!」
「まぁしょうがないだろ。あいつがサクラのご主人様なんだから」
「それは言わないでくれってばよ!」
ナルトはぎゃんぎゃんとカカシに噛みついた。
「……おまえも懲りないやつだね。さ、ナルト。サクラがいない分、子供達の相手を頼むぞ。後片付けもな」
カカシはびしりと指示を出すと、追いかけてくる子供達の集団を撒くべく姿を消した。小鬼の如く元気な子供達は「トリックオアトリート!」と口々に唱えてはお菓子をねだる遊びに夢中である。
「カカシ先生~サクラちゃ~ん!」
人間の何倍もの体力を備える狼男といえども子供の相手は厳しい。何せ軟らかい皮膚を傷つけないよう気をつけて相手をしなくてはいけないからナルトは特に気を遣う必要がある。
人間の相手はサクラのほうが抜群にうまいし、普通の人間の大人であるカカシのほうが適任なのに。
ナルトは信頼する師と仲間の名を呼び神に救いを求めたが、もう一人の仲間の名前だけはついぞ呼ばなかった。
さてそのころサクラは自室でご主人様相手に衣服をくつろげてご奉仕を――もとい介抱をされていた。
サクラの頬は赤く火照り息は乱れて普通の状態ではない。
「ひとに近づきすぎだ……」
「……うん」
「わかってるだろう。ひとの生気が主食のおまえが無垢な魂や若い男の欲望に近づけば本性が表れやすいと」
「……ごめんなさい」
「角としっぽが出てる。人間に気づかれたらどうするつもりだ」
「ごめんなさいサスケくん……!」
ナースキャップが外れたところからは二本の角が覗き、ミニスカートがぎりぎり覆っている丸い膨らみからは細長く伸びた黒いしっぽが生えている。
シスターサクラの正体は可愛い人間の女の子ではない。それどころか人間の生気を吸って糧とする邪悪な存在だ。しかし彼女は教会で毎日真剣に神への祈りを捧げて純潔を守っている。
サスケの前で衣服をはだけ、彼の手で膚を撫でられ、ひくひくと身を震わせているのはあくまでも生気に餓えた邪悪な本性を抑えるための措置である。
低級な魔物であるサクラに比べ、高貴なるうちは一族の若き吸血鬼であるサスケは、サクラ自身の体を操り、邪悪な魔の気を抑え支配することができるから。
「いつも……迷惑かけてごめんなさい……」
真っ赤に熟れた体をサスケの愛撫にゆだね、恍惚となったサクラは嬉し涙を一粒だけ流した。
サスケはその涙をぺろりと舐めると、
「使い魔を庇護するのも主人の務めだ」
傲然と答えた。
「生気を欲する魔の住人を昇天させちゃうなんて、色男は罪だよねえ」
魔物だというのに敬虔な修道女のサクラ。
その友人の狼男のナルト。
主人である吸血鬼のサスケの正体は、はたけ神父しか知らない秘密である。
いや、神はすべてをご存知だ。
聖魔のシスターが狼男とお菓子を食べて、使い魔を従える吸血鬼の様子をのほほんと眺める神父がいても良いのである。
迷える魔界の住人は人間とともにハロウィーンを楽しく過ごしている。