口紅とシャンプーとCM(サスサク)
副題:初めてのデ○ズニーデート
口紅
デ○ズニー2Daysフリーパスチケットペアご招待券。
しかもリゾート内のホテル宿泊料金も込みという金のない学生にとって垂涎の超優良物件を回してくれる人物なんて、はたけカカシしかいない。そして妙な捻りを効かせてくれるのも高校時代のこの恩師である。
「ただでやるのもつまんないな。王様ゲームで当選者決めて、条件全部飲んだやつにこのプレミアチケットをあげようか。さっ、乗るやつはーー」
常軌を逸することの多いカカシの青春ルールを恐れず、はいはいと手を上げたのはサスケだけではなかった。
プチ同窓会で集まった面々のなかで、あのお堅いサクラも親友のいのと一緒に行きたいね、なんて控えめに手を上げている。可愛い。
「デ○ズニーに行きたいんなら、オレがいつでもデートに連れて行ってやるのに!」
思った通りのことをサクラに言えば、いつものように軽い拳骨を浴びた。意地っ張りなサクラだ。それもまた可愛い。
サクラの隣でいつになくにやけた顔で『挑戦者』の札を引き当てたチャラスケことうちはサスケは、王様ことカカシが読み上げた『赤い口紅』という条件に喜びから一転顔を歪ませた。
曰く、家を出る瞬間から口紅を引くこと。ペア相手と仲良く遊んでる姿ーーもちろん綺麗な口紅が見えるような楽しそうな笑顔ーーを一時間毎にUPすること。
「カカシ、なんだその変態な条件は?」
「変態とはなんだ。デ○ズニーに見合った可愛い条件だろう。ま、おまえが出来ないっていうなら守れそうな子に変更するのも有りだぞ」
くそ。こいつ最初っからサクラといのにやろうと思ってたのかよ。(この日メンマとヒナタはデートで欠席だ)
デ○ズニーにいる間はずっと逆立ちで過ごす、なんて条件なら無視してやるのに。変に細かく決めやがっていけすかねえ。青春教師はときおり妙にサクラに優しい。それがまた鼻につく。
「どうするサスケ、ルールを守れるならペアの相手はおまえが自由に選んでいいぞ」
「乗った!」
カカシの考え通りに口紅の似合う女の子、つまりサクラといのにやってもいいんだが、オレだって行ったことねえんだ。最初は絶対サクラと行きたい!
「当然、このゲームに参加した者はオレのペアに選ばれても文句を言わずに仲良くデ○ズニーに行ってくれるってことだよなあサクラ!」
「う、うん」
サクラはびっくりした顔で、それでも頷いてくれたんだ。
(ん、つまりオレ達って初デートで初デ○ズニーで、お泊まりデートまでしちゃうのか……えっ、マジで…??)
自宅の玄関で鏡をチェックしながらサスケは後悔していた。
サクラとデート。しかもデ○ズニー。しかもお泊まり。お泊まりはいざとなったらサクラが帰る、いやいやいやせっかくのホテルなんだし、その場合はオレがどこかトイレにでも一晩こもるとしてだな、それよりこの口紅だ。
不自然に赤いサスケの唇が鏡のなかで浮いている。
口が変な感触だし、どうしたって変だろオレが口紅なんて。くそあの変態教師マジかよ。頭おかしいぞ絶対。
ピンポーン
無情なるチャイム音。
サスケは仕方なく玄関の扉を開けた。
「……おはよ」
世界で一番可愛い大事な子がオレに会いに来てくれた!(カカシサンキュー!)
この日のサクラは(いつだって可愛いけど今日は特に)すごく可愛かった。
裾にフリルのついたデニムのミニスカ。トップスは袖の膨らんだ型に鮮やかな刺繍のある女の子らしいシャツを着て、短い靴下とスニーカーが溌剌とした印象を演出している。
カジュアルで動きやすいスポーティな可愛さ。デイバックを背負ったサクラはデ○ズニーにぴったりだ。
てっきりパンツスタイルだと思っていたから彼女のスカート姿は嬉しかった。膝小僧が出てるのも良い。サクラの足ほそい。
髪の毛もめずらしくいじってあって刺繍と同系色のリボンをしていた。なにそれ可愛い! 赤いリボン似合ってる可愛い!
「そうだ写真! 写真撮ろうぜサクラ!」
スマホを取り出したサスケは一瞬で現実を思い出した。
サクラはこんなに可愛いのにオレの格好って、口紅ってなんだ。
「なぁサクラ、本当にこんなオレと一緒でいいのか?」
サスケは白いロンTに黒のパンツというシンプルな装いだ。装飾はうちはのネックレスだけ。
唇には条件の赤い紅を引いている。こんな口でお洒落もくそもない。
顔が良いためビジュアル的にはぎりぎりイケてる気がす……いや駄目だろ。普通に恥ずかしいんだよ。サクラがオレの唇をじっと見つめてる。
こんな変態と一緒にいたらサクラまで変な目で見られる。っていうかサクラがオレを変な眼で見て、嫌だって言うだろ!
「けっこうキレー」
ほらな!
えっ?
「思ってたより普通の格好ね。あんたがスカートでも穿いてたらどうしようかと思って、考え過ぎちゃった。ね、私の格好って変じゃない?」
「変じゃない! 今日のサクラすげえ可愛いよ!」
オレとのデートでオレのこと心配してそんな可愛い服着てくれたんだ。
「サクラこそいいのか。その、オレと一日一緒に、ずっとコレだぞ」
「だって、そういう約束でしょ」
だけど男が口紅してんだぞ。ふつう引くだろそういうの。一緒にいたいけど嫌われるのも嫌なんだ。オレは必死だった。
「ほんとにオレとデ○ズニー行ってくれるのかよ。今日はずっとオレと仲良く遊んで、一時間毎に写真も撮るんだぞ」
「そのほうが、緊張しなくて良いかも……。これって私たちが付き合って、はっ、初めてのデートでしょ……?」
サクラは真っ赤だ。この可愛いサクラをもっと間近で見たい。やっぱり一緒にデ○ズニー行きたい!
オレ達はメンマとヒナタから遅れること半年、ようやく互いの気持ちを認めて付き合うことになった。だけど長年の習性が抜けきらず、オレは子猫ちゃんに軽口を飛ばすしサクラはきつい表情でチャラスケと呼んで、いまいちカップルらしく振る舞えない。(すみませんオレのせいです)
だから今回のデートは良いきっかけになるかもしれなかった。もしかしてサクラも同じことを考えていたのか。
最初に顔を近づけて写真を撮ったらサクラはちょっと怒った顔をしたけど、オレの口を見た途端またそんな可愛く笑って、やべーなおい。サクラがオレに向かってこんなに笑ってくれるのかよ。
「あんたが口紅なんて変なの。似合ってるんだもん。顔だけ見てるとキレイなおねえさんと一緒にいるみたい」
おい、これは喜んでいいと思うか?
だがオレはやけに笑ってくれるサクラに負けて一日楽しくデ○ズニーした。
オレが赤いネズミの耳、サクラが黒いネズミの耳をつけてカップルみたいに指を絡ませる。耳元に口を寄せて二人だけの会話をしても、サクラはぜんぜん嫌がらない。オレと眼が会うたびに笑う。可愛い。可愛いよサクラ。
「なあサクラ、恥ずかしいからずっと手を繋いでてくれないか。おまえが一緒じゃないとおかしいんだから、絶対オレを一人にしないでくれよ」
「……カカシ先生の出した条件だから、仕方ないわね」
口紅をしてるだけでサクラがオレに優しい。
試しに彼女の頬にくっきり残るようなキスをした。サクラは驚いていたが、そのまま二人で写真をとったらすぐに機嫌を直して笑顔になった。
「サクラにも塗ってやるよ。お前のほうが似合うからな」
眼を閉じて大人しく唇を塗られるサクラの顔が悩ましい。
「口紅がお揃いって変ね」
オレ達は赤い唇をキスする直前まで近づけて写真をとったし、崩れてると言っては互いの口を赤く塗り重ねた。他人の眼なんかちっとも気にならない。
列に並んでるときに体を寄せて、軽く腰を抱いても平気だった。サクラはオレの手を握ったままだ。
カップルなら普通かもしれないが、人前でこんなことをしたら絶対怒るはずなのに。デ○ズニーのせいか口紅のせいか。
どう考えても口紅のせいでサクラの警戒が緩んでる。
調子にのって女言葉で話かければサクラは声をあげて笑う。山中の前みたいな屈託のない表情。そんな全開の笑顔をオレは今まで見たことがない。恋人(になったはず)のオレと過ごすのはそんなに安心できなかったのか。
「どうしたの?」
「……オレずっとこの口紅でいようかなって」
「やだ、メンマがびっくりするわよ」
笑顔の裏でオレはちりちりと胸が焼ける思いがした。
オレが口紅をやめてもサクラは笑顔でいてくれるのか。この魔法が切れたらどうなるんだ。夜になればホテルで二人きりだ。
手だって体だってサクラはオレより小さい。抱き締めたらお前の体なんてすっぽりオレに隠れちまう。だからこれ以上のことは、また今度にしたほうが良いんだよな。本当の意味で恋人になるにはもう少し堪え忍ぶべきなんだ。
今日は一日楽しく遊んだ。サクラだけじゃなくオレも楽しかった。続きは明日のデ○ズニーがいい。サクラもそのほうが安心だろう。それが男の優しさだ。
「サクラ、ホテルはどうする。オレは外で何とかするから、朝になったら集合で良いか」
「えっ、どうして?」
「どうしてって、当然だろ。ベッド一つしかないんだぜ」
キングサイズのダブルベッドにデ○ズニーの本気が見える。カップルにはぴったりの寝室だ。オレは少し疲れてた。肉体もだが精神的にもだ。
このまま同じ部屋で休むなんてやめたほうがいい。床でも良いかと思ったが、サクラがあまりにも無防備で、備え付けのバスローブにはしゃいでるのを見てだめだと思った。サクラと同じ風呂に入ってサクラと同じ部屋で寝る。バスローブを着ただけのサクラと一晩を過ごすなんて冗談じゃない。
オレは男なんだ。しかもお前のことが好きなんだ。唇の赤を落としたら、取り繕うことはできそうにない。
「別にいいじゃない。私たち付き合ってるのよ」
わかってないサクラに苛立つ。
「……お前は忘れてるかもしれないけどオレは男でお前は女の子だ。これ以上一緒にいたら、手を繋いでほっぺにチュウだけじゃ足りなくなるんだよ。今日は楽しかっただろう。せっかくのデートの夜に、お前が嫌がることはしたくない。オレはもう十分だ。この続きはまた今度に」
サクラはオレをベッドに押し倒して、唇にキスをした。
「わたし、いいのよサスケくん」
思いつめた泣きだす一歩前の表情。サクラはもう笑っていない。
「他の女の子じゃなくて、私になら何をしてもいいの。今日すごく楽しかったから、もっとずっと近くにいて。口紅なんて関係ないから、私を一人にしないで」
「……いいのかサクラ」
「もっと早くこうなりたかったけど、恥ずかしくて、怖かったの……」
やっぱりサクラはオレと同じことを考えてたんだ。
今日のオレが他の子猫ちゃんと一切口を聞かずにいたことが嬉しくて、不安で、夜になるのが怖かったとサクラは言った。口紅をしたオレなら他の女が寄ってこない。だから余計に楽しくて、幸せだから笑ってたんだ。(すまんオレのせいだよな)
「わかったぜサクラ。今度はオレがお前の手を握ってる。これからずっと、明日もそうやって一緒にいよう」
「うん……!」
サクラが笑ってくれた。うっすらと涙を滲ませた。淡い微笑み。
こんな可愛い子をもう少しでオレの腕から逃がしちまうところだった。
今度会ったらカカシに感謝してもいいかもしれない。
彼女に押し倒されるなんて、サイコーだな……。
副題:きれいなお兄さんは好きですか?
シャンプー
サクラは浮かれていた。
サスケと恋人になってデートもして二人でいることにもずいぶん慣れた。
そして迎えたお泊まりの日は、やっぱりすごく緊張した。
今どき流行らないと言われても、サクラはサスケの前では本当に無力な女の子になってしまう。化粧を落とすタイミングや着替えをどこまで用意すべきか。寝てる間に変なことしてたらどうしよう。待って、起きたときの顔をサスケくんに見られるのってやばくない。
「やっぱり駄目よ! サスケくんと同じ部屋で一晩過ごすなんて私には十年早いわ!」
「十年も待てるか」
クールなように見えてその実すこぶるホットな彼に押しきられ、嬉し恥ずかしい二人の初めての日を過ごしてからはや幾年。
初々しい反応もようやく落ち着き、今ではなんと一緒にお風呂に入るというとんでもない所行まで、けっこう平常心で(彼氏が変なイタズラをしなければ)こなせるようになってきた。
おつきあいをして○年、同棲を始めて一ヶ月、サクラが頂き物のプレミアトリートメントなるものを取り出したのはそうした積み重ねの賜物だった。
美容室からいくつか貰ったサンプル品で、効用は個々に異なる。そして本日用意したのはプロ御用達のどんなに癖のある髪質でもサラッサラのストレートヘアになる矯正力の高い逸品。
サクラの肌には合わないかもしれないと注意されたが、試す価値はある。彼はこういう薬に強い性質のひとなのだ。
「あの、ねえサスケくん。今日のお風呂、わたしがサスケくんの髪を洗っても良い?」
「いいぞ」
メルヘンゲット!! なんて前は叫んでいた事態だが、お互いの体を洗いっこするのもたまにあるのが彼氏彼女のお風呂事情ってやつなのである。
私が彼のお世話をしたくてたまらなくて、背中を流したり髪を乾かしたりしている内に、意外に構いたがりで負けん気の強い彼が手を出してきたのは当然の成り行きだ。
リラックスするバスタイムだからこそ、互いの楽しみとしてそういう雰囲気になってしまうのだ。彼氏がしてくれるのは高確率で汗を流すより汗をかく結果になってしまうけど、お風呂でいちゃいちゃするのは結構楽しい。驚くほど素直で可愛いサスケの弟気質が顕著になるのはベッドの中か入浴中だ。どちらも裸である。わかりやすい彼氏なのだ。
「じゃあ乾かすね」
新婚さんみたい。タオルドライをしてから、ふうわりと風をあてる。手櫛で整えただけの濡羽色の髪。セクシーだわ。
ドライヤーを手に漆黒の髪に指を差し入れ頭皮をマッサージするように撫でる。気持ち良さそうなサスケくん。
幸せな時間。これだからいっしょのお風呂はやめられない。サクラが望むリラックスなお風呂になるかは賭だとしても、今日の勝者はサクラであった。同じベッドで抱き合って眠るのは最高に安心できる。
翌朝に洗面所で顔を合わせると、思った通り彼の髪はかつてなく大人しく重力に従っている。逸る気持ちでドキドキしながらまたも了解を得て櫛を通せば真っ直ぐな黒髪がさらさらと流れた。
やった! 憧れの髪がサクラの目の前に出現した。自分とは正反対の美しい黒髪はサクラの理想だが、サクラ本人の髪をいじるのはサスケが絶対に許してくれないのだ。だがこの美しい黒はサクラのものと言って良い。心行くまで眺めても触っても許されている恋人の髪だ。
今日一日、サスケの髪を見つめる良い口実はないものか……。
「今日はどうする?」
サクラの昂揚を見透かしたようにサスケは声をかけた。
「やりたいことがあるって言ってただろ」
明かりを消した寝室で、明日はやりたいことがあるから激しくしないでくれと彼女は言った。
「あっ、デートしたい!」
彼はすんなり了承してくれた。嬉しい。
そうだ。今日はお天気も良いし二人で公園に行ってのんびりするデートがしたいなと思っていた。出来ればお洒落なカフェにも行って、あったかいスコーンが食べたい。手を繋いで歩いて、思い出のベンチ(初めてキスした場所)に座りたい。
彼はそんなもんでいいのかって言うけど、サスケくんと一緒が良いのよ。
明るい空の下で恋人と一緒の時間を過ごすのは、まるで全世界にサスケくんとおつきあいしてるんです、と宣言しているような気持ちになれる。だから彼との散歩デートはサクラの至福の時間なのだ。
「じゃあ行くか」
「うん!」
おかかと梅のおにぎりを持って出かける。(マグは一つだけ。)
私の行きたいカフェのメニューでは大抵サスケくんには量が足りないから念のためだ。おにぎりだけなんてシンプル過ぎるけど、彼は十分だって言う。外で食べるおにぎりは特別な味がする。
やっぱり彼は素敵なひとだ。きっとおにぎりを食べる姿にだって自分は見惚れてしまうだろう。
真っ白のシャツにぴたりとしたアンクル丈のパンツ。ナチュラルテイストのサスケくんはもともと美しいお顔をしてるから素材の良さが引き立つ。
サスケの漆黒の髪に対してサクラは色素の薄い繊細な髪質だ。この髪も、美容室からもらったサンプル品を試したおかげでいつもよりクセがつきやすくなっている。
サスケのさらさらヘアと同じくずっとやってみたかったパーマ風アレンジにサクラは挑戦した。地肌を傷めないようそっと髪先にコテを当て、ふんわりカールの出来上がりだ。うまくいった。
彼のキレイな黒髪と並ぶには、ゆるふわカールでもしなきゃ自信なくしちゃう。ガーリー系で甘く攻めたけど釣り合ってるかな。サスケくんに訊いても変じゃないって言うだけ。
歩くのにマキシのフレアースカートは邪魔だったろうか。おニューのカーデは可愛いはず。並んでる姿はどうかしら。靴がお揃いのローファーなのは嬉しいんだけど、彼に負けないよう一生懸命着飾ってみたのは失敗だったかしら。サクラはショーウインドウに映る自分たちの姿を注意深く見つめた。
隣に立つ恋人にドキドキと胸を高鳴らせ、思わずサクラは手の先をきゅっと握りしめた。
「どうした?」
「あのっ」
サスケくんがあんまり素敵だから、困ってるの……。
この恋人が格好良すぎるのがいけない。いつものつんつんとした髪型が収まって、さらりと風に揺れる黒髪が大人びて見える。今日の彼はなんだかキレイに見えて、表情まで優しげなんだもの。
皆が振り返って注目してる。素敵なひとだと言って、何度でも見惚れてしまう。私だって彼には眼を奪われる。
モノトーンの似合うシンプルで美しい彼と、ピンクと白のパステルカラーでふわふわした自分の姿。
二人は色も形も全く異質の存在で、男と女だということがよくわかる外見をしていた。同時に二人は手と手を繋ぎ、互いに想い合う恋人同士なのだと見る者全てに主張している。
サスケくんは私の彼氏で、私はサスケくんの彼女。
うん。客観的に見ても、けっこうわるくないかも……。
やっぱりサスケくんと二人で外を歩くのは素敵。彼の恋人として振る舞えることが嬉しくてたまらない。
サクラは自分の手を握り返してくれるサスケが愛しくて、恋人と美容師だけでなく世界中に感謝をしたい位だった。
カフェに入って英国式アフタヌーンセット(午前中でも注文可能)を半分こ。飲み物は紅茶とコーヒーを頼んで、甘い物は自分が、軽食は彼が平らげる。
サクラの趣味に全面的に付き合ってくれるなんて、今日の彼は本当に優しい。
「サスケくん足りないんじゃない? 他にも注文する? このお店のサンドウィッチ、辛子が入ってるからおいしいよ」
「ん」
メニュー表を指差すサクラの反対の手からサスケはクロワッサンを食べた。二人分の甘いものはサクラが食べて、それ以外はサスケが食べる。上質なバターの風味は美味しいと思うけど、彼の胃袋には物足りないはずだ。
「オレはいい」
「でもご飯ものとか頼んだ方が良いんじゃない?」
「いや、飯ならお前のつくる物のほうがいい」
「じゃあ……、お夕飯はサスケくんの好きなものにするね。帰りにスーパー寄って、お買い物しよっか」
「頼む」
サクラの他には誰も見ることのできないサスケの穏やかな顔。正面からただ一人見られる恋人の表情にサクラの胸はあたたかくなる。
手を繋いで帰路につく夕暮れ、画に描いたような休日のデートにサクラはずっとほこほことした幸せを味わっていた。
「今日はありがとうサスケくん。一日付き合ってくれて」
「楽しかったか」
「うん。すっごく」
「……なら次はオレの番だな」
彼女の少女趣味に付き合ってやったのだから、今度は自分の番だ。
カフェで出されるスコーンだのクリームやらはサスケにとっていまいち理解のできない料理だ。甘いものは苦手だし、洒落た名前の軽食よりも味噌汁と米、辛い味つけの肴のほうがよほどサスケの食指は動く。
だけどサクラはそういう可愛いものが好きなのだ。
片一方だけが満足するのでもなく二人共通の趣味も良い。または互いに時間を取って一人きりで自由を満喫するのも良いだろう。だが、たとえ全ては理解できなくても、同じ時間を共有して相手を喜ばせることは可能だ。
そうした互いの趣味を尊重するという小さな思いやりこそが、別々に生きてきた人間が生活を共にするということなのだ。
サクラだってサスケにスイーツを食べろなんて言わない。ただ可能な範囲で、自分が大好きなものを味わっているそのすぐそばに、サスケがいてくれることが嬉しいのだ。
恋人の些細な希望を叶えることの意義をサスケは長い恋人期間(両片想い期間を含む)を経てようやく飲み込めるようになった。
とても大人だ。
「今度はオレのお願いにつきあってくれるか?」
恋人の希望を可能な範囲で叶えることは対等の義務で権利だ。
サスケのお世話をするのが大好きなサクラに負けず劣らず、サスケだってサクラを構って甘やかしたりからかったりするのが大好きだ。そして恋人の望む穏やかな時間を過ごすのも良いが、サクラの了解をきちんと取って、甘やかでも濃厚で激しい歓びの時間を過ごすのも、サスケはとても好きなのである。
大人の態度というよりも、もしかしてこれは飴と鞭であるかもしれない。いや、二人が幸せならば良いだろう。
互いの他に誰もいない家の中、サスケは彼女のスカートを掬いあげ、そろりと手を差し入れる。柔い太ももを撫でて恋人の反応をうかがう。
「やぁん」
「いやなのか?」
甘いだけの声音にわざとらしく尋ねた。
「い、いやじゃないよ……」
サスケはにやりと笑みをこぼす。
昼間の公園で多くの人間が彼らをうっとりと眺めていた。殆どは二人を好意的な目で見つめるばかりだが、そうでない者もいる。柔らかな色彩を持ち優しげな風情でサスケに寄り添うサクラを見て、彼に嫉妬の視線を投げる不届き者もいるのだ。
サクラに気づかれないよう彼女が自分のものだと男達に見せつけ、何も知らずにはしゃいでいる彼女を見るのは楽しかった。サスケはもっと人気のない自然の多い場所を散歩するほうが好みだが、今日のような散歩も嫌いではない。
サクラが望む穏やかな散歩デートはサスケの対抗心を刺激する。華やかな容姿で男の目を集めてしまうサクラの全てを知っているのは自分だけ。その優越感が最も満たされる瞬間をサスケはずっと求めていた。
今夜の勝者はサスケに軍配が上がりそうだ。サクラは穏やかに眠れないかもしれない。
だが恋人への想いは深まるだろう。風呂やデート、二人きりで何かをする度に互いへの想いを再確認できる。夜の営みは言うに及ばず。二人はそれぞれ全く違うようでいて、その想いの強さは同じ位に深いのだから。
プロポーズまであと少し。
サクラだけでなくサスケも、二人とない恋人との暮らしにとても浮かれた日々を過ごしている。
副題:彼らのデート、あるいはスカウトマンよろしく!
CM
サスケは宣伝カーと言う物を知らなかった。
正しくは広告宣伝車というが、そんな物は彼の人生に存在しない事象である。
それがたまには妻の買い物にでも付き合おうなどとしおらしい行動に出たのがいけなかったのか。
チャー○ーグ○ーンよろしく手に手を取ってのスキップなんぞはしていないが、二人が醸しだす雰囲気はもはや古典として分類されるかもしれない某有名コマーシャルに出演する初々しい新婚夫婦のようにフレッシュな相愛の空気と、同じ某コマーシャルに出演している長年連れ添って互いの何もかもを理解しながらそれでも気持ちは熱烈継続中といった熟年夫婦のようであった。大好きな旦那様と二人でお出かけ――それがただの散歩の延長のようなものであっても――に零れんばかりの満面の笑顔の妻と、そんな妻の態度が満更でもないという余裕の笑みを浮かべる夫の、里でも指折りの美形夫婦が連れ沿って歩く姿に行き交う人々は憧憬の眼差しを送っていた。
二人は昔から互いの顔が良いという評価が自他共にあって、周りにそのような眼で見られることに慣れていた。
めったにない平和な光景のなかで見る伴侶のくつろいだ様子が好ましくて、少し騒がしく感じるほどの視線の多さは気にならなかった。
服の裾を握って軽く腕を絡ませ、娘の話、ふだん買い物に利用する商店の説明、天気の良いこと、今夜の献立などなど、妻の朗らかに話す声を夫は満足げに聞いている。
うちは家をよく知る木の葉の人々は声をかけることなく彼らを眺め、良いものを見たと満足していた。
そんな二人の世界に浸っているうちは夫妻に声をかけたのは、とあるリゾートホテルの広報担当だと言って名刺を渡してきた男だった。リニューアルオープンの宣伝を任されているその男は挨拶もそこそこに捲し立てた。
「お願いします! 男らしくて上背もあるし顔もスタイルも完璧で、何より黙っていても雰囲気がある! イメージぴったりなんです! 助けると思ってぜひ協力してください!」
「何の話だ……?」
「ぜひ我がホテルとビーチの宣伝にご協力ください!」
「ビーチの宣伝って、もしかして水着になるってこと?」
「あっ、こちらは奥様ですか?」
はっとした男はサクラを上から下までじろじろと見つめた。そして大袈裟に天を仰いでから振り返った。
「なんてことだ、奥様もお美しいじゃないですか! お二人が揃えばもう他にモデルなんかいりません! いかがですか奥様、ご主人ともどもご協力いただけましたら謝礼の他に弊社よりホテルの宿泊ならびにスパのご利用サービスなど気持ちばかりの御礼をプレゼントしたいと思います。奥様のような美しい方に弊社をご利用いただきまして一層その美しさに磨きをかけていただきますと弊社の宣伝にもなりますので、ぜひ!」
「待て」
男の熱意に押された妻を庇うようにサスケが割って入る。妻を背にするサスケの振る舞いに男はますます感に堪えないという表情になって、
「素晴らしい」
と言った。
正直なところ男の言っていることは里を出てあれほど世界をさすらったサスケの常識とは全く別の範疇の話だった。
いや、男が妻と自分を褒めていることはわかる。非常に不愉快なような気もするし、自分の妻が他の男にその容姿を絶賛されるというのは、男にとって腹立たしさと同時に複雑な優越感をもたらすのだ。
妻は呑気に、「やだそんな、夫は確かに素晴らしいひとですけど、」等と照れている。困ったやつだ。
そう、全く困ったことになった。妻は男の言う謝礼より何より『宜しければ旦那様の写真をポスターにして進呈します』という言葉に『欲しい!』と言ったのだ。
「パパ、本当にやるの?」
「言うな」
やりたくない。心の底からやりたくはないが、サクラの眼はずっと火がついたように燃えている。今更やめると言ってもあの手この手で拝み倒してくるのだ。
そんなものは無視するのが一番だとわかっているが、今まで彼女の頼みを少なくない回数振り切ってきた自覚もある。こんな馬鹿馬鹿しいことをこのオレが、うちはサスケが応じるとは自分でも信じられない。しかし男の言うリゾートホテルのサービスを受けるということは、自分の人生ではめったにない家族サービスである。
できるときにできる範囲で妻子への愛情を示し、長らく家を留守にしていたことへの感謝を目に見える形で表したい。それはサスケにとって非常に難しくも全てを投げ打ってでも叶えたい心密かな野望だった。
今回のことはサクラが確実に喜ぶ形で家族旅行をプレゼントできる。サスケはその魅力的な提案に乗ってしまったのだ。
「ママ、そんなに嬉しいの?」
「ええ、とっても!」
サービスだというスパでの全身マッサージにネイルやペディキュアを施され、夫のポスター撮影というご褒美を待ち望むうちはサクラはあらゆる意味で全身キラキラと光り輝いている。
「だってパパは見たとおり芸能人みたいに素敵で格好良いでしょう。いつもの任務服でもお風呂上がりのタオル持ったままでもあんなに格好良いのに、そんな素敵なひとがプロのカメラマンさんに撮影してもらうだなんて、ママそういうのすっごく楽しみ!」
言うなれば彼女は夫の大ファンである。
「パパのポスターなら保存用と観賞用と部屋に貼る用で三枚は欲しいわ。だってパパったら昔っから本当に格好良いんだもん!」
娘が聞いても恥ずかしくなるくらいの興奮ぶりだ。だがこれがサラダの母である。普段はもう少し父に対して普通の対応ができるはずだが、父が撮影への協力を了承し、ホテルに招待されることが決まってからサクラはずっとふわふわと浮き足立っていた。
そんな母の姿に呆れながらも父が内心では満足そうにしていたので、両親が納得しているのならとサラダもこの撮影旅行に付き合った。サラダの年頃で家族で海に行くというのは少し気恥ずかしく思ったが、これも彼女なりの親孝行である。またサラダ自身あの父の水着撮影と聞いて興味半分、怖さ半分でそわそわしていた。
「それじゃあ奥様もご用意願えますか?」
「本当にやるんですか? 私もうおばさんですけど……」
堅物の父が半裸(水着とパーカー姿)で赤の他人と絡めるわけがない。服を着ていたとしても無理だろう。父の撮影に女性モデルとして母が参加することになった。
バランスがどうの保護色がどうのと話が聞こえ、母の髪色に似たウイッグが用意されたかと思えば、それならとサクラは印を結んだ。
さらりと風に揺れる桜色の髪に、撮影スタッフだけでなく父がわずかに動揺したことをサラダは見逃さなかった。
「超しゃんなろーだよ、パパ」
こうしてやる気になったうちはの旦那さんであった。
「撮影ってけっこう大変なのね。カメラマンのひと、あんなに色々話しかけてくると思わなかったわ。口が上手いっていうか、ひとをその気にさせるのが上手いっていうか、ついつい自分がすごい美女になった気分になっちゃうわね。もちろんあなたはいつでも素敵だけど」
部分変化で髪だけをロングヘアにしたサクラは夫と楽しげに腕を絡ませていた。
最初こそパレオを付けて撮影に臨んでいた彼女だが、サスケとともに撮影のライトに照らされ、夫の手が腰に回ると恥じらいながらも体を隠す布を取り、年齢よりも若く見える肌と女性らしい肉体美をその場に披露した。
夏に似合う白地に鮮やかな南国の花がプリントされたビキニの水着。
痩身のサクラの腰はモデルのように無駄なく括れており、彼女が気にする胸元は昔に較べて年齢に合った豊満さを備えるようになった。
それゆえに彼女は若いころの姿に変化すべきか迷ったのだが、胸を取るかピチピチの膚を取るかは非常に難しい選択を迫られた。結局、撮影所のスタッフさん達は忍者に馴染みがないため髪を伸ばすだけの変化に留めたのだが、華奢すぎるサクラのウエストはプロの眼から見てもモデルと変わらないと太鼓判を押された。気になる旦那様の反応もわるくはなかったようでサクラは一安心だ。
カメラマンに至っては絶賛の嵐である。
「広報くん、すごい、素晴らしいよ! まさにコンセプト通りの男性じゃないか! 野性味を帯びた男の色気を持ちながら、家族を見つめる彼の眼は鋭さの奥に優しさが隠れている。奥様も誂えたようにぴったりのお二人だ。これ以上のモデルはいないよ! おや、お嬢さんまでいらっしゃる。今日の記念に一枚よろしいですか?」
カメラマン氏の話術はうちは家をすっかりその気にさせた。
素人で若くもないサスケとサクラが撮影に協力するにあたり、二人は最初それぞれの理由で難色を示したが、詳細を聞けば宣伝に使われる写真はサスケとサクラそのものの姿を使用するわけではないという。
今の技術では写真という素材に様々な加工を施し、問題のある部分があれば修正するのが普通なんだそうだ。それではモデルは何のために撮影するのかと思われるが、鮮烈なイメージを提示するために必要なのだという。サスケもサクラも首を捻った。最新の撮影技術についてはサクラもついていけない。
よくわからないが二人の写真をサクラにくれると言うし、サスケとサクラはモデルとして合格らしい。
「じゃあそういうことで、奥様もご一緒に撮影を始めましょう! まずはお二人で、自由に動いてみてください。あ、そうです。髪をそのまま、優しく撫でてください。サスケさん良いですよ。奥さん、恥ずかしがらなくても平気です。ここはお二人だけの世界ですから、スタッフのことはその辺の木とか石だと思ってください。奥さんにとって大事なのは、目の前にいる愛する旦那様だけです!」
「は、はい……!」
嬉し恥ずかし楽しい水着撮影であった。
「けっこうイケてるじゃん。パパもママも」
サスケの渋面と照れたサクラとで始まった撮影はプロフェッショナルの手腕で和やかに進んだ。
隻腕ながら強靱な肉体と鋭い男性美を持つサスケは妻の髪を弄びながら魅力的な表情でカメラのレンズに収まった。サスケの隻腕、その輪廻眼も加工技術によって修正してくれると言うので、彼は一本きりの腕で難なく妻を抱き上げている。
娘のサラダから見てもサスケがこういった任務(サラダは任務だと捉えている)は苦手だろうに、珍しいロングヘアの母の姿にご満悦らしい。意外なほど乗り気な父にげんなりしているのはサラダだけだ。
最初は緊張していた母もすぐに父のたくましい水着姿に夢中になった。あの両親は周囲を置いて二人だけの世界を作ることがあるから、今回はそれが功を奏したようだ。
何やら恥ずかしいものを見ている気もするし、とても平和な光景でもある。
サラダは無の心で両親の公開イチャイチャを眺めた。親孝行もなかなか疲れるものだ。
そんなサラダにもご褒美はあった。
「サラダ良かったの? あのウイッグ似合ってたから、スタッフさんくれるって言ったのに遠慮しちゃって」
サラダは用意されていたサクラ色のウイッグを試しにつけさせてもらい、親子三人で写真を撮って貰ったのだ。
母と同じ髪色になったサラダは「そっくり!」「お父さん似かと思ってましたけど、お母さん似だったんですね」などと言われ、内心では泣きそうなほど喜んだ。変化でなくカツラをつけただけなのがサラダには殊更に嬉しかった。
幼いころから父に似ていると言われ続けたサラダであるが、黒髪の印象が強いだけで目鼻立ちは驚くほど母と似ていたのだ。
同じような優しい薄紅色の髪に眉の色も似せて、母とお揃いの水着姿に着替えれば「美人親子」と絶賛され、サラダもうっとりと撮影を楽しんだ。うちは一家は何だかんだと全員が心から撮影に協力することになったのだ。
サスケも妻子の姿に驚いていた。
彼は娘が自分より妻に似ていると常々感じていたが、母と同じように穏やかに、少女らしい屈託のない顔で微笑む娘は彼の初恋の少女、つまりサクラの幼い頃に非常に似ており、その姿は彼に青春のうずきを思い出させた。
彼が好む薄紅色の長い髪を垂らし、よく似た格好をして微笑み合う母子の姿は血の繋がりをまざまざと見せつける。
サスケにとって世界でただ二人きりの特別な存在だ。初恋と理想の女、そんな二人が親愛のこもった眼差しで父であり夫である自分を見つめてくる。妻と娘が自分に属する存在なのだと思うとサスケの内心は歓喜に震えた。彼は自分を果報者だと思った。美しい女は自分の妻で、愛らしい少女は妻との間に生まれた自分の娘だと。
うちはサスケでさえ心浮きたつ状況だった。
同じ写輪眼を持つサラダでさえ気づかないほどの刹那のあいだ、彼の右目が赤く明滅したとしても誰にも責められないだろう。
うちは一家は撮影という非日常的なイベントを楽しんだ。
妻も娘も朗らかな態度で写真に収まり、そんな二人の様子を見て、サスケも家庭を持つ男性の優しくも力強い魅力的な父親として写真のモデルを勤め上げることができた。
家族の良い思い出だ。良い写真が撮れるのも道理であった。これがいわゆるウィンウィンの関係である。
さてあの撮影はどこのホテルの宣伝だったろうか。
海沿いに建つリゾートホテルのリニューアルオープン。
ホテルのすぐ側にあるビーチで遊ぶ魅力的な男女が水着姿で戯れている。
男は水に濡れた黒髪を掻き上げ遠くに視線を投げかけている。彼の横顔はミステリアスでセクシーで、肩に掛けたパーカーの下から見える見事な胸筋と腹筋は男らしく、女性だけでなく男性も見とれる肉体美だ。
そんな男に笑顔で手を振る水着の女性が見える。彼女の長い髪が日差しを浴びてきらきらと輝いている。男は彼女を見て微笑んだ。
映像は一瞬で切り替わり、先ほどの男と女が海の水に半ばまで浸かり、ひしと見つめ合っている。二人の顔が近づいて、大きな波が二人の姿を隠す。そしてまた切り替わる映像。
先ほどの男女のそばに、女性と同じ髪型をした少女が夏らしいワンピースを着てソファに座っている。男女は夫婦で、この少女の両親だったのだ。
三人はホテルの部屋でリラックスした姿を見せている。家族三人がこの時間を楽しんでいることがよく伝わる映像だ。
また画面が切り替わり、宣伝文句が流れる。
二人を恋人に戻してくれる海と、家族をあたたかく迎える空間――。
大型トレーラーに映し出された動画を見てうちはサスケは驚愕した。
「なんだあれは……」
あんな真似をした覚えはなかった。いや、似て非なることはしたかもしれない。そもそも、サクラを見る自分はあんな顔をしているのか。妻のあの顔、娘の愛らしい様子があんな風に宣伝されているのか……?
かっと燃えるように体温の上がったサスケはすぐに里に向かった。
映像のなかの三人はやたらと綺羅綺羅して見えた。サスケの左眼は黒く、サクラの額には印がない。顔が大きく映っているのは自分だけだが、それでもあの色の組み合わせは見る者が見れば自分達夫婦だとわかってしまうだろう。サラダだけは眼鏡もなく髪の色も違うから逆に大丈夫かもしれないが――。
見つけたのが任務先で良かった。
サスケは家路を急いだ。念のため家の周囲にかけている術を強化したほうが良いかもしれない。
早く家に帰って本物の妻と娘の顔を見て、この言いようのない羞恥を塗り替えたい。彼女はいつだって輝くばかりの笑顔で夫を出迎えるだろう。
「おかえりなさいアナタ」
「ただいまサクラ」
サスケはほっと息をついた。
あんな映像より本物が良い。やはり自分は果報者なのだ。
なお、あの宣伝カーは大きな街から街へと走る広告宣伝車であり、火の国、また近代化が進みつつある木の葉の里にも既に訪れていたのだが、任務に出ていた彼はそれを知らない。
さらにつけ加えれば、CM完成後に動画や撮影の様子が収録された記録媒体が彼の妻に送られていることをサスケが知るよしもない。
次の散歩に彼らが出かけるまでの間はまだ……。