サスサクワンライまとめ十題0812-0923(修正あり)
#サスサク深夜版の真剣絵描き字書き60分一本勝負
一部サスサク
サスケは野望という名の目標を持つ、実力と自信を持ち合わせた少年だった。
下忍としてすぐにでも任務をこなせる気構えもあった。そのうえ容姿に優れ、アカデミーでの人気も高くうぬぼれでないほどに女生徒にもてた。
同級の女子に限らずあらゆる年齢の女性にも常に好意的な眼で見られた。それがまた彼には己の人生の目標、野望への邪魔立てをされているようで気に入らなかった。手裏剣術も忍術も修行をするのが当然で、その結果としてうまくいくのだ。顔は関係ない。
髪の長い少女が自分を見て頬を染めるのもよくある光景だ。特別めずらしいことじゃない。ただそれがこれから同じ班を組むくのいちだと言われれば少し問題だった。己の振る舞いにいちいち大袈裟に反応する。邪魔だって言うのに大人しくなるのは一瞬だけ。
懲りずに名前を呼んで、隙あらば近づいて、体を寄せて腕を取ろうとする。くそ。くのいちの手管、いやあいつはそんなんじゃない。ただ自分勝手にオレの修行の邪魔をして、弱いくせに同じ班だから、オレも油断して距離が近づく。
「サクラ、いい加減にしろ。オレに構う暇があったら修行でもしてろ」
サクラは気まずそうな顔でごめんなさいと言う。大袈裟に別れの挨拶をして走って行く。逃げる。
でもどうせ明日になればまた、嬉しそうにオレに近寄るんだろう。
七班(あいつら)はオレの邪魔ばかりする。弱いくせに――。
弱きもの、汝の名は女。
それとも――
海
海だ。
青い空、白い雲。真夏の暑さには閉口するが、どこまでも続く水平線に気持ちが弾んでいく。
可愛い水着を用意できたのも嬉しかった。カカシが突然言った、
「明日の任務は海になるから。各自水の備えをしておくように。あと水着もあったら持ってきなさいね」
という簡単な説明にも、海、水着というキーワードに食いつけば、最高の任務だ。
季節は夏。幸いなことに、ちょうど前の週にいのと一緒に新しい水着を買いに行ったばかりだ。そんな機会があるかはわからないのだが、七班になって初めての夏、もしかしたらサスケくんと!なんてことがないとも限らない。これは任務にも対応できて、かつサスケくんに可愛いと思われるような新作をゲットすべき!
いのに煽られただけでなく、真剣に考え準備を怠らなかった自分をおおいに褒めたい。
ほんとに可愛い水着ばかりでどれにするか迷ったが、ちゃんと動きやすく、それなりに可愛いものを買うことができた。まだ子供らしさの抜けない体ではあるが、もう下忍でもあるし、ワンピースタイプではなくセパレートの、しかしお胸の具合から言って、すぽんと取れちゃうような水着はだめ。いのほどスタイルに自信はないが、子供っぽいのもいやだ。
サクラはビキニのうえにフリルで際どい部分を隠したトップスと同じくフリルのついたスカートのセットを選んだ。これに日焼け対策のパーカーを着れば完璧だ!
サクラはうきうきと海の家の前に集合した。
今日はこのビーチで一日海の家の店員として働くことが任務だ。こんなに楽しそうな任務はめったにない。サクラは意気込んだ。
「じゃあ、サクラはお店のなかで注文を聞いたり食事を出してね。あと、サスケもその手伝いと、ナルトはオレと一緒に料理作りね」
「え~~なんでサスケとサクラちゃんが一緒なんだよ」
「適材適所でしょ。おまえサクラにあんな重たい鍋とか持たせるつもり?」
「でも、それならサスケだって」
「おまえ、あの夏らしいカラフルなメニューの料理名ちゃんと覚えられる?」
適材適所だ。サクラとサスケなら注文を正確に聞き取れるだろう。
「それとサスケ、こういう場所はちょっとアブナイこともあるから、サクラに何かあれば助けてやってよ」
「アブナイってなんだよ」
「わかるでしょ。軟派」
「何言ってんだ変態教師」
「ちょっとー、そういうことオレに言う?」
「お前こそ、サクラにちゃんと注意しろよ」
「言うに決まってんでしょ。ちょっとサクラー」
「はい、なんですか?」
「その水着可愛いね」
「やだ先生、へんたい」
「ちょっとお前ら……、これは任務だから、汗を流してしっかり働くように。もし変なひとに水着可愛いとか褒められても、相手が客だからって遠慮することない。今のように変態なんだと気をつけて相手から距離を取りなさい。いいね」
「はぁい」
「もともとご家族で経営しているようなところで、家族連れがメインみたいだから大丈夫でしょーけど、一応注意しなさいね」
「はい」
「じゃあ七班、任務開始」
「はい」
「おう」
「うっす!」
結局のところこの任務は楽しかった。
本来ならご夫婦の息子さん一家が毎年手伝いにきてくれるという海の家はすでにお得意様の予約で埋まっており、サクラが顔を出すとどの客も、「お孫さん?」と笑顔で話しかけてくれる。違うと言えば「じゃあお友達? あの男の子は彼氏なの?」と、サクラが喜ぶような質問をしてくれる。
あまり忍者であると答えるのもなんなので、曖昧に話していると、その彼氏である(と勘違いされてる)サスケが「どうした?」と心配してくれる。浮かれるなというほうが無理だった。
「で、キミタチどんな関係なの?もう手は握った?それ以上のことはまだ早いと思うけど、良かったら穴場のスポット教えてあげるから、休憩になったら行ってくるといいよ。でも明るい内にだよ」
サスケがサクラと同じように、むしろ男であるためにもっと突っ込んだ質問を受けていることをサクラは知らない。
「チィッ」
隠せない舌打ちを照れ隠しだと揶揄されても、客商売では文句が言えない。それにサクラの水着姿にちらつく視線を見ていると、庇わないわけにもいかない。
あの変態教師が任務の前に変なことを言うから、あのひらひらした布がどうにも気になって仕方がないのだ。
「サスケくん、ジュース追加だって」
「……ああ」
青い空、白い雲、どこまでも続く水平線に、水着の君。
海は良い。
早く休憩になればもっと良い。
浴衣
子供のころに浴衣といえば特別なものだった。
夏祭りに見かけるひらひらとした袂。鮮やかな帯。下駄の音。それと古びた民宿で出される浴衣が同じものだと知って、情緒がないなどとは思わなかったが、さほど特別に思う必要はなかったのかと気づかされた。いや、やはり特別かもしれない。
彼との二人旅、何気なく袖を通す藍染め姿に見惚れたことは数多い。ああ結局のところ浴衣であれなんであれ着る人が問題だったのだと思い知らされた。
「どうした?」
「ううん、なんでもないの」
風呂上がりの彼の濡れた風情がたまらなかった。自分に彼の色気の十分の一でもあればなぁ。思うことはそればかりで、彼が私のうなじを見つめていたのだと知ったのはずいぶんと後だった。
「良かったらこちらどうぞ。お客様は色白だから、どんな色でもきっとお似合いですよ。お連れ様もいかがですか?」
活気のある街だった。泊まった旅館も居心地がよく、サービスだと言って無料の浴衣を貸し出しており、夜間のライトアップがあるという街中を散歩するよう勧められる。
しかしサスケくんの旅はそういうものではないし、自分達は付き合っているわけでもないのだから二人で出かけるなんて、たとえ夜の短いあいだとて強請れるものでもない。
「せっかくですが……」
「オレはそれにする。サクラにはもっと華やかなものを出してくれ。金がかかっても構わない」
「はい。ではもっと上等なものになさいますか? 他にも種類はあるんですよ」
「頼む」
「えっ、サスケくんどうして」
「最後に打ち上げ花火もあるそうだ。着替えたら行くぞ」
「う、うん!」
いつのまにそんなことに? 全くわからなかったけれど、サスケくんのなかで決定事項らしい花火見物に私は驚いて、慌てて浴衣を選んだ。お金がかかっても良いなんて彼は言うけどもちろん無料の浴衣のなかから無難なものを選ぶ。と言っても親切な仲居さんが太鼓判を押してくれたから、紫の地に白い花柄模様の大人らしい柄。そのまま仲居さんに着付けと髪型も浴衣に合わせて結ってもらい。彼が待つ場所まで下駄を鳴らして行く。
「お待たせ。ごめんね遅くなって」
「いや……」
サスケくんは黒い無地に銀色の帯。ああ、なんてシンプルで格好良いのだろう。もっと何か彼に合わせた浴衣、黒地の浴衣にすれば良かったろうか。白や淡い桃色の浴衣など華やかなものもあったけれど、自分が今着ているものは、彼の帯と対だという銀地の帯を合わせるのだと聞いて、急いでいたこともあって決めてしまった。
何人もの着付けをしている年配の仲居さんはこの浴衣なら彼と並んで歩いてもお似合いだと言ってくれたけど。サスケはサクラが現れた途端にそっぽを向いて、歩き出してしまった。
「花火なんて急にどうしたの?」
後を追って、半歩後ろをついて行く。手を繋ぎたい。だめでも、せめて彼の浴衣の袖を掴んでいても良いだろうか。別に人混みでもなく、迷子の心配なんてないけれど、浴衣を着ているせいか、何か特別なことをしたくなった。
「ねぇ、サスケくん待って」
早歩きの彼に追いつくのが大変だという風に、自然に袖を掴もうとした。
その手をサスケの右手が掴んだ。
「お前が花火を見たいって」
「えっ?」
「オレと一緒に浴衣を着て、花火が見たいって言っただろ」
振り向いたサスケの頬は赤く、その照れた表情にサクラの記憶は過去へ飛んだ。そうだ。まだ彼がいて、ナルトもカカシ先生も一緒だった夏の日に、甘えた声でサクラはサスケにねだったのだ。それもこんな夏の終わりかけの時期だった。
「うん! ずっとサスケくんと一緒に行ってみたかったの!」
でもまさかサスケくんまで浴衣を着てくれるなんて、すごく嬉しい!
浴衣で花火なんて最高!
サクラは旅行くくのいちから恋する女の子に戻ってはしゃいだ声をあげた。すぐにうるさくしてしまったと後悔したけれど、サスケはふんと言って、やはり少年のころのような勝ち気な表情でサクラの手を握り返した。
前髪から覗く彼の眼は紫と黒。
ああ、そうか紫は彼の色でもあるのだ。
花火があがる夏の夜、寄り添う二人の下駄の鼻緒も揃いのように赤かった。
蛇
「きゃっ」
母が驚いたものは何の変哲もない一匹の野生の蛇だった。
「どうしたのママ?」
サラダの母親は医療忍者だ。と言っても医療だけでなくくのいちとしても優秀で前線で戦った経験もある。
そのうえ父が好んで使役する口寄せは大蛇と鷹。むしろサラダは詳しく知らなかったけれど、父と二人で旅をしていたころから、母にとって蛇は父を守ってくれる大事な存在の一つだ。
その母が蛇一匹を見て件のような声を上げたことがいまいち理解できず、サラダは首を傾げた。母は少し気恥ずかしそうな顔で、やはりその蛇を困ったように見つめていた。
「な、何でもないのよ。少しびっくりしただけ」
これも変だ。父の口寄せは大蟒蛇で、それに較べたら先ほどの蛇など子供と言ってもいい小さなものだ。聞いた話では父のお気に入りの口寄せは名をアオダと言って、本来のサイズは家だって一呑みするくらいに大きい。サイズは自由に操れると言うけれど、やっぱりあんな蛇に母が弱いだなんて、そんなことはないはずだ。父が大好きな母は、父の大好きなもの、たとえばトマトなんかの料理も得意になってしまう性格なのだ。
いつだったか、「蛇ってかっこいいのよ。力が強くて、賢くて、主人思いで」なんて、完全に父の口寄せのことを話していたくらいだ。
「ねぇママ、きのうパパと何かあったの?」
やはりこれが一番怪しい。任務で忙しい父が昨晩はきちんと家にいて、家族三人で夕食を共にした。父がいると母は目に見えて美しくなる。以前は父がいることに慣れないと思ったサラダだが、今ではそういう母を見ることを密かに楽しみにしているぐらいだ。
父は寡黙でわかりにくい性格だと思っていたけれど、そんな母を父も楽しみにしていることがわかってからは、両親の仲の良さが嬉しいやら呆れるやら。
サラダはそんな二人のために時折、わざと早めに休むことにしている。
実際に任務のために必要に迫られることもあれば、読みたい本があるのを、リビングではなく自室にこもって読んだりする。一人娘の行動を親離れかと母が寂しく思っているらしいけど、翌朝の母がやけに美しく、嬉しそうな顔でサラダに「おはよう」と言うのが娘ながらに可愛く見えて、夫婦二人きりの時間をプレゼントしたくなるのだ。
昨夜もそういう夜だった。
そして朝になって、なんだか母の目元が赤いような気がしていた。
母親思いのサラダはすぐに理由を尋ね、「あまり眠れなかったの」と母は答えた。そして今日は病院の仕事は休みだから、二人で買い物に行こうと言う。サラダの任務も今日は一日お休みの日で、二人で夕食を一緒に作ろう。サラダは修行をする予定もあるから、午前中に買い物だけを済ませておこうと約束していた。
「今夜はパパも一緒に食べれるって」
母が嬉しそうに話していたから、追求はそれで終わった。
しかし再び問い詰めると母は顔を真っ赤にした。
「パパの蛇……何もないわよ!」
可哀想なほどうろたえていた。これはおかしいと思った私は夜になってパパを問い詰めた。
「ちょっとパパ、もしかして蛇を使ってママに何かしたんじゃないでしょうね?」
パパはびっくりした顔で私とママを交互に見つめた。
「……あいつが何か言ったのか?」
「ママが言うわけないじゃん。今日ちょっと変なことがあって、気になっただけだよ」
買い物の途中であった出来事を話すとパパは納得した顔になって、昨晩少しだけ蛇を使ってママと体術について話し合ったからそのせいだろうと言った。
「もう。ママは強いけど、パパに何かされたら勝てるわけないんだから、そこんところ考えてよね。二人とも大人でしょ」
「ああ、その通りだな。すまないサラダ」
「私じゃなくてママに言うセリフでしょ」
ほんとにパパったら超しゃんなろーだよ。
食卓でパパが「昨日はすまなかったな」とあまりわるびれてない顔で謝って、私がママに「昨日パパに蛇を使われて、それで今日びっくりしたんでしょ」と言ってパパが謝った理由を説明すると、ママは真っ赤な顔ですごく可愛く誤魔化してきた。
「本当に何でもないのよサラダ。パパだって、加減はしてくれたから……」
ママったら本当にパパに甘いんだから。
「今日はもっと優しくしてやる」
実はパパもけっこうママには甘いんだよね。
ところで、蛇を使った体術ってどういうものなんだろう?
今度アオダさんに会ったらこっそり聞いてみよう。
「……サラダ様、それは『やぶ蛇』というものです」
賢い大蛇の言葉に、主人夫妻はますます蛇を親しく思うのだった。
#サスサク深夜版の真剣絵描き字書き60分一本勝負
うちは一家
忍界においてうちはとはアカデミー就学前の子供すら知っている有名な忍びの一族である。
漆黒の写輪眼使い。忍びの祖とも関わりのある実力派揃いだ。美形揃いであることも一部では非常に根強く語られる特徴である。
そのうちはと言えば大戦後の現在ただ二名だけが生き残っていることも広く知られているほどの存在だ。
あのうちはサスケとその子供。
大戦の英雄であるサスケに子供がいるのなら、その子を産んだ母であり妻という存在も容易に考えられるべきだったが、彼女の存在が人々に意識されることは少なかった。
それよりも木の葉の国の医療忍者であり大戦の英雄の一人である春野サクラ、薄紅色の髪の新三忍の一人であるくのいち。彼女の名前のほうが人々の噂に上ることが多かったのだ。
「サクラ先生、おはようございます!」
きびきびと歩く美人医師に誰もが笑顔で挨拶を送る。
あの若い先生が独身ではないことは、今では流石に皆が了解していることだったが、ほんの少し前までは、患者や少数の医療従事者に若い忍びまで、彼女宛のファンレターが勤務先の病院まで届くことは多々あった。
何故か彼女の家に押し入ったという話は聞かない。サクラは仕事と家庭を分けるタイプだったので、ごく親しい付き合いのある者しか彼女が夫とよく似た愛娘との二人暮らしであることを知らなかったし、彼女のプライベートは鉄壁のガードで守られていた。
だから女二人暮らしであるはずの彼女から男の臭い、買い物の量が増え、男性ものの衣類や小物、いつも規則正しく緩みのないサクラ先生が不自然に疲れている様子だったり、思わせぶりなため息をついたり、「男のひとってやっぱりわかんないわね……」なんて言われると、直属の部下や隣人やよく行くスーパーのレジのおばちゃんは「どうしたの先生? 何かあったの?」と色めき立った。
「夫が久しぶりに帰ってきたんだけど、ちょっと……」
思わずと言ったように零した言葉の後サクラはすぐに気を取り直した。
忙しいところ声をかけてごめんなさい。そう言うとサクラはきれいな笑顔を見せて家へといそいそと帰って行く。
どこか嬉しげな後ろ姿に残された人々は三点リーダーの先が知りたくて知りたくてたまらない。
「ねえサラダちゃん、最近お父さんが帰ってきたそうだけど、どうだい?」
「……どうって?」
「その、ママとはどうしてるの?」
サラダがサクラのことをママと呼んでいることはご近所さんも知っている。女の子の声は通りやすく、何かと「ママー」という澄んだ声が聞こえてくる。しかしだからと言ってあのうちはサスケが「パパ」はないだろう。いやいや無理。
「パパとママですか? たぶん普通だと思います」
賢くて真面目なサラダはぺこりと頭を下げると母と同じように家に向かって帰っていった。その背中は母親と驚くほど似ている。
うちはは誰もが知っている。アカデミー就学前の子供すら知っている有名な忍びの一族だ。
今は二名だけの一族だと言われているが、そのうちはが家庭を持ち、父としてただ一つの家に帰り、愛する妻と娘に「おかえりなさい」と言われていることは、ごくごく親しい者にしか知られていない事柄だ。うちはが何であるかは知られているが、あのうちはサスケの妻、その子供の母親のことはあまり知られていない。
うちはサスケ、うちはサクラ、うちはサラダの三人のこと。うちは一家とは一つの家族のことだ。余談だが、うちは一家もまた全員美形である。
うちは一族だけでなくうちは一家のことまで調べる忍術書は存在しない。
サクラの表情の意味やサラダが普通だと思っている両親の仲の良さ、その秘密は誰にも、当の三人と仲の良い者達でもなかなか知ることのできない情報だ。
うちは一家という特別な三人の秘密を知ることができたなら、それはかなりの情報収集能力だと言えるだろう。
今後より一層の精進を期待している。
撫でる
「サクラそこに座れ」
「えっ?」
「たまにはいいだろ」
サスケくんはたまに優しい。いやそうではない。彼はいつも優しい。ただその示し方がわかりにくかったり不器用だったり、その、唐突というか。
サスケからの突然の申し出によって、医者である自分が患者である彼に労ってもらうことになった。彼の前で疲れた顔をしていた自分がわるいんだけど、つい下を向いてため息をついてしまったのが良くなかった。
「疲れているのか」
愚問。第三者がいればそう突っ込みたくなるほどサクラは目に見えて疲れていた。眼には隈ができ顔色もわるく髪はぱさついて艶がない。休んでないし眠っていない。唇も荒れて爪の形までわるい。せめてサスケの病室に来る前にリップを塗るべきだった。ポケットに入れていたはずなのに、そんな簡単なことも思い出せないほどサクラの疲労は溜まっていた。
それでも彼の前では気分が高揚して少しだけ体温があがる。むしろ元気の源に仕事として定期的に会えるのだから役得。
そんな特効薬をしても誤魔化せないほどサクラは疲労を滲ませていた。
「少し休んだほうがいい」
ナルトはもう退院しており病室に残ったのはサスケだけだ。二人ともどこか甘えてた。
サスケはベッドに座ったサクラに眼を閉じるように言うと、白衣越しに薄い肩を撫で始めた。
びくりと震える肩を落ち着かせるように、サスケの左手が優しい力で揉んでいく。
片腕しかない男の手はあんのじょう不器用で、サクラの体はむしろ硬くこわばった。しかし止めようとしない男の気持ちが嬉しくて、サクラは逃げることも止めることもせずにそっと肩の力をぬく。
するとサスケはどうしたことか、思いのほか優しく手のひらを移動させ、サクラの肩から腕、背中までも器用な動きを見せていく。男の手のあたたかさにサクラはうっとりと身を任す。たった一本の腕で正しくマッサージを行う男に、今度は賞賛するようなため息をついた。
「うまいねサスケくん。マッサージをやったことあるの?」
「あるわけないだろ。おまえの反応を見て合わせてるだけだ」
写輪眼だ。こんなことに使わせて良いはずがない。
「ごめん! もういいよ」
「サクラ」
男の強い口調にサクラはまたびくりと固まる。
「少しの間だ。力を抜け」
「……はい」
サスケは本当に優しくサクラの体を撫でていった。別段どこかが凝っているというわけではない。サクラはただ疲れていただけだ。医者でありながら患者から労われ、大人しく瞳を閉じて、恋しい男の愛撫に身を任せる。気持ち良かった。
いつしかサクラはサスケの胸にもたれていた。サスケが「やりにくいな」と呟いて、サクラの身を引いたのだ。眠気に支配されつつあった彼女は考える力もなくされるまま。
「眼を閉じてろ。眠っていいぞ」
「……うん……ありがとう」
サクラは逆らえなかった。目蓋にかかる手は温かく、彼が触れる場所はほのかな熱を帯び、サクラの脳は疲労と恋心の積み重ねによって情報を処理しきれなくなっていた。
好意だけをありがたく受け取ろう。そうして眼を閉じていると意識まで遠くなる。
「眠ったな」
サスケの言葉にもサクラは反応しない。サスケはそのまま彼女を抱いて横になった。
サクラは毎日よく働いて、倒れる寸前だった。
「あのこを休ませるようにサスケくんからも言ってやって」
そう頼まれたのは確かだが、自分の行動がサスケにもよくわからない。
ただ疲れた顔のサクラを見たら、優しくしてやりたくなった。
疲れているなら休ませたい。
それだけだ。とにかく寝かせてやる。その一心での言葉だった。
病院内の良からぬ声、サクラを狙う若い男達。弱っている今がチャンスだの、疲れているときに優しくすれば良いだのと、親切のつもりか、山中いのが耳打ちした噂話は関係ないと、誰に言うでもない言い訳。
こんなに弱っていて、誰かにつけ込まれでもしたらどうするつもりなんだ。自分が偉そうに言えることではないが気になった。
そうして細い体に驚いた。無理をして欲しくない。サクラが自分の手で弛緩していくのが嬉しくなったのだ。
腕に抱いて眠らせるのも、おかしなこととは思わなかった。
他の男に取られないように、だなんて。
見舞いと称して現れたナルトにたたき起こされるまで、彼もぐっすりと眠っていた。
おまけの撫でる
サクラはサスケが好きだ。だから彼と一緒にお泊まりなんてとても嬉しい。それが任務のためで、同じ班員のナルトとカカシが一緒であっても、サクラのなかでは愛しの彼と一つ同じ屋根の下で過ごせることが特別という感じがした。
まぁ屋根というか、テントだけど。野外演習とあまり代わり映えのしない森の中、下忍の子供らがそれぞれに天幕を張って簡易ながらも夜露を忍んで一晩を過ごす。上忍のカカシはいない。結局のところサバイバル演習だ。荷物は最初から指定されていた。
「おやすみなさいサスケくん」
「サクラちゃんおやすみ!」
「あんたに言ってんじゃないわよ」
「……ふん」
「サスケてめー!」
夜の山奥は肌寒く、サクラは夜中にトイレに行きたくなった。どうしようか迷ったが、すっきりしないと眠れそうにない。肌に触れる夜風にぶるりと震える。急いで宿営場所に戻り、テントに潜り込む。ああ、外に較べると格段にあったかく感じる。
忍びといえど女の子だ。こんな夜更けに外で用を足したことがいたたまれず、サクラはぎゅっと眼を閉じた。
まだ暖かさの残る布の塊に身を寄せて、サクラはすやりと眠りについた。
「ん?」
サスケが目覚めれば、狭いテントのなかに自分以外の体温。狭いはずだ。暖かいはずだ。少女がぴたりとへばりついている。
「おい、起きろサクラ」
「いやっ、さむい…」
こんな状況で眠り続けるサクラは離さないとばかりにサスケの体にすがりつく。二人の間にできた冷気にますます彼女は強く抱きついてきた。
「待て。どこ触ってんだ」
彼女の掌はぬくもりを求めてさ迷った。サスケの首に頬を寄せ、服の隙間に手を入れる。頼りない毛布をかいくぐり、二人の足と足とが絡み合う。やばい。匂う。少女の体から発するそれは女の甘さ。サスケはひとのぬくもりにくらくらした。
このままではいけない。サスケは危機感を覚えると、毛布ごと少女を持ち上げてテントを出た。身に覚えはないが、自分のテントにいる以上この事態は自分が解決しなければならない。
サスケはすぐ側にあったサクラのテントに彼女を押し込めた。
「やぁん」
サクラの手は性懲りもなく彼を求めていたけれど、その手を持っていた毛布で包み、サスケは逃げた。匂いの残る密閉空間。火照る体に毛布なんかいらない。テントのなかで寝返りを打ち、舌打ちをして眼を閉じた。
暗闇はいつまでたっても彼を解放してはくれなかった。
翌朝、
「わたし、毛布が2枚あるんだけど、これって」
首を傾げるサクラからサスケは自分の毛布を引ったくる。
「えっ?サスケくんの?あの、寒いなって思った記憶があるんだけど、もしかして夜中に貸してくれたの?」
「違う。お前が寝ぼけて、勝手に持って行ったんだ」
「ええっ!?わたし、そんなひどいこと…」
涙目のサクラをナルトが庇っているが、ひどいのはどう考えてもあいつだ。
本当に覚えていないのか?
こっちは頭を撫でられた手のぬくもりをありありと思い出せるのに。
そっぽを向いたサスケの顔はサクラと同じように赤かった。
指輪
「いやいや無理でしょ。あのサスケくんよ」
そう話した相手はいのだったっけ。いいのよ本当に。だってあのサスケくんが恋人ごっこみたいな真似、うざいって言うに決まってるじゃない。
それに彼といる時間はとても貴重で、彼の顔を一番近くで見ていることが宝石のようにキラキラした時間だった。慣れないことに緊張したり、ふいに近すぎる距離に焦ったり、恥ずかしいこともいっぱいあったけど、振り返れば全部素晴らしい思い出。
なのに結局、本物の彼は私の想像以上だったわけで。ごめんなさいサスケくん。私こそたいへん失礼な思い込みをしておりました。
サスケくんのことをまるで恋愛音痴の鉄仮面だなんて、そこまでは言ってないけど、ちょっとは思ってたの。ごめんなさい。だから許して。
「ど、どうしてこんなの、サス、サスケくんこれってどういうこと?」
サスケくんが渡した小さな袋はすごく似合わないものだった。食べ物だとしたら量が少なすぎるから、私は全く見当もつかずに安易に中を覗いてしまったのだ。
「見ればわかるだろう。指輪だ」
ですよね。それはわかってるんだけど、指輪……。ああ、そういうことね。何を期待してるのよサクラ。サスケくんが指輪だなんて、何か私に医療忍者として調べろってことよね。
「うん、ごめん。おかしなところがないか、調べればいいのね?」
「何のことだ。それはお前が持っていればいいだけのことだ」
「でも、指輪って、どうして……?」
「おまえが好きそうだと思ったから、やる」
サスケくんは解せぬ、という態度の私に較べておかしなくらい淡々としたままだ。
これはメルヘンゲットだよね。もちろん給料三ヶ月分とか、そういう堅いものじゃないんだけど、「おまえが好きそうだ」って、だから私に指輪をくれるって、あのサスケくんが! わたしに! 女の子に指輪をくれるなんて! ほんとにサスケくんたらシャイなあんちくしょうなんだから!
なんていうか、彼は結婚指輪とかそういう概念は全然なくて、私がこういう女の子らしい小物が好きで、指輪が比較的彼の好みにも合うようなキレイなデザインで、二人旅の合間のちょっとしたプレゼントに過ぎなくて、ぜんぜん深い意味なんかなかったとしても、すごく嬉しかったの。
パパったら、ああいうひとだから、女心とかわかってないように見えて、妙に私のツボをついてくれるのよ。
だからママはずっとパパのことを大好きなの。ほんとよ。パパはいつもママが寂しいなっていうときに慰めてくれたり優しくしてくれて、本当にいつもここぞってときに助けてくれるんだから。
「だからこの指輪もママの大事な思い出の品なの」
そう言って指にはめて見せたママはきらきらと輝いて幸せそうだったけど。
「ママ、パパの気持ちはわかってなかったみたいだよ」
愛娘が伝えると、指輪の贈り主である父親は眉間に皺を寄せ苦々しく呟いた。
「あいつは昔からそういうところがある」
父曰く、サクラは昔から女らしい性格で外見にも気を使ってばかりいたのに、年頃になって父と二人で旅をしていたころは優秀な医療忍者として申し分のないくのいちになった。
女には辛いことも多かったろうに不平や弱音など吐くこともなく、夫である自分にいつも気を遣って甲斐甲斐しく支えてくれた。
そんな彼女に何か夫らしいことをしてやりたいと、柄にもなく女性が好みそうな店に行き、それなりの物を渡したつもりだった。若いサスケが考えて、妻への愛の証として。
「指輪は女にとってそういう意味だと聞いたから、あいつもそういうものは喜ぶだろうと思ってだな」
気むずかしげに唇をゆがめる父の話をふんふんと聞いてやり、サラダはどうすべきか考えた。父から聞いた話と母に確認した話では互いの認識にいささか齟齬があるらしい。
どちらがどうとは言えないが、今まででもそれなりに喜んでいたのだから、誤解を解くというのも少し大袈裟な気もするが、せっかくの気持ちの品を正しく伝えるには何が良いのだろう。
父も母も真面目な性格だ。表面上に見えている性格は全く違うように見えて、根本的に両親は似たもの同士なのだ。こじれるときは盛大にこじれるし、通じ合うときは、一体どんな忍術を使ったのかと思うほど、まるで一人の人間であるかのように、同じ心を見せてくれる。
だからきっと、単純に、ストレートに行くのが良い。
「ねぇパパ」
天気も良く家族のそろった休日の朝、いつもと同じように夫は妻に無言で小さな箱を机の上に置いた。
「なぁにアナタ」
「開けてみろ」
さてその箱には、十数年前のそれよりもわかりやすく輝きを増した、これぞ給料○ヶ月分。
「どうしてこんなの、アナタが、どういうこと?」
「見ればわかるだろう。オレの気持ちだ」
「あ、サラダ、もしかしてパパに変なことを」
「おい。サラダじゃない。変なことを考えてるのはおまえだぞ」
「どうして、だって今更指輪なんて……」
「チッ。今更も何も、オレが指輪を渡すのはおまえしかいないだろう」
これが愛情の証だと、単なるプレゼントではなく大切な結婚相手に贈る特別な品なのだと、言わなくてもわかるはずのことを改めて突きつける。
一言口に出して伝えれば良いのにと思うが、母の顔を見ればどうやら今回は伝わったらしい。
「ママ、指輪つけて見せてよ」
「……ええ」
「貸せ。つけてやる」
「ええっ?」
照れた両親、光る指輪。
「ねえママ、パパから指輪もらって嬉しい?」
答えを聞かなくてもわかっていた。
泣き笑いの笑顔で、見守る娘を力一杯抱きしめる母を、さらに父が優しく抱きしめる。
形式なんて重要ではないと思うのだが、晴れやかな嬉しさに涙を流す母はとてもきれいだ。
結局サクラはサスケから二度も結婚指輪をもらったのだ。
サラダの両親は本当に、超しゃんなろー、である。
#夜のサスサクワンドロライ
うたた寝に 恋しき人を 見てしより 夢てふものは 頼み初めてき(小野小町)
サクラの朝は早い。
お湯を沸かして食事の準備。洗濯物は室内干しが多いけど仕方がない。娘の世話と家事全般をこなしてから家の施錠をして娘を実家に預ける。たまに山中家、うずまき家にも頼むことはあるが、必ず明るいうちに仕事を切り上げて娘を迎えに行く。両親は食事をしていくよう熱心に勧める。たまに甘える。娘を見る両親の顔は嬉しげにとろけているから、安心させるため、なんて言って自分のためだ。感謝してます。
買い物は休みの日にまとめて買いに行くが、たまに目についた安売り品をゲットできると嬉しい。
いのからも「夕食を一緒に」という伝言をもらう。子供の歳が一緒だと共有できることが多い。テマリさんとも集まってママ友会だ。テマリさんはよく心配してくれるけど、シカマルもナルトも結構たいへんらしい。張り切りすぎて後から来るってやつね。私も気をつけよう。ナルトの体調も今度気をつけてみてみようかな。
皆の好意に感謝しつつ、それでも娘を連れて家に帰る。夫と娘とともに暮らすうちは家。
静かな我家の玄関を開けて、お帰りと言う。自分と娘に。あのひとにも。
娘は可愛い。仕事は忙しい。患者も同僚も色々と声をかけてくる。ナルトも最近は忙しいしらしけど、たまに会うと互いに元気を出して笑って気合いを入れる。七代目はずいぶん火影らしくなったみたい。ちらほらと褒める評判が聞こえてきてくすぐったい。無理してなきゃいいけど。ひとを心配して自分を励ます。
休憩時間に少しだけ仮眠をしたら、夢のなかでサスケくんが笑ってた。優しい笑顔。サラダと同じ色の瞳。大好きな彼とよく似た娘。
「ママァ」
小さな泣き声。寂しそうな表情に思わず力一杯抱きしめてしまう。
「あ、ごめんごめん」
柔らかな体温に癒やされる。サラダは最近ひとりで眠れるようになったのだけど、今夜はいっしょに寝ようか。
「……ん……パパ……」
サラダもアナタの夢を見てるわ。
好きなひとなら夢で会える。サラダはアナタが大好きなのよ。
「おやすみなさい」
みんながんばってるよサスケくん。
『……サクラ……』
そう、アナタも私達と同じ夢を見ているのね。
よかった。
秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる(藤原敏行)
サクラと旅を始めたのはまだ初夏を迎える前だったが、近ごろは彼女との距離も落ち着いてサクラは毎日楽しそうだ。はじめは緊張していた。サクラもオレも。
山道を歩いても野宿をしてもサクラはオレに何かしらの幸せを伝えてくる。
花が咲いている。鳥が鳴いている。スープがうまい。魚が捕れた。携帯食でも二人で食べるのはおいしい。オレと旅ができて幸せだと言う。
飽きずに同じことを言う。毎日のようにオレと眼があっては笑顔になる。オレを好きなのだと視線で訴える。
オレは黙ってうなずくばかりだが内心では同じことを考えている。
それを何気なく伝えるのは最初こそ骨が折れたがサクラはすぐにオレの意を察して嬉しげに顔をほころばせる。賢い女でオレはたいへんな目に合っている。たいへんな幸せだ。ありがとうサクラ。
直接祝えるのが嬉しいと言ってサクラはオレの誕生日に泣いていた。嬉しいなら泣くなよ。
そう伝えると「だって」だとか「ごめん」と言って濡れた瞳でオレを見上げるのだ。
真っ直ぐに見つめる翠玉の燦めきに金縛りにあったようになって、気づけばオレは強く彼女を抱きしめていた。
サクラが泣くのがわるい。サクラの眸が美しいのがわるい。サクラが――
「好きだ」
サクラと一緒に起きて、サクラと一緒に眠る。
真夏だというのにオレたちはバカみたいに一緒に過ごすのだ。服なんてくそみたいなものだ。汗をかくばかりで何の意味もない。布が一枚あれば体は隠せる。それでいいだろ。何を恥ずかしがることがあるんだ。
「サスケくんのばか……しゃんなろーよ」
サクラにばかと言われるとオレは何故か嬉しくなる。たぶんにやついてしまったんだろう。サクラはぷいとすねた顔をした。
「おいサクラ」
名前を呼ぶだけでサクラにオレの気持ちが伝わってしまう。サクラの耳が赤い。後ろからその耳を囓るとサクラは可愛い声を上げる。夏なんて知るか。
汗をかくのは体にいいとサクラが言うから、これはいいことなんだ。サクラも同意している。異論は認めない。
オレ達は晴れて夫婦になって、サクラはひとに「うちはサクラです」と言う。
宿帳の書き付けに感動する妻をかわいいと思う。
旅の空の下も泊まった宿のふとんでもオレ達は肌を寄せて眠る。夫婦だから当然だ。また汗をかくが、二人揃って汗をかくのだから臭いは気にならない。サクラは色々と文句を言うこともあるが、自分も楽しんでるからいいじゃねえか。
今日も今夜もオレ達は気持ちのよい汗をかく。しばし眼を閉じて息をつく。
暑かった毎日に、心地の良い風が頬を撫でていった。
風の音が今までと違う。
そうか。夏が終ろうとしているのか……。
サクラと共に生きることを決めて初めて一つの季節が変わるのだ。
秋風を心地よいと思うのはいつぶりだろう。
太陽の日差しが弱まることにオレはほくそ笑んだ。
秋の到来をこれほど喜ばしく感じたことはない。これからも季節は進み、オレ達はますます距離を近づけやすくなる。
白い肩を抱き寄せて口づけを落とす。
「なあにサスケくん……」
それくすぐったいよ。
サクラはとろけるような甘い眼差しでオレの名を呼ぶ。
オレは何も言わずサクラの唇を食んだ。
冬が来ても春が来ても、また夏が来てもオレは愛する女を離せないだろう。
オレは平和な場所で妻を抱いているのだ。
なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな(与謝野晶子)
サスケとて風流を解する心はある。多分ないこともない。きっとそのはずだ。
草花が美しいものであり緑や自然などの眺めが眼に良いもの、心潤す景色であることは知識として知っている。己の眼で見てわるいものではないと思う。
旅先や任務地で、眼の前の景色に心を動かされることもあった。ひととの触れあいのあたたかさに感謝の気持ちが起こることも。
それでも彼はただ一人荒れ野を行く。観光などが目的ではないのだ。
汚らしい、ごみごみとした暗い場所も厭わない。己はそうした世界に潜む闇に眼を凝らす。血に濡れることも罵倒されることも平気だった。自分こそこの仕事はふさわしい。
美しいものは別の場所にあれば良い。争いとは遠い世界にいて笑っていて欲しい。
大切な存在を思い出さないわけじゃない。
ふるさとの記憶、なつかしい顔、自分を見つめる瞳、名前を呼ぶ声。
草のうえで眠り、夜風に吹かれて野の気配のなかで家族を思うとき、サスケでさえ人恋しくなる。
妻は、娘は元気でいるだろうか。家族に何かあれば、サスケは立つこともできない。妻子が健やかに暮らしていると信じることができなければ、彼の人生は再び闇に染まるだろう。愛するものがこの世界で生きている。この事実が彼に大地を行く力を与えるのだ。
サスケにとって命に等しい二人はどうしているだろう。彼と同じように家族のことを思い出しているだろうか。
いつもはこんなことは考えない。
空の青さ、一輪の花、美しいと呼ばれるものがふと視界に入った瞬間。この世の醜いものと同じく、いやそれ以上に存在するだろう心和ませるもの達の姿が、サスケに家族を思い出させるのだ。
開けた野に秋草が揺れている。低い山裾から夕月が昇る。
季節に寂寥を感じるほど若くはない。
食事は携帯食で済ませるとして、こんな見晴らしの良い場所では休むのに適さない。敵や獣の襲来があってもサスケなら返り討ちが必定であり、この地形も敵の動きを見つけやすいのが利点にもなるが、さて今夜の寝床をどうするか。もう少し距離を稼ぐほうが良いかと思案した。
「アナタ……!」
後ろから抱きつかれた衝撃にサスケは動揺した。まさか背後を取られるとは。
「驚いた? 今回はわたしが手伝いに来たのよ」
妻が輝くような笑顔で夫を見上げた。悪戯が成功したことが嬉しくてたまらないらしい。
「ねぇ、お握りを持ってきたの。火を起こしてくれたら美味しいスープも作れるわ。野営の準備をしましょうよ」
歌うように誘う妻にサスケはじっとりと笑った。
そうだ。彼が最も愛する花は、自分で歩いて、会いに来てくれるのだ。
「サクラ、驚かせるなよ」
女の手のうえに男の右手が重なった。
二人の体を包む風は心地良く、淡い夕月は静かに輝いている。