律儀な来訪者「タマトア」
眠っている時に誰かが自分の名前を呼んだ。ラロタイでは自分の名前を呼ばれることはそうそうない。タマトアはゆっくりと脚と頭を甲羅から出した。タマトアは立ち上がって声のした方向に目を動かす。
目を動かした先には人間がいた。その人間は見慣れない真っ赤な服を纏い、袋を持っている。だが、顔と背格好、そして首にかけたアワビのペンダントには見覚えがあった。そして、その人間の隣に不機嫌そうな顔のマウイがいた。タマトアは体ごと2人の方向に向けた。
「……だったかしら?」
名前を呼んだその人間は不安そうな表情になった。
「あー、あの時の……。また来たのか」
「ええ、あなたに用があって来たの」
そう言うと人間、もといモアナは持っていた袋を開けて中身を出した。たくさんの貝殻が袋から出てきた。貝殻は宝石のように輝いている。モアナのペンダントとよく似たアワビの貝殻もあった。
「お詫びにこれを渡そうと思って。間欠泉で倒れたままにしたことは申し訳なかったわ」
タマトアは彼女の持ってきた貝殻から淡いブルーの貝殻を鋏でつまんで見つめた。
「ほう」
状態の良い貝殻だ。藻も塗りやすいだろう。他の貝殻も状態が良さそうだ。
「そう、その貝殻はね、もう1つあるの。あなたの目の色によく合うと思う」
モアナはそう言いながら何か思い出した表情を見せた。
「そうだ、歌の感想!メロディは好きだったわ。あとは歌詞をもう少し変えるといい気がする」
あの時の言葉が聞こえていたのか。しかも渾身の歌詞を批評されるとは。タマトアは顔をしかめた。
しかし、久々の来客だ。ご丁寧に光り物の材料や歌の感想まで用意してはるばる来たのだろう。
「そうだな」
タマトアは方向転換し、光り物の置いてあるところを探り始めた。
少ししてタマトアが鋏のトゲに何かをひっかけてモアナの方を向いた。その巨大な鋏と、モアナの手に触れるか触れないかのところで鋏のトゲにひっかけていたものを落とした。それは金色の細く短い鎖だった。
「これ……」
手に落とされた鎖を一瞥してモアナは怪訝そうにタマトアを見た。
「オレ様の目に叶わなかったやつだ。大したものじゃないが、せっかくの客だ」
「そう?心遣い感謝します」
モアナは礼を言って、手首につけようとした。しかしモアナの手首だと少しゆるいようだ。
「足にしたほうがよさそうだな」
モアナの手首の鎖を見てタマトアは言った。
モアナは鎖を手首から外して足首につけた。足首の鎖が鈍く光る。モアナはタマトアに会釈をした。
「モアナ」
それまで黙っていたマウイがモアナに声をかけた。
「あいつと話があるから先に出てくれ」
「込み入った事情かしら?」
「まあそんなとこだ」
「じゃあ先に外に出てるわ」
モアナはそう言ってマウイからタマトアへ視線を移した。
「いい貝殻が集まり次第また来るわ」
モアナはタマトアにそう言うと寝ぐらから出ていった。
「俺には何かないのか?」
モアナが出て行った後、マウイはタマトアを見て片眉を上げた。
「前回『嬢ちゃんには手厚く歓迎する』って言ったのを忘れたか?」
タマトアは言った。
「いつだったけな、前に俺がアレに触ったら怒ったじゃないか」
「あの時は藻が塗りたてだったんだよ」
タマトアが素っ気なく返す。
「わざわざ光る藻で塗ったアレを『目に叶わない』なんて言うのか」
癪に障る言い方だ。
「『誰が連れてくるか』って言ってた癖に気が変わったか」
タマトアは話題を変えた。
「あいつに頼まれただけだ」
マウイが大げさに肩をすくめた。
「嘘が下手だな。モアナ、だったか?あいつが心配でお前からついてきたんじゃないのか?」
マウイは下を見る。ミニ・マウイを見ているようだ。ミニ・マウイはマウイの方を見上げ、困惑していた。
「タトゥーがなくともお前のことなんてお見通しだ」
タマトアがそう言うとミニ・マウイが目を丸くした。当のマウイは眉間にしわを寄せている。からかい甲斐があるやつだ。
「......やっぱり信用できないやつだ」
マウイはそう言うと寝ぐらから出て行った。
モアナ、そしてマウイが寝ぐらから出ていき、来る前と同じ静寂が訪れた。しかしタマトアには二人が来る前よりも寝ぐらが静かになったように思えた。
タマトアは弄んでいた光り物を甲羅の上に戻し、貰った貝殻へと顔を近づけた。自分の目の色に似た淡いブルーの貝殻二つに目の焦点を合わせる。
「一つは緑色に塗って......赤は無かったな。オレンジにするか」
オレンジ色に光る藻はあの鎖に塗ってから長らく使っていなかった。ひょっとすると枯れているかもしれない。タマトアは新たにオレンジ色に光る藻が生えている場所を探し始めた。