鶏の繁栄海は鶏の雛と戯れていた。追いかけてくる雛に対し海面を引いて入ってこないようにして、海の中の様子を見せる。雛は美しい魚たちの行き交う姿に目が釘付けになっている。海はその様子を見守る。好奇心旺盛な雛と、あの子の姿が重なる。小さい頃から優しく勇気のある、彼女に。かつてウミガメの手助けをした彼女に。
「コケッ」
そこへ小さな鶏がやって来た。鶏は胴と尾が緑色という風変わりな色をしている。他の鶏よりも痩せており大きな目がこぼれ落ちそうである。美しい羽だが奇妙な姿の方が印象に残る。一度見れば彼の姿を忘れられないだろう。
「クヮッ、クヮッ」
鶏は足早に浜辺を歩いていく。しゃりしゃりと小さく砂を踏みしめる音が近づいてくる。痩せた体に不釣り合いな大きな足跡が次々とできていく。困ったことに少しも躊躇いのない歩みだ。一面の大海原を見て叫んでいた頃の恐怖心はどこへ行ったのか。表情のないはずの盛り上がった海面がしかめっ面のように変形した。
鶏が漣に怖気づくことなく海に入ってきた。海はすぐさま雄鶏を掴んで砂浜へ軽く投げた。海面が呆れたように左右に大きく揺れる。これで大丈夫だろう。ところが近くにいた雛もそれをやって欲しそうに、海の元へ近づいてきた。困ったものだ。海は雛をやさしく方向転換させた。流石に小さな雛を投げるわけにはいかない。それでも雛は何度も海に入ろうとしてくる。海は延々と雛を方向転換させた。雛もまたそれを楽しむかのように海へと向かってくる。これではきりがない。親鳥に似てしまったのだろうか。海は砂浜に首だけ埋まっている雄鶏を一瞥した。鶏の足は空に向かってピンと伸びているものの、抜け出そうという意思は感じられない。
かつて、この鶏は島では風変わりだと評されていたらしい。海もこんな奇行をする生き物はなかなか見たことがなかった。だが将来は似たような姿の鶏が栄えていくだろう。この雄鶏とは似て欲しくないが、少なくともこの雛は似てしまうかもしれない。というか性格は既に親に似てしまったようだ。
「ヘイヘイ!」
雄鶏を呼ぶ声がする。母なる島、そして世界を救ったあの子の声だ。他にも村人たちの会話が聞こえてくる。新天地へ赴く準備ができたのだろう。海は砂浜に埋まった雄鶏を掘り起こし、体勢を立て直した。雄鶏は海を見つめて首を傾げた。海でさえも、この鶏の目から感情を読み取ることはできない。海は声の方向に促すように雄鶏の背中をつついた。雄鶏は彼女の声のする方向へと歩き始めた。そして雛も雄鶏の行進に続いた。 また長い旅路が始まる。命の開拓への旅が。