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    しらぎぬの残りものとある時代、とある里にやぐらがあった。それは簡素なやぐらだった。だが見えざるものたちを喜ばせる特別な場所であった。踊り子は道なき子たちから選ぶ。やぐらの前で数人の踊り子が舞う。踊り子たちは纏う衣装から里の者に「しらぎぬ」と呼ばれた。太陽のもとで踊る者、月のもとで踊る者に分かれていた。ある日、月の踊り子が紅を流した。月の踊り子は紅を流すことで宴に導かれるのだ。本来なら喜ばしいことだった。しかしその踊り子は宴に導かれないことを祈って踊り続けた。他の者に踊らせるわけにはいかない。ごまかすことはできた。だが踊り子は初めて己のしらぎぬを染めた紅に気づくことはなかった。

    ある日、里を飲み込むような嵐が訪れた。天の赤子が泣いているのだろう。長のひとりは踊り子をいないか探った。そして紅を流した踊り子を見つけた。紅を流したことで赤子が飢えている。長はやぐらで踊り子に下ごしらえをした。踊り子は拒んだ。 嵐の中でも踊り子たちは踊り続ける。荒れ狂う天の下、ひとりの踊り子が宴に導かれた。天の赤子もこれで腹を満たしたことだろう。だが嵐は去りそうにない。これは天に集う一族が怒っているに違いない。長たちは異端者を探した。ある踊り子に下ごしらえした異端者を見つけた。そして彼らは踊り子の残りものも見つけた。異端者は長たちに下ごしらえされた。異端者は踊り子とは違った下ごしらえをされた。異端者の下ごしらえは忌まわしかった。長たちは異端者を宴に導いた。異端者の魂も救われることだろう。踊り子の残りものを長たちは奉る。いつか残りものが紅を流すときに備えて。翌日、記録係は残りものの扱いに苦言を呈した。残りものを崇める長たちは新たな異端者を憂いた。長たちは本来の予定よりずっと早く残りものを宴に導く手筈を整えようとした。記録係は残りものを奪った。やぐらの柱を農具で破壊しようとしたが不十分だった。長たちは記録係に詰め寄った。逃げるしかない。そのとき雷が柱に命中した。やぐらは雨に打たれながらも燃え続けた。油の雨だと疑うほどに。燃えた柱が倒れ、踊り子たちに向かう。踊り子たちは逃げ出した。

    嵐は晴れ、空は澄み渡っていた。どのくらいの規模の人間が宴に導かれたかはわからない。踊り子は逃げ延びただろうか。目に映るのはまつりごとの名残ばかり。伝令者たちが嵐の前に帰ることができたのは不幸中の幸いだろう。数多の伝令者はまつりごとの過程を知らない。近隣の里すら、もうまつりごとは廃れているという。携えるのはわずかな食料、かつてのまつりごとの記録と残りものだけ。隣の里を目指すのが最前の目標だ。

    元記録係は残りものを見つめ、懐にある短刀を握りしめた。思えば忌まわしき者も宴に導かれるならこのまつりごと自体不要なはずだった。隣の里にも疑問に思った者がいて廃れたのだろうか。だがここの長たちは続けた。なぜ早く言えなかったのだろう。しらぎぬの末路を何人も見てきた。しらぎぬたちが宴に導かれた確証はない。自分もああなるかもしれない。そして言えなかった者しかいなかったから今まで続いてしまったのだ。そう自分に言い聞かせるほかなかった。これは自分の償いだ。こんな残りものは不要だ。忌まわしい。だが、その手は鞘から短刀を引き抜くのを恐れた。
    「すまなかった」
    短刀の代わりに出てきたのは謝罪だった。幾度となくしらぎぬを裏切ってきた。天のいかずちをお告げだと考えることにした。天にそんな情があるかもわからない。そう思えるほどに残りものを見捨てられなかった。この風習を許し続けたことを生きる限り悔やみ続けることだろう。異端者や長たち以外の見知った顔が浮かぶ。世間話をするような間柄の者すら見て見ぬふりを続けた。自分も向き合えずにいた。目の前の残りものさえなきものにしようと思った。せめて生を受ける前にこれをなきものにすれば救いがあったのだろうか。自分には宴に導かれてしまった者の声を聞くことはできない。

    伝令者によれば隣の里は都に近づくべく発展が進んで豊かになったらしい。おかげで飢えも減り多くの赤子が成長できるようになったという。今はその話を頼りにするしかない。元記録係は短刀から手を離した。代わりに懐から大判の布を取り出して残りものを包んだ。この子の出自がどんなものであっても他人から見れば親のいない歩くこともままならない存在だ。元記録係は嵐の後の冷えた空気を吸い込んだ。残りもの──遺されたものも記録係をガラス玉のような双眸で見つめた。そしてその子はよだれまみれの小さな唇から精一杯の空気を吸った。
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    2019/12/07 12:20:46

    しらぎぬの残りもの

    #一次創作 #オリジナル #小説 #短編

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