運命のタグ「ハンク先生じゃあねー!」
海の生き物たちの学校が終わり、子供達が親とともにそれぞれの家へと帰る。
「気をつけるんだぞ」
タコのハンクが子供達に声をかけた。エイ先生が早く帰ってくることを祈るばかりだ。自分がその立場ならそのまま職場復帰などしないだろうが。
「はーい!」
子供達が元気に返事して家に帰るなか、一匹だけ浮かない表情をする小魚がいた。クマノミのニモだ。父親のマーリンはまだ迎えに来る様子はない。
「どうした?」
ハンクがニモに声をかけた。
「あ、うん」
ニモがおずおずと言った。
「今朝からドリーを見てないんだ。見た?」
「いや」
ハンクの返事を聞いてニモは浮かない表情を見せた。ドリーを知っている者なら彼女が一匹でいる様子を見かけたときにすかさずニモやマーリンに教えてくれることだろう。
「もし見たら教えてくれる?」
「もちろん」
ニモとは別のクマノミが現れた。ニモの父親のマーリンだ。
「遅くなってごめんよ」
「ううん!平気だよ」
ニモは片方の短いヒレで父親にハイタッチを促した。
「ご迷惑かけました」
「いや、そこまでは」
マーリンはハンクに頭を下げたあと、ニモとともに家へと体を方向転換させた。が、直後で再びハンクの方向を向いた。
「あ、あのドリー……」
心配そうなマーリンの声をニモが遮る。
「パパ、大丈夫。彼には伝えたから」
ニモの言葉にハンクが軽く頷いた。
「ああ、それなら……」
マーリンは再度ハンクに頭を下げて息子とともに家へ帰っていった。
「どこ行ったんだか」
クマノミの親子の姿が遠のき、ハンクはひとりつぶやいた。まぁドリーのことだ。忘れるまでに何かしておきたい用事でもあったのだろう。ハンクは棲家へ戻ろうと浮上しかけた。そのとき砂が巻き上がり、黄色いタグを見つけた。ハンクは浮上しかけた体を再び砂へと下ろす。そして触腕でタグを拾い上げた。見覚えがある。海洋研究所で保護された動物たちにつけられるタグだ。てっきり研究所付近の海域でなくしたものだと思っていた。
「あらっ、ハンク!」
せわしないナンヨウハギのドリーがハンクの前に現れた。
「何見てるのかしら?見せて!」
ドリーが素早くハンクの元に近づいて泳いだ。
「ん?ああ、これは……」
きっとまた忘れてることだろう。ハンクは彼女にタグの話をしようと口を開いた。
「まだ持ってくれてたのね!」
ハンクよりドリーが先に言葉を投げかけた。
「あたしたちを繋げた運命のタグ!」
ドリー自身もタグを覚えていたことが嬉しかったようだ。彼女は8の字で何度も全力で泳いで感情を示した。
「そういえばニモがお前を探してたぞ」
ハンクが口元を緩ませながらドリーをつついた。ドリーは泳ぐのをやめて両ヒレで口を押さえた。
「あらっ!いけない!サメさんたちのカウンセリングに参加してたのよ!言い忘れたのかも!」
ドリーの口から物騒なカウンセリングの名前を聞いてハンクは顔をしかめた。
「よく行くな、そんなとこ」
ハンクは頭を横に振った。
「あなたも一度来ない?楽しいわよぉ」
「先生が忙しいから当分は行けそうにないな」
ハンクはそう言い訳してドリーの誘いを断った。
「早くお休みがとれるといいわね。それじゃ、また明日ね!」
ドリーはそう言って滑らかに泳いでいった。ハンクははぐれないように見送ろうとしたが、海の移動は彼女の方が早いようだ。ハンクが少し追いかけるとドリーの向かう先に二匹のナンヨウハギが現れ、彼女とハグを交わした。彼女の両親のようだ。運良くドリーは両親と合流できたようだ。ハンクはその様子を見届けたあと、食べ物を探しに泳いでいった。タグを持ったままであることを忘れて。