継ぎ目冬になると日照時間が減る。日光を活動源にしている宝石たちにとっては休眠する時期である。先生、アンタークチサイト以外の宝石たちは冬眠をすることになっている。今年も例外ではなかった。例年通り、冬のシーツの準備も終わり、レッドベリル特製の寝間着に着替える。
「毎年可愛い服が着られて楽しいわ。いつでも着たいくらい」
ユークレースは微笑みながら寝間着に袖を通す。
「しかし着崩れるのがな」
そう言いながらジェードは寝間着の帯を括る。レッドベリルは毎年、装飾過多とも言えるような寝間着を作る。宝石たちからの評判は良かったが、着崩れやすく、春になると裸同然になってしまう者もいた。
「それは議長さんの寝相が悪いからじゃないのぉ?」
フォスフォフィライトがジェードをからかった。フォスは少々もたつきながら寝間着の着付けに苦戦している。
「今のお前に言われたくない……あ」
ジェードは半目でフォスを見た。フォスは寝間着と格闘しているうちに危うく転びそうになった。
「割れてないか?」
ジェードがフォスに声をかけた。ルチルが転びかけたフォスを見て近づいてくる。ルチルは既に寝間着に着替えていた。
「見たところは」
ルチルがフォスの代わりにジェードに答えた。ルチルの見る限りではフォスの体にヒビが入っている様子はなかった。
「冬眠直前に仕事が増えなくてよかったです」
ルチルがフォスを見る。フォスは彼の視線にばつが悪そうに笑う。
「着付けを手伝ってくれませんか?偉大なるルチルさま」
フォスは媚びるようにルチルに頼もうとした。しかし残念なことに彼は黙って首を横に振る。
「ヤブ医者に振られてしまった……」
「春一番に靭性の検査をしてあげましょう」
「すみませんでした」
フォスは掌を返すようにルチルに謝罪した。そのときレッドベリルが他の宝石の着付けを終わらせてふたりの元に近づいた。
「まだ時間かかってる?手伝うけど」
レッドベリルがフォスに尋ねる。フォスはそのときの彼がこのうえなく眩しく見えた。
「レッドベリルさま、ありがとうございます。ありがたき幸せ……。このご恩は割れない限り忘れません」
フォスはレッドベリルに着付けを手伝ってもらうことにした。製作者の手伝いのおかげで無事にフォスの着付けも終わった。
彼らは例年通り、先生に挨拶をして冬の眠りについた。
冬眠について何日経過したことだろう。宝石の一体がのそりと体を起こす。彼はふらふらとした足取りで歩き始めた。彼の揺らめく暗い影がダイヤモンドを覆う。ダイヤはその気配に目を覚ました。
「ボ、ボルツ……?」
影の主はボルツだった。ボルツは無言でダイヤにのしかかる。ダイヤはのしかかられた衝撃で顔や体にヒビが入った。顔同士が衝突しなかったのが不幸中の幸いだろう。
「え、あ、えっと……」
ダイヤはボルツの様子を見ようとする。ボルツの顔は真横にあって視線を動かすだけでは見ることができない。ダイヤの体にヒビが走り始める。これでは割れて動けなくなってしまう。
ボルツはダイヤモンドの体で割れたりしない。ダイヤは体を回してボルツを体から離した。これ以上、体のヒビが広がらないようにダイヤは慎重に体を起こした。彼はボルツの体に布団をかけると医療器具がある場所に向かった。
アンタークが任務を終えて学校に戻ってきた。彼は柱の陰から誰かが隠れていることに気づいた。
「えっと、どちら、さま……?」
アンタークは不慣れな様子で柱に近づく。するとダイヤがおずおずと顔を覗かせた。アンタークは彼の顔を見て一瞬瞬きした。ダイヤの抉れた頬から眩い光を放っている。
「顔……」
ダイヤの顔だけではない。その脚にもところどころヒビが入り、内側の体の光が漏れていた。
「お願いできるかしら」
ダイヤの眉が下がる。冬場はアンタークと先生の二人体制だ。仕事も多いことだろう。ダイヤは申し訳なさそうに、顔の一部をもった手を彼に差し出した。最善を尽くして歩いたが、もう少し慎重に歩けばよかった。アンタークはダイヤの顔を見て頷いた。
「座れる?」
アンタークはダイヤに質問した。
「なんとか」
ダイヤは長椅子に腰掛け、脚全体が乗るように姿勢を変えた。アンタークは医療器具を仕舞っている棚から必要なものを準備し始める。ダイヤがボルツの寝相の被害者だということはなんとなくわかった。冬眠しているなかで、ダイヤの体にヒビを入れられそうなのはボルツぐらいだ。彼の寝相は宝石たちのなかで群を抜いて悪い。皮肉にも彼が一番割れにくい性質ときている。初めて見たときは驚いたものだ。彼を布団に被せて横にさせるのもアンタークの仕事だった。しかし目が行き届かず、今年は被害者が出てしまった。アメジストたちのように、似た性質の宝石がもうひとりいると助かるのだが。しかし『宝石』が生まれるまで時間がかかる。ましてや冬に強い宝石なんて早々生まれるものではなかった。
アンタークは樹脂でダイヤの接合を始めた。彼の接合を終えると、今度はその体に仕上げの白粉を軽くはたき始めた。
「よし……」
白粉をはたき終えたが、ダイヤはぼんやりしている。起きているのが辛いのかもしれない。
「……ダイヤ?」
アンタークがダイヤを覗き込む。
「あ、ありがとう」
ダイヤは我に返ってアンタークに礼を言った。そのとき、すさまじい轟音が学校中に響き渡った。先生の睡眠、もとい予期せぬ瞑想に入った合図だ。
「まずい、先生……!」
アンタークは慌てて音のする方へと走り去っていく。ダイヤは一人残される形となった。
ダイヤはヒビの目立たなくなった脚を見つめた。綺麗に整えてくれた脚に少し寂しさを覚える。アンタークに不満を抱いたように思えて、ダイヤは自分の考えを振り払おうとした。
ダイヤは先ほどボルツが倒れこんできたときのことを思い出す。ヒビが入るときの振動や衝撃が忘れられない。ボルツの振動が自分にも伝わってくるあの感覚。自分がこのまま砕けてしまうのも悪くないとさえ思った。ダイヤは自分の顔を触る。浅い凹凸の感触に気づく。継ぎ目の跡だ。彼はその境目を指でなぞった。
つけたての継ぎ目に触るのは良くないとルチルが言っていた気がする。それでもダイヤは顔の継ぎ目をなぞり続けた。彼は飽きるまでなぞると、寝床へ戻った。寝床に到着し、ボルツの姿が一番にダイヤの淡い目に黒々と映る。ボルツはダイヤの寝ていた場所から移動していないようだった。ダイヤは俯いた。彼の目からボルツの姿が消える。ダイヤはボルツから離れて床に就いた。離れて見る弟の寝顔は普段の顔よりずっと穏やかに見えた。