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    忘れ形見前マヒシュマティ国王バラーラデーヴァが失墜し、民からアマレンドラ・バーフバリとデーヴァセーナの息子マヘンドラ・バーフバリがマヒシュマティ国に帰還して数日後のことだ。

    「短剣?」
    マヒシュマティ国の城のある一室。デーヴァセーナは奴隷であり剣士であるカッタッパを見据えた。
    「はっ」
    カッタッパ曰く、バラーラデーヴァの部屋で短剣を発見したという。国随一の剣士であるカッタッパが言う以上、ただの短剣ではないということはわかった。彼の言葉によると血糊のこびりついた短剣だという。彼の口調はいつにもまして重苦しく感じた。デーヴァセーナの目が猛禽類の如く鋭く光る。
    「その剣はどこに?」
    「こちらに」
    カッタッパはデーヴァセーナの鋭い視線を受け止め、短剣を彼女に差し出す。デーヴァセーナは短剣を手に取った。彼女の目に短剣の鍔が映る。鍔には太陽が描かれていた。マヒシュマティ国を象徴する太陽の印だ。デーヴァセーナは愛する従兄クマラ・ヴァルマを思い出した。この短剣は祖国クンタラにマヒシュマティ国の軍が侵攻してきた際、夫アマレンドラがクマラに渡したものだ。

    彼にも息子と会わせたかった。デーヴァセーナの脳裏に夫と瓜二つに育った息子の姿が思い浮かぶ。きっと彼なら嬉々として、息子に剣や弓矢の稽古をとらせたことだろう。かつて夫が愚者を装い、従者をしていたのが昨日のことのようだ。アマレンドラ・バーフバリとカッタッパの迷演技は見事なものであった。若き日々を思い出し、デーヴァセーナの顔が柔らかく綻ぶ。猪を捕らえた青い印の矢を『未来の子孫』のためにと飾っていたことも懐かしい。あの矢も国ごと焼かれてしまった。妃の顔に翳りが見えたのをカッタッパは見逃さなかった。

    自分が腹に子を宿したときにも従兄は喜んでくれた。彼は『以前の自分とは違う。安心して稽古をつけてみせる』と言わんばかりに短剣をかざしてみせた。『彼なら任せられる』と言わんばかりに目配せした夫の顔も鮮明に覚えている。あのときは自分にも希望が残っていた。この国を永久追放されたときでさえ、身重の自分を案じて訪ねに来てくれた。王族の身には慣れない暮らしであった。しかし、あの日々は何事にも代えがたい輝きがあった。

    デーヴァセーナは刃にこびりついた血糊に視線を移す。美しく研がれていた刃は今や見る影もない。再び憎悪の炎が彼女の瞳に燃え盛る。民の歓喜の声が溢れていたあの日の夜、惨劇がクマラを襲った。彼はあの親子の本性を理解していなかった。人間の皮を被った卑しき怪物たちの毒牙にかかり、彼は亡くなった。生まれたばかりの息子をその腕に抱かせてやることさえ叶わなかった。クマラが殺された経緯については、監禁されていた間に聞かされた。あの独裁者の息子バドラ、卑劣な王の父親ビッジャラデーヴァ、そして側近たちの下卑た笑い声が彼女の頭にこだまする。バラーラデーヴァが己の顔につけた傷。育ててくれた実の母親を欺くべく、自らつけた傷。従兄とあの男の血のこびりついた短剣は今までの出来事を象徴しているようである。デーヴァセーナの目がさらに見開く。あの男の顔の傷は家族、ひいてはクンタラ国の侮辱そのものであった。暴君による愛する者たちへの非道な仕打ちが彼女の怒りに油を注いだ。

    あの男はどこまで悪趣味なのか。前マヒシュマティ国王──暴君バラーラデーヴァの野蛮極まりない笑みがデーヴァセーナの脳裏に生々しく蘇る。律儀に血糊を残した短剣を見つめては、ほくそ笑んでいたのだろうか。短剣を掴む彼女の手に力が入り、震え始める。彼女の指先の色が次第に蒼くなっていく。デーヴァセーナの手の震えをカッタッパは息を呑んで見つめるばかりであった。あの男が死してもなお憎悪は蘇る。あれだけでは怨恨は簡単に片付かないだろう。バラーラデーヴァが撒いた国の病は時間をかけて治していく必要がある。その病はデーヴァセーナにも後遺症を残した。大切なものを失うという大きな後遺症を。カッタッパは改めて彼女に畏怖の念を覚えた。長年の付き合いであるカッタッパにもデーヴァセーナの怒りを推し量ることは困難であった。自分は奴隷の身分。奴隷以下の扱いを受け続けた彼女の感情を推し量るのさえおこがましい。長きに渡る憎悪と執念が、彼女を鬼神にさせたのである。

    「母上」
    息子マヘンドラの声がデーヴァセーナを呼んだ。その瞬間、彼女の表情が和らぐ。その瞳に燃え上がる憎悪の炎が一瞬にして鎮まった。この日をどれまで夢見たことか。一縷の希望が現実となったこの日を忘れることはないだろう。マヒシュマティ国にとっても、クンタラ国にとっても。両国の復興はまだこれからだ。とはいえ、離れ離れだった息子と話したいことがたくさんある。自分のことに関しては、ほぼカッタッパが話してくれたようなものだが。
    「その剣は……?」
    マヘンドラは眉をひそめて母の手にある短剣を見つめる。彼はその短剣が亡き父アマレンドラ、そして母の従兄クマラの形見であることに気づいていない。カッタッパはデーヴァセーナに目配せした。『自分の口から伝えるべきか』と尋ねているようであった。
    「いえ、私が」
    デーヴァセーナは手で静止しつつ、カッタッパにそう告げた。息子と話を増やすいい機会になる。その機会を無下にしたくはない。デーヴァセーナの瞳に愛する息子の姿が映る。待ち望んでいたこの光景は恐ろしくなるほどに華やいで見えた。マヘンドラの育ての親に感謝をしなくてはならない。生涯かけても礼が足りないかもしれない。デーヴァセーナはまぶたを閉じた。戦に身を投じてくれた国民や故郷の者たち、さらにはマヘンドラ・バーフバリを自分の命に代えて逃したマヒシュマティの国母──自分の義母シヴァガミにも。

    デーヴァセーナは目を開け、息子マヘンドラ・バーフバリに短剣のあらましを語り始めた。おおよそ二十五年ぶりに見たデーヴァセーナの穏やかな表情に、カッタッパは髭越しに微笑んだ。
    mith0log Link Message Mute
    2018/07/12 8:18:40

    忘れ形見

    クマラの短剣を見つけたデーヴァセーナとカッタッパの話の再掲です。口調は字幕に近い感じです ##二次創作 #baahubali #バーフバリ

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