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    輝ける記録「痛っ!」
     暑さに満たされた屋根の下。タトゥー職人の彫り道具が青年の背中をチクチクと刺していく。青年の悲痛な叫びがこだまする。その叫びと引き換えに、青年の肌に墨が僅かに入っていく。これで何度目の叫びだろうか。モアナはその青年の手を取って励ましていた。
    「あと少しよ、大丈夫」
     通過儀礼とはいえ、タトゥーを彫るには時間がかかる。男性は大きなタトゥーを入れることがほとんどだ。痛みを耐え抜くことが成人の証とはいうが辛いものだろう。モアナは以前に励ました青年の悲鳴をあげる姿を思い出していた。しかし、彼女の肌にはまだ墨が施されていない。今の彼女には痛みを想像することしかできなかった。
     肌を刺す痛みはどれほどのものだろう。あまり想像したくないものだ。青年を励まし続けるなか、モアナは亡くなった祖母の背中を思い出した。大きく施された美しいエイのタトゥー。祖母のタトゥーも大きく彫られていた。おばあちゃんも辛い思いで入れたのだろうか。長い痛みに耐えながら。一方、母のシーナは他の女性と同様の花を模した小さなタトゥーを施している。……どちらも美しく、墨を入れるときのチクチクした痛みは変わらないだろう。
     モアナはそんなことを考えていると、そばに見慣れた雄鶏が来ていた。
    「へ、ヘイヘイ?」
     彼女は小声で雄鶏の名前を呟いた。ヘイヘイが彼の背中をつついたりしたら大変だ。モアナは片手でそっとヘイヘイを青年から離した。彼女の心情を知ってか知らずかヘイヘイは床をつつき始めた。ヘイヘイが床をつつくなか、青年のタトゥーが完成した。青年はモアナに感謝を伝えた。雄鶏は気にせず床をつつき続けた。
    「どんなタトゥーを入れたいの?」
     タトゥーを刻む若者を励ましたあと、モアナは母に尋ねられた。
    「そうね、おばあちゃんのタトゥーはエイだったわね。ヘイヘイみたいな鶏もいいと思うんだけど」
    「モアナ?」
     呆れたような困ったような母の表情にモアナは含み笑いをした。
    「ふふっ。でも、旅を共にした仲間よ。冗談のつもりはなかったんだけど」
     モアナは、餌を掴めず延々と嘴を地面につつくヘイヘイを眺めて言った。餌が目の前にあってもすぐに石を飲み込んでいた頃よりもヘイヘイの成長が感じられる。たとえ話せなくても、ヘイヘイ自身が旅したことを覚えているか定かでなくても、ヘイヘイは旅を共にした仲間だ。
     モアナが眺めているとヘイヘイは地面をつつくのをやめて、二人の近くに生えている木の根元をつつきだした。やはり旅に出る前と変わっていないのかもしれない。
     母と話すうち、モアナはふと、かつての冒険を懐かしく思った。冒険を共にした彼の姿が浮かぶ。
     彼は初めて会ったときに全身に刻まれたタトゥーを「輝ける記録」と言った。
     モアナは自分の旅を輝ける記録として刻みたいと思った。彼のように。
    「もし、タトゥーを入れるならおばあちゃんみたいに背中にタトゥーをいれたい。たくさんのタトゥーを入れたいけど、それは痛そう」
    「そうね、我慢が要るかもしれないわ」
     初めての旅はモアナにとって人生の半分を過ごしたような経験だった。旅の記憶がめまぐるしく浮かんでくる。だからこそタトゥーにするものが絞れない。
     旅で思い起こされるものすべてをタトゥーにしようと思ったら唸り声ではすまないだろう。
    「じゃあ……鷹のタトゥーにしようかしら。死んだあとは鷹になるの」
     モアナの言葉に母が苦笑いした。
     母の表情を見て、モアナは慌てて訂正の言葉を考えた。旅に出る前に一緒に荷物を準備してくれたときの母の表情を思い出したからだ。
    「えっと、もし生まれ変わるなら、鷹になりたい。生まれ変わったら、自分の翼で世界を見たい。鷹になれば、きっと生まれ変わったおばあちゃんもすぐ見つけられるわ」
     口から自然と言葉が出てくる。それとともにモアナの考えがまとまっていった。旅の記録そのものではないが、彼女にとって苦楽を共にした彼の勇姿は旅の象徴であり輝ける記録だと思った。
    「素敵ね」
     表情が和らいだ母の姿を見てモアナは胸をなでおろした。
    「ありがとう。それにね」
     モアナは一息ついて言った。信じてもらえるだろうか。
    「旅をしているとき、海と鷹が私を導いてくれたの。生まれ変わったら、その鷹とともに旅をしたい」
     モアナがそう言った瞬間、二人の近くに生えていた木の方向から耳をつんざくようなヘイヘイの叫びと、ヘイヘイの叫びとは別に甲高い鳥の鳴き声が同時に聴こえ、そしてはばたく音が聴こえた。驚いた二人が木のほうを振り向くと、木に興味をなくし再び餌のある地面をつつきだしたヘイヘイの姿、木から空のほうへ慌ただしく飛び去る巨大な鷹の姿が見えた。
    「ここに来るなんて珍しいわね」
     母は鷹の飛び去る方向を見つめ、安心したように言った。
    「もしかしたら」
     モアナは鷹の飛び去る方向を眺め、笑みを浮かべて言った。
    「今までの話を聞いてたかも」
     彼女は見逃さなかった。飛び去っていった鷹の右の翼に釣り針型の模様があったことを。
    mith0log Link Message Mute
    2018/06/14 6:13:13

    輝ける記録

    モアナがどんなタトゥーを入れたいか考える話(pixivからの再掲) ##二次創作 #moana #モアナと伝説の海

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